寝不足の小瓶

窓のむこうを鳥が落ちる
赤い頭が荒野へ沈むたび
声帯へ鮮やかな傷 芽吹き
ひとつの言語を見失うだろう

窓の右下のすみはブランコゆれ
誰も載っていない雲の曜変
鎖と鎖がこすれあうときに
ふるさとの川を手放すのだ

窓のガラスとガラスのあいだに
ちいさな羽虫のまぎれこむ
まぶたと眼球とこすれあうたび
合唱という時間を忘れ去る

 背から見上げた川の花火は
 ちがう世界の響きだと思った
 川面を剥いた底の闇こそが
 幼い血の滞るエスプレッソ

窓はもう見えなくなっている
きのう空色の匠が持ち去ったので
ぼくは窓拭き用だった青色の雑巾で
自分の鼻についた脂を拭き落とす

あたまのなかの海へ蝶は接岸する
泣き声をあげるだけで生きられたのに
どうして生きる術を身につけたのか
窓のむこうの木は
幼さという音楽だった
のに

寝不足の小瓶

寝不足の小瓶

静岡新聞2025年10月28日読者文芸欄野村喜和夫選

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-10-28

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