トラベラー
二〇〇〇年、八月一六日。終戦の日から五五年と一日。カタイ空気から一夜明けて、なんとなく遠慮してた夏休みモードを復活させようと思ったのに……。
「なぁんで誰もいないんだ~」
セミの鳴き声がうるさいリビングで、三時のおやつを食べながら呟いた。三日月ゆうた、十一才、初めての一人夏。
僕が住むのは宮城県。と言っても、本土とは繋がってない離島だ。小さい島で人口は三〇人ほど。学校も一年~六年まで同じ教室だし、というか廃校が既に決まってるし、同級生いないし、毎日同じことばっかで飽きてきちゃったし。島のことが嫌いなわけじゃないけど、なんか退屈な気分。
「大ちゃんと遊ぶ約束してたのになあ。」
大ちゃんは、一つ年上の六年生。学校で一番の仲良しだ。大ちゃんにとっては最後の夏休みだからたくさん遊ぼうって言ってたのに、急に親戚のお葬式が入ったとかで本土に行ってしまった。
「お母さんたちは結婚記念日だからって前から出かける予定立ててたし、暇だなー。」
……。
独り言の後の静けさが余計に寂しい。
「適当に外で遊ぼっかな。」
防波堤の先っちょで、泳ぐ魚をぼーっと眺める、見慣れた光景。たまに強い風が吹く、慣れてる。太陽のキツイ日差し攻撃、慣れてる。丸い大きい影が僕を包む、慣れて……ない。ウィンウィン機械音がする、慣れてない。上を見上げると変な乗り物が飛んでる、慣れてるわけない!
「わわわっ!」
慌ててその場所を離れると、僕が避けたところにその乗り物が止まる。なんだこれ……?飛行機?いや、突然影が出てきたし、音も風もなかった。突然頭の上に出てきたんだ。
そんなことをグルグル考えてると、ドアが開いて中から一人の男の子が出てきた。もしかして、多分、きっと、絶対、これって……。
「宇宙人!?」
「Hello!」
同時に叫ぶ。
「は!?」
「Oh!」
これまた同時に。
が、外国人?ハローって言った?ど、どうしよう……英語なんて喋れない……。
「やっぱ通じないか~。よかった、独学で日本語勉強してて。」
なんだよ日本語喋れるんじゃん……。なんで英語なんて。
「あれ、僕の日本語通じてる?」
「え、あ、ハイ。」
「なんだ、何も言ってくれないから心配になったじゃないか。これだから昔の日本人は弱いって言われ続けるんだ。」
「あの……それって、僕のこと?」
「いや、君に限ったことじゃない。この時代の日本人に言ってるのさ。」
「この時代って……君はどこから来たの?」
「あっれ~?意外と自分から話せるんじゃないか。日本人は自分から疑問を投げかけるのも苦手だと習ったのに。」
なんか、すごく馬鹿にされてる気がする。
「ボクはずっと遠い未来から来たんだ。日本という国はなくなったけど、一応文化は多少受け継いでるから日本人と思ってくれていいよ。」
状況は全然把握できてないけど、なんかすごいことになってる?一人きりの夏休みにこんなことが起こるなんて、急にわくわくしてきた。
「すっごー!!」
思わず叫んでしまった。
「ねえねえ!名前は?その変な服は何?あっちではどんな食べ物とかあるの?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。なんだ、勉強してきた日本人と全然違うタイプだな……。」
自分でもわかるくらい、目をキラキラさせてみた。未来とか漫画の中の話だと思ってたけど、現実に起きた以上は色々と聞きださないと!
「え~と。ボクの名前はコナー。このスーツはボクの時代の普段着だよ。食べ物は、基本的にゼリーやサプリメントかな。」
「へー!すっごい!あ、僕の名前は三日月ゆうた!」
「ミカヅキ?」
「そう。三日月って苗字、親戚くらいにしかいないらしいんだ。まあ普通にゆうたって呼んでよ!僕もコナーって呼んでいい?」
「あ、ああ。よろしくね、ゆうた。」
「うん!あとさ、なんでさっき英語喋ってたの?」
コナーに口を開かせる間もなくどんどん質問をしていった。コナーは困った様子だったけど、きちんと答えてくれた。
「ボクの時代の公用語はEnglish、英語さ。日本語は絶滅危惧言語で教えてくれる人が少ないから独学で勉強したんだ。」
「へー、頭良いんだなあ。あの乗り物はタイムマシン?」
「そうさ。こっちではタイムマシンのライセンスを一〇才から取ることができる。受ける人は多いけど、まあ難しいから受かる人は毎年ゼロに近い。」
「そうなんだ。コナーは何歳で取ったの?ていうか今いくつ?」
「ボクは一〇才で取ったよ。今は十一才。」
「え!?僕も十一才だよ!同い年なの!?」
「えっ!てっきり三つくらい下なのかと……。」
「そ、そんな幼く見える?まあ僕も三つくらい年上かと思ったけど……。じゃあなんでこの時代に来たの?」
「早くタイムマシンを操縦したくて、本当は浦島太郎がいる時代まで遡る予定だったけど、ちょっとミスしたみたい。」
「浦島太郎?」
「不思議だよね。海の中に何も身に着けないで潜ることができる。ボクの時代でもさすがに海の中を無防備で入るのはまだ無理だ。あとあの玉手箱。あのガスは何でできているのかまだ科学で証明されていないんだ。ボクは浦島太郎会うためにライセンスを取ったようなものさ。」
「待って。あのさ、浦島太郎っておとぎ話だよ?」
「ん?」
「実際には存在してない人ですけど。」
「……う、嘘つくなよ。ボクは彼のことをリスペクトしてるんだ。」
コナーって、頭は良いけどちょっとアホかも。
「浦島太郎は置いといて、いつまでこっちにいられるの?」
「二時間」
「短!」
「まだ初心者だからね。」
「もう三十分くらい経つけど……。」
「じゃあせっかくだから島を案内してもらおうかな。浦島太郎についても諦めきれないし。」
「だから会えないって……。」
やっぱりこの人、アホだ。
島を案内しながら、未来のことを教えてもらった。森や川や海を見て回り、時間を間違えて出てきたであろうクワガタも捕まえた。コナーは珍しそうに自然を見ていた。あっちの時代は、植物は一定の場所に集められていて、普段見ることはないそうだ。何百年先かわからないけど、その姿を想像すると、少し悲しくなった。
島には同い年の友人はいない。見慣れた島の風景が、いつもと違う人と一緒なだけでこんなに変わるものなんだ。島がこんなに色鮮やかに見えたのは、久しぶりだった。
――ピピピッ
「なんの音?」
「時間だ。そろそろ帰らなきゃ。」
「あ、もう……。」
「防波堤に戻ろう。」
「うん。」
防波堤はすっかりオレンジ色に染まっていた。夏の夕日は、すごく大きい。これも見慣れたはずなのに、なんだか新鮮な気持ちになった。
コナーはタイムマシンに足をかけて、こっちに手を伸ばしてきた。
「ごめん、こいつは持って帰れないんだ。」
手のひらにはさっき捕まえたクワガタが。
「なんで?思い出に飼ってあげてよ。」
「いや、過去のものを持ち出すのは禁止されているんだ。歴史に関わるからね。」
「こんなクワガタ一匹でも?」
「このクワガタだって、ボクが捕まえなければ子孫を残し続ける希望があるだろ。人間と同じ命なんだよ。」
「そっか。」
「あと、ボクがこの時代からタイムスリップした時点で、ボクとゆうたの記憶から今日のことは消えるからね。」
「どうして!?」
「過去の人の記憶に未来の情報を残すことも、未来人が過去の情報を持ち出すことも禁止されていることなんだ。自分の生きる時代以外に干渉することは許されないんだ。」
「せっかく仲良くなれたのに……。」
「記憶が変わると世界も変わってしまうからね。」
「……じゃあ、今日のことは全部なかったことになるの?」
「なくなるんじゃない。忘れるだけだよ。感覚とか感情は覚えていられるはずだ。」
「「……」」
「さて、もう行かなきゃ。なんかしんみりしちゃったね。」
「……記憶が消えるってことは、コナーはまた浦島太郎を信じちゃうんだね。」
「なっ……。いいんだ。ボクの尊敬する人物なんだから!」
「何度も恥かくね。」
「やめろ!」
「あははっ。まあ、ほんとに、気を付けてよ。」
「ありがとう。あ、最後にひとつだけ。ボクのフルネーム、コナー・ミカヅキっていうんだ。」
「へ?」
「じゃあね、ゆうた。」
ドアが閉まる。今日に限って夕日のオレンジが濃いから、よく顔は見えなかった。
丸型のタイムマシンはあの機械音をたてて浮き上がると、白い光を出して消えた。
「あれ、なんで僕防波堤なんかにいるんだろ。」
オレンジ色が眩しい夕日を、一人で眺めていた。
「なんか、今日の夕日綺麗だなあ。」
夕日を見てると、船の汽笛が聞こえた。
「ゆうたー!お出迎えかー?」
大ちゃんが叫ぶ。大ちゃんの家族の横に、お父さんとお母さんもいる。
「大ちゃーん!おかえりー!」
僕も叫んで船着き場へ行こうとした時、肩にクワガタがくっついているのに気付いた。
「なんでクワガタが……。さっき一人で山とか散歩したときにくっついたのかな。ま、いっか!」
僕はクワガタを肩に乗せたまま走り出した。
トラベラー