 
卵星
 昔の宇宙探検記録が火星の歴史図書館からでてきた。およそ五百年前のものである。
 宇宙探検が始まったのが千年前、そのころは火星に探検基地をつくり、そこから銀河系の中心に向かって宇宙船を飛ばしている。一番近い星でも4、5光年かかる。当時の近光速しか出せない宇宙船だと往復で十年みなければならない大旅行だった。
 五百年ほど前、新たな宇宙航行方法が見いだされ、宇宙船を瞬時に点から点に移動させる、時空間隙移動装置により、たとえ一万光年離れていても瞬時に行くことができるようになった。ただ問題点がある。それにより出発点と着地点の広範囲に時空間の大きなみだれが生じることである。その範囲がいくつかの恒星を巻き込むほど広く、生命が存在する星に影響を与えてはいけないという宇宙憲章のもとでは、宇宙船の目的地の、影響を及ぼす範囲内に高度生命のいる星がないか前もって綿密に調査する必要があった。生命のある星に影響を与えてしまうと、宇宙船の船長は資格停止、所属する会社なり国はしばらく宇宙探査禁止となる。
 そこで、乗用車ほどの小さな生命探査挺を、目的点まで時空間隙移動をさせ、そこの空間の調査をしてから、大型の本船を移動させる。乗用車ほどの大きさのものであれば、時空間の乱れは小さく、一つの恒星系より狭い。着地点に恒星がある確率は、統計的に「なし」に近い。今では、多くの探査挺をとばした結果、安全な宇宙交通マップができており、安全な点を結んで航行すれば、ほとんど問題はおきないことになっている。
 五百年前には宇宙交通マップもなく、高性能の小型探査艇も開発されていなかった。そのころ地球には時空間隙宇宙船が数えるほどしかなく、いった先の恒星にぶつかりお互いが破滅したこともあり、宇宙旅行には危険が伴った。
 その時代に見つけた一つの星の記録がここにある。初めて見つけた高度な知能を発達させた生命体の星で、報告書には「卵星、たまごぼし」とあった。ただ残念ながら、通信記録だけで、その宇宙艇は地球に戻ってこなかった。地球からは二千光年も離れているところだ。
 途絶えた第8時空間隙航行船には二十名の隊員が乗っていた。その船の目的は生命のある星を見つけ、その星を調査することだった。当時はいっぺんにジャンプして目的地に行くのではなく、安全だと思われるところまでジャンプし、調査をして先に進むという航行をしていた。
 第8時空間隙航行船は我々の所属する銀河系の中程に到達し、生命がいると思われる星を見つけたことを時空間通信により報告してきた。
 近くまで到着した時点で、一人乗りの時空間偵察艇でその星を調べている。その惑星の住人はまだ衛星に行くほどの科学力はもっていないようだった。そういった星は胎星と呼ばれた。コンタクトは慎重に行う必要がある。第8時空間隙航行船はかなり長い間宇宙空間に停止し観察を続けた記録がある。
 宇宙憲章では同じ程度の科学の力を持った星人とは協力関係を結び、双方の知識の交換がゆるされていたが、胎星の場合は禁接触星となる。その場合は自然に科学が発達するのを見守らなければならない。手助けをしてはいけない。
 その胎星は宇宙旅行をはじめていなかったが、科学の進歩はその当時の地球の数百年前ほどで、都市は立派な発展を遂げていた。文化的にはもうすぐ宇宙の仲間入りできる、卵から顔を出した段階に位置するだろうということで、卵星と名づけたようだ。送られてきた映像では、住人は鳥族であった。
 そういった観察の結果、船長はコンタクトをとっても大丈夫と決定し、地球からの通信許可を得た。かなりの間、卵星と通信を試み、相手が納得をした上で、その星に迎い入れられたと報告してきた。
 そのときの双方のやりとりは録音され、地球に送られていたので保存されている。
 卵星の成人の大きさは人間と同程度で、姿態は地球のエミュウに手があるような形であった。それぞれ二本の手足は細く、地球の鳥とは違い人間のようにふっくらとしている。ただすべて羽毛におおわれていた。
 彼らの言葉はリズミカルで鳥のさえずりに似ているが、パターン解析で地球のフランス語的ということだった。翻訳機により会話は問題ないと報告してきている。
 第八宇宙間隙飛行船は卵星に着陸した。無事に着陸を果たし、歓待を受けている映像も送られてきている。
 それから地球年の一年間ほど滞在することが、地球からも許可が下り、卵星のほうでも喜んでくれたとあった。ただ、科学に関してはもう少し相手のことを理解してからという地球の宇宙司令部の付帯条件があった。二十人の乗組員はさまざまな調査をしている。卵星人の生活の細かい部分までも報告してきた。
 卵星人に関しては、鳥族であるので当然二本足の哺乳類である人間と形態的には大きな違いがある。寿命は地球人の半分、地球年で五十年ほどである。体の機能の面で最も人間と違うところは生殖機能だとあった。単為生殖で男女はなく、みな卵を産む。したがってアメーバーのように生まれた子どもの遺伝子は親と同じことになる。
 ところが、生まれたときから次の代が腹の中にいる。どういうことかというと、すでに腹の中に卵ができており、生活環境や親が得た知識などが卵に影響をあたえ、卵の遺伝子そのものが改変されていくということだった。
 すなわち親の得た後形質が強く次ぎの世代の遺伝子に変化をもたらし、産んだたまごからでてくる子どもは進化した状態の生命体ということになる。
 卵を産みたくなるのは生まれてからおよそ五十年後であり、卵星人は卵を産むと死ぬことになる。それは突然のようで、卵星人は五十歳近くになると、いつ卵を産んでもいい、すなわち死んでもいいように準備している。
 もう一つ驚くべきことには卵星人は五十歳近くになっても身体の状態は若い頃とほとんど変りがない。ただ、脳の中にいきなり育児本能が現れる。それが星の大統領であろうと一般人であろうと同じである。働いているさなかに育児本能が急に生じ、その時点で政府の用意した産卵宿舎にはいることになる。死の準備でもある
 その部屋も探索隊は見せてもらったとあるが、庭付きの一戸建ての家で、そこの産卵室のベッドの上で卵を三つ産み、それが孵化すると、生まれた子供はその家で共同生活をして、二歳に学校に入り十になるまで通い、卒業すると町にでて働くことになるという。家の管理はその地区の育児センターがおこない、そこで担当するように任命された専門官が子供の世話もしている。
 卵を産んだ親はどうなるかというと、しばらくして死を迎える。その様子も見せてもらったと報告書に書かれていた。
 親は産んだ卵を腹のところにある育児襞の皮膚の下におき、羽化するまでの数週間、ベッドの上で卵の上に覆い被さり、そのままの状態で死んでいく。育児襞の下の卵の中の子どもは、殻を通して親の皮膚の襞から親の血や肉を吸収して育っていく。
 羽化する頃、ベッドの上には親の骨だけが残されており、卵からでた子どもは、自分の卵の殻と生みの親の骨をつついて食べてしまう。カルシウムの補充である。その様子は育児センターの育児係が観察をしている。
 三つの卵から生まれた三人の子どもが卵と骨を食べつくすと、育児係が庭に誘導し、植わっている食料植物を食べさせる。育児係はその家で三人の親として、子どもが学校を卒業するまで面倒を見ることになるわけである。
 そういった報告が第八時空間隙航行船からあり、そこでいきなり連絡が途絶えたのである。
 卵星に捜索隊をだしたのだが卵星がみつからなかった。かなり正確な位置が示されていたのに、行って見ると星がなかったのである。
 奇妙な出来事なのだが、宇宙では何が起きるかわからない。その場所は要注意危険地域とされ、それ以降捜索は行われていない。
 
 なぜこの五百年前の報告書を引っ張り出したのかというと、この数年いろいろな国の人がいなくなるという事件が頻繁におこるようになった。三年間で百人ほどになる。自家用宇宙船で近くの宇宙に散歩にいった人や、銀河系にいく旅行ツアーの人たちである。
 地球の防衛センターでも手をこまねいているだけではなく、犯人のめどがついてきていた。異星人による誘拐であることがわかって謎の宇宙艇が時空間隙航行で地球の近くににやってきていることがわかった。
 太陽系に乱れが生じないように、一光年離れた点に数艘の宇宙艇が停泊していた。そこで地球を観察していたらしく、地球から発進して来た時空間宇宙艇を途中で捕獲し、人間をさらっていることが明らかになった。
 その船の時空間隙航行の方法は地球の宇宙艇と似通っている。まだ時空間隙航行技術が使われ始めた過去には、何艘もの地球の宇宙艇が戻ってきていない。まだ未熟だったからだが、どこかで遭難したか捉えた地球の船からそのメカニズムを拾得したに違いない。そう考えた防衛センターの職員が、昔帰還しなかった宇宙艇を調べた。その結果五百年前の卵星に気付いたわけである。
 卵星の鳥人たちが地球の船を改良してやってきたのではないか。でもなぜ卵星の鳥人が地球人をさらうのだろう。
 防衛センターでは、解析がおこなわれ、卵星の船を捕獲することにした。
 地球の宇宙憲章では、どの星とも戦争をしてはいけない、その星の住人を苦しめたり、死に追いやったりしてはいけないと言う文言がある。
 地球防衛センターでは、そういった相手には意志の疎通を試み、最後は地球に近づけない方策を考えた。
 今回の卵星からきた宇宙船には捕獲した地球人の返還を要求しなければならない。地球の五百年前の宇宙船をもとにして建造された船である。弱点などもよくわかっている。
 地球防衛隊は船の動力を停止させる電磁波を卵星船団に放ち、卵星の船を地球に近づくのを阻止した。電磁波をうけた卵星船団は瞬間に時空を使って移動することができず宇宙のまっただ中で浮かんでいる。
 地球防衛センターの最新宇宙艇は、五百年前の卵星の情報をもとに、鳥族の言葉で、さらった地球人を無事に返せば、卵星の宇宙船を解き放つと報告し、卵星船団の指令船と思われる船にヴァリアーをはって地球にまで引っ張ってきた。
 卵星の指令船の船長から降伏の知らせと、地球人を返すことの返事があった。
 船は月の防衛空港に着陸させ、防衛官たちがその船に乗り込んだ。
 さらわれた地球人たちは危害を加えられることなく個室を与えられ、健康な状態でみつかった。全員無事に地球にもどすことができた。
 卵星人たちは地球の大気圏内で生存できること確認でき、船長を始め乗組員たちは、宇宙服なして収監施設へはいった。
 収監施設といかめしい名前になっているが、高級ホテルなみの部屋が用意されている。
 防衛センターの担当官は、卵星の船の船長に、危害を加えず母星に帰すことを約束し、なぜ地球人をさらったのか、五百年前の地球の宇宙船の乗組員がどうなったかたずねた。
 地球のエミューに似た卵星人の船長はすなおにすべてを話した。
 卵星の船は予想通り、五百年前に卵星に行った地球の宇宙船を研究して開発したものだという。
 卵星人の船長は卵星にきた地球人に厚く感謝をした上、こういう話をしたということである。
 卵星人は特定の年齢に達すると、体の中の卵が発達し、産卵施設で、三つの卵を産み落とす。自分の腹のところにある、羽毛のない保育皮膚が発達し、その部分を卵に当てて覆いかぶさり羽化するまで見守る。卵は産んだ親の皮膚から養分をすべて吸い取って殻を破って生まれる。それはすでに報告書に記載されていることだ。
 卵を産んで親がすぐに脳溢血をおこして死んでしまうことがある。産むことが脳に圧力をかけるので、脳溢血を起こしやすい卵星人は死ぬことある。その結果生んだ三つの卵は育つことはできない。卵星人の最も解決しなければならない問題である。
 五百年前、地球からやってきた宇宙船の乗組員が裸になって水に浸かるのを見た産卵施設の卵星人が、地球人の全身の皮膚は育児のできる皮膚のようだと思った。特におなかの部分は卵を温めるのに適していそうだ。それで地球人に訊ねた。
 「親が死んでしまった卵がいくつもあるのだけど、一晩でもいいから暖めてもらえないか」
 すると、地球人はよろこんでやってくれた。
 二十人の地球人たちは、それぞれ三つの卵の上におなかをかぶせて一晩いっしょにいてくれた。
 「地球人はとても優しい人たちだと思いました、だけど次の日驚いたことが起きていました。地球人のおなかの下の卵が、地球人の血液を全部吸ってしまったのです。卵は大きく膨らんでいました。申し訳ないことに地球人はみんなひからびて死んでしまいました。我々は亡くなった地球人に感謝しました。その地球人は英雄として、我々の星に地球人の館を作って展示してあります」
 「そんなことがおきたのですか、五百年も昔のことですが、地球にその人たちを返してくださいますか、子孫がよろこびますので」
 「それはかまいませんが、死んだ人でも喜ぶのですか」
 「それはそうです、子孫ですから、しかも昔のエリート宇宙飛行士です」
 「分かりました、次に来るときにもってきます」
 「それで、我々の仲間が温めた卵はどうなりました」
 「はい、血をすって大きくなった卵はそのあと温めなくてもかえって、立派な卵星人になりました。とても優秀で、その末裔が我々の星の科学を発展させています。実は私もそのひとりです」
 そういって、船長は手の平を見せてくれた。五本の指に爪が生えていた。卵星人の指は三本だったはずである。
 「私はとても起用です」
 船長が指を細かく動かした。
 「それで、なぜ地球人を誘拐しに来たのですか」
 「誘拐しにきたのではなく、地球を見てみたいということと、地球人にお礼を言いたかったのです、ついたとき、地球から飛び立った個人宇宙船と我々の船がぶつかってしまいました。それで、その地球人を我々の船に助け、話をしました。その人は我々の星に行ってみたいといいました、地球人ならみなそう思うといっていました。
 それで地球から発進した小型の宇宙船に声をかけたら、みな行きたいということで、我々の船に乗せてあげたのです。
 もちろん、優しい地球人のことだから、卵星で脳溢血で親のいなくなった卵を温めてくれるかもしれないという期待はありました。無理にそうしてもらうつもりはありませんでした」
 船長は本心からそう思っているような感じでもあった。
 「だけど、卵を温めると地球人は死ぬんですよ」
 「はいそうです、次の世代をつくることになります」
 よく聞くと、死ぬことは当たり前で、卵の栄養となることは、名誉でもあり、頭のよい子どもが孵化すれば、政府から感謝されるという。
 卵を産むと死ぬ卵星人は地球人と死に対する考え方が全く違う。
 防衛センター長は、地球人はこどもを産むと、こどもが大きくなるまで働いて育てる。途中で親が死ぬと子どもは悲しみ大きくなるのに苦労する。死に追いやることは犯罪なのだと卵星の船長に言った。
 船長はおどろいてなにもいえない様子だった。
 「あなたの星では、殺人事件はないのですか」
 宇宙防衛センター長はたずねた。
 「他の人を殺すなどということをする卵星人はいません、誰一人として」
 と返事が返ってきた。
 「卵を産む前に死ぬとすると事故か病気でしかありません」
 「だけど、地球人をあなた方は殺した」
 「自分から卵を暖めてくれました、それに卵を温めるということは、新たな命になることで、その人は卵の中に残ります」
 船長は言った。
 「卵星人は三つの卵を産む、三つの卵からかえった子どもは兄弟でしょう」
 宇宙防衛センター長は言った。
 「そうです、兄弟です」
 「兄弟が事故で死んだら悲しくないのですか」
 「悲しいとはどう言うことですか」と逆にたずねられた。
 「兄弟の一人が死んでしまうと、地球では嘆き悲しみます、涙をながします」
 「すべての卵星人は兄弟です、一緒に生まれた三人だけではありません、病気で誰が死んでも、病気に気づけなかったことは、回りの者が反省しますが、それだけのことです。ただ、卵がお腹にあるのに死んだことはかわいそうに思います」
 悲しいという感情をもっていないようだった。
 五百年前、あれから卵星を見つることができなかったのはどうしてだろうかと、船長に尋ねると、船長は自分の星の位置を、宇宙地図上で示した。
 「むかしからかわっていませんが」
 五百年前の報告による位置と比べると、地球からの位置が1度違っていた。二千光年離れていると、地球から1度違ったところに移動するととてつもなく遠くはなれたところに着点することになる。地球の宇宙船の観測ミスだったようだ。まだ未熟な宇宙船だったのだ。だから当時、卵星を見つけられなかったわけである。
 数週間後、卵星の宇宙船は地球の宇宙船に見守られて卵星にもどっていった。
 その後、卵星とは平和条約を締結した。地球では脳溢血の予防が進み、ほとんどなくなっていることから、卵星人に病気の予防方法を指導した。まずは特効薬を無償で提供した。その結果、卵を産んだときに死ぬことはなくなったということである。
 五百年前の第8時空間隙航行船の宇宙飛行士の干からびた遺体は、卵星からすぐに返された。子孫たちの希望で地球の宇宙航行歴史館に納められた。
 卵星は地球に深く感謝して、第八時空間隙間航行船の二十人の地球人とその子孫に名誉卵星人の称号を付与した。
 さらに、卵星では、「悲しみ」という感情を理解しようという研究が始まったということである。 
卵星
 
