
夜明け香る
揺らすこと
2013年
柊和がハーブティーをひと口飲む。
彼女の白く細い喉が何か別の生き物のように動いた。
色素を作らない深海の生き物も白く透明だ。彼女の喉もよく見てみると、飲み込んだものが透けて見えるかもしれない。
小鳥遊はその深海生物を見ていた。彼もコーヒーを飲む。喉が動いた。
市営バスターミナルから徒歩5分。
地方の小都市には珍しい深夜カフェは26時まで営業している。24時を過ぎると客は二人だけになった。
ボリュームを絞ったビル・エヴァンスが店内に流れている。半分外みたいなサンルーム風のカフェテラスは夜も更けるとすっかり寒くなっていた。つい最近まで暑かったのにと言いながら柊和がティーポットで両手を温める。
だらだらと続いた残暑も忘れかけている季節。夜は冷気を含んだ空気で深みを増し、気がつけば街路樹の色を変えていた。
「知ってます?虫の声で季節を感じるのって日本人くらいなんだって。西洋人には雑音らしいですよ」
パンプキンパイの端っこをフォークで突っつきながら柊和は続けた。
「虫の羽音よりも、やっぱり虫の声のほうが言葉として綺麗ですよね」
少し暗すぎる暖色系の照明が柊和の黒目を艶々と大きくさせていた。
2009年
去年、アメリカのとある大手投資銀行が経営破綻した。
その煽りを受けて柊和の勤めていた会社も倒産した。その日、会社に出社したら社員全員が食堂に集められ債務整理の説明があり、その事実を知ると柊和は真っ先に自分のデスクとロッカーを片付け職場を後にした。元々辞めてやろうと決めていたから執着も未練もなく、むしろ清々しい気分で高揚感すら感じていた。
しばらくは悠々自適に無職を謳歌していたが、自分を見つめ直す時間が多くなるとそれに比例して焦燥感も多くなっていった。
仕事に従事していた時は、辞めたらあれをやろう、これをやろうと考えを巡らせたが、いざ実行する時間ができると途端にやろうとしていた事に疑問が生まれ始める。それは本当にやりたいことなのかと自問自答するが結局答えは見つからず、生ぬるい言い訳で現実を回避しているうちにいつの間にか大量の時間を浪費していた。
その事に気づき、いざ再就職先を探すにも、金融ショックの影響は予想以上に厳しく、待遇の良さそうな求人は一つの救命ボートに群がる救難者のように募集が集中していた。
週末に知り合いの小料理屋の手伝いで得た御駄賃と、そこそこ貯めていた貯金を切り崩してやりくりしていたが、燃費の悪い外国車のように貯金はみるみる減っていき、気がつけば残高はエンプティランプ寸前だった。
そんな時に小鳥遊と知りあった。
手伝っていた小料理屋に彼はいつも週末に訪れていた。カウンターの奥の方で、その日のお勧め料理とビールを二杯注文する。
いつも何かの書類を見ながら考え込むわけでもなく、ただ無表情に、でも丁寧に書類に目を通している姿が印象的だった。
客の動きにも気に掛けることが出来るくらいに柊和がお店に慣れてきた頃のこと。まだ早い時間帯で手が空いている時に、ふと目にした小鳥遊の所作が他の客と何処か異なる事に気がついた。
書類をめくる指先や、料理を口に運ぶ手、眼鏡を上げる仕草。その点から点に流れるような所作は洗練されていて、とても美しく一片の無駄もなかった。
柊和はそんな彼の所作が何処から来るものなのか知りたくなった。そして気がつけば彼女から小鳥遊に話し掛けていた。
柊和はいつも週末に訪れる小鳥遊と少しづつ会話をするようになっていた。
その他愛もない彼女の話に、小鳥遊は耳を傾け目を細めた。目尻に小じわが浮かぶ。見た目より実年齢は上かもしれないと柊和は思った。
会話を重ねるうちに小鳥遊の柔らかい物腰と、少しとぼけた会話が心地よく、気がつけば彼が訪れる週末を待つようになっていた。
そして会話の流れから柊和は彼の職業を知った。
「香想師です」
聞き慣れない言葉に一瞬戸惑い、言葉が詰まった。
「香りを創る仕事です。調香師とも言います。個展とかファッションショーの香りを創ったり、わかりやすく言えば香水とか化粧品の香りを創ったり、企業でお菓子なんかの香りを創る人もいます。いい匂いだなとか、美味しそうな匂いだなとか、そんな香りを創るんです」
二杯目のビールを柊和が差し出すと小鳥遊は喉を湿らせた。
「僕の場合は記憶の香りを創るんです。人ってそれぞれ、特定の香りを嗅ぐと色んな記憶が蘇るでしょ。どこか懐かしい香りや、なぜかその匂いを嗅ぐと思い出す記憶。僕はそんな香りを創るんです。あ、すみません、なんか偉そうに語ってしまって」
「確かに記憶と香りはひとつの引き出しに仕舞ってありますよね。私、包装紙の匂いを嗅ぐと子供の頃のクリスマスを思い出します」
柊和は鼻腔をくすぐられていた。
後日、柊和は小鳥遊のアトリエに行くことになった。
小鳥遊の香想師という仕事が気になり、見せてほしいとお願いすると、彼は快く迎えてくれた。
そこは市営バスターミナルの裏の路地からさらに奥の細い路地。古いマンションの一室にあり、地元でもあまり通ることのない場所にあった。
バスターミナルの正面には小料理屋のある商店街のアーケードが続いている。表か裏かの違いでまるで知らない街に来たような感覚に包まれた。
アパートの入り口、アーチ開口になった外階段で三階に上がる。色が薄くなった赤いリノリウムの廊下が先まで続いていた。その廊下の一番奥の角部屋に小鳥遊のアトリエがあった。
ドアに白抜きの小さなネームプレートが貼ってある。
「小鳥遊 香想所」
小鳥が遊ぶ?
インターフォンを押すと、どこか古めかしい音がした。しばらく沈黙の後、ドアが開いた。白衣を着た小鳥遊が顔を出す。
「あ、柊和さん、よく来てくれました。入って下さい」
柊和は軽くお辞儀をすると、何故か小鳥遊もお辞儀をした。
部屋の中に入ると両側の壁一面に、小さな引き出しのついた薬棚のような木製の棚が並べられていて、正面には銀色のスチールの机が置いてあった。
その机の後ろの壁には棚があり、小鳥遊が小料理屋で見ていたような資料が整然と並んでいる。その部屋の中央には正方形のテーブルと対面で椅子が置いてあった。
「ここ、分かりづらかったでしょ。よくお客様にも言われるんです」
小鳥遊は正方形のテーブルにお茶を置き、椅子を引いた。
「あ、これ、よかったらどうぞ」
柊和がロールケーキを渡すと、小鳥遊は一緒に食べましょうと小皿とフォークを用意した。
「ここに高梨さんも住んでるんですか?」
「いえ、自宅は別です。ここはアトリエです」
「アトリエの名前はなんて読むんですか?小鳥が遊ぶって書いて」
「ああ、たかなしです。小鳥が遊ぶと書いて小鳥遊と読むんです。珍しいでしょ。小鳥は鷹がいない時に遊ぶ。だからタカナシらしいです。なんか場合も名前も分かりにくくて、すみません」
柊和はタカナシの小鳥遊は小鳥遊で高梨ではない事を知り、耳が熱くなった。
しばらく雑談をした後、小鳥遊は薬棚からいくつか小瓶を取り出し、さっきまでロールケーキを食べていた正方形のテーブルの上に並べた。その茶色い小瓶の蓋には小さなスポイトが付いていて、側面には三桁の数字と文字が書かれていた。
「この香油は『ロシアンブルーの夢』です。亡くなられた愛猫のお腹の匂いをとご依頼されました」
「この香油は『逢引』です。別れた最愛の人と過ごした夜の匂いをとご依頼されました」
「この香油は『カノン』です。霧雨が降る午後の楽譜の匂いをとご依頼されました」
小鳥遊が丁寧な言葉と流れるよいな動きで調香した香りの説明をする。彼のあの一片の無駄のない所作はどこから来るものなのかが薄っすらと見えた気がした。
「そしてこれが柊和さんからご依頼されていた香油です」
小鳥遊はその無駄のない所作で静かに柊和の前に小瓶を差し出した。
「柊和さんの香油『黎明』です。藤色の夜明けの香りです」
「ホントに調香してくれたんですね。ありがとうございます」
柊和はムエットに香油を一滴落とした。鼻を近づけると、甘く爽やかな香りが鼻腔を通った。それは深い藍色から藤色に染まっていく空の移り変わりを感じさせるような綺麗な香りだった。そして彗星の尾のように後から微かに感じるほろ苦い香りは、闇を少しだけ残した夜明けの香りのように柊和の心を掻き乱す。
そしてその調香された香りの束は幾層にも重なりあって、彼女の心の奥底に眠る碧く澄んだ記憶を包みこみ、目の裏まで運んできた。
「微かに金木犀の香りがする」
「よくお分かりで」
「あとはまったく分りません」
もう一度、鼻を近づけた。
すべての香りに調和が取れていて、彼女の記憶を刺激した。
「すべて自然の香料を使っています」
「とても素敵ですね。懐かしい記憶が思い起こされて、胸がぎゅっとなります」
2000年
13歳の秋はとても印象的でした。
私はクラスでもごく平凡な生徒で、すべてが真ん中というか、何か突飛したものも極端に劣っているものもなく、只々支点に戻りたがる小さな振子のような生徒でした。
しかし、そんな私の振子の重りを大きく揺らす友人が現れました。その彼女は私とは別のクラスで、存在は認識していましたが会話はしたことはありませんでした。
あれは10月の文化祭の時です。私は吹奏楽部に所属していて、文化祭の日も吹奏楽部として体育館でクラリネットを演奏しました。演奏が終わり、後片付けなんかも終えて教室に戻る途中に彼女から話しかけられたんです。確か、演奏上手だったねとかそんな感じだったと思います。
彼女自身、目立つような子じゃなかったから、話しかけられた時はとても驚きました。初めて聞いた彼女の声がとても澄んでいて、それが印象的でした。
それを境に彼女とはとても仲良くなりました。休憩時間とかお昼休みには一緒に他愛もない話をしていました。
その時間は二人だけの世界というか、まるで大きなシャボン玉の中に二人だけしか存在していないような、とてもキラキラとした時間でした。今思えば思春期の幻想のようなものだったのかもしれません。
そんな日が1ヶ月くらい続いた11月の事です。彼女から海に行こうって誘われたんです。
急で驚きましたが私も勢いで、いいね、一緒に行こうよなんて。
ほら、この県って海がないから電車に2時間以上乗らないと海には行けないですよね。中学生の二人にはちょっとした冒険じゃないですか。でも親に嘘はつけなかったから正直に言いました。
親も少し渋い顔をしていましたが、何とか了承を得てお金もお小遣いを前倒しで出してもらいました。11月に海に行くって言うんだから、今考えれば渋い顔もしますよね。私が何かに思い悩んでいたとしたら、きっと止められたでしょう。でもちゃんと説明をして理解してもらえました。
朝一番の電車で行って、夕方の6時頃着の電車で帰ると言いました。
私は早起きをして支度をしました。夜明けに準備をして、これから友達と出掛けると思うとそれだけでわくわくしたのを憶えています。
外は薄っすらと明るくて、世界中でこの日は自分だけが特別な事をするような気分だったんです。このまま、この夜明けだけが永遠に続かないかと思いました。きっと友人に会って一緒に海に行けば、それは楽しいし素敵な時間が過ごせるんですが、私はこの夜明けの時間が愛おしかったんです。
そして何故か思ってしまったんです。今日、海に行くのが友人との最後の思い出になるんじゃないかって。だっておかしいじゃないですか、11月に突然海に行こうだなんて。春休みだって夏休みだって、まだまだ時間はあるのに、まだ中学生なのにすごく急いで生きてる感じがしたんです。
それから彼女とは駅で待ち合わせをしました。私が駅に着くと彼女はもう先に来ていて、いつもの満面の笑みで手を降ってくれました。その笑顔を見ると夜明けに感じた不安はすぐに消えて、それからの時間を楽しく過ごしました。電車でお弁当を食べたり、音楽や映画の話をしたと思います。その辺の記憶は曖昧ですが、とても楽しい時間でした。
電車を乗り継いで目的地の駅に到着しました。そこはとても小さな駅で、乗る人も降りる人も私達だけでした。その時は何で友人はここを目的地にしたんだろうって不思議でしたが、民家の間から海が見えるとそんなことも忘れて、どちらともなく海へ走っていました。
とても天気のいい日で、少し暑いくらいでした。しばらく二人で浜辺や小さな漁港、駅の周辺を歩きました。
時間が経つのも忘れて、お喋りしながら歩いていたら彼女が言ったんです。この町どう思うって。
私は小さい町だけどいい所だねって言いました。その返事に対しての答えはなく、彼女は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべていたのを憶えています。
小さな旅も終わり年が明けてすぐに、その友人は転校してしまいました。
両親が離婚して父親と海外に行く事になったと言いました。いつかまた会おうねって言ったら、あの海で見せた悲しそうな笑みを浮かべていました。
後から知ったんですが彼女の母親の実家が、11月に二人で行ったあの海辺の町だと分かったんです。
きっとあの時、まだ父親か母親かどっちを選択すればいいのか彼女は思い悩んでいたんだと思うんです。だからあの海辺の町に行って何か理由を探していたんじゃないかって。
私はあの時の夜明けが忘れられません。
あの時の夜明けに感じた感情が薄れるのが嫌なんです。
もう少しゆっくりと夜が明けていれば、彼女の選択も、もしかしたら変わっていたかもしれません。彼女も同じ夜明けを感じていたはずだと思いたいんです。
だから私は夜明けの香りをお願いしたいんです。
2014年
「柊和さんの香油はとても丁寧ですね。フゼアを基調としたベースノートはご依頼通りだと思います」
小鳥遊はもう一度、ムエットを揺らした。柊和が調香した香油が漂う。
目を閉じると何処か懐かしい気持ちにさせられた。
柊和が小鳥遊に、調香を教えて下さいと申し出てから5年が経った。
小鳥遊の持つ知識も大方教えてもらい身につけた。小鳥遊からは、そろそろ独立してみてはと打診もあったが、まだ自分には足りない部分が多いと躊躇していた。
窓から見える銀杏の木が黄金色に輝いている。石油ストーブの上に置かれたやかんからゆっくりと湯気が上がっていた。
小鳥遊がコーヒーの入ったマグカップを二つテーブルに置いた。
この季節になるとね、胸がざわつくんです。何でですかね、これまで感じた色んな感情を精査しなくちゃいけない気持ちになるんです。
人は選択の連続で人生を歩んでいます。勿論、自分が選んだ全ての選択が正しかったわけではありません。ですがその間違った道も振り返らなくてはいけないと思うんです。じゃないと間違ったまま進むことになりますから修正が必要なんです。
とりわけ人は後悔と上手く付き合っていかなくちゃいけない。ある程度歳を重ねると、これからの出来事よりも、これまでの思い出のほうが大切になってくるような気がするんです。若い人は未来に夢を見て、歳を重ねれば過去の後悔に哀愁を感じる。良くも悪くも、その過去の出来事が重なり合ったものこそ、その人の人間味になるんじゃないですかね。
自分を見つめ直すじゃないけど、人生を振り返ってみて、なぜ自分のような人間が形成されたのか考えてみると、余りにも薄っぺらい人生論で出来上がっているんだなとつくづく嫌になるんです。でもそれも自分なんだと思うと愛おしくもある。そんな矛盾こそが人間なんだと思うんです。だから選択を間違った道でも振り返って認めなくてはいけないんですよね。
以前、ご依頼された高齢のお客様は、人生の最後に思い出したい記憶があると仰っていました。先立たれたご主人と過ごした結婚当初に住んでいたアパートの香りとのご依頼でした。何度も調香を繰り返したのを覚えています。
こんな僕でもその人の人生の終わりを素晴らしいものにする手助けが出来るのだから、誉れな仕事だと思っています。この幸福を是非、柊和さんにも感じてほしいんです。
昔、柊和さんに創った「黎明」を覚えていますか。
ご友人と最後に行かれた旅の夜明けです。人生の選択をしたそのご友人も、今は柊和さんと過ごした時間は大切な記憶になっているでしょう。いつかその彼女の「記憶の香り」を創ってあげてほしいと僕は思っています。
柊和はゆっくりとコーヒーを飲んだ。香想師になって嗅覚が敏感になったと感る時がある。
テレビのニュースで、来週末は初雪が降るかもしれないと言っていた。確かに冬の匂いが濃くなっている気がする。
未だに記憶の香りを創るなんて幻想の産物だと思う時がある。実際には依頼者しか知り得ない記憶の香りなのだから当然だ。
小鳥遊から教わったなかで一番難しかったのは調香よりも、依頼者から香りのヒントを引き出す技術の方だった。
依頼者に記憶を語ってもらい、文面にまとめる。それを何度も読み返し依頼者が発した言葉から香りに変換する。小料理屋で小鳥遊が丁寧に見ていた資料がそれだった。どの香料を組み合わせ、どれくらいの割合で調香していくか。頭の中でイメージをしていく。あの流れるような無駄のない所作は、この作業に集中している証拠だった。
これは幻想を創る仕事だ。柊和が13歳の時に友人と過ごした思春期の幻想とよく似ている気がした。
2015年
「昨夜、モロッコのマラケシュ郊外で邦人一人を含む9人が死亡するバス事故がありました。現在、大使館で身元の確認が進められています」
2025年
「すみません、ここ分かりずらかったでしょ。皆さん迷われるんです」
柊和は中央のテーブルにお茶を置いた。
「こちらが御依頼された香油『雷鳴』です。初夏の校舎の香りです」
以前、「小鳥遊 香想所」があったアパートは数年前に取り壊されて商業ビルになっていた。バスターミナルの裏手は地域全体が都市開発で大きく変わり、昔の面影は時間と共に消えていった。
「小鳥 香想所」
柊和は郊外の住宅地にアトリエを置いた。
10年前のあの日、小鳥遊が空港に向かう早朝、柊和のスマートフォンに小鳥遊からメッセージの着信があった。
「金曜に帰国します。追加で欲しい香料があれば連絡を下さい」
柊和も一緒にモロッコに行く予定だったが、どうしても終わらせなくてはいけない仕事があって日程が合わなかった。
「人生は選択の連続です」
きっと小鳥遊はそう言うだろうと思う。でもそれを過去の後悔にしたくなかった。だから小鳥香想所を始めた。遊びも終わり、小鳥が巣立つという思いでこの名前にした。
海に行った時の夜明けと彼が最後に見た夜明けは同じものだったのか。
きっと藤色の夜明けだったに違いない。
先月、SNSにメッセージが届いた。
文面からも何処となく13歳の時の面影が感じられ、あの時の澄んだ声がリフレインしているようだった。鼻腔に感じる黎明が柊和の振子の重りを揺らした。
そして彼女は創造する「秋の夜明け」という記憶の香りを。
夜明け香る