映画『秒速5センチメートル』レビュー

 実は私、アニメの方の『秒速5センチメートル』が苦手だったんです。理由は新海誠監督の特徴といえる①詩の朗読のようなモノローグ、②それに添えられる背景美術が作り出す脆いガラスのような世界観がSFの設定と見事にマッチしていた『ほしのこえ』と違い、『秒速5センチメートル』では上記した部分がドラマを生み出すための仕掛けとして剥き出しになり、比喩が強めな私小説のように感じてしまって、上手く劇中に入り込めなかったんです。
 そんな『秒速5センチメートル』の実写化の情報。最初はパスだなぁと思ったのですが遠野貴樹役があの松村北斗さん。話題作への出演を重ねる度に頭角をメキメキ現している大注目の俳優で、監督を務めるのがこれまた奥山由之さんときたら観に行かない理由を探す方が難しい。『ポカリスエット』のCMなどを通じて拝見できる繊細な映像作りで読み解かれる『秒速5センチメートル』だとまた違うかも、と期待も高まる次第。それでも拭い切れない不安と内混ぜな心持ちで鑑賞に臨みましたが、結果はもうボロボロのボロ泣き。中盤からラストまで涙腺がバカになってしまい、ハンカチで涙を拭い、また泣いては涙を拭っての繰り返し。ヤバかったです、実写の『秒速5センチメートル』😭👏🏻


 実写化にあたって三話構成を一本化、さらにエピソードの追加や膨らましを行ったのが実写化成功の大きな要因だったと思います。そうする事でより貴樹と明里の出会いと別れに焦点を当てることを可能にし、二人が見上げる月や星に喩えられた「孤独」の意味が深まって物語の感動を新たにしていました。
 あの頃、夢中になった星々は実際の宇宙で何万光年も離れた場所に位置している。貴樹と明里の世界も成長するに連れて広くなり、その距離を埋められずに二人はどんどんと離れ離れになっていく。そうして決定的に失われようとする温もり、それを必死に抱きしめようとした中学校時代。その頃の二人を演じた上田悠斗さんと白山乃愛さんの純粋さ。その輝きを、三十歳を前にして何一つ取り戻せない貴樹と明里の淡い繋がりを松村北斗さんと高畑充希さんがそれぞれの表情や仕草で表す哀愁のギャップ。それが凄まじく感涙もので、その間に差し込まれる高校時代の片思い。痛くて仕方ないその切なさを完璧に演じた澄田花苗=森七菜さんに覚える愛おしさ、それを受け止め切れない貴樹=青木柚さんの寂しさが加わると情緒が完全に決壊状態。
 『雲のむこう、約束の場所』で主人公ヒロキの声優を務められた吉岡秀隆さんが演じる科学館の館長と貴樹が出会うことで開ける宇宙との関わり、その縁がボイジャー1号と2号の旅立ちにも通じていき、明里との関係が運命的なものになる展開もまた激アツで、アニメを観た方なら真っ先に思い浮かべる「あのラスト」に咲き誇る桜の花びらもまた一枚、一枚と離れ離れになって季節を彩るのが切なくてもう、もう…😭劇中の合間、合間に差し込まれる風景ショットもさすが写真家でもある奥山監督!と膝を打つクオリティで、その全部が原作リスペクトに溢れる第二の台詞として機能する中、劇場に届く中学校時代の貴樹と明里が二人っきりで交わす会話や思い出のショットがまた涙を誘う。山﨑まさよしさんの『One more time,One more chance』を始めとする劇中歌の使い方も完璧。何度思い返しても全方位で文句なし。こんなにいい物語を苦手としていた自分の感性を激しく疑う羽目にも陥りました。本当すいません、新海誠監督。絶対観直します『秒速5センチメートル』。
 個人的には大好きだった宮崎あおいさんの自然な演技もたっぷり堪能できて、本格復帰に喜ぶばかり。森七菜さんもマジで天才だったわ…。『飛べない天使』以来、出演作を追っている青木柚さんも素晴らしい演技。見渡せば他にも中田青渚さんとか、木竜麻生さんとか業界きってのホープが勢揃い。そういう意味でも実写版の『秒速5センチメートル』が映画史を飾る作品なのは間違いありません。松村北斗さん?もちろん、俳優としてその名前を心の奥にさらに深く刻みましたよ。松村さんが出演するからあの作品観に行こうっかって感じの脊髄反射が可能な状態です。
 もうね、まだの方あるいは迷っている方はつべこべ言わずに劇場へ足を運んで下さい。最高に映画している時間がそこで待ってます。是非!

映画『秒速5センチメートル』レビュー

映画『秒速5センチメートル』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-10-13

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