還暦夫婦のバイクライフ 48
ジニー&リン、紀伊半島を旅する その1
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
8月も終盤に差し掛かったある日、リンがポツリとつぶやいた。
「ああ・・・。久しぶりに旅に行きたいなあ」
ジニーはそのつぶやきに反応する。
「リンさん、いいねえ。泊りでどこか行こう。どこに行く?」
「ん~。行きたいところはいろいろあるけど。山口の角島とか、九州も行きたいなあ。出石のそばもいいし、紀伊半島も行ってみたいし。ジニーは?」
「僕は、この前行けなかった戸隠は行ってみたいな。それから飛騨高山とか」
「そうねえ。どこに行こうか。前にお世話になった掛川の民宿ふくださんも行ってみたいんよねえ」
「そうやな。でも静岡方面は、なかなか行くようにならんよね」
「うん」
「そう言えば、僕はお伊勢さんに行ったこと無いんよ。今回は紀伊半島行ってみようか?」
「そうする?じゃあ、紀伊半島一周ツーリングでよろしく」
ということで、今回は紀伊半島巡りをすることとなった。
日程や宿の手配、行くところをバタバタと決めて、9月27日早朝、二人は出発した。
「リンさん、出ますよ」
「いいよ」
4時10分、家を出発して、松山I.Cに向かう。高速に乗り、徳島を目指す。真っ暗な高速道を走っているのは、ほぼ大型トラックだ。
「リンさん、少しペースを上げますよ」
「どうぞ~」
ペースを上げて、トラックの群れから抜け出す。いつもは止まる入野P.Aをスルーして、川之江JCTで徳島道に乗り換える。前にも後ろにも車はいない。真っ暗な高速道をひた走る。
「リンさん、吉野川S.Aに止まるよ」
「わかった」
少しずつ夜が明け始める。うっすらと明るくなった5時20分、吉野川S.Aに到着した。
「着いた。腹減ったなあ。お店は・・・閉まってるよなあ」
「ベンチも無いし、休憩もできないねえ」
リンががっかりする。
「何か、温かい飲み物が欲しいなあ」
ジニーは自販機を確認するが、この季節に暖かいものは無かった。
「はあ~、行こうか」
「うん。次はどこまで?」
「南海フェリー乗り場まで」
「食堂か何かあればいいね」
「そうだな。とにかく腹減った」
二人はバイクにまたがり、S.Aを出発した。
すっかり夜が明けて、見通しが良くなった道をどんどん進む。徳島JCTで臨港道路に乗り換え、徳島沖洲I.Cで降りる。
「その先右だって」
いつの間にかリンがナビを起動していた。
「右ね。オッケー」
信号が青になり、右折する。
「その先左」
「あの信号だな」
ジニーは事前に地図アプリで確認していた通りの案内に、安心する。
「突き当り右、その先左で到着です」
「わかった。ナビ様の仰せの通りに」
ナビ通りに走り、南海フェリー乗場に到着する。ジニーは建物をぐるっと回りこむ。
「ジニーそっち?」
「うん。建物を回り込んだところに、ドライブスルーの券売所がある。ネット動画で見た」
「ふ~ん」
ジニーのいう通り、ドライブスルー券売所があった。券売機かと思ったら、おじさんが座っていた。
「お早うございます。バイク何CC?」
「お早うございます。大型2台お願いいたします」
「2台ね。6,900円が2台で13,800円。8番レーンに止めて」
「わかりました」
ジニーは料金を支払ってチケットをもらう。リンと一緒に8番レーンにバイクを止めた。先に2台のバイクがいた。ヘルメットを脱いで、周囲を見回す。
「リンさん。この位置、フェリー乗り口が鋭角登りターンだ。途中で停まったら、転倒する可能性大だな」
「ん~、これはきついなあ」
「でもまあ、幅があるから大きく回れば大丈夫かな。ところで今何時?」
「えーと、7時20分だよ」
「8時出航だから、まだ余裕あるな。あのターミナルに食堂あるかな?」
「どうだろうね」
腹をすかせた二人は、ターミナルビルを覗く。残念ながら食堂は無く、売店も閉まっている。あるのは、おやつパンの自販機だけだった。
「仕方ないなあ」
ジニーは自販機のパンを2個買った。二人はバイクに戻り、一つのパンを分けて食べる。
「もしかしたら、フェリーの中にあるかも」
「ジニー、多分無いよ」
「無いかなあ」
そうこうするうちに、フェリーがやって来た。二人は乗船の準備をする。フェリーは乗っていた車をすべて吐き出し、乗船が始まる。係員の指示に従い、船に向かう。心配していた鋭角ターンだが、リンは難なくこなした。
「リンさん、フェリーの中は注意してね。床にいろいろ出っ張りあるし、ここに止めろの指示が結構急だから、慌ててこけないようにね」
「うん」
車両甲板をゆっくりと走り、指示されたところに止める。リンはジニーの右側を走っていたが、いきなり左に止めろと言われてパニクる。
「え!ジニーどうしよう」
「いい、いい。そのまま右に止めて。左には次のが入るから」
ジニーはリンに、そのまま右に止めるように指示する。左には小さめのスクーターが入った。
「さあ!飯だ」
二人は客室に上がる。場所を確保してからジニーは船内をうろつく。それから、リンの所に戻った。
「やっぱりなかった・・・」
「残念ねー」
リンはさっき買って残していたパンを半分、ちぎってジニーに渡した。
ジニーはそれを、ちびちびかじる。
10時10分、フェリーの中で充分休息した二人は和歌山に上陸した。まず一つ目の目的地の和歌山城に向かう。駐車場の位置は確認済みなので、それをナビに投入する。
「ジニーこの先左」
ジニーはナビの指示通りに走る。やがて迷うことなく目的地に到着した。
「今日のナビ様、調子いいね」
「前回は結構やられたよねえ」
二人は前回の信州の旅を思い出す。
テニスコート横の駐輪場にバイクを止め、ジャケットも脱いで身軽になる。それから案内に従って城山を登り始めた。
「天守はそんなに大きくないのに、随分と規模のでかいお城だなあ。昔は結構田舎だったろうに・・・あ、三つ葉葵だ。あー、そうか、ここは徳川御三家の一つだった」
「そう言えばそうだねえ。それでこの城の規模か」
「落語でもあったな。鍛冶屋の話。最後にきしゅ~ってオチの付くやつ」
「ふ~ん」
石段をやっこらさっと上って、天守下に辿り着く。大勢の観光客でにぎやかだ。あちらこちらから中国語が聞こえる。
「リンさん、中国からのお客さんがいっぱいだ。すごいなこれ」
「中国の祝日じゃない?なんだっけ、国慶節だっけ」
「もう始まってるのかな」
「さあ?」
そんな話をしながら、茶屋を覗く。
「りんさん、何か食べれるよ」
「そうなん?食べよう」
二人は店員さんに、牛丼と梅うどんを注文した。お土産屋さん併設のため、二人が座るテーブル席の横を多くの人が通り過ぎる。そこで二人は食事をする。
「なんだか落ち着かないなあ」
そう言いながら、きれいに完食する。
「ご馳走様でした」
食器を返却して、天守に向かう。入り口で入館料二名分820円を払い、中に入った。
お城の歴史や歴代城主などの展示を見て回る。三階は展望所になっていて、外の回廊をぐるっと一周できる。
「和歌山市、でかいねえ」
「大阪圏だしね」
二人は景色を堪能してから天守を降りた。登って来た道と別のルートで城山を降りる。降り切った所は大手門手前だった。
「リンさん、僕はどうやら新裏坂のつもりで表坂を降りたみたいだ」
「ジニー言ったよ?そっち降りるのかって」
「言ってたなあ。まちがえた」
「いいんじゃない?大手門見に行こう」
二人は大手門を見て、のんびりと歩いて駐輪場に向かう。
「あ、ジニーあれ!あれ渡ろう」
リンは堀にかかる橋を指さした。公園を横切り橋のたもとまでくる。
「へえ、土足じゃないんだ」
二人は靴を脱いで手に持ち、斜めに下る木の橋を渡ってゆく。
「結構滑る。ゆっくり歩かんと」
ジニーは横桟にけつまずかないように、慎重に足を運んだ。
二の丸公園から西の丸広場に渡り、バイクに戻る。
「リンさん、今13時50分だ。ひょっとしたら奈良の大仏様見れるかも」
「そうやね。行けたら行ってみよう」
ジャケットを羽織り、ヘルメットを被る。それからナビの案内で再び走り始める。市内を右に左に曲がり、阪和道和歌山I.Cから高速に上がる。
「リンさん、途中でガソリン入れる」
「わかった」
そこから30分ほど走った所にある岸和田S.Aに止まった。
「ジニー何か食べよう。おなか空いた」
「そうだな。そうしよう」
二人はフードコートに向かい、券売機の前に立った。しばらく悩んでジニーは和歌山ラーメンチャーハンセット、リンはマーボ鶏唐揚げ丼を注文した。しばらく待って出来上がった料理を受け取り、早速食べる。
「ん・・」
ジニーが肩をすくめる。二人は黙々と食べて、完食して食器を戻した。それから店内をしばらくうろつき、酒の肴を調達する。時計を見ると、16時前になっていた。
「ありゃりゃ、リンさん残念ながら、大仏様は無理だ」
「無理だね。今日の宿には何時って言ってあるの?」
「18時」
「あーじゃあ、宿に行こう」
「わかった」
二人はバイクに戻り、準備を済ませて出発する。スタンドに立ち寄り、給油する。
「リンさん、212円だ」
「まあ、それくらいはするでしょう。S.Aのスタンドだから」
ジニーはカードで決済した。阪和道に戻り、ひたすら走る。
「思ったより遠いなあ」
ジニーがつぶやく。松原JCTで西名阪に乗り換える。そこから本日の宿がある津市へと向かう。
「ふあああ~」
リンがあくびを始めた。あまりの単調さに眠くなったのだ。
「リンさん、眠い?」
「・・・・・眠い」
明らかにリンは眠気で不機嫌になっている。ジニーは会話の種を探すが、何も思いつかない。ジニーがふと気付くと、リンは随分後ろに離れていた。少し減速すると追いついてくるが、今度は勢い余ってジニーの前に出た。後を気にするよりはましだと思ったジニーは、前に出ずにリンの後ろを走る。西名阪はP.Aが少なく、手近に止まれるところが無い。
「全くなんで止めれる所が無いんよ!」
リンが怒り出す。
「ねむい~もう無理~ね~む~いい~」
リンが限界に近づく。そこへ、伊賀S.Aの案内が出てきた。
「リンさん、S.Aだ。止まるよ」
「う~」
ジニーは残り2Kmをじりじりしながら走る。やっとのことでS.Aに滑り込み、駐輪場に止めた。二人はヘルメットを脱いだ。
「全く!気の利いた話も出来んし!だいたい何で私が前走らないかんのよ!眠いっちゅうとろうが!!」
ジニーはリンにえらい剣幕で怒られる。
「すみません」
ジニーはそう言うのがやっとだった。リンははっとする。自分が八つ当たりしているのに気付いたようだ。
「何か買ってくる」
ジニーは売店に向かい、エナジードリンクを買ってきた。それをリンとシェアする。
「ジニー宿まで30分だって。もう少しだね」
「何時?17時か。少し休憩してから出よう」
2人は15分ほど休憩してから出発した。名阪国道から伊勢自動車道に乗り換え、津I.Cで降りる。
「ジニーさっきのパワードリンク効くわー。全然眠くないや」
「そうやな。確かに効いてる」
I.Cから県道42号に出る。そのまま東へとひたすら走る。
「ジニー、ナビ様はまっすぐ行けって」
「了解。しかし何もない所だな。田んぼしかないや」
まるで農道のような道を走ってゆくと、市街地に入った。もう少しで海というところで、今日の宿に着いた。途中から二人の前を走っていた大型バイク2台も同じホテルの駐車場に入る。ジニーとリンはバイクプランで予約していたので、専用の屋根付き駐輪場にバイクを止めた。先の二人は車両駐車場に止めている。
「リンさんお疲れ」
「疲れたねえ。ジニー荷物全部持っていくの?」
「サイドバックは外さないよ」
「わかった」
二人はバックを持って、ホテルのフロントに向かう。料金は前払いで2名10,800円だ。ここは無料で家族風呂が予約できる。
「これは使わない手はないわね」
「先にどこかでご飯にしよう」
フロントで鍵をもらって二階の部屋に向かう。そこで荷をほどき、一休みしてから晩御飯に行く。
「どこ行くか」
「ジニーあそこの居酒屋に行こう」
「いいねえ」
二人は早速居酒屋に向かう。ちょうど開店したばかりで、一番乗りだった。
「生2つ」
まずはビールをもらってから、次々に注文してゆく。刺身盛り、松坂牛刺し、だし巻き、揚げ物、松坂牛ステーキ、牛そぼろ海苔巻き、ベーコンアスパラ巻、その他いろいろ。
「リンさんもう満腹。入らん」
「ジニー食べたねえ」
リンは生ビールをお代わりして飲んでいる。
「あ~満足した」
「リンさん、帰って風呂入ろう」
お会計を済ませて店を出る。
「うまかったねえ。しかも安かった」
「あれだけ飲み食いして、8,000円でおつりがあったよ。牛まで喰ったのに」
「良心的なお店だった。さて、ジニーコンビニでビールとつまみ買って帰るよ」
「まだ飲むんかい」
二人はコンビニで酒とつまみを調達してホテルに帰る。家族風呂でゆっくりと疲れを取り、部屋でビールを飲む。
「さて、朝早いし僕はもう寝るよ」
「おやすみ~」
スマホを見ているリンを置いて、ジニーはベッドにもぐりこむ。
長かった初日は、こうして終了した。
還暦夫婦のバイクライフ 48