孤独を救う

わたしには沢山の障害があった。それは身体的なものではなく精神的なものでそれが枷(かせ)となってわたしを拘束した。
たとえば金銭的な問題だ。限られているお金がわたしの行動を制約しているといってもいいだろう。それは身体的な問題なのかもしれない。
そして言語的な問題もある。わたしは日本語しか話せない。それは特定多数の人との会話しかできないことを意味する。そしてわたしには友人と呼べる人がいないのだ。
そう、信頼できる人がいないといってもよいかもしれない。それは絶望的といえるかもしれない。
夜になってわたしは散歩に出かけた。一人でコンビニまで歩いて行った。週刊誌を手に取って読み始める。芸能人のスキャンダルを読むことはわたしにとって関心は無いことだ。しかし知識を蓄える為にペラペラとページをめくった。
そこに一人の女性アイドルがファンの男性に刺殺された記事が載っていた。まだ18歳だった。広告やドラマ、CMなどのメディアに登場していたとても綺麗な女性だった。それはショッキングな出来事だ。そのアイドルのYouTube再生回数は百万を超えるものもあった。
それから政治家が麻薬パーティーを自宅で開いていたとの記事があった。そこには著名人も招かれていて暴力団が関わっていたとのことだった。
雑誌をラックに戻してから飲料水売り場に立つ。缶コーヒーを選んでからお菓子のコーナーでポテトチップスをかごに入れた。
コンビニを出てからアパートに戻ると夜食のポテトチップスを食べながらパソコンを起動させた。YouTubeを見ながらコーヒーを飲む。買っておいたカップヌードルに熱湯を注いで三分を待つ。とても健康的とはいえないよなと思いながらもカップ麺をすすっていると寂しさを感じた。わたしは孤独ではないのか。誰にも相手にされず、誰からも期待されずにこの人生を生きていかなければならないのか。まあ、そんなに気にするなよ。ゆっくりと生きていこうぜ。まだわたしには40年という時間が残されている。それは膨大だ。天気の良い日もあれば悪い日もある。そんなに思い詰めるなよ。さあ、ゆっくりと眠ることにしよう。

朝になって目覚めると最初に顔を洗った。それから朝食に目玉焼きとベーコンを炒めてパンをトースターに入れた。コーヒーを淹れてから冷蔵庫からヨーグルトを出す。
食卓でゆっくりと朝食を済ませてから歯を磨いた。テレビでは朝のニュースがやっていた。またアイドルが刺殺された事件が取り上げられていた。
今日はとても良い天気だ。桜が咲き始めていた。自動車のボンネットに花びらがふりかかって幻想的な雰囲気を醸(かも)し出している。
携帯電話で会社に電話をいれて今日は代休を取ることにした。こんな天気だ。久しぶりの有給休暇で漫画喫茶に籠(こも)って一人瞑想でもしよう。
駅近くの漫画喫茶はたまにタソガレたいときに利用していた。サブメニューが豊富でそこのバニラソフトクリームはわたしの大好物だった。
店に入って個室でソファの柔らかさに浸りながらソフトクリームを食べる。ああ、なんて幸福なんだろうと一人二ヤツキながらパソコンを操作する。
雑誌を何冊かラックから取って個室で見る。ここにいる人たちはみんな孤独なのだろうかと一人疑問に思う。
漫画コーナーを眺めていると一人の女性が立っていた。それは別に変わったことではない。しかし何処かで見たことのある人だった。切れ長の目に茶色の長髪、身長はおよそ160センチ。そうだ、会社の同僚だ。
声を掛けてもいいだろうか少し戸惑ってしまう。しかし勇気をだして名前を呼ぶ。
「佐伯さん‥‥」
佐伯さんは手に取っていた本から目を離してわたしの顔を眺める。
「あら、吉田さん‥‥」
「奇遇ですね。こんなところで会うなんて。佐伯さんも今日は仕事が休みなんですか?」
「ええ、そうなんです」
佐伯さんは読んでいた漫画を本棚に戻してからわたしに向き直った。
「吉田さんも漫画が好きなんですか?」
「いいえ、わたしはどっちかというとパソコン関係が好きで。それにここのソフトクリームが大好物なんですよ」
「わたしも大好き‥、コーヒーも種類が沢山あるし」
「そうですよね。佐伯さんが漫画好きだなんて、ちょっとびっくりしましたよ」
「ええ、たまにここで一人寛(くつろ)ぐのが日課みたいになってしまって‥‥」佐伯さんはちょっと照れながら言った。
「わたしもここが居心地が良くてよく利用するんですよ。個室の狭い空間がなんとも快感で」
「そうですよね。なんだか引きこもっているみたいで良い感じですよね」
「それじゃあ、ゆっくりしていってください。また、会社で会いましょう」
「ええ、では、ごゆっくり」
わたしたちは分かれて個室に戻った。
個室で一人目をつぶって深呼吸をすると天空に星空が浮かんでくるようだった。わたしの家にもこんな空間があったらいいのにと思った。
多分、佐伯さんも今はこの空間の部屋で一人楽しんでいるのだろう。わたしも楽しもう。一人で、この空間を‥‥。

孤独を救う

孤独を救う

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-31

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