養分

毒にも薬にもならないものを書いて
誰からも相手にされないより
嫌われてもいいから何か自分の痕跡を残したい
そうじゃないと何も書けない
もちろん不快にさせるだけではだめで
そこには思考の跡がないといけない
思考と経験が複合化されてできるよくわからないもの
苦渋に満ちて散乱したものを凝縮させる
そのために比喩がある気がする
不快であったとしてもなんらかの養分になれればいい
もっと自分で自分を嘲笑しないといけない




感傷と理知

感傷に浸っているときに詩ができるのか
冷たく理知的に考えているときに詩ができるのか
おそらく両方必要なのだろう
どっちつかずで揺れ動いているうちに
詩ができあがっていくのだろうか
大事なのは振れ幅だと思う
しかしあまりに幅が大きすぎると
心身がもたないかもしれない
自分で幅を制御して技巧的になっていくと
もう詩が書けなくなってしまう




礼拝

牧師が淡々と説教をしている
ヨハネの福音書を引用している
牧師は本当に信じているのだろうか
説教を聞いていて不安になる
何のために自分はここにいるのか
自分はここに何をしにきたのか
パイプオルガンが鳴り響く
全員起立して合唱
隣のおばあさんは懸命に歌っている
入信したいとは思わないけれど
時々行きたくなってしまう
自分は馬鹿なことをしているのかもしれない
失礼なことをしているのかもしれない




思考と信仰

思考の果ての信仰を想定すること
単なる信仰ではだめっぽい
信仰にも才能が必要らしい
自分にはまったくなさそうだ
賢しらぶった思考がすべてを塗りつぶす
言葉と記号と数という多くの武器を手に入れてしまった
思考と信仰の両方を併せ持ち苦しむこと
しかし自分には信仰というものがわからない
まだ疑いたいという欲望がある




行き詰まる

真面目であり続けることはつらい
真剣であり続けることはつらい
ふやけた優しさで周囲に溶け込みたい
もう疲れ切ったから
そんなしんどい時代でもないですし
結局続いた人間関係が一つもなかった
職も交流もなくなっていく
初めの時点でまちがっていたのだろう
ずっと澱んだ情念と共にあった
負の情念を糧にして様々な物事をがんばってしまった
誠実な動機に従って何かに励んだことがない
だから今行き詰っている
どこかでほっとしているところもある
負けるべくして負けたのだ
落ちるべくして落ちたのだ
それでこれからどうしよう
病んだ身体を抱えて
どうしようというのだろう




安堵

愚痴と弱音ばかり吐いている
これからもこんな感じだろう
自分を奮い立たせるものがもうない
偽りの信念でもないよりましだった
抜け殻になってしまうとどうしようもない
内側から湧いてくる強い力がかつてはあった
その力に従って受動的に生きればよかった
今は落ち着いてしまった
力がなくなって安堵している
平穏な状態でだらだらと生きている
どうしよう
時間は過ぎていく




原初の情念

今も許していない
憎しみが湧いてくる
やっぱりあのときの負の感情を
ごまかすために色々書いているだけなのかもしれない
原初の情念を探りたくて書いているだけなのだろうか
表の世界の労働とか遊びとかは
すべては内面を模索するためにある
人生の節目で出くわす悲喜劇も
結局内面の問題に回収される
回収されない経験たちがたまに存在を訴えてくる
つらい、苦しい、痛い、のたうちまわりたい
もっと汚い感情と向き合おう
私に何かが去来してくることはないだろう
ずっと内面と向き合ったままで
くだらない考察に一生を捧げるのだ




嘘の詩

ごまかすための詩
衒うための詩
取り繕うための詩
逃げ続けるための詩
偽装するための詩
これまで書いてきたものはすべてそんなのばかり
まったく自分の本音を吐きだせていない
しかし本音なんて言葉にどれほどの価値があるのか
嘘をつき続けることで
たまにやってくる本音っぽいものを察知する
嘘をついているときの方が真理は近くにあるのかもしれない
だからもっと嘘をつこう
言葉自体が嘘なのだからしかたがない




普通

普通を大事にしている人なんてもういない
普通じゃない方がこれだけ礼賛されるのだから
普通がどういうものかわからなくなっていく
普通じゃないことを大事にしている人の普通さ
普通から外れる生き方が普通になっていく
逸脱なんかしたくない
平均化の圧力に押しつぶされたい
均一な存在であろうと努力する生き方
それこそが誠実な生き方なのだろうか
ベルトコンベアの上を忠実に歩んでいこう




芸人

みんな芸人のまねをしたがる
だって芸人が一番偉いから
芸人の所作やふるまいを忠実に再現する
芸人道は奥が深い
酒の席はバラエティ番組の作法に則っている
そこから逸脱すると冷たい視線を浴びる
芸人の作法を身に着けないとだめらしい
厳格にバラエティのしきたりを追従しなければいけない
武士なんてもういない
死と向き合う武士はもういない
生を礼賛する芸人が君臨する社会
だが最近は遠い異国で芸人が戦争を主導しているらしい
何かが変わってきているのかもしれない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-09-30

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