寝つけない夜

罪とは自然からの警告だ
革命のさなかに獄中にいた彼は言った
人間が抵抗しても馬鹿を見るだけ
無駄な抵抗はおよしなさい
結局負の感情こそが自然の底意とつながっているのだろうか
供儀はなぜ執拗に行われてきたのか
憎しみや恨みは容易に全身をめぐるのに
優しさや愛は慎ましく胸をえぐるだけだ
苦労と苦悩の果てに得た尊い感情も
少しの過ちと迷いで情念に塗りつぶされる
偏見に満ちた頑迷な老人にも過去があったのだ
明日の自分は少しは優しくなれていますように




労働

死とか虚無とか絶望とか
そんなのばっかりでうんざりしたところはある
そんなに簡単なものだろうか
そんなに安易に世界を塗りつぶしていいのだろうか
深淵にたどり着きたくて死や無を描いたり
そういうものばかりで疲れてしまった
働いていればいやでもそういう気分は味わえる
労働すれば死や無に近づける
一介の労働者として日々削られるのに
休みの日にわざわざ虚無を味わいたくない
現代芸術展の空気は職場に近いように思う




敗北の濁流

歴史を作ってきたのは奴隷であり敗者であった
敗北という名の汚い濁流が川を形作る
歴史の流れはいつも乱れ腐っていた
負けの烙印を押された人々の嗚咽
無念の感情が氾濫する
灰色の波しぶきが炸裂する
川は力強く生を礼賛している
敗者たちの怨念は決して死を認めない
俺はまだ死んでいない
私はまだ諦めていない
澱んだ霊気は天に召されることも叶わず
恥辱と憤怒に満ちている
愛を模索しようとした哀れな人々
生前は誰からも相手にされなかった人々




素直に

鳥瞰したり俯瞰したりそんなのばっかりじゃないか
お前の汚い感情を見せてみろ
普段抱いている歪んだ欲望をさらけだせ
臆病で気弱なだけなくせにいつも知的ぶっている
虚構の自我を演じ続けてもう何十年
自分の心身に素直になることができなかった
いつも乱れて分かれていた
自我を心身の中に招き入れよう
もう遠くから自分の肉体を眺めることはやりたくない
落ち着いた状態でいたいのだ




巣立ち

ウジ虫が湧いて食いつくしてくる
鴉が飛び交い突っついてくる
草むらはそよ風になびいている
あたりの木々はなごやかに会話をしている
切れ長の雲が少しずつ遠のいていく
詩だけが記憶をつないでくれる
もう記憶は俺一人のものではなくなった
蠅たちが俺から巣立っていく
たくましく育った虫たちが凱歌を奏でる
美しいカルシウムだけが残され
ハイエナたちももはや素通りだ
記憶は溶けて広がっていく
彼方へと広がっていく




形と光と色

形は全身で把握する
光も全身で把握する
色は目だけで把握する
デッサンで描くのは形と光までだ
色はどこからやってきたのか
光のみで色は成り立つのか
それとも各々の闇も絡んでいるのか
形と色の間に光があるのだろうか
遠近法と明暗法が生まれて科学も生まれた
空間という概念も現れた
やがて工業技術が世の中の形を決めるようになり
芸術は形への興味を失っていったようだった
都市社会に住む人々は内面の世界に生きているのかもしれない




無理をする生き方

無理をする生き方しか知らない
取り繕ってがんばるやり方しか知らない
いつも心に水をやるのを忘れている
疲れても前を見て進まないといけない
何かがおかしいのだけれどよくわからない
出発点がおかしいから定期的にリセットしたくなる
そのたびに過去を振り返ってぶり返す痛みを感じる
過去の記憶をもてあそんでいる気もする
いい加減この螺旋から脱却したいがどうしようもない
理性的におかしいと考えても無理なのだ
本当は動きたくなかった
ずっと同じ場所にとどまっていたかった
閉鎖的な感情が反転して止まらなくなる
偽りの開放状態で生きてきた人生




この数百年

自由、平等、博愛と祖国、家族、労働
二つの勢力の争いがずっと続いているのかもしれない
横並びの関係と垂直の関係
次第に前者が有利になっていく
皆が同等という社会構造ができあがっていく
あたかも粒子のように行きかう街の人々
リベラリズムが機械の渦にのみこまれていく
工業的生産がどちらに味方するのかが決め手になる
都会と田舎の対立と言ってもいいのだろうか




理性と情念と本能

自分の死を恐れる感情と
他人の評価を恐れる感情がある
どちらの感情の方が原始的だろうか
より情念に基づいた感情はどちらなのだろう
しかし理性を酷使することで本能が刺激されることもありえる
理性と情念と本能がある
理性は情念より本能と相性がいいのかもしれない
情念は思春期から活発になるみたいだから




出会いに賭ける対人恐怖者

自分を変えるには現実の世界で深く傷つくしかないのかもしれない
実社会で他人と衝突することでしか変われないのだろうか
くだらない人との交流でさえも裂け目に通じていると思う
人と人との間には人には到底図りえない何かがあるのだ
他人と会話するというのはどういうことだろう
そのときに何か知らない世界と通じている
私はまだ人との交流に何かがあると信じている
それでいながらもはや新しい出会いを拒んでいる
もう疲れてしまったからだ
人との出会いには無限の可能性があると信じたい
くだらない皮肉めいた文章しか書けないけれど
それでも人と会って話すことで何か変わっていくものがあると思っている
そこに新たな道があるはずだから
SNSは人間の可能性を殺しているのかもしれない

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-09-20

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