コンサート
そのピアニストは丁寧に指を伸ばして、座る位置を調整してから演奏を始めた。
完璧な滑り出しだった。痩せた老人の胸でさえ解き放たれた。
ある婦人は、奏者の指が、ふ化を促す親鳥のくちばしのように優しく胸を叩くのを感じた。
虹色の川が流れ込む『今』は、豊かに水を湛えていた。
しかし、気付く人もいないささいなミスは、重なり合う波のように大きくなり、大津波となり会場を襲った。
客は目を見合わせ、困惑の表情。それでも目も耳もなくしたピアニストは、演奏を続ける。最初の感動を忘れられない聴衆は、席を立てない。最悪このまま終わっても、話のタネだと思ってもいる。
コンサート