灰色の煙と空
一切の物事を調べずに、勢いだけで完結させようと試みる作品のちの一つ。この作品に関しては、何か調べることがないので、本当にノリと勢いだけで完結させていこうと思います。
すれ違い恋愛物語
プロローグ
「三年なんて、あっという間だよ」
この一週間、本当に僕は幸せだったと思う。両親の離婚により、僕はしばらくの間、この土地から離れることになった。父親には多額の借金返済。僕は母親の遠い親戚に、暫くの間だけ預かることとなったらしい。期間は三年。僕は、目の前で泣きじゃくる彼女をなだめた。
「だって」
彼女と付き合い始めたのは、一週間ほど前。僕たちは三年かけて『彼女と彼氏』となった。クラスで全く知らない、名前しか覚えていない奴にまで祝福の言葉をもらって、僕たちは本当に幸せだった。おめでとうと言われて、恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑う彼女を見て、僕はずっと彼女と一緒にいられると、どこかで勘違いをしていた。
僕がしばらくの間預かることとなった場所は、この土地から高速道路で片道十時間ほど。さらに下の道を三時間ほど走ってようやくたどり着く。まだ幼い僕たちからしてみれば、そう簡単に行ける場所ではない。
「三年後、必ず戻って来るよ」
僕は彼女の手を握り、言う。大丈夫、三年後、僕は十七なんだ。たった三年の月日だけで、僕は彼女を忘れたりはしない。彼女は少しだけ戸惑って、小さく言った。
「約束できるの?」
真っ赤に晴れた瞳に、僕は少しだけ戸惑った。震えている彼女の手を温めるように握って、しっかりと言った。
「ちゃんと戻って来るよ」
「私のこと、忘れたりしない?」
「するもんか」
絶対に彼女の事を、僕は忘れたりしない。三年後、僕は必ずこの土地に帰って来るんだ。
「必ずよ?」
震えた声で言った彼女は、小さな背でほんの少しだけ身長を伸ばして、顔を勢いよくあげたかと思うと、乱暴に奪われた唇。初めてだった。まさか彼女がこれほどまでに積極的だなんて思いもしなかったけど、三年間、僕たちは会うことが出来ないんだと思えば、これぐらいなんてことはなかった。小さな小指を絡めながら交わした約束に、僕は絶対に彼女の事を忘れないと誓った。
十四歳の冬、僕は新学期が始まる前にこの土地を一度だけ離れた。
あれから三年、両親は結局離婚なんてしなかった。多額の借金を二人で返済しきったのだ。別に彼らの場所に僕がいても良かったのだろうけど、生活は二人でぎりぎりだったと聞いたので、僕は遠い親戚の家に預けられて、正解だったらしい。
大きく背伸びをして、あまり荷物の入っていない大きなキャリーバッグを横に、僕は故郷の空気を思いっきり吸い込んだ。ちなみに大きなキャリーバッグの中を占めるのは、殆んどが冬用のジャケットだったり上着だったりする。マフラーや手袋、等々が占める大きなキャリーバッグとともに、僕はこの土地に帰ってきたのだ。
「ただいま」
相変わらずのど田舎だな、なんて思いながらも、引越しをしなかった両親の家に行こうと、僕は足を動かした。辺り一面田圃だらけで、三年前と何ら景色は変わっていない。ふつう、もう少しマンションやビルが建っていても良いのだろうけど、何も変わっていない。僕がしばらくの間預けられていた場所は、完全なる雪国で、こっちみたいに一月になろうとしているのにもかかわらず、まだ雪が降っていない、なんてことはありえなかった。
僕は大きなキャリーバッグと共に歩いていて、ふと鼻をかすめた匂いに、足をピタリと止めた。
「・・・・・お線香のにおい」
たしか駅から歩いて数分もしない場所に小さな丘があって、そこにお寺と霊園がある。よく見れば、遠くで黒い服を着ている人たちが列を作っている。縁起が悪いことは百も承知だけど、誰かが亡くなったのだろう。僕はなんとなく近づいてはいけないような気がして、早足で両親のいる家へと向かった。
「ただいまあ」
どうしてあんな場所をたまたま見てしまったのかは全く分からない。ガチャリと玄関の扉を開けて、やたらと騒がしいのに気がついた。バタバタと家の奥で、誰かが走りながら何かを言っている。まさかまだ借金の返済が終了していなかったのだろうか? だとしたら、僕はもう一度向こうの家に行かなくてはいけないのだろうか? なんてこったい! 僕は漸く、あの長い三年間を経て、やっと、彼女と、空と会えると信じていたのに。長い長い三年間、僕は空の事を一度たりとも忘れることはなかった。綺麗な人から告白された時も、バレンタインでチョコレートを有難くも頂いたときも、決して空の事を忘れたりはしなかった。だから「ごめん、故郷に彼女がいるから」と言っていた。
「ちょっと母さん、何慌ててるのさっ! ご近所迷惑になったらどうするのさ」
久しぶりに帰ってきてまず母親に対して言う言葉がコレになるとは、一体どこの誰が予想しただろうか? 僕だって本当は「ただいま」とか「今日のご飯は?」が良かった。だけど、あまり騒いだりすると、静かで鳥の鳴き声もはっきりと聞こえるうちのど田舎じゃあ、ご近所迷惑になりそうで。預けられていたあの土地ではありえないんだけど。すると母親は、滅多に着ない黒のワンピースを着て、片手に数珠を持って玄関で靴を脱いでいる僕のところへ来た。
「全く、帰ってきてこんなこと言わせるのやめてよね。ただでさえ、向こうは雪国で寒いし、授業のスピードが速くてついていくのに大変で、ストレスが溜まる一方だったんだか」
「なんであんたはそんな格好で帰ってきてるのよっ」
「はあっ?」
僕は母親から言われて、改めて自分の服装を確認してみる。向こうの大型ショッピングセンターで購入したパーカーに薄手の上着、さらに「知史(さとし)くん、貴方今日お誕生日でしょう? これあげるわ」と言って、向こうのお母さまから頂いたジーンズのズボン。冬でもこれ一枚で温かく過ごせる優れもの。靴は向こうで出来た友人たちと一緒に買いに行った、お気に入りのブランドメーカーのスニーカー。まさか、三年前は言われなかったけど、まだ十代のくせしてブランド物を使用するとは、と言いたのだろうか?
「アンタ、今から礼服に着替えなさいっ」
「はあ? 持ってねえよ」
笑いながら言った僕に母親は、ほんの少しだけ呆れた。というか、なぜ礼服なのか? 母親は僕の思っていることを察したのだろうか、もしくは自分の言葉が足らずに、僕が疑問に思ってしまったと察したのだろうか。ああ、の一言をもらすと、母親はゆっくりとした口調で言った。
「あんたは、何も知らないのね?」
母親はものすごく怪異な目で僕を見ると、静かに言った。
『知史さ、向こうに行く前に一緒にいた空ちゃん覚えてる?』
当たりまだ、忘れるなんてありえなかった。
『彼女ね』
母親はとても悲しそうに、現実を受け止めたくない人の瞳をしていた。当たり前かもしれない、空と母さんは仲が良かった。ちょくちょく僕の家に来ては、僕を置いてけぼりにして、空と母さんはよく井戸端会議を開いていた。僕は母親の言ったことが信じられなくて、何度も嘘だと思いながら、母親から教えてもらった駅の近くにあるお寺へと走っていった。
遠くから見たら小さな丘でしかないけど、三年たっても、この丘も相変わらずだ。実際に登ってみると分かるけど、かなり急な斜面なのだ。だけど小さい丘だから、今もきっとこの丘の事を、ここに住む人たちは『ちか』と呼んでいるだろう。小さな丘、だからちかなんだって。お寺の前にはまだ人だかりがたくさん出来ていて、いかにもっぽさを表していた。僕はお寺の外にいた小さな女性を見つけ、叫んだ。
「さ、とし・・・くん?」
三年の月日が流れて、ますます小さな背となったのは、空の母親。小さなハンカチを手にして真っ赤な瞳。母親の言ったことがウソだ、と何度だって言いたかったけど、もうここに来てからは反論できそうにもない。
お寺の奥に小さく見えた写真に、僕は目を丸くした。にっこりと笑う、僕よりも一つぐらい年下の彼女は、まるでひまわりのように笑っていて。僕は、彼女の事を良く知っていた。正義感が強くて、誰かを疑おうともしなくて、いつも僕の事を「女の子みたいだから放っておけないよね」と笑う、彼女の事を、僕はよく知っている。
「空が、空が」
僕は信じたくなかった。約束通り、君のことを忘れずに、三年後に戻ってきたよ? なのに、どうしてだ?
「ごめんなさいね、あの子ね、ずっと、言ってたの・・・早く大人になりたいって・・・・・そしたら、知史と一緒にいられるって、ずっと、ずっと」
涙ながらに言う空の母親。僕は力尽きてしまって、地べたに座り込んでしまった。後ろで小学校の頃のクラスメイトが僕を見ては、どこか同情の声をもらす。可哀想な奴だ、とか、どうしてこうなっちまったんだろうな、とかって。
お寺のすぐ近くには真っ白な紙に真っ黒な文字でこう書かれていた、島本空享年十五歳、と。
第一話
執筆中
灰色の煙と空