zokuダチ エスカレート編・3
短編エピ集・1
真夏の侵入者
ある日、いつも通りアイシャがジャミルの部屋を訪ねて来た。
猛暑続きであったこの島も比較的今日は暑さが和らいで、
ジャミルはベッドで只管眠り、幸せな夢を見ていた。
「空からステーキ大量……、むにゃ」
が、それはアイシャによって夢から連れ戻され妨害される。
「ジャミル、お客さんよ!ほらほら、早く来てよっ!」
アイシャ、ジャミルの部屋に入り、寝ていたジャミルを
ぺしぺし叩き起こす。
「……今度は誰だよ……、なあ、アイシャ、お前応対
していいよ、折角の涼しい日だぞ、眠れる時にはちゃんと
寝ておかないとだぞ……」
「駄目よっ!責任者としてのジャミルのお仕事なんだからっ!
いつも言ってるけど!寝てるのは一年中でしょっ!そんなに
寝てばっかりいたら!きゃんきゃんきゃん!」
「……ぶう~」
アイシャのボイスがチコちゃん状態の高速早回しになった。
ジャミルは仕方なしに口を尖らせ玄関に赴くと……。
「ぺいー」
巨大なアルファベッドのPの形をした着ぐるみ?が
突っ立っていた。目はギョロメ、時々上下左右に
面玉が動き何処を見ているか分らず、しかも
ほっぺたは酔っ払いの様に真っ赤っか。
「ぺいいー!」
「!?」
「ぺいいー!ぺいぺいぺい!」
「おい、あれが客かよ……、そりゃこのマンションは変人が
来るのは避けられねえけどさ……」
着ぐるみは訳も分からず奇声をあげ、ジャミルを困らせる。
「この子、迷子になっちゃったみたい、それで此処に
来ちゃったみたい、えーと、名前は……、Pちゃん?て、
言うのね、あなた……」
「ぺい!」
「はああ!?オメー、言葉わかんのかよ!てか、猫の次は
変な着ぐるみかっ!」
「うん、何となくだけど……、ネコちゃんの時は言葉、
伝わってこなかったけど、今回は……」
「ぺいいー!」
Pちゃんはギョロメを上下に動かし、そうだよと合図を
した、様に見えたが。
「ぺいいー!ぺいいー!ぺいいいー!」
「……だーっ!うっせーなっ!こいつ、Pちゃんじゃなくて
ペーちゃんちゃうんかい!」
「わ、わかんない……、あはは……」
「♪ぺいいいー!」
Pちゃん、ジャミルの頭を楽しそうにぶん殴った。
「……ってっ、この野郎……!」
「♪ぺいいいー!」
「あ、頭キタっ!」
「ちょっと、ジャミル!何処行くのよう!」
「○ジテレビだよっ!迎えに来て貰うんだよ!
ふざけやがってからに!……こいつは子供番組の
出身だろうが!何考えてんだよっ!!」
ジャミルは直ぐに自分の携帯からテレビ局へ
連絡しようとするが……。
「ぺいいー!」
「あっ、何処行くのっ!ジャミル、大変っ!Pちゃんが
他のお部屋の方に!」
「あーん?……んだと……?」
電話を掛けようとしていたジャミルは仕方なしに
一旦電話を止め、慌ててPちゃんを追い掛けて行った。
「ぺいいー!」
Pちゃんは短い足で2階へ駆け上がって行って
行ってしまう。こいつもまた、どことなく、
ジャミルを挑発している様に見えなくもない。
「2階へ行っちゃったみたい!」
「……どうしてわざわざややこしい方に、えーい畜生っ!」
ジャミルはこれ以上騒ぎを大きくしない様、Pちゃんを
阻止しようとするのだが……。
2階 愛野美奈子の部屋
「♪あ~、いい汗掻いたわっ!……ちょっとアルテミスっ!
何其所で観てんのヨッ!これからシャワー浴びるんだからッ!
出てってっ!!」
「はいはい、分かりましたよ、……全く、見る処なんかない……
いていて!いてててっ!」
美奈子はスポーツジムでテニスをし、一汗かいて帰って来た
直後なんである。美奈子は何時までもその場を動こうとしない
パートナーのアルテミスの首根っこを引っ掴んで部屋から
追い出してポイした。
「ついでにお風呂も入っちゃお!昼間のお風呂って
なーんか贅沢ネっ!お風呂沸かして来ようーっと!」
美奈子は立ち上がり、バスルームへ。お湯を入れ、お風呂を
沸かそうと、バスルームに入った。直後。
「ぺい……」
「きゃあああーーっ!あ、アルテミスーーっ!!」
「はあ……、っ!?み、美奈……、どうしたっ!?」
パートナーの美奈子の悲鳴に反応し、外へとポイされた
アルテミス、急いで再び部屋に戻るとバスルームへと
駆け付けるが……。
「きゃーー!!変な顔のアルファベットの変態のおばけーっ!
浴槽の中からーーっ!出てきたのーーっ!!」
「……な、何言って……、!?」
「ぺい~」
アルテミスもバスルームに行き、確認。其処にいたのは……。
「 …………ぎゃああああーーーー!!」
「オウ!何だ今の悲鳴はっ!」
「美奈子ちゃんのお部屋の方からよ!」
ジャミルとアイシャは大慌てで2人の部屋の方へ。
しかし、既に本人達が急いで部屋から脱出して
来た後であった。
「どうしたおめーらっ、……いっ!?」
「いやああーーっ!?」
「助けてエエエエーーっ!!」
美奈子とアルテミス、一人と一匹、揃ってジャミル達の方に
逃げてくる。追い掛けていたのは、マンションに
乱入してきたPちゃんであったが……。
「ぺい~♡(発情しちゃった)」
「うわあああああーーーっ!!」
「ぺいー!ぺいぺいぺいー!!」
……Pちゃんの下半身に巨大なち○こが付いていた。
Pちゃんは○んこを回しながら、ジャミルとアイシャ、
美奈子とアルテミスを更に追掛け回す。
そもそも、こうなった原因はやはりこのお方である。
……Pちゃんがジャミルとご対面する少し前。Pちゃんは
何故か地下室にいた。……以前にうっかりラグナが迷い込み
何者かに記憶を消去された謎の地下室。ラグナが入った部屋は
摩訶不思議、もう無くなってしまっていた。そして、こいつも
地下室に侵入していたのだった……。
「ぺいい~」
「……お前、変な顔してるりゅね……、まーたあの馬鹿な
管理人が入居させた客かりゅ?こーゆーの見ると、優しい
リトルは悪戯をしてやらねーと気がすまんりゅ……、けけ……」
「ぺい?」
小悪魔はPちゃんの身体に魔法をぶつける。しかし、特に
何も変わらなかった。……その時は。そして、そのまま
Pちゃんはいつの間にか1階へと移動し、玄関へと
行った処、アイシャと鉢合わせしたのである。そして、
今、この事態である。小悪魔がぶっ掛けた魔法の効力が
今頃になって効いて来たのだった。
「……助けてくれええーーっ!!」
「ぺーいいーー!ぺっぺぺーい!」
「どうし……、て、敵かっ!侵入者だなっ!よしっ!
このスネーク様に任せろっ!……ミッション開始っ!!」
「……落ち着けーーっ!親父ィィィーーっ!オメー又
マンション壊す気かあーーっ!!」
騒動を目撃してしまった、ソリッド・スネーク……。Pちゃんに
追いかけられているジャミル達を目撃。手榴弾をぶん投げようと
するわ、……ミサイルを発射しようとするわで、……まーた
こんな騒動になってしまい、カタが着いたのは、それから
約1時間後の事であった。……Pちゃんはいつの間にか、
マンションから姿を消してしまったのである。何処を探しても、
Pちゃんは見つからず……。疲れ果ててジャミルとアイシャは
途方に暮れた……。
「き、きっと、自分で帰ったのよ、不思議な子だし……、
……そう思う事にしましょ……」
「そう言う事にしておくか、は、はは……、俺、
もう知らね……」
「な、なんだったの、一体……」
「つかれたあああ~……」
無理矢理そう言う事にし、美奈子達とアイシャも
自分の部屋に戻り、ジャミルも部屋に戻っていった。
ミッションは完了したと言い、いつの間にかスネークも
逃走……。
「まーったくうう!冗談じゃねえってのっ!!次から次へと!
ブツブツ!ブツブツブツ!!」
そして、これで無理矢理終わったかと思ったその夜。
「……むにゃ、あいひゃ~、んなとこさわっらららめらろ、
ぬ、ぬふぇいぇふぇ……」
幸せそうに夢の中で放出するジャミルをじっと
見つめている何かが。自部屋に置いてある暗闇の
洋服ダンスの中に潜み、ギョロ目を光らせていた……。
「ぺい、ぺいいい……ぺいいい……、ぺい……」
ジャミル、真面目になる?
今回はダウドのこの余計なひと言で話の幕が開けるのである。
「……ジャミルってさあ、結構、頭良さそうなイケメンだよね……」
「な、何だよ……」
ダウドがじっとジャミルの顔を見る。面食らった
ジャミルは戸惑う。
「な、何言ってやがる、あ、当たり前だろが、んなの……、
褒めたって何も出ねえぞ……」
「……黙ってればの話だよお、黙ってれば!普段は野獣だもん……」
「あっそ、結局の処、そう言う事かよ、この野郎!!」
「あだだだだ!そういうの、ちょっとは我慢してみたらって
言ってるんだよお!」
ダウドを小突いていたジャミルの手が止まり、ふと、
考えてみた。
「……大人しくしてたら、俺も知的に見えるのかなあ?」
「けど、その人の本質的な中身は変わらないからね、
あははは!やっぱ駄目かも!変な事言いに来てごめんよお!
あはは、あははは!」
部屋の外に逃走したダウドを物凄い勢いでジャミルが
追い掛けて行った……。
「たく、ダウドの野郎……、頭にくんなあ…、畜生……」
昼食のカップ麺を買いに行こうと、玄関先まで来た処で、
魔法ガールズの女の子集団に囲まれているアルベルトを
目撃する。
「アルベルトさんて、読書がお好きなんですよね?
どんな本を読まれるんですか?」
「うん、最近は外国の文学も読むなあ、罪と罰、
モンテクリスト伯とか……」
「わあ、凄ーい!私なんか、マンガ専門だもんね~……」
「もう!みらいもたまには為になる本を読みなさい!」
「えへへ~、無理かも……」
「はー!私は絵本とかも好きだよー!」
「うん、機会があればもっと色んなジャンルの本に読書に
チャレンジもしたいと思っているんだ」
(……やってらんねえ、聞いてるだけで頭がおかしく
なりそうだ……)
ジャミルは気付かれない様にこっそりとエントランスを
抜けて玄関から外に出て行く。コンビニで狐うどんを買い、
ついでに成人向け雑誌コーナーへ……。
「……俺が読むのはこっちだ、……おっ、おほっ!
や、やべえ、立つ、立つ、立つ!!」
アルベルトと比べると、どうにもこうにも、天と地の
差であった。そんなジャミルを、隣にいたおっさんが、
呆れた顔でジャミルを見ていた。
「けど、将来的に何か今のままだとやっぱ不安があるな、
俺もちょっとは知識を蓄えた方が良いのかも…」
そうぶつぶつ呟きながら、彼が向かった先は……。
「あれ?ジャミルさんかな……?」
「わんっ!お出掛けだねっ!」
「……あら、図書館に行くのかしら……、珍しいわね、
今日は大雨が降るかもね……」
「と、図書館位誰だって行くよ……、別におかしくないと
思うけど……」
「♪わくわくっ!カンサツしちゃうわんっ!」
「……こむぎも……、全くもう~……」
いろは達ガールズ4人組が物陰に隠れ、ワクワクしながら
状況を見守ると……、数分後、顔郵便マーク状態になった
ジャミルが図書館から出て来た。
「な、何だか……、ジャミルさん、す、凄い顔してる
ねえ……、あははは……」
「う~ん、なんとなく気持ちは分かるかも……、やっぱり
こむぎも本ずっと読んでると眠くなっちゃうから」
「写メ撮影しちゃおうかしら……」
「……ユキっ、だから失礼だってば!」
スマホを持ってジャミルを追掛けようとするユキを
止めようと慌てるまゆ。
「ハア、それにしても、3分で出て来ちゃったのね、
根性ないわね……」
「……ユキちゃん、時間測ってたの……?」
「♪わんわん、カップラーメンが出来ちゃうねっ!」
「……ユキってば、もう~……」
彼女達も段々ジャミルの実態に慣れて来たのか、特にユキは……、
この間から面白がってジャミルを色々スケッチしてみたりと、
興味がどんどん沸いてきている。
「……うう~、無理して変なとこ行くんじゃなかった、
湿疹が出て来たわ、お?あれは……」
漸く、マンション付近まで戻ると、ドラマやマンガなどで
良くあるパターンの光景に出くわす。……アイシャが変な
数人のチャラ男に絡まれ、どうやら因縁を付けられている様子。
「さっきから謝ってるじゃない、何よ、ちょっと肩が
ぶつかったぐらいで……、あんた達絶対おかしいわよ!!
どうせ普段からこんな事ばっかりしてるんでしょう!?」
「だからさあ~、ものすげーイテえ訳よ、肩がよ、嬢ちゃん、
肩幅力あり過ぎんだろ?」
「医者料くれればさ、それでいいからさ、……って
言ってんだオラ!!」
「はあ、アイシャの奴……、またしょうがねえ、行く……???」
「……きーみーたち、やめたまへ!」
「へ……?」
「……?」
「な、何だてめえわっ!!」
ジャミルはアイシャを助けに飛び出していこうとしたが、
それよりも先に、変な格好のピンクタキシード姿のカッコ
つけマンが飛び出して来た。顔はそれなりにイケメンで
ロンゲにパッキンだったものの、……明らかに何処か
変だった……。
「可愛いお団子の赤毛のお嬢さん、この、外観我大事が、
助けに参りました……」
「はあ……?……はあ……」
外観我大事……、と名乗った男はアイシャの手を取ると
丁寧に会釈をした。
「テメエ、……ふざけてんじゃねえぞ!!急に
出てきやがって!!」
「丁度いいや、二人纏めてフルボッコにしたらあ!!」
「……君達、ボクに対しては何と暴言を吐いても
構わないですが、か弱いこんな女の子に向ける
言葉ではないでしょう、恥を知りたまへ……!!」
恐らく、名称は大事……、と、言うのだろう、大事は
タキシードの懐から赤いバラを取り出すと、それを
チャラ男達の方に向けて再びカッコつけた。
「……ざけてんじゃねえぞゴルぁああーーっ!!」
「行きます、お嬢さん、下がっていて下さい、
……あちょおべえーーっ!!」
「ああっ!あ、危ないわ!!」
アイシャがハラハラ見つめる中、大事はチャラ男共に
殴り掛る。チャラ男はあっという間にバタバタ倒れた。
それをこっそりと見守っていたジャミルは……。
「おい、あれ、詐欺じゃねえか……、良く見たらあの
変なのが殴りかかる前に奴ら勝手に自分達から倒れてん
じゃねえか、自作自演なのか……???」
「どうだっ!このチンピラ共めっ!」
「う、うわああーーっ!……つ、つええ……」
「畜生!今日の処は見逃してやる……、覚えてろーーっ!!」
チャラ男共は足並み揃え、逃走する。チャラ男共が
いなくなった後、大事は再びアイシャの手を取った。
「お怪我はありませんか?……お嬢さん……」
「え?え、ええ、でもあなたの方が……」
「いや、ボクは大丈夫です、あなたの方に怪我が
なくて何より」
「あ、あはは……」
大事がアイシャに向けてウインクする。それを見たアイシャは
どう反応していいのか、分らずに引き攣った笑みを浮かべた。
「では、ボクはこれにて、……あ、ボクの名前、憶えて
くれました?外観我大事です、いずれ又お会い出来る
機会もあるでしょう、では今回はこれにて……」
「有難う……ございました……」
大事はカッコつけ、フィギュアスケート選手の様に
くるくると回転しながら去って行った。
「はあ、何なのかしら……、助けてくれたのは有難かったけど……、
それにあの人、ズボンのお尻に大きな穴が開いていたわ……」
「面白かったな!いやー、まーた変な奴が増えたなあ!!」
「……ジャミル?もしかして、今の一部始終ずっと
見てたの……?」
「ああ、ちょっと面白くってよ、まんま詐欺だったぜ!
だってよ……」
アイシャはジャミルの言葉が終わらない内に怒りを露わにする。
「いたならどうして助けてくれなかったのっ!酷いっ!!」
「いや……、だってよ、いいじゃん、あの変なのが助けて
くれたんだろ?だったら……」
「そういう問題じゃないのよっ!!……もういいわよ、
ジャミルのバカっ!!」
「……あ、おい!待てよアイシャっ!何怒ってんだよ!!」
アイシャはそれ以上口を開かず、黙ってマンションに
戻って行く。どうしてもいつまでも女心が理解出来ない
この男ジャミル、又アイシャを怒らせ喧嘩になる。
一方の裏方さんでは……
「金は渡したよ、満足の金額かい?いいかい?」
「へへ、こんだけありゃ、一ヶ月遊べるぜ、助かるぜ……」
「なあ、へ、へへへ……」
「フン、もう用はすんだ、さっさと行きたまえ……」
金をチャラ男共に渡しているのはあの外観我大事であった。
やはり悪質詐欺を働いていた様子。
「それにしても、久々の獲物だ、どうやらあの小汚い
マンションに住んでいるらしいね、お姫様は王子様が
いずれ救出するんだ、……待っていたまえ……、しかし……、
バラは口に銜えるものではないな、口から出血してしまった……」
そしてその夜、島では夜通し、バケツの水をひっくり返した
様な集中豪雨になった……。
「どうしよう、俺の所為かしら……、図書館なんか行ったから……、
あは、あは、あははは……」
……ユキが呟いた通りであった……。
……翌日……
「アイシャ、いるか?早朝ランニングいくんだろ?又付き合って
やるからさ、出て来いよ……」
「いないよお、……今朝は一人で公園に行ったみたいだよお、
ジャミル、また何かやったんでしょ?」
「……」
歯ブラシを銜えてダウドがジャミルに近づいて来た。ジャミルは
無言でその場を後にする。
「はあ、ホントにもう……、2人ともどうしようもないなあ~、
何時まで立っても……」
……ジャミルは独り、マンションを出て公園に向かう。
空は快晴で昨夜の大雨が嘘の様にからっと晴れていた。
「……うわああーーん!!」
「何だ?……どうしたんだ?」
ジャミルは急いで、泣き声のした方向に走る。すると、橋の袂で
泣きわめく女の子、オロオロしながら川を覘くアイシャの姿が……。
「泣かないで、大丈夫だよ!今お姉ちゃんが助けてあげるからね!」
「駄目だよ~、……おねえちゃんまで流されちゃうよ~!!」
「……こ、コラ馬鹿!何やってんだ、おめーはっ!碌に
泳げもしねーのにっ!!」
「いたっ!……ジャミルっ!!」
ジャミルが慌ててアイシャの頭を小突く。どうやら川に
飛び込もうとしていた様子……。もしもこの場にジャミルが
通り掛からなかったら……、無茶苦茶行為をするアイシャは
流されていただろう……。川は昨夜の大雨で、水嵩が増し、
……濁流状態になっていた……。
「ロンが……、ロンがーーっ!!お家から逃げちゃって……、
……ひっ、ひっく、いなくなっちゃって……、探しに来たら、
そしたら……」
「ロン……?ああっ!!」
「……きゃんっ!きゃんっ!」
「この子のワンちゃんよ!川に落ちちゃったのよ!!」
ジャミルも川を覘くと川の真ん中で浮石に必死でしがみ付く
子犬の姿が……。子犬は力尽きて今にも川に沈みそうな
勢いであった……。
「……よし、俺が行ってくる!アイシャ、これ持っててくれや……」
「え……、えええ!ちょ、ちょっとっ!ジャミルっ!!」
「……おにいちゃん!!」
ジャミルはパーカーを脱いでアイシャに渡すと、
そのまま橋から濁流の中へ飛び込み、物スピードで
子犬の側まで泳いで近づいて行った……。
「……ぶるるう……」
「よしよし、もう少しだかんな、我慢してくれよ……」
……数分後には、子犬を抱えて、どうにか漸く岸まで辿り着く……。
「おにいちゃーーんっ!!……ロンーーっ!!」
「……ジャミルーーっ!!」
女の子とアイシャもジャミルを心配し、慌てて川岸まで
走って来た。
「はあ、俺は何とか大丈夫だ……、それよりワン公の奴、
冷えてるから大分体力が消耗してるぞ、……早く医者に
連れてった方がいいぞ!!」
「うんっ!……おにいちゃん……、ほんとうにありがとうっ!!」
「ははは、ほれ、行った行った!」
ジャミルは笑って女の子に手を振る。女の子は涙目に
なって子犬を抱え、時折後ろを振り返りながら、何度も
何度もジャミルにお礼を言い、やがて姿が見えなくなった。
「もうっ、……無茶するんだからっ!はい、タオルっ!!」
「……お互い様だろ、最初に無茶をしようとしてたのは
何処のどいつだ、アホ!」
「ぶう~っだ!」
顔を赤くし、アイシャがランニング用のタオルを
ジャミルに渡した。ジャミルも笑いながらそれを受け取る。
「なあ、……アイシャは……、不真面目な俺って嫌かい?」
「な、何よ急に!私は……、私は……、……い、今の
ジャミルだから好きなのよ……、って、何言わせるの
ようっ!!別に嫌じゃないわよう!!って何言わせるのっ!!」
若干混乱しながらアイシャが喋る。……今の……、の
部分は小声の為、ジャミルには聞こえていなかった様子。
「そうか、ならいいいんだな、俺は俺で……、今のままで
いいって事だな!」
「当たり前でしょ、もう……!ねえ、それよりも、
今日はランニング止めて、お洋服乾かしたらお汁粉
食べにいこっか?身体もあったまるよ!!」
「まーた、デブリますよ、お嬢さん……、いてっ!!」
「いいのっ!ジャミルも道連れっ!はいはい、行こうーーっ!」
「たく、やれやれ……」
ジャミルとアイシャはじゃれ合いながら去ってゆく。
それを遠まわしにこっそり見つめている変な男が一人。
「あんなの全然大した事ないじゃないか、ボクの方が
よっぽどだよ……、人間は外観、……見た目が一番さ……」
トモダチ
……その少年は時々大人びた目をする事がある。静かな優しい
笑みの中に隠された、右手に眠る封印された悲しい思い出と共に。
「たい、たいいー!たいっ、たいっ!……にへええ~……」
「君はいつも元気だね、でも、あんまりお父さんやお母さんを
困らせない様にするんだよ……、ほら……、来たよ……」
「あやっ!?」
「……ひまっ!ま~たアンタはっ!駄目でしょーがっ!あはは、
ティルさん、いつもいつもうちのひまが……、ごめんなさいねえ~、
ホントに、あはは!」
「……いいえ……」
「……たいっ!(ちっ!ケツデカベンピオババめっ!)」
イケメン大好き赤ん坊ひまわり。ルックス最高、正統派、
性格もイケメン、加えてお金持ち……、の、坊ちゃん事、
ティル・マクドールを放って置く筈が無く、此処最近の
彼女のターゲットと化していた。
「……と、処で……、グレミオさんは……?お姿が見えませんけど、
今はいらっしゃらないのかしらあ~♡」
「はあ?……はあ、夕ご飯の買い物に……」
「そうなんですかあ~……残念ねえ~、あ、あらヤダっ!私ったらっ!
では又~、宜しく~!おほほほ~♪」
「たいっ!たいっ!」
「……」
ひまわりの母、家庭の主婦・野原みさえ。娘がこうなら親も
当然イケメン大好きミーハーおばさんである。みさえは
暴れるひまわりを抱き抱えて自部屋へと姿を消す。
……そんな親子の姿を暫くの間、ティルは静かに
見守っていた。
「そろそろ僕も部屋に戻ろうかな……、うるさいのが
帰って来る頃だし……」
彼は自身の右手に被せてある手袋をもう片方の手で
触れてそっと撫でる。溜息を付いて。……直後。
「……」
「だからあ!謝ってるじゃないのよう!……バカっ!!」
「うるせーっつんだよっ!この暴走ジャジャ馬っ!もうオメーの
やる事ナス事金輪際信用しねえ!もう勘弁ならヌ!……早くお部屋に
お戻りっ!」
「帰らないわよっ!あ、今度はナスの味噌炒め作ろうかしら!」
「うるせー!……やっぱ全然反省してねーなっ!オメーはっ!!」
「……前方から大声を上げて廊下を歩いてくる変な男女コンビ……。
このマンションの管理人のジャミ公と女房的?存在のアイシャ。
今日もつまらん事でケンカし、揉めていた……。今日のジャミ公への
彼女の破壊料理はお昼ご飯。ジャミルの部屋に乱入してくる際、
テーブルの角につまづいてバランスを崩し、転倒しそうになり、
ご飯に醤油を一瓶全部掛けた、醤油ぶっかけ過ぎ卵ご飯……。
ついでにジャミル本人の顔にも飛び散った醤油が掛った……。
「……」
二人はギャーギャー揉めたまま姿を消す……。廊下の奥へと。
ティルは我に還ると、急いで自部屋のある3階へと歩き出そうと
した。
「ぼっちゃん!ああ、此処にいらっしゃったんですか!
マンション内をお散歩してたんですね!暑さも和らいできて
過ごしやすい気候になりましたものね!」
「……グレミオ……、あ~あ、帰って来ちゃったか、捕まる前に
先に部屋に戻ろうと思ったんだけど……、しょうがないなあ……」
「何言ってるんですか、もう~!さあ、グレミオとお部屋に
戻りましょう、今日はグレミオ特製ほかほかシチューですよ~♪」
「……分かってるよ……」
夏でも熱々シチューを作る男。それがグレミオ……。美味いから
いいのだが。
「聞いて下さいよー!この世界ではお買い物の場所はスーパー
マーケットと言うのですね、お肉が特売でして、グレミオは
ついついお買い物に夢中になってしまいました!それでですね、
それでですね!」
「……グレミオ、いいから……」
ティルは喋り出して興奮が止まらなくなった付き人グレミオの
背中を押す。彼はいつでも、どんな時でも大切な主、ティルを
守ろうとする。命を掛けて、何処までも……。だが時々、
度が過ぎてオーバー過ぎるのがたまにキズだった……。
この間は自室にネズミが出、此処では武器が禁止されて
いる故、代わりにお玉を持って、こ、ここここ!この
グレミオがぼっちゃんを守るんですっ!……と、暴れて
大騒ぎ……。毎日お部屋はきちんとお掃除してるのに……、
どうしてでしょう……と、グレミオは只管嘆いていた……。
そして、その日の夕方……。
「……だーからっ!いい加減にしろっつってんだよっ!この
暴走タラール賊っ!」
「タラール賊じゃないわよっ!族よっ!今度はちゃんと
出来たのよっ!デザートっ!さあ食べてっ!美味しいん
だからっ!」
「……何でかき氷から湯気が立ってるんだあーーっ!
説明しろーーっ!!それにこの茶色いゲロの様な
どげついシロップの色は何なんだよーーっ!!」
「あ、溶けちゃった……」
「坊ちゃん、今日のシチューのお味の方は如何ですか?」
「うん、美味しいよ、今日も……」
「ああっ!良かったですーーっ!」
夕方は夕方で、今度は破壊かき氷を作って食べて貰おうと、
アイシャが逃げるジャミ公を追い掛け回していたのだった……。
二人の罵声はこうして3階でゆっくりと夕食を取っている
ティルとグレミオの部屋まで聞こえてくる。グレミオ特製
シチューの味は既にマンション内でも有名になっており、
食べたい!と言う住人が殺到する程である。アイシャの
破壊料理とグレミオのシチュー……。雅に天と地の差であった。
だが、大切で大好きな人に美味しい物を食べさせてあげたいと
思う気持ちはグレミオもアイシャもどちらも変らない。
「グレミオ、いつも本当に有り難う……」
「いいえ、坊ちゃんの為なら……、このグレミオは……」
そして、深夜……。漸くマンションにも平穏が訪れる。
眠りにつく前、ティルは再び右手の手袋を外すとじっと
見つめ静かに物思いに耽る。右手の中に眠る大切な人達の
事を思う。そして……。
「テッド……、君に会いたい……、もう一度……、話がしたい、
父さん……、オデッサさん……」
翌日。市役所にて……。黒子の前には不機嫌全開バリバリ状態の
ジャミ公がいた……。
「で、今日は何です?ジャモ公さん……、今日はこれからお客様が
来るんですが……、特にあなたには用事はない筈ですが……」
「……まーた変な呼び方すんなっ!誰かに聞かれたらどうするっ!
広まるだろっ!」
「……だから、早く要件を……、こう見えても忙しいんですよ、私は……」
「別に用なんかねえけど、ただ……、オメーに突っ込みたい事が
出て来てだな、こうやってわざわざ来た……」
「はあ……」
「此処じゃ基本、武器だの小道具だのはグレイのアイスソード以外
禁止なんだろ!なのに何でスネークの親父の爆弾やら、ランチャーも
許してんだよっ!あいつ、機嫌悪かったり、何かあるとドカドカ
手榴弾ぶん投げてるぞ!」
「……細けえ事はいいんです、さあ、気が済みましたか?
お帰り下さいませ、今日もお昼は例のお嬢さんが作ってくれるの
でしょう?……楽しみですね……」
「あっ!テメ、黒子っ!待てっ!この野郎ーーっ!!
話は終わってねえぞーーっ!おいーーっ!!」
……結局、黒子にはぐらかされたまま、ジャミ公は市役所を
ポイされた。そして、騒がしいジャミ公と入れ替わりで市役所を
訪れた人物がいた。
「こんにちは……」
「いらっしゃいませ、如何ですか?お体の方は……」
「うん、何となく……、不思議だね、彼処にいると身体が
軽い様な気がするよ……」
市役所を訪れたのはティル・マクドールであった。彼は黒子が
出してくれた椅子に静かに腰掛けた。
「この島ではあなたの力も押さえられる筈ですから……、
そんなに気を思いつめず、どうぞリラックスしてお過ごし
下さい……、折角ですからもっと沢山お友達を作って
みては如何ですか?まだお若いのですから……」
「うん、有り難う……、だけどあなたは不思議な人なんですね、
僕はあなたが何者かなんて今は問い質す気も無いですし、
許して貰えるならゆっくりと過ごしてみたいかな……」
「まあ、何かありましたらマンション内ではあの管理人にも
相談をして見て下さい、一見どうしようもない鼻垂らした
アホの様ですが困った時はきっとあなたの力になってくれる
筈です、彼はそう言う人です……」
「……何となく、分かります……」
ティルは微笑むと黒子に挨拶をし、本日の市役所訪問を
後にする。歩きながらふと空を見上げると、頭上には
眩しい太陽が其所にはあった。
「……あれから数年……、こうやってちゃんと青空を
見上げた事なんてなかった様な気がする……、何だか
不思議な気持ちだな……」
「でさー、おっかしいのよっ!ジャミルの奴っ!」
「マジでかっ!マジでかっ!今度は何やったんだっ!?」
「ホント、あの人も良くやってるよな、管理人……」
「昨日も奥さんに追い掛けられていた様だが……」
「ジェイル、ま、まだ奥さんじゃ無いわよ、彼女……」
前方からたわいも無い会話を交わしながら歩いてくる
マリカ、シグ、リウ、ジェイルのシトロ4人組。
その姿を見て、ティルは大きく息を吐くと彼らに
向かって小さく手を振り、挨拶を交わす。
「こんにちは……、皆も散歩かい?」
「お、おおーーっ!確か、ティルだったっけーっ!オレ、何か
スゲーアンタに親近感沸くんだよなーっ!あははっ!」
彼に向かって走ってくる、4人組の中心角シグ。まだちゃんと
皆と話をした事がなかった。此処にいる間、気持ちを落ち着けて
出来る事から少しづつ始めていけたらと、ティルは思うのだった。
zokuダチ エスカレート編・3