還暦夫婦のバイクライフ 47
リン、大山岬に海鮮丼を見つける
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
ある日リンは、スマホを見ていて何かを見つけたようだ。
「ジニーこれ、これ見て!」
「何?」
「ほら、海鮮丼!うまそうじゃない?」
「お~これは、旨そうだ。丼からはみ出してる。どこ?」
「え~とね。安芸市だって。道の駅大山の近くだね」
「ふ~ん」
ジニーも自分のスマホを取り出して、確認する。
「ああ、大山岬の所か。こんなお店があったんだな。知らなかった」
「全然気づかなかったね~」
「あ、そうだ。今度の休みにモネ行って、帰りに寄ってみるか」
「予約なしで大丈夫かな。かなり人気みたいだけど」
「行ってみればわかるよ」
ということで、8月2日は北川村に行くこととなった。
8月2日5時、ジニーは目覚ましの音で起き上がった。台所に行って、湯を沸かす。湯が沸く間、洗濯物を洗濯機から引っ張り出す。かごに受けてデッキに運び、干してゆく。外はすっかり夜が明けて、まるでドライヤーの熱風のような風が吹いている。
「すぐに乾きそうだな」
ジニーはつぶやいて、台所に戻る。ちょうど沸き上がったお湯でコーヒーを淹れる。カップに注いだ熱いコーヒーを、椅子に座ってゆっくりと飲んだ。
「お早う」
「お早うリンさん。今日も暑いぞ」
「うえ~仕方ないなあ」
リンもコーヒーをカップに注ぎ、一口飲む。
「うん。おいしい」
リンも椅子に座り、まったりとコーヒーを飲んだ。
「さてジニー、そろそろ動こう。ガソリンは?」
「24H営業のスタンドで給油する」
「空港通りの?」
「そう」
二人はバタバタと動き始める。いつもの真夏仕様の服に着替え、バッグを用意する。外に出て車庫からバイクを引っ張り出し、セッティングする。
「リンさん出れるよ」
「オッケー」
「リンさん?」
「聞こえとるよ」
「あれ?聞こえる?」
「聞こえとるって」
リンは自分のインカムをカタカタとゆする。
「あ、聞こえるようになった」
「ジニーのインカムかと思ったら、私の方の調子が良くないみたいだね」
「ピン接点の弱点だなあ。あとで磨かないと」
「どうするの?」
「アルコールか何かで、接点を拭くといいかも」
「ふーん。とにかく動こう」
6時10分、二人は家を出発した。
空港通りのスタンドに寄って、ガソリンを給油する。それからバイパスを天山交差点まで走ってR33に乗る。そこからどんどん南下して砥部町を通過して、三坂を登ってゆく。途中三坂道路を経由して久万高原町に入る。このあたりから車列が前を押さえ始める。
「リンさん、思ったより車が多いや。しかも皆さん呑気さんだらけだ」
制限速度で走る車列の後ろを、二人は大人しくついてゆく。
「スタートが朝6時じゃあ遅いんだなあ」
リンも諦めたようにのんびりとついてゆく。
「どこまで走る?」
「日高村のいつもの所で良いんじゃない?」
「しんどくない?」
「平気だよ」
「わかった」
前を走る車列は、右に左に車が抜けて、だいぶ短くなった。所々でそれをかわし、先を急ぐ。
日高村の駅には、8時丁度に到着した。日陰を探してバイクを止める。ヘルメットを脱いで、ホルダに固定する。
「あ~しんど」
「ハラ減った」
二人は朝食を食べに、ムラカフェひだかへ向かう。いつもは順番待ちするのだが、今日はすぐに座ることができた。
「私は今日は和食の気分だな」
そう言ってリンが選んだのは、卵焼き定食だ。ジニーはフレンチトースト定食を注文する。
「お待たせしました」
暫く待って、定食がやって来た。リンの前に置かれた卵焼き定食は、なぜかサラダが2品付いていた。一つはスパサラダ。もう一つは野菜サラダフルーツ付きだ。
「う~ん・・・ここはもう一つ工夫が必要ね」
リンがつぶやく。
食事を済ませてから二人はバイクに戻り、出発準備を整えた。
「出るよ~」
「どうぞ」
8時55分、村の駅ひだかを出発する。R33を少し走り、高知西バイパスに上がる。しばらく走って伊野I.Cから高知道に乗り、高知I.Cで降りる。そこから高知東部自動車道に乗り換え、室戸方面に走る。以前は高知竜馬空港I.Cで一度降りなければいけなかったが、未通部分がつながって終点の芸西西I.Cまで行けるようになった。二人は高知東部自動車道を終点まで走り、そこからR55に降りる。安芸市を抜け、奈半利町まで行き、そこからR493に乗り換えて北川村モネの庭まで一気に走った。駐車場の隅のいつもの木陰にバイクを止める。ヘルメットを脱ぎ、上着も脱いでバイクの上に置いた。
「やっと着いた。でも途中バイパスがつながったおかげで、あまり疲れていないよ」
「そうなん?」
「いつもは眠い道のりだけど、今日は平気だった」
「あ~、そう言えばリンさん、一般道呑気さんに連れられて走ったけれど、眠い言わなかったね」
「うん。ところで何時?」
「10時20分。そうだ、ご飯屋さんに電話してみるよ」
ジニーはスマホを取り出し、ご飯屋さんに電話する。
「あ、すみません。こちらジニーと申しますが、予約はできますか?時間はそうですね。13時くらい・・・。あ、なるほどわかりました」
ジニーは電話を切る。
「何て?」
「予約は開店時のみで、後は来た順だって」
「そうなんだ。じゃあ、順番待ち長いかもね。結構人気みたいだから」
「仕方ない。海鮮丼のネタ切れになる前に行けたらいいな」
「そうとなれば、早く動こう」
二人は入り口に向かう。チケット売り場でジニーはJAF会員証を用意する。
「会員割引お願いいたします」
「すみません。JAF割引は4月で終了しました」
「なんとまあ!仕方ないな」
ジニーはカードを引っ込める。
庭内に入場して、水の庭を目指して歩く。
「暑い。水買って入ればよかった」
「ジニー自販機があったと思うけど」
「あったな。そこまで我慢だ」
二人はどんどん歩いてゆく。きれいに手入れされた池に、睡蓮が花を開いていた。青や白、うすい黄色や赤い花が、あちらこちらに咲いている。水面をトンボが行きかい、花に止まる。歩く小径は木々が上から枝を伸ばし、日蔭を作っていて気持ちいい。時間をかけて池を半周してから、ボルディゲラの庭に向かう。途中トイレの前に自販機があったはずだが、撤去されていた。
「ありゃ。ない」
「上のカフェで休憩しましょう」
「わかった」
二人は木陰をのんびりと歩き、ボルディゲラの庭に出た。そこは、景色が真っ白に見えるほどの強烈な日差しの中にあった。
「まぶしい~」
「石が白っぽいから、余計に目がくらみそう」
目を細めて早足で歩く。カフェの店内に入ると、日蔭を吹き抜ける風が気持ちいい。ジニーはバラシロップのかき氷とコーヒーゼリーを注文する。テラス席でしばらく待って、やって来たかき氷とコーヒーゼリーを堪能する。
「ごちそう様でした」
冷たい氷とゼリーに二人は満足して、待っている人に席を譲る。
「さて、戻ろう」
ボルディゲラの庭を後にしたジニーとリンは、途中いつも休む木陰のベンチに座り、目を閉じて頭を休める。10分ほど休憩してから再び動き始める。水の庭を抜けて、出口に向かう。駐車場へと出てからショップに向かい、数点お土産を購入してバイクに戻る。海鮮丼が気になって、二人とも動きが早くなっている。
「さて、次行くよ」
12時30分、二人はモネの庭を出発した。
「ジニーどれくらいかかる?」
「多分20分くらい」
「近いね」
「うん」
二台のバイクはR493を南下してR55との交差点を右折する。そこから大山岬に向かって走り、手前で旧道に入る。その先でさらに海沿いの小道に入ると、目的のご飯屋さんがあった。下が駐車場、二階が店舗だ。
「わあ、いっぱい待っているねえ」
そう言いながらリンは、店舗下の駐車場にバイクを乗り入れる。
「ジニーごめん、ちょっと動かしてもらえる?」
ジニーは様子見のために店舗を行き過ぎて、路上にバイクを止めていた。
「どうした?」
ジニーがリンの所に行くと、足元はガタガタ、おまけに上から水が滴り落ちていた。前輪がちょっとの段差に引っかかって、リンの力では動かせないようだ。
「替わって」
ジニーはリンに替わり、リンのバイクを後退させる。それから自分のバイクを持って来て、リンのバイクの後ろに付けた。
「リンさん、順番取って来る」
ジニーは階段を上がり、入り口の台帳に記入する。スマホの時計を確認すると、12時40分だった。ジニーの前に、6組の名前が記入されていた。
「リンさん、しばらく待つよ。6組前にいる」
「どれくらいかな?」
「さあ、1時間くらい?」
「全然平気だね」
「いつだったか、かいだ屋さんで4時間待ってから、待つのが平気になったよなあ」
「さすがにあれは無かったよねえ。それにこりて、次のバイク屋さんツーリングで行った時には先発して7時に番号札取りに行ったもんねえ」
「あの時も結局店が開店するまで、先発の僕たちは3時間待ったけどね」
「なんだか聞いた話だと、今は6時に行かないとだめらしいよ?」
「ホンマかいな。もうそこまでしてあそこでウナギ食べなくてもいいや。松山にもうまいうなぎ屋はいくらでもあるし。高いけど」
「ですよね~」
そんな話をしながら、海を見たり店の奥の洞窟みたいにえぐれている崖を見たりして過ごす。あとから何組もやってきて、名前を書いている。時々店員さんに呼ばれて、待っている人が店内に入ってゆく。
「ジニーあの洞窟みたいな所、お地蔵さんが何体もあるね」
「ああ」
ジニーは想像した。波でえぐられた洞穴の奥にお地蔵さん。しかも数体。ここに道も堤防も何もなかった時、戎さんが漂着する場所だったのだろう。でもそれをリンには言わない。あくまでもジニーの想像に過ぎない。
50分ほど待って、二人は入店した。店内は3組のお客を受け入れるようになっていた。相席すれば5組や6組は入れそうだが、煩雑になるのでそれはやっていないようだ。メニューは海鮮丼と天丼の二種類、海鮮丼は上と特上、天丼は3つのグレードがある。ジニーとリンは、海鮮丼の特上を注文した。しばらく待ってやって来た丼は、海鮮があふれんばかりに乗っていた。それに汁と小鉢とお漬物が付いている。
「わあ!」
リンは盛りのすごさに感動する。
「いただきます」
二人はたれをかけ、食べ始める。
「海鮮、おいしい!」
「カツオ、かんぱち、ひらあじ、天然マグロのネギトロ、シイラのタタキだって」
「へえ、これは何?」
「リンさん、切り身になった魚は、判別難しいって。多分かんぱちだけど。その日に水揚げされたものが使われているようだね」
「ふーん、それでおいしいのね」
「僕としては、これが酢飯ならいうことは無いよ」
「私はこれで良い。人気なのもわかるわ」
二人は味にも量にも満足して、店を出た。
「さて、リンさん、帰るよ。高速って思っていたけど、下道帰ろう」
「オッケー。でもどこかでお茶したいな」
「じゃあ、高知市内で探そう。その前に、給油しないと」
「了解」
14時10分、ジニーとリンは店を出発した。旧道からR55に出て、高知方面に向かう。途中安芸市で給油する。給油を終えて、高知東部自動車道に乗り、高知中央I.Cで降りる。県道374号を西に走り、お茶ができる所を探す。
「案外ないねえ。コメダとか・・」
「探せばあるんだろうけど、この道沿いには・・・あ、ジョイフルがある。あそこ行こう」
二台のバイクは、ジョイフルの駐車場になだれ込む。日陰を見つけてそこにバイクを止めた。
「ファミレスに来るのって、いつぶりだろう」
「う~ん、前いった記憶がないわね」
「僕が覚えているのは、長男が生まれたときが最後かな」
「30年前?いや、いくら何でもそれはないと思うけど」
二人は店内に入る。涼しい店内は空いていて、お好きな席にどうぞと案内される。そこでメニューをひたすら見て、ジニーはオセロアイス、リンは滑らかプリンのバニラアイス添え、そしてドリンクバー2つをオーダーした。いくらも待たないうちに、スイーツがテーブルに並ぶ。
「今日はバイク暑いでしょー」
「死ぬほど暑いです」
「存分に涼んでいってくださいねー」
店員さんとたわいもない話をする。周囲には学生さん達が数人いて、ドリンクバーで粘っている。参考書やノートを広げて勉強しているのだ。切りのついた子が、じゃあねと手を振って帰ってゆく。
「相変わらずいつの時代もファミレスで勉強するんだなあ」
「安いからね」
そう言って、ジニーもリンも充分休憩する。気が付けば、1時間以上過ぎていた。
「あ、いかんいかん。リンさん帰るよ。暗くなってしまう」
「あ~ホントだ。出よう」
二人は会計を済ませ、バイクに戻る。準備を済ませて出発した。県道384号を西に走り、高知駅を右に見ながらさらに先に進む。県道270号とのT字を左折して、その先のR33との交差点を右折する。あとは道なりに高知西バイパスを終点まで走り、R33に戻り松山目指してゆく。
「ジニーちょっと引地橋で止まって」
「ええよー」
越知町を越え、R439の交差点を直進して17時40分、引地橋に到着した。自販機で水を買って飲む。どれだけ水分を取っても、身体からどんどん蒸発しているような気分になる。トイレ休憩を済ませ、再び走り始める。前方に車列が見えてきた。夕方のせいか、動きが早い。みんな早く家に帰りたいのだろう。その車列の一部となって、どんどん距離を稼いでゆく。美川道の駅を通過し、久万高原町の道の駅もスルーする。三坂道路を駆け下り、砥部町に降りる。重信川を越えると、松山市内だ。
「わ、暑い」
「暑いわね。やっぱり松山は暑いわ」
市内を抜けて19時25分、家に無事到着した。
「お疲れさん」
「おつかれー」
2人はヘロヘロになりながらバイクを車庫に片付ける。荷物を外して家に入る。つけっぱなしのエアコンが無茶苦茶涼しい。
「ひょー涼しい」
リンが浮かれたように言った。
「やっぱり暑いのはしんどいな。今日一日でどれだけ水飲んだやら」
そう言いながらジニーはまだ水を飲んでいる。この後腹を壊してトイレでお地蔵さんになるのを、彼はまだ知らない。
還暦夫婦のバイクライフ 47