受容

詩を書くことは世界を受容すること
散文を書くときの世界を区切っていく手法が使えない
世界を受容するしかない
世界と自我が調和することで
少しだけ安寧を味わえる
それはおそらく錯覚に過ぎないのだろうが
それでも書かないよりはましだ
批評精神で疲れ切った心身にとって
詩は少しだけいい




ずれ

外界から受け取った感覚的情報を素直に享受できていない
いつも言葉が邪魔をしてくる
言葉による思考が迷妄の中に陥れてくる
だから外界のことをよくわかっていない
感覚と思考の間にあるずれをどうすればいいか
しかしそのずれがなくなってしまうと人間でいられなくなってしまいそうだ
ずれを治そうとしながらずれを維持したまま
ずれ方を違うものに変えていこうとしている
そんなことをしているうちに文明は進歩していく
文明は一方向に進んでいくのみだ
文明がいやでも時間を直線状にする
文明の度合いによって感覚と思考のあり方も変わっていく
感覚と思考の間に機械がわりこんでくる
その間に肉体の条件も少しずつ変わっているのだろうか
もう何一つ確かなことがわからない
そうして知らない間に人間は人間ではなくなっていきそうだ




自虐

おまえはクズだ
生きる価値がない
いつもよけいなことを言う
知性で偽装した下劣な内容
お前は人を怒らせる
言わなくていいことを言う
お前から人は離れていく
人から見捨てられて孤独を味わえ
怒りの渦が私を取り巻く
よくない感情に囚われて
言葉が出てこなくなる
そうして堕ちていくのだ
おまえは人を傷つけすぎた
おまえは罰せられる
おまえは言葉も奪われる
おまえは無言のまま朽ちていく




二つの力

技巧ぶった詩はよくない
直情的な詩もよくない
技巧を重ねた上でどう技巧を崩すか
積み重ねる力と崩す力
蓄積の果てのありのまましか
他人は評価してくれない
単なるありのままは
誰も見たくはない
だから人生は疲れる
人知れず苦行を重ねることで
ようやくそれなりの人生を送れる
それが世間の掟なのなら
どうにも生きづらい




宴のあと

本当に壊そうとしてくる人がいた
私もあの人を壊そうとしていたのだろう
自分の意図していないところで傷つけたのだとしても
もうそれはどうしようもないこと
私とあなたは違う人間
違う世界に生きている人間
怒りの感情が湧いてくるのはしかたがない
しかしもう終わったことだね
早く自分のことをやらないと
生きていかないといけないからね




朝の散歩

自分の中にある壊れやすくて繊細なもの
そういうものを昔は持っていた気がします
今はもうどこかへ行ってしまいました
毎日ただぼんやりと生きています
今は気楽ではあるのですが
あの生きづらかった日々が懐かしかったりします
苦しさが活力を生み出していたところはあります
今はただ目の前の雑草を見て落ち着いています
雑草の向こう側には池があります
ベンチに座って風にあたっています
日差しが少し強くなってきたようです




出所後

久しぶりに海まで来ました
もう殺した奴の顔も覚えていません
崖の近くまで来ました
ここで意を決するほど軟ではありません
近くに地蔵がありました
なぜか祈りたくなりました
特に後悔しているわけではないし
今さら謝罪の気持ちがあるわけでもないのに
なぜか祈りたくなりました
祈っている途中で
食っていた飯や作業のことを思い出しました
あたりは静かでした




無と有

初めに無があって有が生まれたのか
それとも有があって無が生まれたのか
無は思考の産物だという考えが捨てきれない
無は概念にすぎないように思える
無というものがありえないと思う
自分が死んだら無になるという論法も腑に落ちない
そもそも自分の死については何も知りえないのだから




忖度の果て

四方八方に忖度して疲れてしまった
ずっと自分の感情は抑えたままだ
このまま自分の素直な感情を知ることなく死んでいくのか
もうずっとよくわからない煩悶を続けている
欲望や情念に囚われているとか言って
簡単に片づけられる筋合いはねえんだよ
くだらない世界にとどまり続けるのにも
忍耐と諦念が必要になる
自分が自然とつながっていると感じること
自分を自然の方に溶かし込んでいくこと
そうすることが一番いいのではないかと
最近は思いはじめている




言葉の楼閣

言葉の楼閣の中で思考していてどうする
そこから出て情念にまみれたいと思わないか
しょせんこの世は世知辛い争いばかりだ
俗情と欲望と邪念が入り乱れて
頭の中が有毒なガスで充満してしまってから
ようやく俺の思考が始まる
この思考を解毒するために
数を用いた澄明で精緻な思考が必要になる
情念による澱みを強引に数理で清めようとして
心は破綻をきたした
言葉による楼閣から俺の惨状を静かに眺めている奴らがいた
しかしその楼閣も砂上のものにすぎないのだ
溺れながらも俺にはそう思えた
言葉が言葉のままでいられ続けるとは
俺には思えなかった
何かが変わらなければいけなかった

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-09-06

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