映画『飛べない天使』『天使の集まる島』レビュー

『飛べない天使』


 論理的に優れたシークエンスの所々に「あれ?」と思わせるポイントが幾つもある。『飛べない天使』の面白さを端的に語れば、この一文に尽きると思います。
 一般論として、私たち観客は映画を見ながら無意識に「いまスクリーンに映ってる場面は現実」「次のカットは夢」「最後のこれは死ぬ前の幻想」といった虚実の判断を行いますが、本作はまさにこの観客の判断基準に揺さぶりをかけます。
 目の前に映し出されるそれが何なのか。夢だとしたらやけにリアルだし、現実だとしたら解消できない矛盾が認められるしでプチ混乱。どっち?どっち?という判断留保が頭の中にどんどん溜まっていき、各カットを感覚的に追わなければならない事態に陥る。俳優の身体的な造形美やロケ地の幻想的な印象、あるいは非常に優れた劇伴の使い方といったありとあらゆる要素にもノセられて、主人公である優佳と聡太郎の逃亡劇から目が離せなくなります。
 そのうちに頭で理解可能な重要ポイントが訪れ、上記した自体は一旦沈静化するのですが、その頃にはもう虚実の判断自体がどうでもよくなっている。ここにかけられた映画の魔法がもう感動もの。なぜ逃亡劇だったのかというコンセプトと相まって、監督を務められた堀井綾香さんが本作に込めた想いを体感する約束された時間へと観客を導いていきます。物語として大きく変化するのもこの辺りで、①良くも悪くも天使の如き無邪気さを周囲に発散する聡太郎と②彼に振り回される優佳という構図が逆転し、それぞれの中で『飛べない天使』というタイトルの意味付けが行われていく。内と外、他者と自分といった二項対立で読み解ける部分とその境界線が溶融する感覚が映画として詩的に映って仕方ない。ここが非常に素晴らしかった。直近で観た作品の中で『飛べない天使』をベストオブベストとして挙げる衝動を私は止められません。ガチで最高でした...。
 主演の二人の好演も当然に見所で、例えば①聡太郎を演じた青木柚さんは癖のある人物を演じる印象は強かったのですが、本作で見せる根明な部分が非常に新鮮。俳優としての幅広さを目撃できたし、②福地桃子さんは伽藍堂な器のように見えた優佳の内に宿る「光」を温かく表現していて、その演技力の質の高さを知れました。どちらもほんとベストオブベスト。ファンは必見の出来栄えです。
 『飛べない天使』は後述する『天使の集まる島』の上映を記念して、10月17日からアップリンク吉祥寺にて特別上映の予定です。住んでる場所によっては足を向けにくい劇場かもしれませんが、本作を見逃す方が人生の大損失。ぜっっっったいに観た方がいいとゴリ押ししておきます。なので是非。是非!


『天使の集まる島』


 「異和」がキーワードになる映画だと思いました。本作のロケ地であるペナン島のジョージタウンの街並みからしてそうなんですよね。多文化が見事な融合を果たしていて、角ひとつ曲がるだけで雰囲気がガラリと変わる。露天もずらりと並んでいて、売られるものも雑多。人もひっきりなしに往来していて、日が暮れても活気が失われない。本作でミミを演じられているさとうほなみさんがパンフレットでも仰っている通り、子供がひっくり返したおもちゃ箱のような統一感のなさ。入院着の格好で日本人の男子が一人でそこら辺りを徘徊していても、シーンとして見事に成立する。ロケーションという場の持つ力が『天使の集まる島』のトーンを決定的にしています。
 そんな街の様子をベースに描かれるのは『飛べない天使』の前日譚。生きるために居続けなければならない病院から初めて飛び出して、自由を満喫できるようになった聡太郎が、けれど囚われ続ける寂しさ。悲しさ。
 長期間入院している聡太郎にとって最も外を感じられるのは病院の屋上なのですが、そこに設けられた安全柵の冷たい感触は聡太郎が最も自由になれる時間にこそ先鋭化します。どこに居ても僕は一緒、という聡太郎の台詞なき声が彼の心に戸惑いを生み、柵(しがらみ)という呪いが聡太郎の背中に生えた羽の動きを鈍くする。
 そんな彼を救うミミの無邪気な様子はジョージタウンの街を奏で、思わぬ雨を降らし、映るもの全てを反射させる輝きに満ちています。楽しい!という気持ちの純然たる表現は演者であるさとうほなみさんの、聡太郎=青木柚さんと比べて、圧倒的に大人な見た目を内側から変質させてぐんぐん羽ばたいていく。
 その全てを優しく見守るダニエルの眼差しがまた良いんです。彼女の全てを包み込んで離さない愛おしさに満ちていて、彼女を抱きしめたまま彼も一緒に空を羽ばたいていく。ミミ自身も、ダニエルがいるからこそきっと自由に振る舞えている。だとすれば「天使」は孤独な二人でなれるもの。向かい合って見つめ合い、微笑み合って育むものと結論付けられる。
 そんな二人が迎える終わりは、けれどとても優しくて、温かくて、愛おしかった。エールに近いものを感じたんですよね。ミミが聡太郎に最後にしてくれたことと、ダニエルが聡太郎の前で最後にしてくれたことにも。
人が持つ可能性は決して無限じゃない。けれど、その方向に向けて全力を注ぐことは必ずできる。病院にいる間、ずっと外を向いていた聡太郎がその眼差しを内側に向けられるようになった意味は大きかったと思います。会うべき人に届けたい祈りの力強さが屋上の、さらにその上で降り注ぐ輝きとなってスクリーンに広がっていたのが何よりの証拠です。


 本作の上演後に引き続き、テアトル新宿で特別上映された『飛べない天使』を鑑賞しましたが、改めて覚える感動に震えました。優佳と出会えたことで聡太郎も救われていたという側面がより強く窺うことができて、そんな聡太郎に出会えた優佳の喜びが倍増する。エンドロールではしゃぐ二人に何度でも出会いたい。そう強く思いました。
 堀井綾香監督は台詞、身振り、人物の造形あるいは音楽ないし音といった映画を構成するあらゆる要素をおそよ人が抱くであろう普遍的な想いに昇華してみせる。『天使の集まる島』、『飛べない天使』の二作はその手腕を知るに十分な作品です。興味がある方は是非。現在、テアトル新宿にて公開中。上記したアップリンク吉祥寺では10月17日から上映予定です。

映画『飛べない天使』『天使の集まる島』レビュー

映画『飛べない天使』『天使の集まる島』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-09-02

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