きみのかなしみ、ぼくにちょうだい。

傷ついても、傷ついても、僕たちは傷つき続ける。
棘を抜くこともままならないままに。
咽びなが傷を引きづる。
『痛い、痛い』と。
それでも求めるのだ。
誰かの体温を。
柔和な肌の感触を。
亡霊は浴槽に浸かり,眠りを欲する。
冷たくなった心を縫製するごとく。
亡霊はこころを縫い合わせられなかった。
ぽたり、ぽたりとこぼれる涙がこころに沁み入り、
形を崩したから。

夜を彷徨う亡霊は、積み木を始めた。
風が積み上げたものを崩す。
崩れても崩れても、亡霊は積み上げる。
一睡もできず迎えた朝。
亡霊は両の手で冷えたこころを掬いあげ、どこかへと向かった。

亡霊が向かった先は夢のなかだった。　　　　
そこには雲の上でまどろむ羊とライオンがいた。
それは、かつての愛の中の記憶だった。

羊は忘れ物をするライオンのために巾着袋を作っていた。
そして、ライオンに渡した。
中にはありがとうの手紙。
受け取ったライオンは、ひつじにくちづけをした。

亡霊は思い出す、かつての愛の記憶だったこと。

夢の世界から出た亡霊は涙を瓶に入れた。

この手にあるこころの冷たさは愛を失ったことを意味していた。
ひつじは二度と微笑みかけないことを亡霊は知った。

いつのまにか降り始めた雪。
徐々に雪に埋もれてゆく亡霊。
このまま、埋もれてしまいたかった。
雪をかき分けて、何者かが呼ぶ声が聞こえた。
それは、たぬきだった。
『　きみのかなしみ、ぼくにちょうだいよ。
　　その痛み、ぼくが食べてあげる。』
凍傷した亡霊をたぬきは引きあげようとする。
『ぼくのこころは、冷たい雪になってしまった。』
ポロポロと泣き出す亡霊に、たぬきは言う。
『きみは亡霊なんかじゃなかったでしょ。
きみはまだこうして生きてる。
僕がきみの味方でいる限り、こころはまた温度を持てる。
そしてきみは、きみに戻れるよ。』
たぬきが月を呼んだ。
『いいかい、月が力を貸す、僕も力を貸す。
そうしたら,きみはきみに戻る。』
月が光り輝き、たぬきは力いっぱい、亡霊を抱きしめた。
亡霊はみるみるうちにライオンの姿に戻っていった。
たぬきは微笑む。
『　必要な時には、僕が駆けつけてあげるからね。』

再び積み木を始めた。
傍には、倒れないようにたぬきが積み木を支えている。

『崩れてもいい。
でも、崩れないように支えてあげることはできるよ。
ぼくは君と一緒に歩いていきたい。
どんなきみでも、ぼくはきみが大好きさ。』
たぬきは言った。

傷ついても、傷ついても、僕たちは傷つき続ける。
棘を抜くこともままならないままに。
それでも知るのだ。
差し伸べる救いの手があることを。
それでも、生きていくのだ。
見えない明日の射光を見つめて。
痛みとやさしさの記憶を秘めながら。