岬
土でできた道の両側に多くの木々が植えられている。その多くの木々から、また多くの枝が生えており、両側の枝が道を歩いている浩一の上で所せましと絡まっている。おかげで強い日差しからも守られており、暑さはあまり感じない。日陰となった土の道を浩一は黙々と歩いた。蝉の鳴き声を聞きながら、周囲の少し冷えた空気を満喫している。浩一はすでに岬の端の方まで来ているので、木々の向こう側には海の青が見えている。細かく入り乱れた枝模様の向こう側に水平線が見える。波の音は激しく高まっており、幾分暴力性を感じさせるほどであった。音を聞いているだけで、自分の存在ごと波にさらわれていきそうな心地になる。人生に自信が持てなくなった人は不意に海にやってくるものだ。そういう人の中には、波の音を聞いているうちに海が呼んでいると勘違いして、意を決してしまう人もいるのかもしれない。浩一は無責任で軽薄な推測をした。歩くほどに波の暴力性は増し、自然の猛威が浩一の全身をかき回すかのようであった。しかし、今さら自然の暴力にたじろぐほど浩一も軟ではない。すでに人間の社会というある種の自然界でも、多くの暴力を垣間見てきたのだ。学校やら会社やらサークルやらSNSやら様々な組織でも、色んな暴力がある。ディスプレイの向こう側でも、血なまぐさい戦争がある。この世界には、色んな暴力がある。社会の中で生きる人たちは、みんな暴力の恩恵を受けていながら、その方面については無視をしている。波はいい。人間に比べて正直だ。
前方に目をやると、その景色に見とれてしまう。頭上を覆う枝の連なりの隙間から光が射している。音は波と蝉だけだ。このまま歩いていく先には何があるのだろう。ひょっとして誰も足を踏み入れたことのない世界へ、俺は進んでいるのではないか。この道はすでに多くの人が歩いてきた道ではあるが、俺という人間が歩くのは初めてなのだ。いつでも俺は未踏の地を歩いているのではないか。いや、歩きなれた道だって実際のところはいつでも初めてではないか。しかしこういう考え方は驚嘆を誘うようで、少し衒学ぶった感じがしてあまり浩一は好かなかったりもする。高まる波の叫びを両側から浴びながら浩一の歩みはどこか軽やかだ。このまま行ったきりで帰ってこれないかもしれない。異様に明るい気分になってきた。波が何か言っている気がする。自然界にも言葉はあふれているが、人間があまりにも人間用の言葉を洗練させすぎたために、もう聞き取れなくなったのだろうか。お前もこっちへ来いと言っているのか。いや、それも俺の都合のいい妄想でしかないか。人間は人間なりに自然の言葉を聞き取ろうとしてきたのだろうが、結局歴史はそっちの方向へは進まなかった。人間同士のみで通じる言葉が発達して、今では自然から隔離されて自然から搾取するシステムを作り上げた楽園を築くに至った。そうして、時間というものまで生み出した。時間の精度が上がるにつれて、死への恐怖は増していくようでもあった。波は相変わらず何かを叫んでいる。
道を歩いていくと、木々の連なりは終わり、日が射す広場に出た。草が生えておらず、長椅子が申し訳程度に置いてある。広場の周囲には柵が作られており、柵の向こう側は断崖になっている。前方には海が見える。あまりにも見晴らしが良いので、浩一は長椅子より地べたに座りたい気分になった。土の上に尻もちをついて、背後に体重をかけて両腕で支える姿勢を取った。広大な青い風景の中で、二つほどの船が点在している。壮大な自然を目の前にすると、人間が卑小な存在に思えると言うのはどこか嘘くさい。浩一は前も海を見た時にそう思ったことがあった。自分の手に届かないような世界ほど、自分の理解できる範囲の中に強引に抑え込もうとしたりする。壮大な自然は、実は人間の作る紙細工とそれほどかけ離れた存在ではないかもしれない。人間の些末な空想の世界と、実際に存在する大いなる世界は、重なりあうのかもしれない。海の彼方に手を伸ばせば、そのまま届くのではないかと浩一は夢想した。広大な景色は峻厳でありながら、どこか融和的なところがある。波の叫びが連想させる死の妄想もどうでもよくなった。このまま日差しを浴びるのはきついので、浩一は広場の端にある木の下に移動した。日陰を満喫しながら、海を見ていたが、周囲の雑草に目をやると紫色の小さな花がいくつか咲いていた。
岬