【第14話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました
ザルティア帝国の回復術士ルークは、帝国城内で無能と呼ばれ冷遇されていた。
他の回復術士と比べ、効率の悪い回復魔法、遅い回復効果は帝国城内の兵士らに腫物扱いされていたのだ。
そんな彼の生活にも突如終わりが訪れた―――。
横領という無実の罪を着せられ、死刑を言い渡されたのだ。
回復術士として劣等生だった彼はついに帝国城から排除される事となった。
あまりにも理不尽な回復術士ルークの末路―――。
だが、それが最期ではなかった。
秘められた能力を解放した回復術士ルーク・エルドレッドの冒険の始まりだ。
【第14話 遺跡の精霊使い③】
「ふぅ~。お腹いっぱい。
本当にありがとうね」
エリザは、お腹をポンポンと叩きながら満足そうに笑った。
ほんの数分前まで瀕死状態だった女の子とは思えないほど穏やかな表情をしている。
「よかった。ここはもうゴブリンたちがいなくなって安全だだけど・・・・エリザは、これからどうするつもり?」
俺は、壁にもたれかかりながら尋ねた。
アメリアとの合流も気になるが、まずはエリザの安全を確保しなければ。
エリザは少し考えるように視線を彷徨わせた。細い指が髪の毛をくるくると弄んでいる。
その仕草は妙に子供っぽくて、さっき見た彼女の体つきとのギャップがまた俺の胸をざわつかせた。
「うーん……ここでじっとしていてもまた飢えるだけだし。あなたについていくわ」
マイペースな口調でエリザは言った。
まるで近所の散歩にでも行くかのような気軽さだ。
しかし、その言葉には有無を言わせないような響きもあった。
迷いがなく、決断が早い。
「王都に行くんでしょ? 私も王都に行くつもりだったから」
エリザは当然のことのように言った。
――そうだ・・・村を出たら王都を目指すのは当然か。
そういえば、王都まで遠くて食料と水が尽きたとか言ってたな。
集落の外に出る人間にとっては王都が大きな目標になるのは自然なことだ。
考えてみれば、行き先が同じならば断る理由もない。
それに、いくら精霊使いとはいえ女の子を一人で野ざらしにしておくのも気が引ける。
俺は一人で判断することに決めた。
「……わかった。俺たちは王都を目指してる。一緒に来るかい?」
そう言うと、エリザは少し驚いたように瞳を見開いたがすぐに微笑み返し、俺の手を握った。
「うん。よろしくね」
その手は小さく暖かかった。
思わず力を込めないように気をつけながら握り返す。
――そうだ。
考えてみれば、俺たちにも目的地があったじゃないか。
フェリシア王国に辿り着いたらまず冒険者登録をして生計を立てていくつもりだ。
回復術士の俺と元騎士団員のアメリアなら十分やっていけると思っていたし
実際、ゴブリンキングとの戦いで自信もついたところだ。
―――でも・・・
この子はどうするんだろう?
精霊使いというぐらいだから何か特技があるのかもしれない。
精霊使いというと精霊との契約を使って自然の力を操ったりするイメージがある。
もしかしたら、魔法使いのような役割を担う可能性もある。
そんな風に思ってはみたものの・・・今は余計な詮索はしないほうが良さそうだ。
俺たちも自分のことで手一杯だし。
「こちらこそ。よろしく」
彼女は、柔らかな笑みを返してくれる。
・・・やはり不思議な魅力のある子だ。
どこか掴みどころがなくてマイペースで・・・。
だけど放っておけない気がしてしまう。
***
「―――そう言えば」
エリザが何か思い出したように口を開いた。
「この部屋に入ってきて助けてくれた時……私に回復魔法を使ってくれたよね?
あの魔法……すごかった」
「え?そうなの?」
「うん。回復術士の魔法は大体の人がわかる。
でもあなたのは普通じゃなかった」
「そうなんだ・・・。俺もよく分からないけど」
ふと、下層でゴブリンたちを屠った事を思い出した。
俺自身でも気づかなかった未知の能力。
ゴブリンたちの亡骸を吸収し、彼等の魂・・・いわば生命力の残滓を自身の内に取り込み力に変えた。
そんな見たことも聞いた事もなかった能力が回復術士の俺に宿っていたのだ。
エリザが、俺に掛けられた回復魔法が普通と違うと感じたが
もしかしたら、その未知の能力と関係しているのだろうか?
吸収した生命力の残滓から派生して、新たな能力も身に付けられるみたいだし
まだまだこの能力の底が知れないし、不明な点も多すぎる。
とにかく今は、その能力がどんな影響を及ぼしているのか慎重に探るべきだろう――。
俺は一人そんな事を考えていた時
突然背後から声が聞こえた。
「ルーク!!」
振り返ると部屋の外からアメリアが飛び込んできた。
アメリアは俺の姿を見るなり駆け寄ってきてそのまま抱きしめた。
「ルーク!よかった……無事で本当によかった……」
声が震えている。胸元に顔を埋めたまま泣き出してしまう。
「ごめんアメリア。心配かけて」
俺は彼女の背中を優しく撫でた。
よほど心配してくれていたのだろう。
エリザはその様子を興味深そうに見つめていた。
「えっと。二人は恋人同士?」
唐突な質問に俺とアメリアは固まった。
二人は慌てて離れる。頬が急に赤くなるのが自分でもわかった。
「いやいや!幼馴染だよ!」
「そ、そうよ!ただの幼馴染!」
俺たちの声が見事にハモる。
「えっと・・・それでこの子は?」
アメリアが気を取り直してエリザに向き直った。
俺は簡潔に説明する。
「この子はエリザ。精霊使いの部族出身でね」
「精霊使い?」
「村から脱出してきて、ここで衰弱していたところを助けたんだ。
回復魔法を使ったらだいぶ元気になったみたいでね」
俺は先ほどの出来事を端的に伝えた。
ゴブリンキングのことは敢えて触れなかったが。
「なるほど・・・そう言う事だったのね。
私はアメリアよ。よろしくね」
「うん、よろしく」
エリザの容態もだいぶ落ち着いたようだ。
さっきまで死にそうだったのが嘘みたいにしっかりとした受け答えをしている。
「私も二人についていく。王都を目指してるんでしょ?」
「ええ。私たちは王都に行って冒険者になるつもりなの」
アメリアが先ほど俺がエリザに告げた話を繰り返す。
どうやらエリザも同行したいと言ってくれたようだ。
「うん。だったら私も冒険者になる。
精霊使いで生計立てていくのって大変だし。冒険者なら精霊魔法を存分に使えるでしょ?」
エリザがあっさりと言い放った。
彼女は相変わらずマイペースで、まるで散歩にでも出かけるような軽い調子だ。
だが不思議と嫌な感じはしない。
むしろこの子の人懐っこさや素直さが妙に心地よい。
俺とアメリアは顔を見合わせて苦笑する。
「いいわよ。ルークも別に構わないわよね?」
「ああ。俺も、アメリアに確認したかったから」
予想通りの答えで問題なく同意した。
エリザは嬉しそうに微笑んでいる。
やっぱり可愛い・・・。
いやいや。何を考えているんだ。
さっきから煩悩が暴走しそうになるのを必死に抑えている自分が情けない。
―――もしかして、疲れているのだろうか?
無理もない。
今日一日だけで一体どれだけのことを経験しただろう?
人間、極限状態に近づけば煩悩に支配されやすくなるともいうし。
とにかく今は理性を保たないと。
「それより、外はもう真っ暗だから。今夜はここで寝るわよ」
遺跡内の探索を続けていたアメリアが提案した。
確かに日はとっくに暮れてしまっている。月明かりだけが頼りの状態だ。
幸いこの遺跡は雨風が凌げる場所がたくさんあるし
ゴブリンたちも排除した今、ここはかなり安全な寝床になるだろう。
「わかった。それじゃあここで休もう」
俺たちは頷き合いそれぞれ横になれる場所を探し始めた。
エリザが使っていた部屋は三人が横になるには少し狭いので
遺跡の一番広い大部屋に移動することにした。
ここなら石畳もあり天井も高く雨風も入ってこない。
―――俺たちは簡単な寝床を作り始めた。
周囲を警戒しながら枝や枯葉を集めてくる。
アメリアは腰に提げていた皮袋から防水加工された厚手のシートを取り出した。
エリザは壁際に積まれた古びた布きれを見つけると器用に巻き付けて小さな巣を作っていた。
精霊使いとして森で暮らしてきた経験が活きているのだろう。
・・・ただ、外から魔物が入ってくるとも限らないため
俺たちは交代で見張り番をすることに決めた。三人なら一晩を三等分できる。
最初は俺が見張りにつくことになった。
入り口付近の岩に腰を下ろし耳を澄ませる。
遺跡の外からは虫の鳴き声と風の音だけが聞こえてきた。
静寂の中に時折聞こえる枝葉の揺れる音が不安を掻き立てる。
―――やはり、油断はできないな。
ゴブリンキングのような強力な魔物は去ったが
別の種類の魔物や野盗がここにやってくる可能性もある。
警戒するに越したことはないだろう。
ふと視線を向けると――アメリアがまだ起きているのに気づいた。
彼女は壁際に腰掛けながら静かに炎を見つめていた。
ランタンの灯りが彼女の輪郭を優しく照らしている。
やはり彼女も興奮が冷めやらぬ様子なのか。
無理もない。
今日は俺にとっても衝撃的な一日だったが、彼女にとっても相当なプレッシャーだったに違いない。
「・・・まだ起きている?」
静かに声をかけるとアメリアがゆっくりと顔を上げた。
「ええ。なんだか眠れなくて」
声には疲れが滲んでいるものの芯があった。
二人で並んで岩壁に背を預けた。
しばらく沈黙が続いたあと――俺から口を開いた。
「・・・帝国を出てきたばかりで不安だよね」
アメリアは小さく頷いた。
「うん。正直言って怖い。知らない土地でいきなり生きていけるかどうか・・・」
彼女の目には不安の色が浮かんでいた。
でもすぐにそれを打ち消すように続ける。
「でも私たちに選択肢はなかった。まだ帝国にいたら・・・」
言葉を濁したアメリアの横顔を見て俺は改めて思った。
彼女がここまで決意してくれた理由。
それは俺を救ってくれた事と関係があるはずだ。
あのまま帝国に居続ければ更にマズイ事になっていたと悟ったのだろう。
「ああ。わかってる」
短く答えた。
彼女が勇気を振り絞ってここまで連れてきてくれたことへの感謝を込めて。
「この国で冒険者として生き抜いてみせるよ。俺も全力でサポートする」
力強く宣言するとアメリアは驚いたようにこちらを見た。
「ありがと・・・ルーク」
そして少しだけ笑みを浮かべた。
その表情が愛おしくて胸が熱くなる。
―――ただ、ここで俺は彼女に打ち明けるべきだと思った。
自分でも全く確信が持てなかったので、あえて嘘をつき誤魔化していた蘇生のことと
それから、あの不可思議な力のこと――。
きっとこの国の王都で冒険者として生活していく上で
間違いなくアメリアをパートナーに選ぶ事が最も適任だと思っている。
そんな彼女に隠し事をするのは不義理だと思うし
何よりお互いの信頼関係を築く上で重要な局面に来ている。
ゴクリと唾を飲み込んで息を吐いた。
「アメリア・・・聞いてほしいことがあるんだ」
「ん?どうしたの?」
俺が処刑されてからの出来事。
あの恐ろしいほどの激痛と絶望の中で意識が途絶える直前。そして・・・
次に目覚めた時の不思議な感覚。まるで生まれ変わったかのような。
それだけではない。
ゴブリンキングと戦ったあの時。
俺の身体に宿った奇妙な力――ゴブリンたちの魂を吸収して自分のものに変えてしまった力。
まるで魔物を取り込むようなその能力に恐怖さえ感じたが
一方でそれが自分を救ったのだと理解していた。
信じられないような現象だった。今までこんな事例を聞いたこともなければ
回復術士の教科書にも載っていない未知の力。
俺は、それらを全て正直に語ったのだ―――。
【次回に続く】
【第14話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました