詩
病院にて
意識がなくなりそうになった父を見舞いにいきました
病院では看護師さんが懸命に働いていました
心電図の電子音が一定のリズムを奏でていました
看護師さんたちを見ていて自分の若い頃を思い出しました
そう言えば自分にも身を粉にして働いていた頃がありました
ただ目の前の業務をこなすために必死になっていました
あのころからは遠く離れました
当時の自分と今の自分が同じ人間だとは信じられません
二度とあのころには戻りたくないのに
看護師さんを見ていると懐かしく思い出しそうになりました
わき目もふらず労働に従事することは尊い
どこかそういう古臭い考えが自分の中に残っていて
そのせいで今も自分はつらい思いをしているようです
特に誰から感謝されるわけでもないけれど
密かに社会を底の方で支えている人たちがいることを
思い出した深夜の出来事でした
緊張と弛緩2
適当に気楽に書いた方がいいようだ
気負って書くとかえって間抜けになる
まずは肩の力を抜くことだ
普段の生活で緊張して硬直しているから
書くときもその状態で臨もうとしている
そうしてよくない文章が次々にできあがる
文章にはその人の人生が写されている
文章がそのまま人生になっている
どう生きてきたかは他人からは丸見えなのだ
書いている本人だけが気づいていない
だからといって丸腰を見せびらかすのはよくない
自分を隠すための技巧を磨くこともまた重要だ
技巧を重ねつつそれをまた無に帰そうとする
何事もこの二つのせめぎあいなのだろう
修行中
「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦、生老病死」
「その心は」
「臥薪嘗胆」
形と色
形を見ているときは手もきっと反応している
形を見るときは全身が関わるとき
色を見るときは目だけで見ているのだろうか
色は目だけで完結していると言っていいのだろうか
形と色が混ざり合った世界とはどういうものだろう
どうして形と色から成っているのだろう
形の方が確かだというのはおそらく正しい
人と猫の前に壁があるなら
両者にとって壁の色は異なるが
どちらも壁に体当たりすればぶつかる
形より色の方が受動的な感じがする
人の目は読むこともできる
形を見て色を見る
そして文章を読み表情を読む
目は外側の世界に開かれていながら
内側の世界にも開かれている
形は人の外側にあり物そのものなのだろうか
色は本当に物に備わっているのだろうか
物自体にたどり着くことはできないので
なんとか形を頼りにして物らしきものと関わろうとする
形の向こう側に何かあるのだろうか
感覚の世界は退屈なので
人は思考の方が好きなのだ
だから科学はなかなか生まれなかった
ということにしておこう
形と色と言葉
形は物に備わっていると言ってもおそらく問題ないだろう
色が物に備わっていると言ってもいいのだろうか
色はどこにあるだろう
色はどこからやってきたのだろう
感覚からの情報を素直に受け取ることは難しい
いつも言葉が邪魔をする
言葉が外側の世界を無茶苦茶にする
形と色でできあがった世界が
視界を形成しているのだろうか
形と色以外にも他のものが見えているのだろうか
言葉のせいで俺の外界はひどい有様だった
言葉がいつも俺の外をおかしくした
形と色よりも言葉の方がずっと親しかった
言葉を振り払うためには
言葉と向かい合わなければいけない
素直に形と色を享受するために
言葉との格闘が必要だった
思考と生活
感覚から入ってくる情報はすべて嘘
私が思ったり考えていることもすべて嘘
それでその後はどうするか
嘘と疑っている私は云々とかいうやつも
なんだかうさんくさい
結局日々の生活を大切にするしかなさそうだ
生活での経験を侮ってはいけない
思考劇よりそちらの方が尊い
そういう価値観は自分の中にある
自分にとっての戒めなのかもしれない
あまりに言葉の中に閉じこもりすぎたものは
自分には信用できない
言葉の楼閣からのぞいた世界に興味が持てない
少し振り返る
やっぱり無理だな
透き通った詩みたいなものを書こうとしても
もう自分は憎しみとか恨みとか妬みでいっぱいなんだよ
無理をして自己の心情を透明化しようとすると
心中の澱みは増してますます混迷を極める
どこに行くのか見当がつかない
どうやって処分すればいいか方法がわからない
こんなものを書いているうちにも
人生は過ぎ去って取り返しがつかなくなっていく
結局は生活だ
結局は現実だ
詩的感情に浸るほどの感受性なんてもうない
卑しい批評精神が自分の核だったのだ
始めから自己が分かれている感じがある
書くことで治癒されるように思えるところはある
それも結局は一時しのぎ
言葉は見せかけの治癒をもたらしながら
さらなる大きな傷へと誘導する
言葉は人間が扱える代物ではなかったのか
言葉は人間に降臨してはいけなかったのか
我に返る
批評精神で世界も自己も八つ裂きにして
結局何も残らなかった
それでも人間の歴史は続いていく
おまえの精神が荒野になったとしても知ったことではない
今日も命が誕生したり消滅したりしてる
おまえの煩悶や思索なんて塵芥
それでも否応なく社会も人間も変わっていく
変わっていくものと変わらないものがある
変わらないものを捕まえようとするのもまた我欲
最も卑しい我欲なのかもしれない
日々を淡々と生きる人になれなかった
詩の量産
詩を量産しましょう
原材料の価格はどれだけ上がっているのでしょうか
トラックで各材料が運ばれてきました
下請けに任せた発注は予定通りでしょうか
詩を量産しましょう
歩留まりの向上はいつでも課題です
今月も全体の売り上げが下がっています
海外勢は価格が安いので太刀打ちできません
詩を量産しましょう
社員の給与はどうなっていくのでしょうか
有休消化率も課題です
最近は育休とか色々あるみたいです
詩を量産しましょう
コンベアの上に乗せて進んでいく
夜勤の人たちはお疲れ様です
昼夜関係なく金属音が鳴り響く
詩を量産しましょう
検査課のチェックも合格です
パッケージ化も問題なく終わりました
夜間高速道路を駆け抜け店頭へ並べられる
詩を量産しましょう
多くの人が詩の量産に関わってくれているので今日も平和です
私たちの生活は快適です
今日も様々な詩を堪能できますね
また我に返る
やっぱり憎しみはあるね
どこから始まっているのか
過去を清算できていないからだろう
思い通りに生きたという意識が希薄だからだろう
ずっと過去に囚われている
ずっと自分の中で停滞している感じはある
何か違う路線がいる
人に話しても何か違う
詩はできるだけきれいなままにしておこう
あまり汚い感情を露呈させるのはやめよう
自分はこういう人間なのだ
それはしかたがない
それを踏まえたうえでどう生きるかだ
こんな生き方をしたくなかったという思いと
それでも自分なりにがんばったのだから
認めた方がいいだろうという思いがある
詩