
トイレの花子さん
何十年も前の第二次世界大戦中、空襲で学校が被害に遭った際、花子という名の幼い女の子がトイレで命を落としました。彼女の魂はそこに囚われ、「トイレの花子さん」という都市伝説として語り継がれていました。
第一話:噂と度胸試し
「ねえ、知ってる? 旧校舎のトイレにいるんだって」
放課後の教室、窓から差し込む夕日が机の上をオレンジ色に染めていた。小学五年生の琴音は、友達のさくらが放つひそひそ話に耳を傾けていた。さくらの声は、まるで秘密の儀式を執り行うかのように、いつもより低く、そして真剣だった。
「ほら、トイレの花子さんだよ」
その言葉に、クラスのやんちゃ坊主、健太がニヤニヤしながら割り込んできた。
「そんなの、ありっこないだろ。ただの作り話だよ!」
「でも、去年の六年生が、本当に声を聞いたって言ってたんだから!」
さくらは健太に反論しながらも、少し怯えたように身を縮めた。
琴音は、そんな二人のやり取りを面白そうに見ていた。彼女は、クラスの中で一番の好奇心旺盛な女の子だった。怖い話も、不思議な出来事も、すべてが琴音にとっては心をくすぐる冒険の始まりだった。
「声を聞いたって、どんな声?」
琴音の問いに、さくらはごくりと唾を飲み込んだ。
「あのね…『ねえ、一緒に遊んで?』って言うんだって。もし返事したら、トイレの中に引きずり込まれちゃうって」
「へえ…」
琴音は面白くてたまらなかった。引きずり込まれるなんて、まるで漫画の主人公になったみたいだ。
「じゃあさ、度胸試ししてみない?」
琴音の提案に、健太が食いついた。
「いいぜ! どうせお前だって、怖くて行けないんだろ?」
「行くよ! 私が先に行って、何も起きないって証明してきてあげる!」
放課後のチャイムが鳴り響き、教室は一気に騒がしくなった。みんなが帰り支度をする中、琴音はただ一人、旧校舎のトイレへと向かう決意を固めていた。
旧校舎は、新校舎とは違って古くて薄暗い。廊下を歩くたびに、床板がギシギシと音を立てる。夕日の光も届かず、どこかひんやりとした空気が流れていた。トイレの扉の前まで来ると、琴音は小さく息を吸い込んだ。
「大丈夫、大丈夫。ただの古いトイレだもん」
自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと扉を開けた。中には三つの個室。奥から二つ目の扉には、落書きで「ハナコ」と書かれていた。
琴音は、その扉の前に立った。心臓がドキドキと高鳴る。少し震える声で、彼女は言った。
「…花子さん」
返事はない。
「花子さん、いるの?」
やはり、何も聞こえない。健太の言う通り、ただの作り話だったのかもしれない。そう思って、少し安心した時だった。
個室の中から、ほんの小さな、か細い声が聞こえた。
「…ねえ」
琴音は息をのんだ。
「…遊んで?」
その声は、震えていた。まるで、誰かに助けを求めているかのように。恐怖よりも、不思議な感情が胸にこみ上げてきた。
「…うん」
琴音は、思わずそう答えていた。そして、次の瞬間、個室の扉がゆっくりと開き始めた。その隙間から見えたのは、古びた便器ではなく――どこまでも広がる、真っ白な空間だった。
琴音は、まるで何かに引き寄せられるかのように、その白い空間へと足を踏み入れた。
第二話:白い空間と、最初の遊び
気がつくと、琴音は真っ白な空間に立っていた。
床も、壁も、天井も、すべてがどこまでも広がる白。まるで、誰もいない病院の廊下のようでもあり、雲の上にいるようでもあった。足元には、古いトイレの床板がかすかに残っているだけで、他には何もなかった。
「…花子さん?」
琴音がか細い声で呼びかけると、白い空間の奥から、小さな女の子が現れた。
おかっぱ頭に、古びたワンピース。年齢は、琴音たちと同じくらいだろうか。しかし、その顔は驚くほど青白く、表情はどこか寂しげだった。彼女は静かに琴音を見つめ、そして、にこっと微笑んだ。
「ようこそ、琴音ちゃん。私と遊んでくれるの?」
その声は、震えてはいたが、とても澄んでいた。恐怖よりも、胸が締め付けられるような切ない感情が湧き上がってきた。
「…ここは、どこなの?」
「私の世界」
花子はそう言って、くるりと体を回した。すると、真っ白だった空間に、少しずつ色が現れ始めた。
それは、花子の思い出だった。
目の前に現れたのは、小さな校庭。ブランコや滑り台、そして鉄棒。花子はその校庭で、一人で遊んでいた。しかし、楽しそうな表情は一切なく、ただただ、ぼんやりと空を見上げているだけだった。
「…誰も、いないの?」
琴音の問いに、花子は首を横に振った。
「誰もいないの。ずっと、一人ぼっち」
花子の声が、悲しそうに響いた。
その時、遠くから「キーン」という、甲高い音が聞こえてきた。琴音は、それが空襲警報の音だとすぐに気づいた。花子の表情が、一気に恐怖に染まる。
「…遊びは、おしまい」
花子はそう呟くと、琴音に背を向け、急いで校庭の端へと走り出した。
「待って! どこに行くの!?」
琴音は花子の後を追った。すると、校庭の風景は一瞬で消え去り、再び真っ白な空間に戻っていた。そして、花子は、その空間の真ん中でうずくまり、両手で耳をふさいで震えていた。
「怖いの…嫌なの…」
花子のつぶやきが、琴音の胸に突き刺さった。
その瞬間、琴音の視界が歪み、白い空間は消えていった。
気がつくと、彼女は旧校舎のトイレの中に立っていた。外はもう、すっかり日が暮れている。慌ててトイレを出て、旧校舎の廊下を走り抜ける。
校舎の出口で、さくら、健太、そして美緒が心配そうな顔で待っていた。
「琴音! お前、大丈夫か!?」
健太が駆け寄り、琴音の肩を揺すった。
「…うん、大丈夫」
琴音はそう答えたが、彼女の心の中には、まだ花子の震える姿が焼き付いていた。そして、その胸には、ただの怪談ではない、花子の悲しい過去が刻み込まれていたのだった。
第三話:仲間たちの不安と、小さな手がかり
翌日、琴音は学校に行くのが少し憂鬱だった。旧校舎のトイレに近づくたびに、昨日の出来事が鮮明に蘇る。真っ白な空間、震える花子、そして遠くで鳴り響く空襲警報の音。あれは夢だったのだろうか? それとも、本当に起こったことなのだろうか?
放課後、いつものように教室で集まった琴音たち。しかし、昨日の度胸試しの話は、誰も口にしようとしなかった。特に、さくらは終始顔が青く、心配そうに琴音を見つめている。
「琴音、本当に何もなかったの?」
たまらず、さくらが小声で尋ねた。
「…うん。別に何も」
琴音はそう答えたが、さくらは納得した様子ではなかった。彼女は琴音の手を取り、手のひらをじっと見つめた。
「…これ、なに?」
さくらが指差したのは、琴音の右手首にうっすらと浮かび上がった、小さな赤い斑点だった。まるで、指で強くつかまれた跡のようにも見えた。
琴音は、昨日のあの瞬間、花子が恐怖に震えながら自分の腕を掴んだことを思い出した。あの感触は、確かに手のひらに残っていた。
「わ、私…トイレで転んじゃって…」
琴音の苦し紛れの言い訳に、さくらは何も言わず、ただ静かに頷いた。彼女の表情から、琴音が何かを隠していることに気づいているのが見て取れた。
すると、美緒が静かに口を開いた。
「もし、何か困っていることがあったら、私にも話してほしいな」
美緒はいつも物静かで、あまり自分の意見を言わない子だった。そんな彼女の言葉に、琴音は少し驚いた。美緒はそう言いながら、手帳に何かを書き込んでいた。
「…実は、私の家には、おばあちゃんが使ってた古い日記があるの。昔、この学校に通っていたみたいで、もしかしたら何か分かるかも…」
美緒の言葉に、琴音の胸に一筋の希望が差し込んだ。ただの怖い話ではない。花子の悲しみを、誰かが知っているかもしれない。
その日の夜、琴音は自分の部屋で、花子の幻影をもう一度思い返していた。空襲警報の音、震える花子、そして誰もいない校庭。あれは、花子の過去なのかもしれない。
もし、花子が本当に助けを求めているのなら、どうすればいいのだろう?
琴音は、右手首の赤い斑点をそっとなぞった。その感触は、単なる痛みの跡ではなく、花子との間に生まれた、切なくも確かなつながりのように感じられた。
翌日からの放課後、琴音、さくら、美緒、そして健太は、密かに「花子さん調査隊」を結成した。彼らの目的はただ一つ。花子の過去を突き止め、彼女の悲しみを終わらせることだった。
第四話:美緒の祖母の日記と、悲しい真実
「おばあちゃんの日記、見つかったよ」
放課後、美緒は目を輝かせながらそう言った。彼女が持ってきたのは、何十年も前の、古いノートだった。表紙は色あせ、ページをめくるたびに、かさかさと乾いた音がする。
「本当に、この学校に通ってたんだ」
美緒はそう言いながら、日記のページを指差した。そこには、読みづらい字で、当時の学校生活が生き生きと綴られていた。授業のこと、友達のこと、そして、校庭で遊んだ思い出。
琴音たちは、その日記を食い入るように読んだ。そして、あるページで、彼女たちの目が止まった。それは、空襲警報が鳴り響いた日の日記だった。
昭和二十年八月十四日、晴れ。
今日の夕方、空襲警報が鳴った。とても怖かった。みんなと一緒に防空壕に隠れたけど、花子だけがいなかった。花子は、トイレにいるって言ってたのに…。
「花子…やっぱり、本当にいたんだ」
さくらが震える声でつぶやいた。
日記には、花子がその日、空襲から逃げられなかったことが書かれていた。当時の先生たちが、花子を必死に探したこと。しかし、トイレは爆弾で完全に破壊され、花子の姿は見つからなかったこと。
美緒の祖母の日記は、そこで途切れていた。美緒は、祖母が花子のことを思い出すたびに、いつも悲しそうな顔をしていたと話した。
「つまり、花子はずっと、あのトイレで一人ぼっちだったってこと?」
健太が信じられないといった顔で言った。
その日の夜、琴音は再び眠りにつくと、花子の白い世界へと引き込まれた。しかし、今回は少し違っていた。
花子は、相変わらず寂しそうにしていたが、その手には、色鮮やかな折り紙を持っていた。そして、その折り紙で、鶴を折っていた。
「ねえ、琴音ちゃんも、一緒に折ってくれる?」
花子の言葉に、琴音は頷いた。折り紙は、花子の思い出の欠片なのだろうか?
琴音は、花子が教えてくれるままに、一枚の折り紙を手に取った。鶴を折っている間、花子は静かに微笑んでいた。その笑顔は、どこか悲しげではあったが、孤独ではなかった。
「ありがとう。私、ずっと、一人だったから…」
花子の言葉に、琴音の胸が締め付けられた。
鶴を折り終えた時、琴音の意識は再び現実へと戻ってきた。彼女の枕元には、一枚の折り紙が置いてあった。それは、夢の中で花子と一緒に折った、赤い鶴だった。
翌日、琴音は皆に赤い鶴を見せた。美緒が日記をめくると、そこには花子が、折り紙を折るのが大好きだったと書かれていた。
「花子を、救えるかもしれない」
琴音は、赤い鶴を握りしめ、そう強く感じた。
第五話:健太の発見と、花子の秘密
赤い鶴を見せられた健太は、ぶつぶつと文句を言いながらも、どこか嬉しそうだった。
「なんだよ、花子が折り紙好きだったって? そんなの、俺だって知ってたぜ」
琴音たちが驚いて健太を見ると、彼は少し照れたように頭をかいた。
「だって、あのトイレの床に、たまに折り紙の切れ端が落ちてたんだよ。掃除のおばちゃんが捨てちゃうから、俺がこっそり集めてたんだ」
健太は、普段のやんちゃな振る舞いからは想像もつかない、優しい表情でそう言った。彼のポケットから出てきたのは、くしゃくしゃになった、たくさんの折り紙の切れ端だった。
「どうして、そんなこと…?」
さくらの問いに、健太は少し目を伏せた。
「別に…なんとなく。捨てられるのがかわいそうだったから」
健太の言葉に、琴音は胸が熱くなった。
「健太…ありがとう」
琴音の言葉に、健太はまた照れて、いつものように茶化し始めた。
「別にいいだろ! それより、花子のこと、どうすんだよ?」
健太の言葉に、琴音たちは再び真剣な顔になった。美緒の祖母の日記と、健太が拾った折り紙の切れ端。それは、花子が生きていた証であり、彼女を救うための重要な手がかりだった。
「きっと、花子には心残りがあるんだわ」
さくらが真剣な顔で言った。
「その心残りを、私たちが解決してあげれば、きっと花子も安らかに眠れるはず」
その日の放課後、琴音たちは再び旧校舎のトイレへと向かった。
しかし、今回、琴音は一人ではなかった。さくら、健太、美緒が、それぞれ勇気を振り絞って、琴音と一緒にトイレの前に立っていた。
「みんな…ありがとう」
琴音はそう言って、扉を開けた。中に入ると、そこには何も異変はなかった。ただ、古びたトイレがあるだけ。しかし、琴音の右手首の赤い斑点が、かすかに熱を帯びているのを感じた。
琴音は、奥から二つ目の個室の扉に手をかけた。
「花子さん…いるんでしょ? 私たち、あなたのことを知りたいの」
琴音の言葉に、扉はゆっくりと開いた。
その瞬間、白い空間が再び広がり、琴音たちは一斉に、その中に引き込まれていった。
しかし、今回、彼女たちの目の前に現れたのは、ただの校庭ではなかった。
それは、花子が最後にいた、あのトイレの中だった。
第六話:最後のトイレと、花子の願い
「ここが、花子が最後にいた場所…」
美緒が震える声でつぶやいた。琴音たち四人は、花子の作り出した白い空間の中に、ポツンと立つ古びたトイレの中にいた。外からは、遠くに空襲警報の音が響いている。
花子は、個室の扉の前に立っていた。その手には、一枚の折り紙が握られている。
「怖いの…」
花子はそう言って、折り紙をぎゅっと握りしめた。その表情は、震えて、怯えている。まるで、あの時の恐怖が、今も鮮明に残っているかのようだった。
琴音は、一歩前に出た。
「花子さん、大丈夫だよ。もう、怖くないから」
琴音の言葉に、花子は首を横に振った。
「ううん、私…この折り紙を、あの人に渡したかったの…」
花子はそう言って、握りしめていた折り紙を、琴音たちに見せた。それは、鶴が折られた折り紙だった。しかし、まだ途中の鶴で、完全に完成してはいなかった。
「誰に、渡したかったの?」
さくらの問いに、花子は小さな声で答えた。
「お兄ちゃん…」
美緒の祖母の日記をもう一度思い出すと、そこには花子に兄がいたと書かれていた。兄は、花子を可愛がっていたが、戦争で遠い町に引っ越してしまったらしい。花子は、兄が寂しくないように、とっておきの折り紙を折っていたのだ。
しかし、空襲警報が鳴り響き、花子は兄に折り紙を渡すことができなかった。その悔しさと悲しみが、花子をこのトイレに閉じ込めていたのだ。
「もう一度、一緒に折ろう」
琴音は、花子に優しく語りかけた。
「きっと、お兄ちゃんも喜んでくれるよ」
琴音の言葉に、花子の目がかすかに輝いた。琴音たちは、花子と一緒に、折り紙を折り始めた。健太は不器用な手つきで、美緒は真剣な表情で、そしてさくらは涙をこらえながら。四人の心が一つになった瞬間だった。
空襲警報の音が、遠くで響き続けている。しかし、このトイレの中だけは、穏やかな空気が流れていた。花子の寂しさや恐怖が、琴音たちの友情で少しずつ溶かされていく。
そして、ついに鶴が完成した。
花子は、完成した鶴を空に掲げ、にこっと笑った。その笑顔は、これまでのどの笑顔よりも、明るく、そして幸せそうだった。
「ありがとう…みんな、ありがとう…」
花子の声が、遠くに聞こえてくる。
そして、白い空間が、ゆっくりと消えていった。
第七話:さよなら、そして新しい始まり
気がつくと、琴音たちは旧校舎のトイレの中に立っていた。外からは、もう夕暮れの光が差し込んでいる。空襲警報の音も、花子の悲しげな声も、もう聞こえなかった。ただ、静寂だけが、そこにあった。
「…終わったんだ」
さくらが、安堵と寂しさが混じった声でつぶやいた。
琴音は、自分の右手首にそっと触れた。昨日まであった、赤い斑点は、すっかり消えていた。まるで、最初から何もなかったかのように。しかし、彼女たちの胸の中には、花子との思い出が、はっきりと残っていた。
琴音、さくら、健太、美緒。四人は、言葉を交わすことなく、ただ静かにトイレを後にした。旧校舎の廊下を歩く足取りは、行きとは違って、どこか軽やかだった。
校門を出たところで、四人は立ち止まった。
「なあ…また、花子さんが呼んだらどうする?」
健太が、いつものように茶化すような口調で言った。
「もう、呼ばないよ」
美緒が静かに答えた。
「だって、もう一人じゃないから」
美緒の言葉に、琴音たちは互いに顔を見合わせ、そして、にこっと笑った。
花子が教えてくれたのは、折り紙の折り方だけではなかった。一人で抱え込まず、仲間と一緒に困難に立ち向かう勇気。そして、遠い昔に起きた悲しい出来事を、決して忘れてはいけないという大切な教訓。
四人の友情は、この一件を通して、より一層深まった。
それから数日後、琴音は再び旧校舎のトイレに立ち寄った。もう誰もいない、静かな場所。しかし、なぜか寂しい気持ちにはならなかった。
扉を開けると、トイレの床に、一枚の小さな白い花が落ちていた。
それは、花子がくれた、さよならの贈り物だろうか?
琴音は、その花をそっと拾い上げ、胸に抱いた。
もう一度、心の中で花子に話しかける。
「花子さん、ありがとう。さようなら」
第八話:伝説の終わり、そして物語の始まり
それから、旧校舎のトイレにまつわる噂は、少しずつ形を変えていった。
「ねえ、知ってる? あのトイレの花子さん、実は悪い幽霊じゃないんだって」
「うん、そうらしいよ。昔、空襲で一人ぼっちになっちゃった女の子の幽霊で、誰かが一緒に遊んであげたら、安らかに成仏したんだって」
いつしか、子供たちの間で語り継がれる花子の話は、恐怖の怪談から、少し切なくて優しい物語へと変わっていった。それは、琴音たちが花子から託された、大切な記憶だった。
ある日、学校の図書館で、琴音たちは一冊の古いアルバムを見つけた。それは、数十年前の卒業アルバムだった。
ページをめくると、懐かしい顔写真がずらりと並んでいる。そして、その中に、美緒の祖母の若かりし頃の姿があった。その写真の横には、美緒の祖母が寄せ書きで「花子、またいつか一緒に折り紙を折ろうね」と書いているのを見つけた。
その言葉に、琴音は胸が熱くなった。花子は、ずっと誰かが自分を覚えていてくれるのを待っていたのだ。
「…花子さんは、寂しくないよ」
さくらがそうつぶやき、琴音は優しく頷いた。
花子との冒険は、琴音たちに多くのものを残してくれた。それは、ただの思い出ではない。勇気、友情、そして、目に見えない大切なものを信じる心だった。
そして、卒業式の日。琴音は、旧校舎のトイレの前で、深々と頭を下げた。
「花子さん、ありがとう。さようなら」
もう、そこには誰もいない。ただ、静かな風が、昔と変わらない廊下を吹き抜けていくだけだった。
しかし、琴音の胸の中には、いつまでも花子の優しい笑顔が残っていた。
これは、トイレの花子さんと、一人の女の子が交わした、忘れられない友情の物語。
伝説は終わりを告げ、そして、新しい物語が、今、始まる。
第九話:新しい噂、そして白い蝶
花子が安らかに旅立ってから、二年が過ぎた。
琴音たちはそれぞれ別の高校に進み、忙しい毎日を送っていた。あの頃の冒険は、遠い記憶のようでありながら、時折、胸の奥で鮮やかに蘇る。彼女たちの友情は、あの出来事を通して、誰にも壊せないほど強固なものになっていた。
ある日の午後、琴音のスマホに、さくらからのメッセージが届いた。
さくら: 「ねえ、琴音。ちょっと聞きたいんだけど、私たちの学校に、新しい噂が広まってるの」
琴音: 「噂? どんな?」
さくら: 「…白い蝶の噂」
琴音: 「白い蝶…?」
そのメッセージに、琴音は胸騒ぎを覚えた。
さくらの話によると、最近、学校で奇妙な出来事が頻繁に起きているらしい。
授業中に、誰もいないはずの廊下を、白い蝶がひらひらと舞っていくのを見た生徒がいる。
美術室では、白い蝶の絵を描いた生徒が、突然意識を失った。
そして、一番奇妙なのは、その白い蝶が、決まって学校の**「特定の場所」**に現れるということだった。
その特定の場所とは、学校の旧校舎、使われなくなった資料室だった。
「…花子さんと、関係あるのかな…?」
琴音の胸に、かつての冒険が蘇る。花子がいた場所はトイレだったが、この新しい噂も、どこか花子と似た不穏な雰囲気をまとっていた。
その日の放課後、琴音は健太と美緒にも連絡を取った。
琴音: 「みんな、相談したいことがあるの。もしかしたら、また…」
健太: 「またって、まさか…」
美緒: 「…花子さん、のこと?」
四人は、懐かしい小学校の近くにあるカフェで再会した。
二年前と同じように、少し緊張した面持ちで、お互いの顔を見つめ合う。
「やっぱり、私たちしかいないよな」
健太がそう言って、少し自嘲気味に笑った。
「…そうね。あの時の約束だもん」
さくらの言葉に、皆が頷いた。あの日の別れ際、彼女たちは無言のうちに、もしまた不思議なことが起きたら、一緒に解決しようと誓っていたのだ。
そして、美緒が静かに言った。
「私の学校でも、似たようなことが起きてるの。ただ…」
美緒はそう言って、バッグの中から、一枚の古い写真を差し出した。
それは、花子がいた時代のものではなかった。写真に写っていたのは、美緒の祖母の隣に立つ、もう一人の少女だった。
「…この子も、白い蝶の噂と、関係があるのかもしれない」
写真の中の少女の顔は、かすかに微笑んでいた。しかし、その瞳の奥には、花子と同じ、深い孤独が宿っているように見えた。
新しい物語が、今、再び幕を開けようとしていた。
第十話:新しい迷い人、美緒の過去
美緒が差し出した古い写真には、祖母と親しげに寄り添う、もう一人の少女が写っていた。彼女の名前は、アヤカ。美緒の祖母が、かつて深い友情を育んだ友人だった。
「おばあちゃんは、このアヤカさんのことを、あまり話したがらなかったの」
美緒は静かにそう言った。
「ただ、アヤカさんが引っ越した後、突然連絡が取れなくなって、そのことをずっと後悔していたって」
琴音たちは、写真の中のアヤカをじっと見つめた。彼女の表情は、どこか花子と重なる。微笑みの裏に隠された、深い孤独。
その時、健太が不意に口を開いた。
「おい、待てよ。白い蝶って、おかしくないか?」
「何が?」
さくらの問いに、健太は真剣な表情で答えた。
「花子さんとの冒険の時、俺たちは花子さんが好きだったものを探しただろ? 折り紙とか、そういうやつ」
「うん…」
「でも、今回の白い蝶は、誰が好きだったものか分からない。それに、花子さんの時とは違って、何か不吉な感じがする」
健太の言葉に、琴音たちの心臓がざわついた。
花子との冒険は、悲しいながらも、どこか温かい友情の物語だった。しかし、この「白い蝶」の噂は、全く違う何かを予感させた。
その日の夜、琴音は再び不思議な夢を見た。
夢の中には、白い蝶が舞っていた。しかし、その蝶は、美しくもどこか不気味で、羽ばたくたびに、冷たい風が吹き荒れる。蝶が向かう先には、古い資料室の扉があった。
そして、夢の終わりに、どこからか聞こえてくる少女の声。
「…私を、忘れないで…」
その声は、花子のように震えてはいなかった。しかし、その声には、深い悲しみと、強い怨念のようなものが込められていた。
翌日、四人は再び集まった。
「白い蝶の噂の真相を探ろう。花子さんの時のように、誰かを助けられるかもしれない」
琴音の言葉に、誰も反対する者はいなかった。
そして、彼女たちは決意を固め、美緒の祖母が残した、もう一つの物語の扉を開くため、かつての冒険の場所である、旧校舎へと向かうのだった。
花子との再会は、温かいものだった。
しかし、この新しい冒険が、彼女たちに何をもたらすのか、まだ誰も知る由もなかった。
第十一話:資料室の少女と、蝶の羽音
再び集まった琴音たちは、放學後、三人で美緒の母校へと向かった。さくらは別の學校で、授業が終わる時間も違ったため、連絡を取り合いながら、別行動で動くことになった。
美緒の母校は、琴音たちが通っていた小学校よりも少し新しく、旧校舎はほとんど使われていなかった。しかし、その一室である資料室は、奇妙な噂の中心となっていた。
「ここよ…」
美緒が指差す先には、埃をかぶった重厚な扉があった。鍵はかかっていなかったが、扉の隙間からは冷たい空気が流れ出してくる。
琴音は、花子と出会った時と同じような緊張を感じながら、扉に手をかけた。
扉を開けると、そこは古い本や資料が山積みになった、薄暗い部屋だった。窓はほとんど塞がれており、部屋の隅には、真っ白な蝶の絵が、壁に貼り付けられていた。
その瞬間、琴音のスマホから、さくらのメッセージ通知音が鳴り響いた。
さくら: 「琴音! 私の学校でも、似たようなことが起きてるの! 図書室で、白い蝶の絵が突然現れたり…」
「どういうことだ?」
健太が首を傾げた。
「花子さんの時は、花子がいたトイレだけだったのに、今回は…」
その時だった。部屋の奥から、ひらひらと、白い蝶が一匹、舞い上がった。
蝶は、壁に貼られた絵へと近づき、その絵の上で羽ばたきながら、やがて消えていった。
そして、蝶が消えた後、部屋の隅から、少女のすすり泣く声が聞こえてきた。
「…私を、見て…」
その声は、震えてはいなかった。しかし、その声には、深い悲しみと、誰にも知られることのない孤独が宿っていた。
琴音は、その声の主が、美緒の祖母の写真に写っていたアヤカだと直感した。
「アヤカさん…」
琴音が呼びかけると、少女のすすり泣く声は、一瞬止まった。
その時、琴音の頭の中に、一枚の古い写真が、鮮明に浮かび上がってきた。
それは、美緒の祖母と、アヤカが、満開の桜の下で笑っている写真だった。しかし、その写真の一角には、墨で塗りつぶされた、もう一人の人物の跡があった。
そして、その黒く塗りつぶされた部分から、白い蝶が、無数の羽音を立てながら、一斉に飛び立つのを、琴音は見た。
「…花子さんの時とは、違う。これは…」
琴音は、直感的に悟った。
この白い蝶は、アヤカの悲しみだけではない。誰かの「存在」を、完全に消し去ろうとしている、強い感情が生み出した、何かだ。
そして、新しい冒険の鍵は、その「消された人物」にあると、琴音は確信した。
第十二話:消された少女、もう一人のアヤカ
「美緒…おばあちゃんは、アヤカさんのこと以外に、何か話してなかった?」
琴音は美緒に尋ねた。資料室で見た、墨で塗りつぶされた人物の影。それが、この白い蝶の謎を解く鍵だと直感していた。
美緒は記憶をたどるように、静かに目を閉じた。
「…そういえば、おばあちゃんが昔、一度だけ言ってたことがあるの」
「『アヤカには、いつも影みたいにくっついていた、もう一人のアヤカがいた』って…」
その言葉に、琴音たちは息をのんだ。
美緒の祖母の写真に写っていたのは、双子のアヤカだったのかもしれない。しかし、なぜ片方だけが塗りつぶされていたのだろうか?
その夜、琴音は再びアヤカの夢を見た。
今度の夢は、資料室ではなかった。学校の屋上で、二人の少女が、満開の桜の下で楽しそうに笑っていた。一人は美緒の祖母の写真に写っていたアヤカ、もう一人は、彼女とそっくりな顔をした少女だった。
二人は、白い蝶を捕まえては、手のひらで遊んでいる。
「これ、すごく綺麗だね!」
「うん! アヤカの蝶だね!」
しかし、その夢は、突然暗転した。
二人のアヤカが、言い争いをしていた。そして、片方のアヤカが、もう片方のアヤカを、強い力で突き飛ばしたのだ。突き飛ばされたアヤカは、そのまま階段を転がり落ちていく。
その瞬間、白い蝶が、無数の羽音を立てて、空へと舞い上がった。
そして、夢はそこで途切れた。
翌日、琴音は皆に夢の話をした。さくらは、その話を聞き、美緒の祖母の日記と、美緒の家のアルバムをもう一度見直してみることを提案した。
「もしかしたら、おばあちゃんは、二人のアヤカのことを知っていたのに、何か理由があって、片方のアヤカのことを、隠していたのかもしれない」
その日の放課後、美緒は実家に戻り、祖母の遺品をもう一度調べ始めた。
そして、美緒が古い引き出しの奥から見つけたのは、一枚の古い新聞記事だった。
それは、数十年前の学校の屋上から、ある女生徒が転落してしまったという、悲しい事故の記事だった。
その記事には、こう書かれていた。
「…被害者は、当時、クラスでも評判だったアヤカ・ミナミさん。事故の真相は、未だ不明…」
美緒は、その新聞記事を握りしめ、震えた。
「…花子さんの時と同じだ。これも、誰にも知られることのなかった、悲しい物語だったんだ…」
新しい謎は、過去に隠された悲劇へと、琴音たちを導いていく。
第十三話:真実の断片、そして二つの影

美緒が発見した古い新聞記事は、アヤカという名の少女が、転落事故で命を落としたという、悲しい事実を物語っていた。しかし、その記事は、なぜアヤカが転落したのか、そして、もう一人のアヤカの存在については、何も語っていなかった。
その日の放課後、四人は美緒の家で集まり、祖母の遺品をさらに詳しく調べることにした。美緒の祖母が残したアルバムや手紙には、アヤカという名前が頻繁に登場する。しかし、もう一人のアヤカについては、まるで初めから存在しなかったかのように、一切触れられていなかった。
「やっぱり、おばあちゃんは、何かを隠してたんだ」
美緒は悲しそうにそう言った。
その時、健太がアルバムをめくる手をとめた。そこには、美緒の祖母と、アヤカが二人で写っている写真があった。しかし、よく見ると、アヤカの隣には、ほんのわずかだが、もう一人の少女の影のようなものが写り込んでいた。
「これ、もしかして…」
さくらがそう言い、美緒の祖母の日記をもう一度開いた。そして、あるページに書かれた、かすれた文字を読み上げた。
私はアヤカと、もう一人のアヤカと、いつも三人でいた。
彼女たちは、本当に仲良しだった。まるで、影と光のようだった。
しかし、ある日から、私は二人の間に、少しずつ亀裂が入っていくのを感じた。
もう一人のアヤカは、いつもアヤカのそばにいて、アヤカの真似ばかりしていた。
私は、それを少し怖いと思った。
しかし、アヤカはいつも笑顔だったから、何も言えなかった。
そして、あの事件が起きた。
私は、もう一人のアヤカが、アヤカを突き飛ばすのを見てしまった…。
でも、誰も信じてくれなかった。
私は、もう一人のアヤカが、私をにらんでいたことを、忘れることができない。
私は、二人のアヤカのうち、アヤカしか覚えていないことにした。
そうしないと、生きていけないと思ったから…。
その日記を読み終えると、四人は言葉を失った。
アヤカには、自分と全く同じ顔をした、双子の姉妹がいたのだ。しかし、彼女はアヤカを突き飛ばし、事故を起こしてしまった。そして、美緒の祖母は、その真実を隠すために、もう一人のアヤカの存在を、記憶から消し去ろうとしていた。
その瞬間、琴音のスマホから、またメッセージが届いた。
さくら: 「琴音、大変! 私の学校でも、白い蝶がまた現れたの! 今度は、図書室の窓ガラスに、何か文字を刻んでいったみたい…」
メッセージに添付された写真には、窓ガラスに刻まれた、かすれた文字が写っていた。
「…私を、思い出して…」
それは、もう一人のアヤカからのメッセージだった。
花子が求めていたのは、友情だった。しかし、もう一人のアヤカが求めているのは、花子とは違う。
彼女は、自分の存在を、世界に認めてもらうことを、願っているのだ。
そして、その願いが、白い蝶となって、世界をさまよっている。
新しい冒険は、ついに、核心へと迫ろうとしていた。
第十四話:真実の光と、もう一人のアヤカの願い
美緒の家での調査は、アヤカの転落事故の真相、そしてもう一人のアヤカの存在を明らかにした。彼女の名前はアヤナ。双子の姉妹でありながら、姉のアヤカに強い嫉妬心を抱き、そして、悲劇を引き起こしてしまった少女だった。
しかし、日記には書かれていない、もう一つの真実があった。
美緒の祖母は、アヤカとアヤナが、いつもお揃いのブレスレットをしていたことを思い出していた。そのブレスレットは、二人だけの友情の証だった。そして、あの事故の日、美緒の祖母は、階段の踊り場で、二つに割れたブレスレットの片割れを見つけていたのだ。
「…アヤカは、アヤナにブレスレットを渡そうとしていたのかもしれない」
さくらの言葉に、琴音たちは息をのんだ。
花子との冒険で得た教訓は、**「悲しみの記憶を、友情の力で乗り越えること」**だった。しかし、アヤカとアヤナの関係は、友情ではなく、嫉妬と悲劇で終わってしまっていた。
その日の夜、琴音は再びアヤナの夢を見た。
今度の夢は、学校の屋上だった。アヤナは、ひどく悲しそうな顔で、屋上から下をのぞき込んでいた。その手には、二つに割れたブレスレットの片割れが握られている。
「…ごめんなさい、アヤカ…」
アヤナがそうつぶやくと、無数の白い蝶が、彼女の周りを舞い始めた。しかし、その蝶たちは、悲しみと、そして、誰にも理解されない孤独で、今にも消えそうだった。
その時、琴音の頭の中に、美緒の祖母の日記に書かれた、アヤカの日記の言葉が響き渡った。
私はアヤナと、ずっと友達でいたかった。
いつか、アヤナが私のことを許してくれる日が来たら、もう一度、ブレスレットを繋ぎ合わせて、二人だけの秘密にしようね。
アヤカは、アヤナを恨んでなどいなかった。むしろ、アヤナのことを、ずっと大切に思っていたのだ。
夢の中で、琴音はアヤナに語りかけた。
「アヤナ、アヤカは、あなたのことを恨んでなんかいなかったよ。ずっと、あなたのことを、待っていたんだ…」
琴音の言葉に、アヤナの顔に、一筋の涙がこぼれ落ちた。
白い蝶が、光り輝き始めた。
そして、その蝶たちが、アヤナの体を包み込み、まるで光のシャワーのように、空へと舞い上がっていった。
夢から覚めると、琴音の手のひらには、二つに割れたブレスレットの片割れが握られていた。それは、アヤナが、琴音たちに託した、最後の願いだった。
次の日、四人は、それぞれの学校に散らばった白い蝶の噂が、ピタリと止んでいることに気づいた。
アヤナの願いは、花子の願いとは違っていた。
花子は、友情を求めていた。しかし、アヤナは、姉からの許しを求めていたのだ。
そして、琴音たちは、その願いを、見事に叶えてあげることができた。
新しい物語は、静かに終わりを告げ、そして、四人の胸の中に、また一つ、忘れられない思い出を残していった。
第十五話:未来への手紙、そして白い花
アヤナの魂が安らかに旅立ってから、さらに数年が経った。
琴音たちはそれぞれの道を歩み、高校生活は終わりに近づいていた。ある日、美緒が久しぶりに、四人だけのグループチャットにメッセージを送った。
美緒: 「みんな、この前、家の片付けをしてたら、おばあちゃんの古い手紙を見つけたの。私宛ての手紙だったんだけど…」
美緒が送ってきたのは、美緒の祖母が、亡くなる前に書いた手紙の画像だった。
そこには、美緒の祖母が、アヤカとアヤナとの思い出、そして、自分が真実を隠してしまったことへの後悔が、正直に綴られていた。
美緒、もしこの手紙を読んでいるなら、あなたはきっと、あの子たちのことを知ってしまったのでしょう。
私は、アヤカとアヤナのことを、ずっと忘れることができませんでした。
あなたが、私に代わって、あの子たちの悲しみを救ってくれたのだと信じています。
誰かを思う気持ちは、時を超えて、人の心に届くものなのだと、あなたたちが教えてくれました。
ありがとう。
その手紙を読み終えた琴音たちは、何も言わずに、ただ静かに涙を流した。
花子との出会い、アヤナとの別れ。それは、単なる怖い話でも、不思議な出来事でもなかった。それは、時を超えて、悲しみを背負った魂を救うための、大切な使命だったのだ。
そして、四人が大学受験を終え、無事に合格発表を迎えた日。
琴音は、久しぶりに母校の小学校を訪れていた。
旧校舎のトイレの前には、小さな白い花が咲いていた。それは、花子がくれた別れの贈り物と、全く同じ花だった。
「花子さん…アヤナさん…」
琴音は、花に向かって語りかけた。
「私たち、もう大丈夫だよ。これから、たくさんの友達を作って、たくさんの思い出を作るからね」
風が吹き、花が揺れる。まるで、花子とアヤナが、頷いてくれたかのように。
これは、終わりの物語ではない。
花子とアヤナが、琴音たちに残してくれた、未来へと続く、大切なメッセージ。
誰かのために、心を込めて生きること。
決して、一人ではないこと。
その教訓を胸に、琴音たちは、それぞれの新しい人生の扉を開けていく。
そして、彼女たちの物語は、これからも、ずっと続いていくのだ。
トイレの花子さん
物語は、琴音が仲間たちとの度胸試しで、旧校舎のトイレに一人で入る場面から始まります。噂の通りに「花子さん、遊びましょ」と呼びかけると、幼い声が本当に返事をしました。琴音は不思議な幻覚に引き込まれ、そこで花子の魂と出会います。
琴音の身に異変が起き始めたことで、さくら、健太、美緒は事の重大さに気づきます。4人は「花子さん調査隊」を結成し、花子の謎を解き明かすことを決意します。