続キ人

内輪で最も好評だった話でした。

?.この面々


 とあるキャンプ場にて、集団自殺を図るグループが、これから自分たちの墓標になるであろう、テントを組み立てていた。
 この日、集まったメンバーは4人程度。老若男女が丁度良く揃ったグループになっている。
 『老いた一人』は、老いている、というだけで男なのか女なのかも判断できなかった。只時々、「ひゅるひゅる」とでも言う様な、空のポンプ音の様な溜息を漏らしている。
 そして老いの所為か、テント作成には、あまり協力的とも言い難かった。
 また『若い一人』も、若いというだけで男なのか女なのかも良く分からなかった。只その顔面には、"若"という文字が刻まれているだけである。そして、眼が合うと、その都度に若さをアピールしてくるのだ。
 「このアーティスト知ってる?」だとか、「シャンプーは何を使ってる?」だとか、テントの組み立て作業をしながら、「猫派?犬派?」と等しい程の、実にくだらない質問を仕掛けてくる。私はこいつを、中学校下旬辺りの子供だと、勝手に判断した。
 そして残る『女性の一人』は、正直に言えば女性には見えなかった。
 なら男ではないかと思ったが、女の顔面や、その他の露出された肌や衣服には「私は女なのです」といった文字が、衣服にはプリント、肌には荒々しく、眼の痛くなる派手なピンク色で彫り込まれていた。
 きっと只外見が男に見えるだけで、れっきとした女なのだろう。しかしこの女の過去に何があったのやら、身に付けている服やアクセサリーが、全てピンクで統一されているというのは如何なものかと思った。
 別に、ファッションセンスの事をとやかく言うつもりは無い。だが、服や肌にまで「私は女です」という荒々しい文字がプリントされている分に、私は重圧感を感じて呼吸が苦しくなる。
 私は「ピンクは女の色だ。」という物言いを偏見だとは思う。だが、ここまで露骨な光景を直視していると、自然と「ピンクは女の色だ。」と内心、こじつけてしまいそうになる自分がいた。


?.実行


 テントは無事出来上がり、同時に老いている一人の高めの音の溜息が聞こえた。
 後は中に入り、4人で一緒に死ぬだけだ。
 
 「ところで、どうやって死ぬのです。」
 そのテントに入っての第一声は、私が発した。
 「練炭で死にたいなあ、気付かない間にころっと死んじゃうんでしょう?一番苦しくなさそうじゃないですか。」と、若い一人は何か、ハキハキとした口調で提案した。しかし、その提案に対し女の一人は「誰も体験したことも無いのに、何で苦しくないだなんて言えるのよ。」と、怒り気味に若い一人の提案を批判する。
 確かに、死んだ後では「苦しい」だとか、「天国があった」だとかの感想や記録を、生前現世に残す事などはできないのだ。
 ただそれなら、どんな死に方をしたとしても同じ結論に行き着く訳だが、私はあえて何も言わなかった。女の一人は今にもヒステリーを起こしそうに見えたからである。
 「睡眠薬なんてどうかしら。眠ってる間に死ぬんだから、心地よく死ねるんじゃない?」と、今度は女の一人が提案した。今更だが、確かにこの女の一人は、普通に女の声をしている事に気付く。これなら他人が近くにいても、こうして常に喋っていれば、こんな眼の痛くなる露骨な恰好をせずとも、女であるということを認識してくれるのだろうな、と私は思った。
 「でも、そんな薬はちゃんと用意してきましたのですか?」と私が聞いた途端、「僕が持っているよ。」と、老いている一人は、喉笛でも拉げたかの様な声で言う。
 この御高齢が道具を持ってきていたとはな、と私は意外に思った。他の若い一人と女の一人も、私と同じ様な感覚を抱いたのか、意外だとでも言いたげな表情をしていた。
 老いた一人は、焦げ茶色のアタッシュケースを開き、白い粒の詰まった小瓶を4つ程取り出しした。一つは自分に、残りの3つはテントの中央に1つずつ1つずつ、落ち着きが垣間見える手で置いていく。
 ケースの開閉時に見えたのだが、その中には練炭、ガムテープ、注射器が、睡眠薬の他に収納されていた。この老いた一人は、きっと本当に死のうとしているのだなと、私は悟った。


?.亡霊


 「さあ、飲みましょうか。」
 老いた一人は小瓶の蓋を、キュルキュルと音を立てながら回し始めていた。
 「ノストラダムス、1999年に世界は滅びる。この予言を、皆さんは信じていましたか?」
 老いた一人はそう、私たちに落ち着きの払われた口調で、そう聞いてきた。
 「ぼくは信じていた、本当にノストラダムスが予言したその年に世界は滅び、自分は死ぬのだと。しかし、何事もなく6月、7月、そしてついには2000年までの年月を、ぼくは迎えてしまった。妙な気分でした、自分は何故か、生き延びた。本当に信じていたのに、本気で絶望していたのに、生き延びた。嬉しいなんていう気持ちは、微塵もありませんでした。脈絡も無い話ですが、2000年以降、ぼくはこの世の何モノにも感動をしなくなっていました。まるで、自分にだけ降りかかった恐怖の大王で死に、亡霊にでもなったかの様な、そんな感覚だったのです。」
 老いた一人は、ここで一旦話を終わらせ、回していた小瓶の蓋を開け、中の錠剤を手一杯に盛った。
 「きっと、ぼくは1999年時点で、死んでいたのです。」
 老いた一人は、錠剤の盛られた手を、薬を零さない様にしながら口の中に、ゆっくりと運ぼうとする。口一杯に飲み込もうとする直前、老いた一人はこう呟いた。

 「あれはきっと、亡霊の引き摺る、余生だったのでしょう。」

 そして、とうとう老いた一人は、手一杯の錠剤を飲み込んだ。少々、苦しそうにも見えた。


?.結局は


 老いていた一人は、瞼を閉じ座ったまま、横に傾き寝転がった。もうぴくりとも動かない。
 「それじゃあ、私たちも飲みましょう。」
 女の一人はそう言いながら、中央に置かれた小瓶に手を伸ばす。その女の一人の言葉に促される様に、私も中央の小瓶に手に取った。
 しかし、若い一人は残った小瓶を手に取らない。どうやら薬を飲む事を躊躇している様だった。
 その様子を見て、女の一人は「どうしたの?」「飲みたくないの?」と、詰問気味の口調で言い寄った。
 「死にたくないの?」と女の一人が訊いていれば、この若い一人も首を横に振ったであろう。女の一人もその様な事を一歩手前で踏みとどまる事を意識するかの様で、訊きはしない。やはり女の一人は、ここにいる3人は必ず死ぬ、自殺するという事を前提とし、若い一人に詰問している。
 「じゃあ、あなたも飲んだら?」と、若い一人。
 会話のキャッチボールが、まるでなっていないなと、目の前の女の一人と、若い一人のするやりとりに対し、私は少し苛立ちを感じた。相手の顔面に球を投げつけるな、相手が球を投げたのに自分も球を投げるな。そう、私は指摘してやりたかったのだが、そんな事をしたら、女の一人は私にヒステリー口調で言い寄り、若い一人はまた私の質問に対して質問で返してくるに違いない。私は何も言わないことにする、あえて。
 女の一人は、若い一人の問いに対し剥きになったのだろう、強めに荒げられたヒステリー口調で喚き始めた。
 「飲みますよええ飲みますともさあほら口の中にいれますよ蓋も外しました飲みます、はい飲みましたほら飲んでしまいました嗚呼もう飲んでしまった死にます死んでしまいますこれで終わりです死にます、死にました嗚呼死んだ、はい私は今死にました、死んだ。」
 そう喚き散らしたのち、ころりと後ろに倒れ、薄眼を開けたまま、死んだ。
 その姿を見て私は、殺虫剤で殺したカメムシを、第一に連想した。正直、香水の臭いもそれぐらいに臭かったからな。
 さて、私も飲もう。こんな大きめの錠剤を、水も無しに飲むのは少々辛い訳だが、どうせ飲んでしまえばそう言った直前という名の過去を思い出し、苦しむ事も無い。近くで何かを喚いている奴も、いちいち気にする事も無くなる。
 錠剤を飲む瞬間、喉にごりっとした鈍い痛みが感じられた。やはり水も無しに飲むのは難しいか。
 死ぬ瞬間に、何だ走馬灯なんてものは見られない様だな。と私は少しばかりか、残念に思った。


余生


 何故か、眼が覚めた。

 自分は幽霊にでもなったのだろうかと一瞬思ったが、特別訳もなく、その考えは打ち消される。理由になるまでもなく理解した。それにも特別、理由も無い。
 自分だけが立っている。ただそれだけだ。他の一人一人は皆、座ったまま倒れた様なカタチで、ピクリとも動かない。死んでいる。
 理由などといった銘を打たれる間もなく、そう判断されたのだ。
 何故自分だけ死ななかったのだろうか、他の3人と同じ様に、睡眠薬を飲んだ筈ではないか。もしかしたら、私の飲んだ薬だけ、睡眠薬では無かったのかもしれない。と、私は考えた。これにも、やはり理由はない。
 しばらくしてから、ふと、老いた一人の言っていたことが頭に浮かんだ。
 
 「余生。」
 
 ただ、その一つの言葉だけが、形も有る訳でもないのに、眼に貼り付いて取れない。
 男の一人は、何となく携帯電話を開き、現在の日付を確認した。そして、何事も無かったかの様に、テントから出た。
 
 三日ぶりの日光は、眩しくもなんとも無かった。

続キ人

乙一先生の『ZOO』に触発されて書いた短編集だったのですが・・・・・・ワカリマセンヨネ。

続キ人

高校1年の頃に書いた短編です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-05-22

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