【第4話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました

ザルティア帝国の回復術士ルークは、帝国城内で無能と呼ばれ冷遇されていた。
他の回復術士と比べ、効率の悪い回復魔法、遅い回復効果は帝国城内の兵士らに腫物扱いされていたのだ。

そんな彼の生活にも突如終わりが訪れた―――。

横領という無実の罪を着せられ、死刑を言い渡されたのだ。
回復術士として劣等生だった彼はついに帝国城から排除される事となった。
あまりにも理不尽な回復術士ルークの末路―――。


だが、それが最期ではなかった。
秘められた能力を解放した回復術士ルーク・エルドレッドの冒険の始まりだ。

【第4話 無能と呼ばれる回復術士④】

(聖女・セレナ視点)


侍女のメイナさんとララさんが廊下の隅で声を潜めて語り合う様子が目に入った。
彼女たちの噂話はいつものことだが、今日は私の耳に鋭く突き刺さるものがあった。


「聞いた?回復術士のルークが処刑されたらしいわよ」

「えっ、あのちょっと陰気そうな?」

「そう!でもまさか帝国のお金の横領で死刑なんて。信じられない」

「ほんとよね~。いつも暗い顔してて近づきづらい感じだったけど~」


メイナさんは首を傾げながらも面白そうに笑みを浮かべる。
私は思わず足を止め、侍女たちの会話に耳を澄ませた。


ルークさんは確かに城の中でも目立たない存在だった。
いつも独りぼっちで仕事をしていて、誰かと積極的に関わろうとする姿を見たことがない。
それでも――私にはわかる。


彼は根がとても真面目で優しい人だった。
彼の目には温かさがあって、見過ごせない何かを感じたのだ。
それが、まさか処刑されるなんて……


「あの人が罪を犯すなんて考えられません!」


無意識のうちにそう叫んでしまった。
侍女たちは一斉にこちらを向き、驚いた顔をする。


「セ、セレナ様?!」


侍女たちは明らかに動揺していた。


「どういうことですか?
彼が帝国のお金を横領したというのは本当なんですか?」

「そ、それは……宰相様からのお達しで……詳しい事情はわかりません」

「でも!あの人がそんなことするはずがありません!
ルークさんは……そんな人ではありません!!」

「セ、セレナ様、落ち着いてください!」


――確かめなければいけない。
陛下にお会いして真偽を尋ねなければ……。


そう思った瞬間、私はすでに城内を歩いていた。
大理石の廊下を進みながら胸騒ぎがどんどん膨らんでいく。
陛下のもとに行けば真相を知ることができるかもしれない。


「待ってください、セレナ様!!」


後ろから侍女たちが慌てて呼び止める。

しかし今の私は振り向かずに前に進んだ。
廊下の先に見える大きな扉に向けて走り出す。
その時―――


「お待ちください」


突然現れた衛兵たちが行く手を阻む。
全身鎧に身を包んだ彼らは無感情な視線で私を見据えていた。


「申し訳ありませんが、陛下は謁見を許可されておりません」


その言葉と共に彼らの腕が伸びてくる。
咄嗟に避けようとしたが、複数の衛兵に組み伏せられてしまった。


「離してください!私には確かめる必要があります!」


声をあげながら抵抗しようとするけれど衛兵たちの力は強すぎて思うように動けない。
衛兵が手際よく私を取り押さえる。
その腕の強さに思わず息を詰まらせる。


「セレナ様、どうか冷静になってください」


彼らの無機質な言葉だけが耳に入る。
抵抗すればするほど状況は悪くなるばかりでついには別の衛兵まで呼ばれてしまう始末だった。


「くっ……」


私が抵抗する力がなくなった頃合いを見て
一人の衛兵がため息混じりにつぶやいた。


「全く……困ったものですな」


私は衛兵たちによってそのまま自室へと連れ戻された――。


***


閉まるドアに向かって小さく呟いた言葉が空気の中に溶けていった。



「ルークさん……」


涙で霞む視界の中で
閉ざされた扉は冷たく頑なに閉じている。
私の力では開くことができない壁のようだった。


部屋に戻された私はすぐにベッドの端に崩れ落ちた。
枕に顔を埋めると声にならない嗚咽が溢れ出してくる。
涙でシーツが濡れるのがわかるほどだった。


彼が処刑されたという現実はあまりにも残酷すぎて受け入れることができなかったのだ。
信じたくない想いが胸を締め付けるような感覚だ。


「ルークさん……なぜ……」


なぜこんなことになってしまったのか私にはわからない。
ただ悲しさだけが胸の中に広がっているような気がした。


彼はいつも静かだった。
他の者たちから距離を置かれ陰口を言われたり
時には暴力に晒されていることもあったが彼はその怒りを表に出すことなく耐えていた。


そして今その命すら奪われてしまったなんて……。


この悲劇的な出来事を前にして私はただ泣くことしかできなかった。
そんな自分が不甲斐なくてまた涙が溢れ出してしまう。


―――どれくらい時間が経っただろうか。
窓から差し込む夕暮れの光に誘われて顔を上げる。
ふと窓辺に近づいてみると遠くに見える町並みが美しかった。


しかし今の私にはその光景すらも空虚なものに映ってしまう。
この世界は残酷だと思った。


ルークさんの存在が城内でどれほど軽く扱われていたのかを思い返す。
彼が不当な扱いを受け続けていたことは知っていた。
だが結局私は何もできなかったのだ。


「ごめんなさい……ルークさん……」


小さく呟くと涙がまた零れ落ちていった。

城内には表面上の平和が保たれているがその実情は偽りのものだと感じた。
この空間には温かさも優しさもなくただ冷たい空気が漂っているだけなのだ。


皇帝陛下もその他の重鎮たちもみな同じだ。
表面上だけの平和を演じ続けているだけなのだ。
そう思うと一層自分の無力さが辛くなってきた。


窓から見える景色は美しいけれど私にはそれを素直に楽しむことができなかった。


この閉鎖された城の中で私はただ一人孤独だった。
外の世界と断絶されているこの空間こそ私の本当の居場所なのかもしれないとさえ思えた。


そしてその日から私は少しずつ心を閉ざしていくことになる――。


***


(三人称視点)


セレナの涙が枕を濡らす夜が過ぎ去ったころ――
玉座の間では冷酷な陰謀が静かに紡がれていた。


巨大な水晶シャンデリアが煌めく中、ザルティア帝国皇帝ゼノスは悠然と玉座に腰を下ろしていた。


窓から差し込む月光が白金の髪を銀色に染め上げるが、その眼光は氷のように冷たい。
彼の右手には禍々しい黒い水晶の指輪が嵌められ、微かに脈打つように輝いている。



「陛下」



静かな声と共に玉座の階段下に宰相バルトロメウスが跪いた。
灰色の瞳が暗闇の中で細長く光っている。


「財政状況の報告を」

「予算は順調に消化されております。前月比で2.7%の増収を確保しております」


バルトロメウスは正確な数字を淀みなく読み上げる。
その声音は砂時計の砂のように滑らかだがどこか機械的だった。


「それともう一件。
例の回復術士ルーク・アレンですが……
帝国資金横領の罪状で処刑されたことをご報告申し上げます」


「なるほど」


皇帝は短くそう答えるだけで全く関心を示さない。
まるで路傍の小石を蹴飛ばしたかのような無関心さだ。
再び窓の外へと視線を移す。


「さて本題だ。フェリシア王国の件はどうなっている?」


バルトロメウスが立ち上がり書類を広げる。


「表向きは友好関係を維持しておりますが……
あくまで名目上のこと。彼らはまだ我が帝国の支配下には入っておりません」


「悠長なものだな。我々に従わねばどうなるか……教えねばなるまい」


皇帝の唇が薄く歪む。
それは慈悲ではなく冷酷な裁定者の微笑だ。


「フェリシアには良質な魔石鉱山があります
あの資源は我が軍備強化に不可欠です」

宰相が地理図を広げながら説明する。
フェリシア王国の地図上で魔石鉱山の位置に印が付けられていた。

「ふむ」

ゼノスが満足げに頷く。
右手をゆっくりと持ち上げると指輪の黒水晶が鈍く輝いた。
玉座の間全体の空気が一瞬にして凍りつくように冷たくなる。


「―――従わぬ国は滅ぼすのみ。
それが帝国の掟だ」


ゼノスの言葉と共に指輪が漆黒の光を放つ。
バルトロメウスの額に一筋の汗が伝う。


「必ずやフェリシアを帝国の版図に組み込んでみせましょう」


宰相が深々と頭を垂れる。
皇帝は玉座に深く腰を沈めながらゆっくりと笑った。
その表情はまさに残忍な暴君そのものだった――。


【次回に続く】

【第4話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました

【第4話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました

回復術士の劣等生ルークは、ザルティア帝国に無実の罪を着せられ処刑されてしまった! だが、彼には隠されていた能力があった・・・。 彼自身も知らなかった無敵の能力・生命吸収。 蘇生した彼は、幼なじみであり騎士団員でもあるアメリアと帝国から脱出する。 そして、数々の仲間らとの出会い・・・ 無能扱いされ続けてきた彼の新たな冒険が幕を開ける。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted