【第2話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました
ザルティア帝国の回復術士ルークは、帝国城内で無能と呼ばれ冷遇されていた。
他の回復術士と比べ、効率の悪い回復魔法、遅い回復効果は帝国城内の兵士らに腫物扱いされていたのだ。
そんな彼の生活にも突如終わりが訪れた―――。
横領という無実の罪を着せられ、死刑を言い渡されたのだ。
回復術士として劣等生だった彼はついに帝国城から排除される事となった。
あまりにも理不尽な回復術士ルークの末路―――。
だが、それが最期ではなかった。
秘められた能力を解放した回復術士ルーク・エルドレッドの冒険の始まりだ。
【第2話 無能と呼ばれる回復術士②】
帝国城内の長い廊下。
石造りの天井からぶら下がるシャンデリアがゆらゆらと揺れ、冷たい光が床に歪んだ影を落としていた。
この廊下を通るたび、俺はいつも自分が迷子になったような気持ちになる。
「ルーク!」
突然、名前を呼ばれ振り返ると、廊下の角からアメリアが小走りに近づいてくるのが見えた。
水色の長髪が風になびき、藍色の瞳がこちらをまっすぐ見据えている。
帝国騎士団の青銀の制服が彼女の細身の体を覆い隠しているが、その動きには隙がない。
「アメリア……」
「また怒鳴られてたって聞いたわ。大丈夫なの?」
彼女の声には本気の心配が込められている。
・・・アメリアは俺が城内でどういう扱いを受けているか知っている。
「ああ……いつものことだよ」
俺は苦笑いがこぼれる。
アメリアの眉間に微かなしわが寄るのが見えた。
彼女の目には心配と……何か言いようのない怒りが宿っている気がした。
――俺たちは辺境の小さな町で育った幼馴染だ。
アメリアは俺より2つ年上で、家は領主の家系で騎士爵を持つ家柄。俺は町医者の息子だ。
父親同士が親友だったおかげで、俺たちは姉弟のように育った。
学院時代はお互いに別々の道を歩む。
アメリアは士官学校で首席近くの成績を取り、若くして帝国騎士団に入団。
対して俺は魔法学院で実技こそダメだったものの、理論や魔法薬学の成績は常に上位だった。
――だが卒業後の現実は残酷だ。
才能がなかったのが災いして、腫物のような扱いを受け続ける毎日。
アメリアはそんな俺を見て歯痒さを感じているのだろうか。
「まあ……でも仕方ないさ。俺はみんなが期待するほどの力はないし」
実際、俺の能力は帝国魔法師団の中では最低クラスだ。
治癒魔法は遅いし効果も薄い。攻撃魔法はもっと酷い。
それでも魔法学院を卒業できたのは
理論と知識のおかげだと言われるが、そんなものはここでは何の役にも立たない。
「いいえ、あなたは優秀よ。
魔法学院だって上位の成績で卒業したじゃない」
「優秀……か」
「ねえ。毎日あんな扱いされて、本当に辛くないの?
私はもう我慢の限界だわ。見てられない」
アメリアの握りしめた拳が震えている。
「ダメだ!そんなことしたらアメリアが捕まるだろ!」
彼女の言葉に思わず声が高くなった。
――帝国騎士団の騎士が城内で暴力沙汰を起こしたら?
そんなことをすれば良くてクビ、最悪の場合処刑だってあり得る。
アメリアがそんな危険を冒す必要などないんだ。
「だからこそよ!
ルークがこんな理不尽な目に遭っているのに
私が黙っていられるわけがないでしょう!」
彼女の藍色の瞳が鋭く光る。
――その目が恐ろしい。
「やめてくれ。アメリアが強いのは知ってるけど
いくらなんでもマズイ」
アメリアは帝国騎士団の中でも屈指の実力者だ。
ダグラス団長が彼女の剣技に舌を巻くほどだという噂を何度も耳にした。
「大丈夫。
あの連中がルークを侮辱するなら――」
「何をしている、アメリア」
重々しい声が廊下に響き渡った。
俺たちが振り返ると、そこには巨大な影が立っていた。
騎士団長ダグラス――重厚な黒金の鎧に身を包み、肩幅だけで人の頭三つ分は優にある巨漢だ。
背筋が氷のように冷たくなった。
「騎士団長……」
アメリアは背筋を伸ばし、騎士として完璧な礼をする。
ダグラスは俺をちらとも見ようとしない。
――いや、視界に入っていないんだろう。
「このような廊下の端で何をしているのだ?
魔物の討伐が終わったとはいえ、まだ残党が領内に潜んでいる。
いつ何時も気を抜くな」
「はい、騎士団長」
アメリアの声は硬く平坦だ。
ダグラスが歩き出すまでの沈黙が異様に長く感じる。
「ところで」
ダグラスは顎髭を撫でながら、ふと何か思いついたように俺を見下ろした。
――いや、正確には俺のいる方向を見ただけだ。
「その無能と一緒に何をしている?」
「それは――」
「フン、まあよい」
ダグラスはアメリアの言葉を遮り、話を転換させた。
「それよりもアメリア。
次の遠征ではお前にも重要な役割を果たしてもらうぞ。
冒険者どもが無能過ぎて、我々騎士団が動かざる負えないのは忌々しいが」
「承知しております」
「では、さっさと戻れ。
余計なことに時間を費やしている暇はないはずだ」
そう言ってダグラスが踵を返し、重々しい足音と共に廊下を去っていく。
――十分に離れると、ダグラスの背中からは聞き取れないほどの低い呟きが漏れた気がした。
「……貧乏騎士爵家の小娘が。生意気な」
俺の耳に届いたか否か。
ダグラスの憎悪に満ちた横顔が視界の隅に焼き付いた。
騎士団長の姿が廊下の角に消えた後も、俺はしばらく動けなかった。
冷たい廊下の空気が肺を刺すようだ。
そして、アメリアもそっと背を向けた。
「私も行かなきゃ」
ぽつりと呟いた彼女の声には疲労が滲んでいた。
――魔物の残党狩りに向かうのだ。
アメリアの背中がゆっくりと遠ざかる。
――待ってくれ。行かないでくれ。
声が出ない。
喉がひきつる。
――彼女に迷惑はかけられない。
――自分のことでこれ以上迷惑をかけてはいけない。
「……アメリア……」
ようやく絞り出せた声は、空気を震わせるにも満たない小さな囁きだった。
彼女の背中が少しだけ止まった気がしたが、すぐに歩き出した。
水色の髪が廊下の奥へと消えていく。
俺はただ、その遠ざかる姿を見送るしかない。
最後に聞こえたのは――
「・・・守れなくてごめん。ルーク」
心の叫びのようだった。
ダグラスが去り、アメリアが去った廊下には、俺一人が残された。
静寂が耳を打つ。
まるで世界に取り残されたかのような孤独感が、石造りの空間に満ちていた。
冷たい床に映る自分の影が奇妙に歪んでいるように見える。
――俺は何のためにここにいるんだろう?
そんな疑問が、頭の中で何度も何度も回り続ける。
誰にも必要とされず、誰にも認められない場所で。
ただ時間が過ぎていくのを待つだけの日々。
――そして5日後。
俺はその時が来るなんて、想像もしていなかった。
あの日アメリアが背を向けた時。
もう一度声を掛けていれば。
もしくは何か行動を起こしていたら。
俺は今、こんな絶望の中にいなかっただろうか。
今となっては、すべてが遅すぎる――
【次回に続く】
【第2話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました