うさたのぼうけん
ウサギのうさたは、広い草原に、たった一人で住んでました。昔は父さんウサギと母さんウサギもいたのですが、ある日、うさたが寝ている間に、いなくなってしまいした。うさたは、それ以来、たった一人で生活していたのです。朝起きて、夜寝るまで、誰かと笑ったりお話することもありません。うさたの小さい胸は、いつも寂しさでいっぱいでした。
ある日、いつものように、うさたがひとり、草原で草をかじっていると、二匹のモンシロチョウが、シロツメクサの上を、ひらひらと、楽しげに舞っていました。真白なチョウは、春の草原に螺旋を描きながら、うさたの前を躍りました。それを見たうさたの中に、パッと閃くものが、ありました。僕も、友達をみつけるんだ!うさたは、決心しました。うさたは、リュックサックにたくさんのニンジンを詰め込むと、矢のような速さで、森へ駆け出しました。
初めて足を踏み入れた森の中は、うさたの草原よりも、ずっと暗く、ジトジトしていました。僕の友達は、こんな所にいるかしら?うさたは、慎重に森の奥へと、進んでいきました。すると、目の前の茂みから、突然、茶色の塊がとびだしてきました。キツネです。普通、ウサギはキツネを見れば、逃げるのですが、残念ながら、うさたは、キツネを知りませんでした。うさたは、この、茶色い大きな生き物に、友達になってもらおうと、思いました。
「あの、これ、どうぞ!」
うさたは、背中のリュックサックに手を突っ込むと、大きなニンジンを一本、キツネに勢いよく突き出しました。ニンジンは、うさたに襲いかかろうとしていたキツネの鼻に思いきりぶつかりました。急所の鼻を殴られて、キツネは悲鳴をあげて走り去っていきました。うさたはガッカリです。うさたは、キツネに受け取ってもらえなかったニンジンをリュックサックにしまうと、とボトボト歩きはじめました。僕の友達は、どこだろう。
うさたとキツネを、空から見ていたものがいました。おしゃべりなオウムです。オウムは、『小さな子ウサギがキツネをやっつけた話』を、森中に面白おかしく話してまわりました。リスのどんたが、『キツネを一撃で倒したウサギ』の話を聞いたのは、小鳥からでした。小鳥は、乱暴者のウサギには、近づかない方が良いと言っていました。でも、どんたは、どんなにすごいウサギなのか、見てみたくなりました。どんたは、ウサギを探しに出かけました。
うさたが森を歩いていると、あちこちの茂みに、動物の影がありました。しかし、うさたが近づくと、みんな慌てて逃てしまいました。うさたの話を聞いてはくれませんでした。一人ぼっちのうさたは、心が痛くてたまりませんでした。みんな、ウサギが、嫌いなのかな。そんなことを考えながら森の中を歩いていると、とうとう話かけてくれるものがありました。サルです。
「私は、サルのくるりといいます。あなたが、キツネを退治したウサギですか?」
年寄りのサルに、聞かれても、キツネが何なのかも知らないうさたは、よくわかりません。
「何のこと?」
「トボけないで下さい。オウムが話してましたよ。」
サルは、あの茶色い生き物がキツネであること、オウムという鳥が、うさたの噂話をしていたことを、教えてくれました。うさたは、みんなが噂話をきいて、うさたを怖がっていたことに、気づきました。
「くるりさん、ありがとうございました。教えていただき、助かりました。これは、お礼です。」
うさたは、またぶつけてしまわないよう、今度は注意してそっとニンジンを、差し出しました。サルはニンジンを乱暴にひったくると、一口かじりました。
「まずいニンジンですね。」
サルは、顔をしかめました。
「ごめんなさい、僕が育てたニンジンです。」
うさたは、目に涙をためてサルをみつめました。サルは、ニタリと笑いました。
「では、私どもの畑に来ませんか?おいしいニンジンの作り方を、教えてさしあげますよ。」
サルの誘いに、うさたは嬉しくなりました。お父さんとお母さんのウサギがいなくなってから、うさたは、一人で畑を守ってきましたが、どうしも、子どものうさたでは、お父さん達のようには、うまくはいきませんでした。きっと、サルの畑を見せてもらえば、うさたの畑に足りないものが分かる。うさたは、そう思いました。
「畑なんか、ウソだよ。」
後ろから、小さな声がしました。うさたが後ろをみると、小さなリスが、立っていました。
「お前達、僕等の物を奪うだけで、畑なんか持ってないじゃないか!」
サルは、チッと舌打ちすると、地面に落ちていた石を、リスに投げつけました。石は、リスの腕に当たり、リスは痛さに倒れました。
「何するんだ!」
うさたは、サルにとびかかり、鼻に噛み付いてやりました。鼻がどうやら、急所らしいことは、キツネの時に分かってましたので、サルもそこを狙ったのです。サルは、思った通りギャッと悲鳴をあげると、走って行ってしまいました。うさたは、リスに駆け寄りました。
「大丈夫?君のおかげで、騙されずにすんだよ。ありがとう。」
「大したことないよ!」
リスは笑って言いましたが、腕からは血が流れていました。うさたは、ヨモギの葉で傷を覆いました。
「お母さんに教えてもらったんだ。ケガをしたら、こうすると、治りが早くなるんだって。」
「君のお母さんは、ずいぶん物知りなんだね。」
リスにほめられて、うさたは、嬉しくなりました。こんなに、温かい気持ちは、いつ以来だったでしょうか。どんたは、うさたを、気持ちの良い湖に案内してくれました。白い小さな花に縁取られた青い水面は、静かで、時々渡る風にキラキラと輝きで応えていました。
「森って、暗いばかりだと、思ってた。でも、違うんだね…。」
うさたは、湖に目を奪われて、立ち尽くしていました。
どんたとうさたは、色々なことを話しました。畑のこと、サルのこと、草原のこと、森の事。話は夜遅くまで続きました。うさたは、不思議なことに気づきました。
「この森には、ウサギは一匹もいないの?」
うさたの質問にどんたはうつむきました。
「みんな、食べられちゃったんだ。」
どんたは、ため息をつきました。
「ウサギの肉が好きなオオカミが住んでいて。サルやキツネは、そいつの仲間なんだ。」
どんたの話は、それは恐ろしいものでした。どんたの話によれば、森に3年ほど前からやってきた、一匹の片目のオオカミが森中のウサギをみんな食べてしまったのです。元々オオカミには仲間がいませんでしたが、森にはじめから住んでいたサルとキツネがオオカミの手下になり、特にサルは口が上手いので、ウサギはすっかりだまされてしまったのです。森中のウサギが残らず食べられてしまうと、オオカミたちは他の動物たちも襲い始めました。みんな、オオカミたちに見つからないように、ビクビクしながら暮らしているのです。
「この湖の周りは安全だから、安心して。」どんたは、言いました。
「ここに来るとき、イバラのトンネルを通ったでしょ?あそこは、大きい体の動物は入れないんだ。空を飛べる動物か、体の小さい動物しか、ここには入れないんだ。さあ、今日は、ゆっくり休んで。後のことは、明日考えようよ。君の草原の家に遊びに行くのもいいな。」
どんたはそう言うと、サッサとイバラの下に潜り込んで寝てしまいました。うさたもイバラの下に潜り込みはしたものの、少しも眠れませんでした。うさたは、オオカミのことウサギ達のこと、いなくなってしまったお父さんとお母さんのことを、グルグル考えていました。きっと、お父さんとお母さんも、オオカミの犠牲になったのだろうと思うと、自然とうさたの目から涙がこぼれ落ちました。うさたは、どんたに聞こえないように、リュックサックに顔を押し付けて声を殺して泣きました。泣いているうさたは、泣いている内にやっと泣き疲れて眠りにつきました。
朝、うさたは、小鳥のイライラした声に目が覚めました。
「なんで、あんなウサギと仲良くしてるの!あなた、ひどい目にあうわよ!!」
小鳥はオウムから聞いたという、うさたの悪口をリスのどんたに話続けていました。
泉に毒を流しただのサルの手先になっただの、うさたは、ビックリして声もでません。
「悪いこと言わないわ。離れた方があなたの為よ。」
小鳥は、どんたを見つめました。どんたは、ため息をつきました。
「そんな奴じゃないよ。実際きみが直接見たわけではないいんだろ?」
「でも、森中の動物が避けてるのよ。そんなのと一緒にいたら、あなたまで仲間外れにされてしまう。」
小鳥の話は、うさたの心に突き刺さりました。僕のせいでどんたまで、みんなから避けられてしまうなんて。うさたは、悲しくなりました。いったいどうして、ウワサだけでみんな判断するのだろう。
うさたのぼうけん