【第1話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました
ザルティア帝国の回復術士ルークは、帝国城内で無能と呼ばれ冷遇されていた。
他の回復術士と比べ、効率の悪い回復魔法、遅い回復効果は帝国城内の兵士らに腫物扱いされていたのだ。
そんな彼の生活にも突如終わりが訪れた―――。
横領という無実の罪を着せられ、死刑を言い渡されたのだ。
回復術士として劣等生だった彼はついに帝国城から排除される事となった。
あまりにも理不尽な回復術士ルークの末路―――。
だが、それが最期ではなかった。
秘められた能力を解放した回復術士ルーク・エルドレッドの冒険の始まりだ。
【第1話 無能と呼ばれる回復術士①】
「おい!何をしてるんだ?早く治せ!」
鋭い声が部屋中に響き渡った。
ザルティア帝国城内の診療室は血と汗の匂いで充満していた。
森での魔物討伐から帰還した負傷兵たちが次々と運び込まれている最中だった。
その一人が我慢の限界を超え、回復術士である俺に向かって叫んでいた。
「す、すみません。もう少しで終わるんで」
青白く光る治癒魔法を兵士の裂傷に当てる。
だが俺の治癒スピードは一般の回復術士の半分にも満たない。
「ふざけるな!お前の治療なんて待ってられるか!他の奴と替われ!」
「落ち着いてください!大丈夫ですから―――」
必死に治療を続けようと声をかけるが、その言葉は兵士の耳には届いていない。
男は怒りと苦痛で顔を歪めながら、俺を睨みつけていた。
「うるせぇ!さっさと他の奴を連れてこい!この無能野郎が!」
ドガッ!!
「ぐあっ!?」
思い切り殴られ、壁に叩きつけられた。
左頬が焼けるように痛む。
「な……なにをしてるんですか!?」
若い看護師が慌てて兵士を制止に入る。
「黙れ!こんな無能に何ができる?」
「い、今すぐ治しますから落ち着いて―――」
俺は何とか起き上がろうとするが――
「おいおい、もういいって」
中年の回復術士が腕組みをしながら言う。
「お前の遅い治癒魔法じゃ時間の無駄だ。ここは他の者がやるから」
「そうですよ!出来損ないは部屋の隅で見てるだけにしてください!」
若い回復術士も鼻で笑いながら続ける。あちこちで嘲るような声が聞こえた。
「どうしようもねぇな」
「まったくだ。セレナ様ならこんな怪我は一瞬で治すのに」
誰かがボソリと呟く。確かにそうだ。彼女ならこんな惨状なんて――
その時だった。
「皆さん、どうしたのですか?」
柔らかく、しかし凛とした声が響き渡った。
純白のローブを纏った聖女セレナ様が部屋に姿を現した。
透き通るような金髪が優雅に揺れ、紫の瞳が兵士たちを見渡している。
部屋中の視線が彼女に集中した。彼女の登場だけで空気が変わった気がする。
「セレナ様!」
「聖女様!」
「おお!助かります!」
兵士たちの顔に希望の光が宿った。
回復術士たちも深々と頭を下げる。
先程まで俺を罵倒していた兵士でさえ、恐縮した様子で身を固くしていた。
「大変でしたね。すぐに癒しましょう」
セレナ様は軽く頷くと、両手を広げた。
「『聖なる癒し《ホーリー・ヒール》』」
セレナ様の掌から眩い光が溢れ出した。
光の粒子が舞い降りるように、怪我人たちを包み込んでいく。
まるで奇跡のようだった。
――すごい。
あんなに苦しんでいた兵士たちの傷が、瞬く間に癒えていく。
殴られて腫れていた俺の顔も元に戻った。
「おお!痛みが消えた!」
「ありがとう聖女様!」
「素晴らしい回復魔法だ!」
賞賛の声が部屋中に溢れた。
そして同時に――
「さすがはセレナ様!」
「あのような高等な治癒魔法は我々では到底真似できませんな」
「やはり聖女は違うな」
尊敬と畏敬の念が込められた言葉。
それと対照的に――
「それに比べて……」
「あの無能な回復術士はなんだ?」
「セレナ様は特別だろ。あいつと比べるのは失礼だぞ」
嘲笑と侮蔑の言葉に思わず唇を噛みしめた。
「ルークさん……大丈夫ですか?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、セレナ様が心配そうにこちらを見ていた。
彼女の紫の瞳が俺を真っ直ぐに捉えている。
その優しさに胸が締め付けられた。
「あ、はい……大丈夫です。ちょっと疲れてただけなんで……」
俺は声が上擦った。
セレナ様は何か言いたげだったが――
「聖女様!こちらへ」
野太い声が彼女の言葉を遮った。
部屋の入り口に騎士団長ダグラスが立っていた。
全身を覆う重厚な鎧が彼の巨体をさらに大きく見せている。
「ダグラス様」
セレナ様の表情が一瞬だけ曇った。
しかし彼女はすぐに毅然とした態度を取り戻し、ダグラスのもとへ歩み寄った。
「お連れ様です。おかげで兵士たちも回復しました。これで陛下もお喜びになられるでしょう」
「そう願っています。ダグラス様」
セレナ様は丁寧に返し、再び俺の方を見ようとしたが――
「ところで……」
ダグラスの鋭い視線が突然俺に向けられた。まるで剣先のように冷たく刺さる感覚。
「あそこの無能な術士は一体何をしているんだ?
治療もろくにできないゴミが……こんなところで何をしている?
貴様のおかげで、聖女様に貴重なマナを使わせてしまったではないか」
その言葉に部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
先程までセレナ様を称賛していた回復術士たちも一斉に押し黙る。
「ダグラス様……それは……」
セレナ様が慌てて口を開こうとした。
しかし――
「申し訳ありません」
自分の声が意外なほど静かに響いた。
「自分の不手際で皆様にご迷惑をおかけしました。
セレナ様の手を煩わせたことも含めてお詫びします」
俺は深く頭を下げた。
「ふん。分かっているじゃないか」
ダグラスは鼻で笑うと俺を一瞥し、すぐにセレナに向き直った。
「さぁ聖女様。陛下がお待ちです。御前に参りましょう」
「はい」
セレナ様は一瞬だけ複雑な表情を見せたが、すぐに顔を引き締めダグラスの後についていった。
その背中を見送りながら俺は小さくため息をつく。
――セレナ様。
心の中で呟く。彼女は本当によくできた聖女だ。
民の苦しみを我が事のように感じる優しい人だ。
そんな彼女だからこそ、今の帝国で最も必要とされている。
だがその優しさこそが問題でもあった。
――皇帝ゼノスはセレナ様を疎んでいる。
恐怖によって支配しようとする皇帝にとって、セレナ様は目障りだった。
セレナ様の慈悲が民の心を掴み始めていることが気に入らないのだろう。
彼女は実質的に軟禁状態にある。
自由な行動が制限され「陛下のお召し」に応じてしか城内を歩けない日々。
ゼノスは恐怖による支配を好む。
反逆者は容赦なく処刑され皇帝に意見する者は即座に投獄される。
彼にとって人間は使い捨ての道具に過ぎない。
――数日前も一人の貴族が処刑されたばかりだ。
罪状は「陛下への不満を漏らしたこと」。
俺の脳裏に処刑台の光景が鮮明に浮かび上がる。
断頭台の刃が落ちる寸前貴族が最後に見せた恐怖に満ちた目――
「皇帝陛下が気に食わなければすぐに処刑される」
そんな恐怖が帝国中に蔓延していた。
聖女であるセレナ様が処刑されることはないだろう。
それでも彼女の立場には危うさがつきまとっている。
拳を握りしめた。
爪が皮膚に食い込むほど強く。
「くそっ……」
――何もできない自分自身に苛立ちを感じる。
そう思う度に自分が無力であることを痛感させられるだけだった。
【次回に続く】
【第1話】無能と呼ばれ処刑された回復術士は蘇り、無敵の能力を手に入れました