還暦夫婦のバイクライフ 45

夫婦はカツオのタタキを食べに行く

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
 6月に梅雨入りしてからずっと雨に降られていたが、今年は6月27日に梅雨明けしてしまった。
「リンさん、6月中に梅雨明けとか、今までなかったよね?」
「うん。多分なかったと思う。おかげで今度の休みは久しぶりに良い天気になりそう」
「じゃあ、高知まで足を延ばしてカツオ食べに行こう」
「いいわね~。どこに行く?西土佐?ひろめ市場?ビオス?それとも中土佐かな?」
「中土佐はこの前行ったし、ひろめは観光客で埋まってるんじゃないか?朝ドラ好評で、人がいっぱい来てる気がする」
「あ~あんぱんか。じゃあーしばらく行っていないビオスおおがたに行こう。私、あそこのタタキは好きだよ」
ということで、6月29日は四万十市の道の駅、ビオスおおがたでカツオのタタキを食べることとなった。
 6月29日、ジニーは早朝に起きて出発の準備を始める。まずは洗濯ものを干して、それから簡単な朝食を作る。それを食べ終わる頃、リンが起きてきた。
「お早う、暑い?」
「今日は暑いよ。すごくいい天気だ」
「うわ~。できればうっすらと曇ってくれれば良いのになあ」
外を覗いたリンがぼやく。
「それは僕も思う」
ジニーは真夏用の服を出してきた。夏用冷感長袖アンダーシャツに冷感インナーパンツ。夏用ライダーパンツにフルメッシュのジャケットだ。
「このジャケットいつも思うんだけど、夏用なのに重い!」
「プロテクタががっつり入ってるから仕方ないね」
そう言いながら、リンも夏用ウエアで身を固める。二人は外に出て車庫からバイクを引っ張り出す。バッグを取り付けて、ヘルメットを被る。
「ジニー準備出来たよ。ガソリンは?」
「入れていく。暑い!とにかく走ろう」
二人はエンジンを始動して走り始めた。
「ひょ~涼しい~」
ジニーが奇声を上げる。走り出して風を受けると、一気に涼しくなって汗が引いていく。
「何時?9時15分か。少し遅くなったな」
裏道を走り、スタンドに行く。何台か給油中で、しばらく待った。
「珍しいな、こんなに混んでるなんて」
「時間が遅いんじゃない?」
「そうかもね。でも、あんな人がいるからかもよ」
ジニーは一台の車を見ている。その車は狭いスタンドの中で方向転換していた。給油口が逆なのだろう。何度も切り返して悪戦苦闘している。
「これはしょうがないね」
リンも仕方ないといった感じだ。しばらく待ってから給油を済ませ、スタンドを後にした。
「松山I.C.から高速乗って、三間まで行くよ」
「了解」
二人ははなみずき通りを南下して高速道の導入路に入る。ジニーの前を、初心者マークを付けたレンタカーが走っている。動きがぎこちないので、少し距離を取る。レンタカーはゲート前の合流地点でいきなり停車した。
「お~そんな気がした」
ジニーは止まった車を難なくかわし、ゲートに向かう。リンが車の横を抜けながら車内を観察する。
「学生さんチームだね」
止まった車は道の端に移動した。
「ETCカードでも入れ忘れたか?」
「さあ?」
二人はゲートをくぐり、本線に合流した。そこから制限速度で高速を南下してゆく。大洲を抜け、宇和を抜け、三間I.C.で高速から降りた。
「ジニー、道の駅三間に止まって」
「わかった」
二台のバイクは道の駅三間まで走り、駐車場に入る。
「二輪車スペース、無いなあ」
仕方なく普通車スペースにバイクを止める。
「二輪車スペース用意してる道の駅って案外少ないよなあ」
「バイクに悪いイメージ持ってる人たちが、上層部に多いのよきっと」
「リンさん、それは偏見だな」
ジニーが苦笑する。
 売店では、長野県とのコラボ商品が並んでいた。ちょうど漬物が欲しかったジニーは、野沢菜漬と戸隠大根醤油漬を買った。
「三間で長野のお土産買っちゃった」
「いろいろ考えてるねえ」
リンとジニーは売店をぐるぐると見て回る。
「さて、そろそろ動こう」
「そうね」
11時過ぎ、道の駅を出発する。県道38号から県道57号へ乗り継ぎ、鬼北町でR320に乗り換える。道の駅広見森の三角ぼうしの所で右折してR381に乗り、ひたすら走って江川崎でR441へ右折する。
「リンさん、よって西土佐止まる?」
「いや、このままスルーで」
「眠くない?」
「平気」
「じゃあ、行きますよ」
道の駅よって西土佐をスルーして、さらに先へと進む。ここから先は道が狭くなるので、気を付けなければならない。
「ここ走るたびに思い出すけど、何年か前に四万十マラソンに遭遇した時はひどかったなあ」
「マラソン大会するのに交通規制してないんだもん。あれはダメダメだったよね」
「大渋滞で、選手もちゃんと走れなかったんじゃないか?」
「知らんけど」
リンが話をぶった切る。
 狭い区間を抜けた頃から、リンが大あくびを始めた。ジニーがふと後ろを見ると、リンがついてきてない。インカムからリンのあくびが聞こえる。
「リンさん、眠い?」
「何か喋れやあ」
リンの不機嫌な返事が返ってくる。ジニーはふと息をついた。
 四万十市に入る頃に、リンは復活した。土手道から県道333号を左折して、さらにR56へと左折する。道なりにしばらく走って、12時40分に道の駅ビオスおおがたに到着した。
「ふう~、着いた」
「眠かった~」
リンが少々疲れた顔をする。
「カツオカツオ!」
リンが足取り軽く食堂に向かう。その後ろをジニーが続く。入り口の食券販売機の前でしばらく悩み、カツオタタキ定食と、カツオ塩タタキ定食を選んだ。窓際のカウンター席に座り、しばらく待つ。食券番号を呼ばれて取りに行く。
「わあ、身がごついねえ」
リンがにやける。受け取った料理を持って席に戻り、水とお茶も取って来る。
「いただきます」
手を合わせてから、二人は食べ始めた。
「んま~。ジニー塩タタキどう?」
「うまいよ」
「どれどれ」
お互い一切れずつ交換して食べ比べる。
「お、今日の私の口は、普通のタタキだな」
「前は塩ダレがうまいって言っとったよ?」
「きっと体調によるんだよね」
そう言いながらリンはカツオを食べる。
 例によってジニーはあっという間に食べ終わる。
「早いねジニー。ご飯少しいらない?私には多いや」
「うん。ええよ」
「お新香もつけるよ」
そう言ってリンは、残りのご飯をジニーに渡した。ジニーはそれもさっさと食べ終わる。
「ご馳走様でした」
食事を終えて二人は食器を返却し、食堂を出た。それから売店を覗いてお土産を物色する。ジニーは塩ポン酢を早々に見つけて手に取った。
「ジニー塩ポン酢、普通にスーパーで売ってるでしょ?」
「いや、意外と無いんだよね。これと同じやつ」
「同じやつかい。それは確かにないな」
そう言いながらリンは、お菓子を数点抱え込んだ。
 ビオスおおがたではゆっくりと休憩して、14時15分に出発した。R56を高知方面に向けてひた走る。窪川手前でスタンドに寄り、給油する。2台合計14L入った。
「リンさん、ハイオク185円だ」
「そこそこ高いね。ジニーその先の道の駅に止まって」
「わかった。あぐり窪川ね。どしたん?」
「まだ眠い」
「ああ」
給油を終えて、すぐの所にある道の駅に立ち寄る。
「あ~眠い」
リンがつぶやく。二人はレストランに向かい、席に着いた。店員さんに、アイスコーヒーとジンジャーエールを頼む。リンは深く椅子に座り、目を閉じる。
 しばらくして、アイスコーヒーとジンジャーエールがやって来た。リンはコーヒーを取り、ジニーがジンジャーエールを取る。
「ジニーは眠くないの?」
「なんでか知らんけど、近頃バイクで眠くなることはないな。車だとすぐ眠くなるのに」
「それって年のせいじゃないの?常に気を張っていないと危なくて、眠いどころじゃないとか」
「ああ、なるほど。そういう事か」
ジニーは納得したようだ。
 レストランでゆっくりと休憩して、売店でゆず缶チューハイを見つけて一缶買う。それからバイクに戻り、出発準備をした。
「15時40分か。明るいうちに帰れそうだな。リンさん、出るよ」
「ジニーこの先は?」
「七子峠まで行って、県道41号に入る」
「了解」
あぐり窪川を出発して、R56を北上する。しばらく道なりに走り、七子峠手前で左折して県道41号に乗り換える。峠のトンネルを抜けて緩やかに下り、県道319号経由で県道19号に入った。途中工事をしていて、う回路に回る。
「リンさん、こっちの道の方が、本線より走りやすいんですけど」
「まあ、集落を抜ける道だから、整備はされてるよね」
「まあね」
う回路をしばらく走り、本線に戻る。
「この道も早く全面2車線になればいいね。使い勝手がよくなるし」
「私たちが走っているうちには無理じゃない?」
「だよな。10年後にバイク乗ってる自分が想像できん」
あと10年乗れたら、いろんなところの新しい道が走れるんだろうなあと、ジニーは思う。
 県道19号はR197と合流する。その交差点を左折して、檮原方面に向かう。
「リンさん、休憩しなくて大丈夫?」
「平気だよ」
「じゃあ、次は美川の道の駅ね」
「オッケー」
二人は少しペースを上げる。津野町を通過し、新野越トンネルを抜ける。そこから梼原の街並みめがけて下ってゆく。R440へと右折して、街並みをゆっくりと通過する。夕方になったからか、誰も歩いていない。街並みを抜けてペースを上げ、地芳トンネルへと駆け上がってゆく。
「ひょ~涼しい」
「気持ちいいねえ」
トンネルの冷たい空気を充分に堪能しながら、トンネルを抜ける。そこから道はどんどん高度を下げてゆく。ひたすら走ってR33との合流手前で、車列の後ろに付いた。
「リンさん、この先の信号が赤だったら、前まで出るよ」
「わかった」
交叉点の信号は赤だった。二人は車列の前に出る。ちょうどそこで信号が青になったので、ジニーは美川方面へ右折した。
「ああああ~」
リンの声がインカムから聞こえる。ジニーが振り返ると、車列の真ん前でリンが転倒していた。
「おお!」
ジニーはすぐにバイクを路肩に止め、走ってリンの元に向かった。先頭の車から、心配そうに一人降りてきた。
「すみませーん」
ジニーは車に頭を下げてから、リンのバイクを起こした。
「大丈夫?ケガない?」
「大丈夫。びっくりした」
リンはすぐにバイクにまたがり、エンジンを始動する。ジニーはもう一度足止めされた車列に頭を下げてから、自分のバイクに戻った。
信号が青になり、リンが走って来る。ジニーと合流して、先へと走る。
「何があったん?」
「よくわからないや。エンストしてこけちゃった」
「そう。まあ、美川はパスして久万高原まで行きましょう」
「了解」
二人は少し早いペースで走った。途中後ろからBMWが追いついてきて、リンの後ろにビタ付けする。
「リンさん。アホが来た。少しよけよう」
丁度道は直線になった。ジニーとリンは左に寄る。その横を、エンジン全開でBMWが追い越してゆく。しかしすぐ前を走る車列に阻まれて、最後尾の車に突っかかる。
「アホや。そんなに急いでも大して変わらんのに」
車列の後ろで車体を振るアホを見ながらジニーがつぶやく。
「つかまってしまえ~つかまってしまえ~」
リンが呪いをかける。久万高原町の街並みの長い直線で、BMWは強引に追い越しをかけ、ついでに信号も無視して走り去った。
「事故る時は単独でよろしく」
ジニーは願をかける。
 道の駅に止まって、ジニーとリンはバイクのダメージを確認する。
「右ミラーの先に、少し傷がある。カウルは無事か。マフラーに少しの傷がある。でもこの程度なら問題ないね」
「スライダーさまさまやねえ」
「リンさんは?」
「私は平気。足も挟まなかったし。転がった時にヘルメットが地面に当たったかな」
リンはヘルメットの傷を観察する。
「久しぶりだね、コケたの」
「うん、クラッチ握ったのかなあ。でもエンストしたからねえ」
ジニーはリンが疲れているように見える。
「さて、帰ろう」
二人は準備を済ませて、道の駅天空の里さんさんを出発した。三坂バイパスを走り、三坂を下ってゆく。砥部からR33を北上して重信川を渡り、松山市内に入る。天山交差点を左折して市内を抜け、18時丁度家に帰りついた。
「おつかれ」
「お疲れ様」
バイクを車庫に片付け、バッグを外す。それを持って家に入った。
”あんなこけ方は久しぶりだなあ。初心者の時は良く転がっていたけど、今はそんな事なかったのに。今日は朝から眠いと言っていたから、寝不足だろうか”
一人悩むジニーだった。

還暦夫婦のバイクライフ 45

還暦夫婦のバイクライフ 45

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-07-24

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