嗚呼 花の学生寮4 ダンパ 後編

嗚呼 花の学生寮4 ダンパ 後編

ダンパ 後編

土曜日は、朝から、床屋に行くもの、

カッターシャツを買いに行くもの、

靴を磨いたりアイロンをかけたり、

みんなそれぞれ、夜のダンパの準備で大忙しだった。


一平も、一張羅のブレザーにブラシをかけたり、

ワイシャツにアイロンをかけたり、靴を磨いたりと、

なんとなく遠足に行く前の小学生のように、

うきうきした気分でダンパに出かける用意をしていた。


今日だけは、1年生も午後4時から

風呂に入ってもよいことになっていたので、

一平は、4時になったらすぐに風呂に行くと、

中葉がすでに入っていた。



「おい、一平。今夜楽しみだなー、いい女いるかなあ?」

「そりゃ、いるだろうよ、だけど踊ってもらえるかどうかは、わからんな。」

「へへへ、そうだよな、だけどなんとか、引っ掛けられればいいんだけどよ。」


「あのなあ、中葉、おまえ何しに行くんだ?

あんまりガッツイてると根性見透かされて嫌われるぜ。」

と、言いつつ、一平も期待に胸を膨らませていたのであった。



風呂から上がると、一平は急いでダンパに出かける

用意を始めた。

ベッドに寝転がって週刊誌を読んでいた、同室の先輩の森崎が、

「そうか、今日はダンパだったなあー」

と、つぶやいた。



「はい、先輩は行かないんですか?」

一平が尋ねると、

「ば~か!あんなのは、彼女がいないやつらが行くもんなんだよ。」

と、森崎が鼻で笑いながら答えた。



森崎に言われて、一平は

『なーるほど、そうかあ。』

と、妙に納得してしまった。


土曜日の夕方、買い物客で結構にぎわっている大森銀座を、

ネクタイをびしっと締め、それぞれ思いっきりおしゃれをした寮生たちが

三々五々大森駅に向かって歩いていた。


玄関を出ようとしたとき、ちょうど3年の杉巻と中葉がいたので、

一平は、そのままその二人と一緒に歩いていた。


突然、中葉が、杉巻にむかって、

「先輩、持って来ましたよ、あれ。」

と、言って、ニタ~と笑った。

杉巻は、きょとんとして、

「あれって、何だよ?」

と、聞き返した。

「あれですよ、あれ。先輩ー。」


中葉は、何やら意味ありげにニヤニヤしている。

「だから何なんだよ?」

杉巻が、ちょっと苛立って言った。


「ほら、あれ。コンドームですよー。」

中葉は、自分のブレザーのポケットを、ポンポンと叩きながら答えた。

その途端、杉巻と一平は思わずのけぞって噴出してしまった。


「おめェは、バカかァー?」

杉巻は、大笑いしながら、呆れ顔で中葉をどなりつけた。

「俺たちは今から、女買に行くんじゃねえんだぞー、

ダンパに行くんだ、ダンパ!

わかってんのか、おめェー?」


「わかってますよー、でも万が一ってこともありますから・・」

中葉が言うと、

「バ~カ!ねえよっ。 少なくとも、おめェには、絶対ねえよ!」

杉巻は、完全にあきれ返っていた。


それでも、中葉はめげることもなく、

「うふふふ・・」


と、何やらきみの悪い薄笑いをうかべていた。



ビッグバンドの迫力あふれる演奏が、ホールの中に響き渡り、


フロアでは、すでにたくさんの着飾った男女が、ダンスを踊っていた。


「わー、すげー。女がいっぱいじゃん!」

中葉が、よだれをたらさんばかりの、にやけた顔をして言った。


「ホント、おまえは。サカリのついた犬みてえだなあー。」

杉巻がそう言いながら、中葉の頭を手ではたいた。


一平は、初めて聞くビッグバンドの生演奏と、場内にただよう女の子たちの香水の

甘い匂いに、今まで知らなかった甘美な世界に足を踏み入れたような気分になっていた。


「さてと・・オレは松江に会ってくるわ。おまえら、がんばれよ。」

そう言うと、杉巻はさっさとどこかへ行ってしまった。

「じゃあ、一平、女の子に声かけにいくかー。」


やる気満々の中葉の後について、一平は壁際にずらっと並んでいる

女の子たちのそばに寄っていった。


女の子たちは、たいてい何人かのグループで来ているようで、

数人がかたまって、あちこちでおしゃべりをしていた。

「オイ、一平、あの子可愛いじゃん。」

と、言うと、中葉は、4,5人のグループの中の一人の女の子に声をかけにいった。

その子と、二言三言言葉をかわしたあと、頭を掻きながら戻ってきて、

「私踊れませんからってさ。じゃあ、何しに来てんだよ、なあ!」


中葉は、なんか納得できないという顔をして一平に言った。


「まあ、そうめげんなよ。次いこう次。」

一平は、中葉の肩をたたくと、壁際に並んでいる女の子たちを横目で

見ながら、ぶらぶら歩きだした。

薄暗いホールに、ミラーライトの光が交錯し、その中で見る女の子たちは

みんな可愛く見えた。


「一平、今度お前の番な。」


中葉に言われて、一平は、

「おうっ。」

と、自信ありげに答えながら、

『知らない女の子に声をかけるなんて、初めてだなあ。』

と、思った。



ちょうどすぐそばに、壁にもたれてうつむいている女の子がいたので、

一平は、ドキドキしながらその子に


「あのォ、踊っていただけませんか?」

と声を掛けた。

一平は、自分でもコチコチになっているのがよくわかった。



「えっ。」

女の子は、驚いたように顔を上げて一平を見た。そして、

「あっ、はい。お願いします。」

とぎこちなく言って、はにかんだように微笑んだ。


一平は、

『あ、この子だって硬くなってるんだ。』

と、思って少し安心した。

女の子をいざなって、ダンスフロアに向かう一平に、

中葉が、次は自分に代われというような、身振りをしているので、

一平は、バイバイと手を振ってやった。


フロアに立つと、一平は、生まれて初めてこんなに近くで

女の子と向かい合った気がした。


そういえば、中学生のときに踊ったフォークダンスでは、

出来るだけパートナーと離れて、

指先だけが、やっと触れているいう手のつなぎ方をして、

踊ったことを思い出した。

あの頃は、女の子に近づくこと自体が、恥ずかしくて

しょうがなかった。

本当は、近づきたかったんだけど・・・



『あの頃から比べれば、かなりの進歩だな。』

と、一平は思った。



曲が始まった。

ビッグバンドの奏でるワルツの曲に合わせて、

皆が一斉に踊り始めた。

「お願いします。」

と、一平が言うと

「お願いします。」

と、彼女も一平を見つめて言った。



左手で彼女の右手を握って、彼女の背中に右手をまわすと、

彼女の薄いブラウスを通して、ブラのホックの感触が

手のひらに伝わってきて、一平は頭の中がクラクラした。

『うわーっ、やばいなー。立たなきゃいいけど・・・』

一平はあせった。


『これじゃあ、中葉のことを笑えないな。』

と、思った。


「ぼく初めてなもんで、うまく踊れないかもしれないけど・・」

「私も、初めてだから・・」

と、彼女は、恥ずかしそうにほほえんだ。

「じゃあ、ゆっくり練習しながらでいいですか?」

彼女は、こっくりうなづいた。


一平は、教わったとおりにステップを踏み出した。

彼女の足を踏まないように、足元を見つめながら・・・


ただ、足元を見ようとすると、彼女の胸のふくらみが

どうしても目にはいってしまって、

『やばい!、やばい!やばい!』

と、一平は心の中でつぶやいていた。


胸がどきどきしてきて、うまくステップが踏めず、

一平はあせった。

『いかん、いかん。ダンスに集中しないと!』



一平は、妄想を振り払い、


松江の華麗なスッテプを頭の中に描きながら、

『イチニイサン、イチニイサン』

と、心の中でつぶやきながら、音楽に合わせて

一生懸命踊り続けた。


女の子のほうも、ただ足元を見つめて、ステップを間違えないように

そればかりに集中しているようだった。


その細身の身体が、一平のステップに合わせてぎこちなく動く姿を、

とても可憐だと思った。


二人が、お互いの足元ばかりを見つめながら

踊っている姿は、とてもダンスを楽しんでいるというふうには、

見えなかったろう。



一曲目が終わると、すぐに2曲目が始まった。

次は速いテンポのジルバだった。



松江の集中講座では、一平はジルバが一番好きで、

自分でもよく練習したので、

ステップはいい加減だったけれど、

一平は、リズムに乗って女の子をリードしながら

踊ることが出来た。


踊り終えると、額に汗が滲んでいた。

「ちょっと、休みますか?」

と、一平が尋ねると、

「いえ、大丈夫です。」

と、答えて、彼女はそのまま

一平と踊るつもりのようだった。


松江には、パートーナーを変えて

たくさんの女の子と踊ってこいと、

言われていたけれど、

『ま、いいかー、この子かわいいし・・・』

と、一平は思った。



見回すと、向こうのほうで中葉がニタニタしながらピースサインを

よこした。

中葉の前に女の子が立っていたが、その子は、そっぽをむいているように

しか見えなかった。


『なんか、あいつの方が余裕あるなあ・・・』

と、一平は思った。


休憩時間には、会場の外のテラスで、

夜風に吹かれながら、お互いに自己紹介をして

学校のことなど、差しさわりのないことを話した。


会話も、そこそこ弾んで、

『なんかこの子とは、気が合いそうだな。』

と、思った。


彼女も女子大の1年生で、友達に誘われて

初めてダンパに来たのだけれど、もしも誰にも声をかけられなかったら

どうしようと、思っていたらしい。

だから、一平と踊り始めたら、そのままずっと

一緒に踊っていて欲しそうなそぶりを見せていた。


一平のほうも、またドキドキしながら、

他の女の子に声を掛けるのは、ちょっと大変な気が

したので、結局最後まで、ずっと彼女と

ダンスを踊ったのだった。




あっという間に、時間は過ぎてゆき、

ラストダンスを踊ったあと、一平は礼儀正しく、

彼女にお礼を言うと、彼女も、

「ありがとうございました。今夜はとても楽しかったです。」

と、一平にお礼を言った。


『ここで、電話番号を聞かないと・・・』

と、思ったにもかかわらず、一平は、彼女の電話番号を

聞くことが出来なかった。


『なんか下心があるんじゃないか。』

と、思われるのがいやだったのか、

恥ずかしかったのか、自分でもよくわからない。

そして、一平は、そのまま少し後ろ髪を惹かれる思いで、

ダンスフロアを後にしたのだった。


ところが、帰りがけに、駅のホームで電車を待っていると、



彼女が、友人らしい女の子と一緒に、一平のほうに向かって

ホームを歩いてくるのが見えた。

彼女は、一平に気がついて、軽く会釈をした。


一平も、微笑んで会釈を返した。


するとそれに気がついた、友人の女の子が、

彼女の背中を押して、一平のほうに押しやった。


彼女は、恥ずかしがって少し抵抗しながらも、

一平のそばを通り過ぎながら、

「さよなら。」

と、言って一平に微笑みかけた。


電話番号を聞く最後のチャンスだったのに、一平はその時も

「さよなら。」

と言って、ニッコリ笑って手を振っただけだった。



せっかく、神様が、2度目のチャンスをくれたのに・・





日曜日、松江への戦果報告では、

みんな、壁のシミにはならず、それぞれが女の子とダンスを楽しんだようで、

栗田をはじめ、2,3人が女の子から

電話番号を聞き出していた。



結局、一平は、女の子の電話番号さえ聞けなかったが、


中葉は、踊った女の子に片っ端から、

「ホテルへ行きませんか?」

と誘いをかけたらしい。


そう言われた女の子たちは、きっと面食らったに違いない。


ダンスパーティーの会場で始めて会った、

なんとなくスケベったらしい目つきの男に、

ダンスを踊っている最中に、そんなこと言われるなんて、

思ってもいなかったろう。



映画の中だったら、いきなり女の子にビンタ張られても

おかしくないところだけれど、中葉は、誰にもビンタを張られることもなく、

もちろん、誰もホテルについて来ることもなく、

せっかく後生大事に持っていったコンドームは

無駄に終わったらしい。


中葉のことは、大笑いの種になったが、

一平は、なんとなく中葉のほうが、

『自分よりよっぽど度胸があるなあ。』

と、思った。




でも・・・


『それって、やっぱり、だだのバカだろう。』

と、一平は思い直したのだった。

嗚呼 花の学生寮4 ダンパ 後編

嗚呼 花の学生寮4 ダンパ 後編

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-29

Copyrighted
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