
マインドブローイング(mindblowing)
画像 Mukul Parashar(Pexels)
※特定の個人・団体等を支援する意図で書かれた文章ではありません。
すでに5回目の挑戦だった。
敗北の苦みはフルコースで4回味わい尽くした。
あきらめられなかった―それでもなお―あきらめられるほど、器用ではなかった。
1回目の投票では首位になれなかった―そんなことはどうでも―誰もが、人望と利害を同時に抱えて生きていることも忘れて。
決選投票に先立つ5分間の演説に向かう壇上に歩を進める間、会場を包む大きな拍手―期待、応援、儀礼―何度も経験していた。
壇上に上がると正面に向かって一礼。
中央に立つと選挙管理委員長に一礼。
演台に手をつくなり、すぐに話し始めた。
口元にためた息を吐きだすような口調はやや硬く、遅かった。
衆議院議員ノ石破茂デアリマス。冒頭、御正月ノ震災ソシテ先般ノ豪雨、犠牲ニナラレタ方、傷ツカレタ方、ソウイウ皆様方ニ心カラ哀悼ノ誠ヲ表シ、御見舞イヲ申シ上ゲル次第デアリマス。ソシテ今コノ瞬間モ懸命ニ職務ニ当タツテ居ラレル多クノ皆様方ニ、心カラ敬意ヲ表シマス。
一瞬の静けさが流れた。
ネクタイを彩る水色と青色のストライプは日本海の深い水面に重なった。
止まることを知らないカメラのフラッシュが会場の静けさに緊張感を塗り込んだ。
此ノ総裁選挙ニ当タリマシテ、此処マデ来サセテ頂ク事ガデキマシタ。大勢ノ同志議員ノ皆様、ソシテ全国ノ党員党友ノ皆様ソシテ広ク国民ノ皆様方ニ、賜リマシタ御厚情ニ心カラ厚ク御礼ヲ申シ上ゲマス。
いったん下げられた頭が小休止し、再び正面を向いた顔から発せられる言葉は静かに打ち寄せる波のように続いた。
コノ総裁選挙ハ、岸田総理総裁ガ、此ノ自由民主党ニ対スル多クノ不信、ソウイウモノニケジメヲツケル為ニ、自ラ身ヲ引カレタ、トイウ事ニ大キナ要因ガゴザイマス。 岸田総理総裁ガ、三年ニ渡リマシテ内政ソシテ外交ヲ果タシテコラレタ大キナ御功績ニ同志ノ皆様ト共ニ 心カラ敬意ヲ表シマス。総理総裁、誠ニ有難ウゴザイマシタ。
すばやく再び頭を下げた。より深く、長く、まっすぐ前に傾いた上半身の動きから言葉にならなかった切れ端がはみ出た。会場では、何を言っているかとは無関係な様子でシャッターとフラッシュがカメラから放たれている。
私ハ至ラヌ者 デアリマシテ 議員生活三十八年ニナリマス。多クノ足ラザル所ガ有リ、多クノ方々ノ気持を傷ツケタリ、イロンナ嫌ナ思ヒヲサレタリサレタ方ガ多カツタカト思ヒマス。自ラノ至ラヌ点ヲ心カラオ詫ビヲ申シ上ゲマス、ト共ニ、此ノ総裁選挙ヲ通ジマシテ、多クノ事ヲ学バセテ頂キマシタ。共ニ戦ヒマシタ多クノ候補者ノ皆様方カラ、多クノ教エヲ頂キマシタ。政治家トシテノ 生キザマモ教エテ頂キマシタ。総裁選ガオワリマシタ後ハ、本当ニ心ヲヒトツニシテ、日本国ノ為ニ、自由民主党ノ為ニ、共ニ手ヲタズサエ、全身全霊ヲ尽クシタイト思ツテ居りマス。
声のトーンがやや上を向いた。
立候補ヘノ決意ヲ表明シマシタ時ニ、ワタシハ育チマシタ地元ノ神社ノ前デ出馬表明ヲイタシマシタ。 暑ヒ日デシタ。
一瞬、閉じられたまぶたの裏に全ての光景が浮かぶような顔つきを見せた。
モウ今カラ 六十年モ前ノ事ニナリマス。夏休ミデシタ。ソコデ 夏祭りガアりマシタ。今ホド豊カデハ無カツタケレド、ソコニハ大勢ノ人ノ笑顔ガ有リマシタ。今ホド豊カデハ無カツタカモ知レナヒケレド 大勢ノ人ガ幸セソウデシタ。モウ一度 ソウヒウ日本ヲ取リ戻シタヒト思ツテイマス。 オ互ヒガ悪口ヲ言イ合ツタリ、足ヲ引ツ張ツタリスルノデハナク、共ニ助ケ合ヒ、悲シヒ思イデ居ル人、苦シヒ思イデイル人、ソウヒウ人達ヲ助ケ合フヤフナ、ソウヒウ日本ニシテ参リタヒト思ツテ居リマス。
一息ついたあと、自分に言い聞かせるように口調が強まった。
日本を守りたい。国民を守りたい。地方を守りたい。そしてルールを守る自民党でありたい。そのように思い、訴えてまいりました。
声色は太く強くなり、聴衆を自分へ吸い寄せる風が巻き起こす口調が一段と速まる。
日本を守りたいと思います。この総裁選挙の間も様々なことがございました。今のままでいいと私は全く思っておりません。安全保障に長く携わってまいりました。国を守ってまいります。そして、国民を守ってまいります。1人1人が幸せを実感できる。安心と安全を実感できる。もう一度1人1人に笑顔が戻ってくる。そういう日本を必ず作ってまいります。 地方を守っていかなければなりません。どんどんと人口が減っていく、そういう地方であってはなりません。地方を取り戻してまいります。
人差し指を立てた右腕が2度、3度と、文章の継ぎ目で振り下ろされる。
そして、ルールを守る自民党でなければなりません。ルールを守る自由民主党、そして国民を信じる自由民主党でなければなりません。
依然として、何度も右腕が力強く振り下ろされ続けた。正面を向き、直立した体からみなぎる力にはラストスパートが加わった。
国民の皆様方は、なお自民党を信じていないかもしれない―しかしながら私は国民を信じて逃げることなく、正面から語る自由民主党を作ってまいります。勇気と真心を持って真実を語る。そういう自由民主党を、私は同志の皆様とともに必ず作り、1人残らず、同志が来る国政選挙において議席を得ることができますように、日本国のために全身全霊を尽くしてまいります―どうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。
一瞬で満面の笑顔に変わり、早口で締めくくった。
万雷の拍手の中で深く下げた頭がしばし止まった。
再び正面に、選挙管理委員長に、それぞれ一度頭を下げた。
壇上からの降り口を案内する職員の方へ指を向け、ステージを降りて自席に戻る間も拍手は続いた。
マインドブローイング(mindblowing)