
さまざまな足
最近この星にやってきた生き物には驚かされた。二本足で歩いている。
一月ほど前だろう、ずいぶん遠くから飛んできた宇宙船が着陸許可をもとめてきた。
われわれの星では宇宙からきた乗り物が、寄りたいと連絡してきた時には必ず許可を与える。
高度な宇宙船を作れるほど科学が進んだ生物は、必ず高度な知性を備えていることを知っている。昔は、戦争を仕掛けてくるのではないか、我々の星から大事なものをみんな持って行ってしまうのではないかと心配をしたものである。
心配症時代は、やっと隣の星まで飛ぶことのできる宇宙船が作られた頃で、それは数百年ほど前のこと、超光速の宇宙船が作れるほどのなった今、我々の倫理感覚がかわり、宇宙の果てからこれるほど文化の発達した宇宙人なら、相手を傷つけるなど、生命を脅かすような蛮行はできなくなっていると知った。我々と同じようにである。
もう一つおもしろい法則性があった。知性を持った宇宙人たちは大きさが似かよっていた。極端に小さかったり、大きかったりすることがなかった。
我々の星の近くには生命のある星はない。ということは、やってくる宇宙船はとても遠くからきたものである。今までもいくつかの星から来訪者があったが、どの星の人たちも、おだやかで、平和協定を交わして今に至っている。
一月の間、二本足星人の船には宇宙空間にとどまってもらい、その間に情報交換をおこない、言葉の翻訳器などを整えた。その後に着陸許可をあたえる。
ただ問題は、超微細な生き物である。我々は病原体と言っているが、ようするにばい菌が持ち込まれるのだけは気をつけなければならない。
未発達な微生物は、環境が変わると毒になることがある。宇宙人が持ってきた、宇宙人には毒ではない微生物が我が星で毒になるかもしれないわけである。
殺菌防御だけは必須のことだ。
着陸を許可し、宇宙基地に降り立った宇宙船に、検疫官がはいって病原菌の調査を行う。
二本足の宇宙人が乗ってきた宇宙船も、検疫に時間をかけた。相手方もそれを理解し、宇宙船に我々の防疫官がはいって、微生物検査、消毒を行ったのである。
防疫官の報告では、その宇宙船内は微生物の汚染は確認されなかった。それに加え、二本足の星人が、よく歩いてよく手伝ってくれたということだった。
我々、星外通信担当者は、着陸許可を求めてきたとき送られてきた情報から、二本足であることを知っていたが、会った時にはずいぶん驚いた。二本足でバランスをとるなど、我々には無理だ。彼らの船の中での動画が送られてきて、二本足でからだを支え、二本の手を自由に使えるようにして、生活をしているのを見て、賞賛したものである。
そういうことで、直接最初に彼らをみた防疫官の驚きはよくわかる。我々の足は十八本あり、体側に九本ずつある。一番前の二本の足は他の足の指令足で、残りの十六本のうち、八本は通常歩行、残りの八本は早足歩行の時に使われる。超高速の時には全部の足を使う。
体側の肩のところから首を挟んで二本の腕、尻のところから二本の腕があり、四本で背中に物を抱え上げて歩くことができる。
彼らは二本の足でたち、二本の腕の先の手でものをつかむ。体のバランスをとる脳の綿密な機能が発達していなければこうはできない。
今まで、この星に降り立った異星人は、身体の移動を足でやっていたが、一番少なくて四本である。
防疫作業が終わり、彼らが円盤型宇宙船のタラップをおりてきた。頭の部分が楕円球形で感覚器官が全面にある。胴に頭が乗り、左右に長い手が伸びて、胴の下に二本の足がついている。防御服を着ている。
足を左右上下にうまく動かして、我々の星の地上におりたった。
手を振っている。親愛の意味がある。我々も前後の背中にある四本の手を上に伸ばして振る。
どの星でも最初に出会う相手を見たとき、身体から延びている手を見るものである。ひらひらと振って、相手に手の内はなにもない、安心してくださいとの意味になる。
迎賓官が数人、タラップの下に待機して、全員降りるのを待った。
降りてきたのは全部で八人、たったこれだけの人数で、あの大きな宇宙船にのって、何十光年離れた星からやってきたのだ。
彼らは、身体に防御服らしきものをつけているが、頭の部分にヘルメットはなく、呼吸装置もつけていない。この二足星人は、酸素呼吸で、我が星の大気が無害だとはあらかじめ情報解析でわかっているわけだ。
顔の部分には単眼が二つ、真ん中にとがった呼吸装置でもあり、嗅覚装置の鼻がある。その下には栄養摂取の口があり、酸素吸入とコミュニケーションの重要な装置だ。我々は複眼、呼吸は身体の脇の呼吸孔、口で肉をかむが、声は触覚をふるわせた空気振動による。
彼らは、呼吸は問題なさそうだが、動きは緩慢だ。船内とは違う。我々の星の重力が彼らの星とは異なりだいぶ強いのである。すなわち彼らにとって体が重いことだろう。足が二本しかないこともあり、彼らの星の三倍ある重力が、彼らの動きを鈍くさせている。
迎賓庁の長官が、二本足星人の長と、言葉の変換器を通して挨拶をしている。
やがて、彼らは、車に乗り、宇宙空港に隣接する外星人迎賓ホテルに運ばれていった。
そこで、我々の星の長である、大統領との会見をすることになる。
われわれは自分の星を陸球と呼んでいた。彼らは自分の星を地球といっている。送られてきた彼らの故郷の星の様子を見ると、自然環境がかなり似かよっている。
違うところは、我々の星の表面には水が少ないが、彼らの星の表面は多くの水で覆われている。その水は塩化ナトリウムを多く含んでいる。我々陸球の湖は塩化ナトリウムを含んでいない。我々の星の地下には至る所に湖があり、その水が地表を覆う土に湿り気をもたらし、植物が繁茂する好条件を作りだしている。
環境の為だろう、進化の方向は似ていたのだが、頂点にたった動物の違いが生じ、生き物の多様性のあり方にも違いができた。いろいろな生き物がいることはどちらもだが、我々の星には、地下湖の発達のために植物の種類がとても多い。地球にも植物は多い、だがそれよりも何千倍もの植物がところせましと生えていて、とても大きい。我々昆虫から派生し、植物の下で生活をしているのである。
端的にいえば、我々は虫が頂点となった生き物だが、地球人は、四本足の獣が二本足に進化して頂点になったわけだ。
我々の星にも四つ足の獣はいる。その動物たちは我々より小さく食料となる。我々の大事な動物淡泊源であり、どれも味がよい。その中でも、希少価値の高い猿という種類がいる。四つ足なのだが、どの足ででも物をつかむことのできる器用な動物だ。四つ足で歩く動物の中では一番進んでいるが、ストレスに弱く養殖がむずかしいので、山からとってくるのだが、途中で死んでしまうことが多い。狩猟には政府の許可が必要である。
料理をするのも、特別料理の資格を必要とする。
私は迎賓館の館長であり、特別料理人を指導する資格も持っている。
外星人がくるときには、私も宇宙基地の分析センターで、相手の星の情報解析に加わり、訪ねてくる宇宙人に適した、喜ばれる歓迎の用意をする。そういうこともあり、身体の構造はもちろん、言葉、食事、習慣などを、情報解析官とともに学ぶ。その上で、迎賓館で、大統領を交えた歓談の宴席を考えるわけである。
今回は茸類をそえ、メインは猿のエンブリオ料理にした。この料理は大統領ですら、年に一二回しか食べることができない。たまたま今回は、猿を数匹捕獲できた作ることができた。
どの猿も腹に子をもっている。しかも多胎猿であり、一匹に十数匹の子供がいる。大統領と夫人、迎賓庁長官夫妻、八人の異星人に二匹以上のエンブリオをふるまうことができる。
彼らは迎賓館の宿泊部屋に通され、夕方に食堂にくる。
大統領たちは少しはやめに食堂に現れた。正装をしている。首に大統領であることを示す、白い布がまかれている。我々の正装は首に自分を示す布を巻くことで、身体に鼻にもつけてはいけない。
地球の人間が入ってきた。
防御服をつけたままである。八人の異星人のうち、四人は二本の足を包む防御服をつけているが、四人は二本に分かれていな布をつけている。その中の一人はずいぶん腹部が大きい。
大統領が立ち上がって、翻訳機を使い歓迎の挨拶をして、彼らの船長がお返しの言葉を述べた。
席について、まず、陸球でもっとも高貴なフルーツを発酵した飲み物で乾杯した。
彼らは大変おいしいと喜んで、地球でワインという飲み物であることを言った。我々の星でも、様々な果実でこの飲み物、発酵水をつくる。
その後、料理人が腕をふるった料理を出した。植物料理はこれまた地球人たちは喜んだ。
いくつかの料理がでた後は、メインディッシュである。あの猿の胎児の踊り食いなのだが、異星人にとって、生はからだにあうかどうかわからない。そこで、蒸した物を用意した。
大皿の上に、蒸し上げられたピンク色の猿の胎児が積み上げられ、テーブルの上に出された。四本の足から湯気があがっている。
地球人のお腹の大きい一人が、それを見て、きゃあ、と叫んだ。
きっと、感激の声だろうと思った。
その地球人は椅子からひっくり返ると、床に上向けに倒れてしまった。
すぐさま、長い布をはいた三人の地球人が立ち上がって近寄ると、倒れた地球人の下半身を覆っていた布をもちあげて、一人が二本の手をなかにいれた。
二本足でかがんだまま動くとは、よく倒れないものだ。
地球人同士でなにやら叫びあっている。
船長が翻訳器をつかって、「子供が産まれてしまった、温かい水をください」といった。
すぐさま私は、湯をテーブルの上に用意するように係りの者にいいつけた。
その上で、私は手にもっていた大きなナプキンをテーブルの上にしいた。湯の入ったボウルを載せるためである。
倒れた地球人の布の中から、子どもをとりだした。
「おぎゃー」と生まれたばかりの地球人は声を上げた。二本の足と手をばやばやさせている。
二本の足の間から子供が生まれるようだ。
手助けをしていた地球人は、子どもを持ち上げると、私が敷いたナプキンの上に載せた。
お湯が運ばれてきた。
地球人は、湯の中に生まれたばかりの子どもを入れると洗った。
私が新たにナプキンをテーブルに敷くと、その上に子どもをおいた。
子どもは手足をうごめかしている。
大統領をはじめ、出迎えた我々は、地球人の赤ん坊を見て複眼を膨らませてみつめた。
大皿の猿の胎児とそっくりだ。
わたしは、不遜にも、うまそう、と思ってしまったのだ。
大統領だってそう思っているに違いない。
さまざまな足