僕が死んで約6年、君に出会えた

僕が死んで約6年。君と出会えた。

僕がこの世を去ったのは桜が芽吹く出会いと別れの季節。春だった。
同級生が、今年で大学を卒業するという時期に僕は一人、部屋で酒を飲んでいた。
このところ一週間はこのまんまだった。趣味で溜め込んでいたお酒もそろそろつきていた。
不安と恐怖を紛らわすために普段では考えられないような量の酒を無理矢理、胃に流し込む。
なんで僕がこんな思いをしなくちゃならないんだ。
僕は一週間前大きな事故を起こしてしまった。人を一人、車で轢いてしまったのだ。
新入社員の歓迎会の後の飲酒運転が原因だった。
だが、このところの俺は、
『あの夜、僕の頭は冴えていたはずだ。あの事故はあいつがいきなり飛び込んできたのが悪いんだ。
なんであいつのせいで僕が警察になんか怯えないといけないんだ。全部あいつが悪いんだ。』
と逃げるようにして思い込んだ。
本当は気づいているのに。あの夜、信号が赤だったのを軽い気持ちで無視したんだ。
だから、悪いのは自分なんだ。あの子はなにも悪くない。

僕が自殺したのは、この日の夜だ。

目を覚ましたとき、目が痛くなるような真っ白な天井がそこにはあった。
「ようやく目が覚めましたね」
右の方から突然聞こえてきたのは聞いたことのない女の声だった。
僕は、彼女の顔を見ようと仰向けの状態から首だけ傾けようとする。
「うっ!」
首が激しく痛んだ。首に手を当ててみる。首の回りをぐるっと一周痣のようなものがかこんである。
そうか、そうだった。俺は首を吊って死んだんだったな。思い出しても頭が痛くなる。
あのとき、ライトで一瞬目に入った少女の顔が目に浮かぶ。
「大丈夫ですか!?」
女が俺の顔をのぞいてくる。
次の瞬間僕は表現できないような叫びをあげた。

彼女は、僕が車で轢いてしまった女だったからだ。

彼女はすごく慌てた様子で、
「ど、どうしました!?」
と聞いてくる。
「…大丈夫……もう、大丈夫だから」
僕は体を起こして彼女にいった。
「本当に、大丈夫ですか?」
慌てる彼女を見て、僕は諭すように、
「大丈夫だから」
というと、彼女は少しムスッとしたような表情で、
「わかりました、けど無理はだめですよ」
と僕に投げかけた。この様子だと僕が自分を轢いた本人だと気づいてないらしい。
額に汗が流れているのがわかる。呼吸はようやく落ち着いてきた。
いろいろ聞きたいことはあったが、まず僕は、
「ここは、どこなんですか?」
と問いかけた。すると彼女は難しい顔をして、自信のない声でこうつぶやいた。
「天国、じゃないですかね?」
僕は周りを見回してみる。6畳くらいのドアも窓もない真っ白な部屋にベッドがふたつ。
この様子からしたらもう片方のベッドは彼女のものらしい。
そしてひとつぽつんとおいてある、白い正方形の箱。想像していた天国とは全く異なる部屋だった。
そもそも人を殺した俺がいくべきなのは地獄のはずなのに。
それから彼女にいろんなことを教えてもらった。

自分も起きたらここにいたということ。
最初はベッドがひとつだけだったが、ここにきて一週間後に起きたらベッドがもうひとつ増えていてそこに僕が寝ていたということ。
そして僕が一番興味を持ったのは白い箱のことだ。
僕が最初あけたときには、なにもなかった。すると彼女は、
「次は自分が欲しいと思ったものを頭の中に思い浮かべてあけてみて」
と僕になげかけた。そういえば、起きたときからなにも口にしていない。
僕は、なにか食事をとりたい。僕の好物の鳥の唐揚げを頭に思い浮かべ、箱を開けた。
するとそこには、出来上がってすぐのような唐揚げがいくつか皿にのってでてきた。
唐揚げだけではさみしい。ご飯もほしい。そう思い浮かべて箱を開ける。
だがそこにはなにもなかった。
そこから彼女は説明を続けた。この箱は1日1度しかつかえないということ。
そもそもここでは、食事を摂らなくても生きていけるということ。
僕は、説明を受けながら唐揚げを口に運ぶ。味はするがおなかが満たされることはなかった。
さらに彼女は説明を続けた。この箱から出てきたものは1日の終わりとともに消えてしまうということ。
1日の終わり、次の日の始まりには鐘の音が響くということ。

それから、彼女のこともいろいろ教えてもらった。
彼女の名前は、佐藤秋音(さとうあきね)というらしい。
住んでいたところを聞いてみたら、僕の住んでいたアパートのすぐ近所だった。
なんで死んだのかも教えてくれた。案の定彼女は僕が殺してしまったらしい。
それの犯人は僕なんだと言ってしまおうかと思った。
いって楽になってしまいたかったのかもしれない。それに一刻も早く謝りたかった。
でもできなかった。これからずっと同じ部屋に住もうという人間にばらしてしまったら、こんな風にはもうはなせないかもしれないから。


説明が終わると、つぎは僕が質問に答える番だった。年齢や、住んでいるところ、通っていた大学。
そして、自分が死んだ原因。僕は正直に自殺と答えた。
彼女は僕がなぜ自殺したのか聞こうとはしなかった。
僕もこのことを言ってしまったら彼女にこのことはいいたくなかった。
そこからは、お互いの住んでいるところの特徴などの話で盛り上がった。彼女とは気が合うようだ。
そこから僕ら二人はずっと話していた。時計がないから正確な時間はわからないがこんなに人と話したのは初めてだった。
毎日なにを話しても話題がつきることはなかった。暇なときには毎回、白い箱から将棋盤と将棋駒を出して一日中たたかったりしたりした。
ある日僕は彼女にこんな質問をしてみた。
「僕たち、いつになったらここを出られると思う?」
すると彼女はこういった。
「おばあちゃんが昔いってたんだ。人間は死んだらすぐにどこかで生まれ変わるんだって。
でも私たちが生まれ変わってないってことは、前の人生から次の人生に移る前にしないといけないことがあるってことじゃないかな?」
僕の方が彼女より年上なのに彼女は僕より物知りだったりする。
「それって、前の人生に未練があったとか、そういうことかな?」
「そんなこと私に聞かれたってわかんないよ」
そんな言葉をかわした後、僕らは将棋を再開した。
ぼくが彼女のことを好きになるのに時間はかからなかった。


僕らは今まで、鐘の音がなるたびに、ベッドの柱に将棋の駒で傷をつくりきざんできた。
それを数えてみるともう三年近くここにいることがわかる。
三年も話して、三年も将棋をしてよく飽きがこないなと我ながらあきれる。
三年も立っているのに、俺の容姿も彼女の容姿も全くかわることはなかった。
そうか、三年か。本当なら彼女は子供もできて幸せな家庭をきづいてたのかな。
そんなことを考えたとき、心から申し訳ないと思った。
自分の注意力が足りなかったがために、彼女の華々しい人生は幕を閉ざされたのだ。
自然と涙がこぼれてきた。涙がとまらなかった。
「ど、どうしたの?」
突然の涙に驚いたのだろう。僕は彼女にすべて話そうと決意した。
彼女が誰に殺されたのか。なぜ僕が死んだのか。

すべて話し終わっても、彼女への申し訳ないという気持ちがつきることはなかった。
彼女は驚く素振りも見せず、目にいまにもこぼれおちそうな涙を浮かべて、ほほえみながらこういった。
「知ってたよ、最初から」
僕は驚きを隠せなかった。じゃあ今までの彼女は、そんな相手に優しくせっしてくれてたのか。
「僕が、憎くないのか?」
自然とそんな言葉がでていた。
彼女は落ち着いたゆっくりとした口調で話始めた。

「最初はもちろん憎かったわ。だから白い箱の仕組みに気づいたとき、私はこう願ったの『私の生きていた世界の様子をみせてほしい』って。
私を殺した相手がどんな人間だったのか知りたかったの。そしてあけてみて中に入ってたのは小さいおもちゃのような望遠鏡だった。
その中をのぞいたときに見えたのはお酒に囲まれた汚い部屋よ。その中にあなたがいた。私はそれを見たとき悔しくてたまらなかったわ。
なんでこんな人間のために私が死ななきゃいけないのって。でもね、望遠鏡をずっと見てたら気づいたの。あなたが泣きながら呪文でも唱えるかのように
、ごめん、ごめんってつぶやいてるところ。あなたがロープで首を吊るところも見た。このときには、私の中に死んだばかりのころの気持ちなんてもうなくなってたわ。
むしろ反省したくらいよ。だからあなたがここにきたときから、憎んでなんていなかったわ。それに、」

なぜかここで言葉をとめた。そして、涙をぽろぽろこぼしながら続けた。
「ここであなたと話してるうちに好きになっちゃったしね」
僕は気づいたら彼女の体を抱きしめていた。
「ありがとう。ほんとうにありがとう。僕も好きだよ。
そして、本当にごめん。」
彼女からも僕に抱きついてきた
「ううん、いいの。こっちこそ、ありがとうね。」
彼女がそういい終えたとき、突然眠気が襲った。全身の力が抜けていく。彼女は、それにきづくと耳元でささやいた。
「あなたが死ぬ瞬間に思ったことって、私に謝りたいってことだったんじゃない?」
そうだ。僕は、彼女に謝りたくって自殺したんだ。
「じゃあ、未練がなくなった僕は、いなくなってしまうのかな?」
彼女は軽く首をふってこういった。
「ううん。あなたはここで一度しんで生まれ変わるの。元の世界でね。だから、私たち、もう会えなくなるね。」
僕は唇を噛み締めた。せっかく思いが通じ合ったのに。彼女の涙が僕の肩に落ちていく。
「しかたないよ。こういう運命だったんだよ。」
「また、会えるよな?」
「きっと、ね。」
その最後の言葉を聞いて僕は深い眠りに落ちた。


小学校の入学式。初めて会う友達、初めての学校、初めての教室に胸を躍らせ、教室のドアを開ける。
誕生日の順番に左から右へと席が並ぶ。ランドセルを机においていすに腰を下ろす。

「はじめまして。よろしくね。」
右となりの席の人に話しかけられる。たのうえ さき。名札にはそう書いてあった。
その子の顔を見て返事をする。
「こっちこそ、よろしく。」
初めてのはずなのに懐かしい感じがした。

僕が死んで約6年、君に出会えた

一応解説を書いておきます。
白い部屋には、なにか未練を持った人たちが集まります。
男は『少女に謝りたい』、少女は『男が死んでほしい』と未練を残したままこの世と別れを告げました。
最後に男は少女に謝り、未練がなくなったため白い部屋で死に、また新しい命としてこの世に生まれ変わります。
また、男が死に、少女の未練はなくなり、男の後を追うように白い部屋で死に、この世に生まれ変わります。

生まれ変わった二人は小学生になるまで育ち、二人は前の記憶を持たないまま、再会を果たします。
一応これでタイトルは回収したつもりです。

読んでくださり、ありがとうございました。

僕が死んで約6年、君に出会えた

交通事故で死なせてしまった相手とどこかもわからない場所で再会した。 そんな二人だけの物語です。

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更新日
登録日
2013-01-29

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