嗚呼 花の学生寮3  ダンパ 前編

嗚呼 花の学生寮3  ダンパ 前編

昭和時代の学生寮で繰り広げられる寮生たちの日々の生活を、
ひとりの寮生の目から見た青春小説。当時の学生たちの実態を垣間見る
エピソードの数々。がんばって書き続けたいと思いますので、よろしくお願いします

ダンパ 前編


「娯楽室集合ォーッ!」

と、誰かが大声で怒鳴る声が聞こえた。

まだ、午後9時である。

こんな早い時間に娯楽室集合がかかるのはめずらしい。

『今日はいったいなんの理由でしごかれるんだろう』

と、思いながら、一平が、

急いで娯楽室へ飛んで行くと、

集合をかけたのは3年生の松江だったようで、

彼ひとりが正面のイスに座っていた。



西洋大学舞踏研究会の主将である松江は、

スラリとした華奢な体格の、

目鼻立ちがすっきりしたヤサ男で、

いつもビシッとした髪形をしていた。


松江が、今まで1年生のしごきに参加したことはなかったので、

一平は、

『めずらしいこともあるな、どうしたんだろう?』

と思いながら、

「失礼しますッ!」

と、いつものように大声で挨拶して正座しようとした。


すると、

「おお、いいよいいよ正坐しなくて。」

と、松江が言う。

一平が戸惑っていると、他の1年生も大声で挨拶しながら、

ぞろぞろ娯楽室に入ってきた。


1年生全員が揃うと、松江が

「よし、みんな立ったままでいいからそこへ並べ。」

と、言ってみんなを4列に整列させた。

一平が、ビンタでも張られるのかなと思って歯をくいしばっていると、

松江が、

「今日はおまえ達にダンスを教える。」

と、言った。


一瞬にしていつもの緊張感が薄れ、

「エッ?」

とか、

「へへッ・・」

とかいう声が1年生の間からもれた。


「来週の土曜日、ダンパがあるからお前達にぜひ来てもらいたい。

パーティー券は1000円だ。それで、今日から1週間特訓をやる。いいな!」

と松江は、有無を言わせぬ勢いで一気にまくしたてた。



栗田が、

「先輩、ダンパってなんスか?」

と、尋ねた。

松江はゲラゲラ笑うと

「ダンスパーティーのことだよ。

今度のやつは、都内の大学のダンス連盟が主催して開くダンスパーティーだから、

会場はでかいしバンドは一流だし、女の子はいっぱい来るし、

お前達ビックリするぜ。」

と、言った。


「ウヘーツ、女と踊るンスカァ?」

と栗田が素っ頓狂な声をあげたので、

みんなドッと笑ってその場の雰囲気はいっぺんになごんでしまった。


「先輩、ダンパへ行くと女が引っかかりますか?」

と中葉が、ニヤニヤしながら尋ねた。

松江は、ちょっと呆れ顔で、

「バーカ、おまえらはすぐそういうスケベ根性だすからなァ・・

でも、まあ、女の子と知り合うには絶好のチャンスだわな。

だけど踊れなきゃしょうがないだろう。」

と、言うと、



「それじゃ、まずワルツから教えるから。

えーっとこの列とこの列は女役な、

二人一組になって…こうやって腕を組んで…」

と、松江は、馴れた様子で指示を出してゆく。


「うえー、男相手にダンスかよー。」

「気持ちわりィー。」

と、娯楽室の中は、いっぺんにワイワイガヤガヤとざわつきだした。

みんな相手と組もうとするのだが、

お互い噴出してしまって、ダンスどころではない。



「こらァーツ。いいから言われたとうりにやれーツ!」

松江の一喝で、みんなあきらめて男同士、手に手をとって、

ダンスのレッスンが始まった。


一平と組んだ栗田が、

「女と踊る前に男と踊らなきゃなんねェなんて、こりゃマンガだべェ。」

と、北海道弁丸出しで言った。

その言い方が、あまりおかしかったので、一平は大笑いしてしまった。

『こんなかっこう、親が見たら嘆くよなァ。』

と、思ったが、しごき室と化していた娯楽室が、

今夜だけは、和やかな雰囲気に包まれていて、

一平はなんとなく嬉しくなった。



「まず、壁に向って45度に立って、ワルツは3拍子だからァ、

右足からズンチャツチャ、ズンチャツチャと

ステップを踏んでェー、こういう感じでな。」

と、松江は、ダンスなど見たこともなければ、やったこともない

一平たち1年生に見本を見せるため、一人で踊り始めた。


松江は、まるで機械仕掛けの人形の様に、上半身は微動だにせず、

流れる様に娯楽室の中をクルクルと踊り続けた。



一平は、最初、たかがダンスとたかをくくっていたが、

『こりゃあ、一週間でモノにするなんてできっこないなあ。』

と思った。

「よーし、やってみろー。ハイ!イチ、ニッ、サンッ!。」

松江の号令のもと、みんなドタバタと練習を開始した。


まず、ワルツのステップを覚え、それからペアになって

やり始めたのだが、女役になった方が、ステップが反対になるので、

頭がこんがらがってしまい、あっちでも、こっちでも、足を踏んだの

踏まれたのと大騒ぎになった。


最初は戸惑っていたみんなも、だんだんと慣れてくると、

それなりに楽しくなってきて、みんな一生懸命にスッテプを

憶えようとしていた。



教える松江のほうもテンションが上がってきて、

結局、その夜の練習は午前0時過ぎまで続いたのだった。




翌日、一平は体のあちこちが痛くて、

ダンスが結構きついスポーツだということを思い知らされた。

それでも、ダンスの練習が始まって、一平の心は

なんとなくウキウキしていた。



ダンスの練習も3日目、4日目と回を重ねてくると、

みんなそれなりに格好がついてきて、

踊ることが楽しくなってきたようで、

中葉などはもうすっかりダンスにはまってしまい、

毎回一番乗りで練習にやってきた。


練習は、和気藹々と毎晩続けられた。


1週間でひととおりダンスを教え終わった後、

「とりあえず、今回の集中講座で教えた、

ワルツ、ジルバ、マンボとチャチャチャ、

この4つを覚えておけば何とかなるから。

あとは現場での実践次第だ。わかったなー。」

と、松江が言うと、

「はいっ!」

と、全員が大きな声をあげた。

みんなやたら元気がいい。

このときは、もうこれで、女を引っ掛けたも同然と、

全員が大きな勘違いをしていた。



「おまえら、やたら威勢がいいけど、

当日壁の花になんかなるんじゃねえぞー。

あ、おまえらだったら壁の花じゃなくて、

壁のシミだなあー、わははは!」

と、松江は自分のジョークにご満悦の様子で大声で笑って、

「じゃ、今から女の子に声をかける練習をしよう。」

と、言い出した。

女の子役の連中が、壁際に立ち声掛けの練習が始まった。



「まず、最初に言っておくが、おまえらに

相手を選り好みするなんて芸当は10年早いからな!

とにかく、誰でも言いから踊ってくれる相手を、

ダンスフロアに引っ張り出すことだけに専念しろ!

じゃあ、阿垣、おまえやってみろ。」



いきなり指名されて、一平はちょっとテレ笑いを浮かべながら

女の子役の山野に、

「踊ってもらえませんか?」

と、声をかけた。

すると松江が、

「ダメダメダメ!そんなんじゃあー!

おまえが照れていてどうすんだよ!

もっと堂々と行け、堂々とぉー。」

と、厳しい声で言う。


一平は気を取り直して、背筋を伸ばすと、

今度はまじめな顔をして、もう一度山野に

「あの、踊っていただけませんか?」

と、言った。

すると、山野が、

「いいですわよ~」

っと、女形のようにシナをつくって答えたので、一同大爆笑になった。


「こらあ、山野!おまえ、すぐにOKだしてどうすんだよ、
練習にならんだろうがあー!」

と、すかさず松江のどなり声が飛ぶ。


「踊っていただけませんか?」

「私、踊れませんから…」

「ぼくも踊れないんで…」

「え、じゃあどうします?」

などと、とんちんかんな会話になってしまったり、



「踊っていただけませんか?」

「結構です。」

「え?なんで?」

「あんた、好みじゃないから・・」

などと、ふざけた会話をかわしたり、

そうやって、延々と声かけの練習は続いた。


「こらあ、中葉!そんなスケベったらしい顔して声かけたら、

だれも相手してくれねえぞー!」


「栗田、おまえは金玉ついてんのかあ?

もっとでっかい声ださねえと、当日はバンドの音で

なんも聞こえんぞ!」


「おまえら、明日はダンパデビューなんだから、

とにかく恥ずかしがらずに、片っ端から声かけて、

できるだけたくさんの女の子と踊って来い。

戦果は日曜日に聞くからなー!。」



松江に怒鳴られながらも、みんな結構楽しそうに、

声かけの練習に励むのであった。


こうして、ダンパ前夜はシンシンと更けていった。


1年生にとって寮生活は地獄だけれど、

時には、このようにばら色の光がさす事もある・・・

嗚呼 花の学生寮3  ダンパ 前編

嗚呼 花の学生寮3  ダンパ 前編

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-29

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