DREAM INCUBATION

エピローグ ――百鬼夜行――

 
 
  愛欲がらみの犯罪を立て続けに見せられると、恋愛という、一つ一つ
  が特別で一回限りと思われるものが、実は誰にでもどこにでもいつで
  もあるごくごく陳腐なものだと思い知らされる。

  (中略)

  「明日が来るのがこわいの」と泣きながらすがりつく夢は、日曜日の
  ようなもの。
  月曜日はその後必ず来る。そのような夢は日常の中で、日常を送るた
  めに癒し手として用意されたものであり、日常の一部分に過ぎない。

  目覚めなさい。
  現実から目覚め、「私」から目覚めなさい。
  もっと深く夢見たいのなら。

  (二階堂奥歯『八本脚の蝶 2001年10月25日(木)』)



 夢から目覚めるとは、つまりこういうことだったのかもしれない――私は読みかけの本を閉じて、端月(はずき)との出会いを思い出す。

 封月(ふうづき)端月。
 彼女はあの夜、百鬼夜行の『姫』だった。

「ねぇ、端月」

「はい、なんでしょう?」

「端月はさ、四年前のこと覚えてないんだよね? 集団幻覚の日のこと」

「……(あかり)さんと出会ったあの夜ですよね……それが、なんにも覚えてないんです」

 彼女はそう言ったきり、ほんの数秒、目を伏せて沈黙した。
 思い出そうとしているのか、それとも思い出したくないのか――私には分からなかった。

 ややあって、端月の瞳が私に向き直る。

「はは……困っちゃいますよね」

 細い眉毛が弱々しい線を引く……困り笑いが不思議と似合う人だった。

 極微細コンピュータ――通称『浮遊バクテリア』の暴走によって引き起こされた『世界同時多発集団幻覚(E.V.E.N.T.)』。それは四年前に発生した未曾有の大事件であり、史上最大の人為災害である。

 あらゆる場所、あらゆる時間、あらゆる人種を超えて、世界中の人間が夢と現実の境界を彷徨うこととなった……かつてない夜だった。
 そんな忘れられるはずがない日に、忘れられない出会いをしたというのに……。

「私だけ、か……」

 一人呟いて、机に身を預けて寝そべる。後ろでは端月が台所へ戻る足音。日曜の夜。

 手元に持った本の表紙をぼんやりと見つめ、私――鐙瀬(あぶせ)(あかり)――は心の中でもう一度呟いた。

 ――私だけ……私だけが、あの夜を覚えている。

 日本では『霊素可視化現象』とも呼ばれている一連の騒動。きっと誰に聞いても夢か幻に記憶をかき回されてしまって、「覚えていない」と答えるのかもしれない。

 しかし、彼女だけは異質だった。
 封月端月は『幻覚』の中心に居た。

 夢に意識を奪われて誰も彼もが道に倒れる中、端月は百鬼夜行を率いて街を歩いていた。
 魑魅魍魎の祲気(しんき)を束ねる姫――それが、彼女に対して私が抱いている第一印象だった。


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注釈:世界同時多発集団幻覚(E.V.E.N.T.)―― Electromagnetic(エレクトロマグネティック) Viral(バイラル) Emergence(エマージェンス) of Neural(ニューラル) Transduction(トランスダクション)の略称。

DREAM INCUBATION

新しく描き始めました。
せっせと続きを書いている真っ最中なので、ゆっくりお待ち下さい。

DREAM INCUBATION

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更新日
登録日
2025-07-08

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