【「僕は友達が少ない」二次小説】『つり橋効果で友達ゲット作戦』
「僕は友達が少ない」の二次小説です。
キャラ崩壊なし。原作の雰囲気を壊さないように書いています。
後悔はさせませんので、ぜひ読んでみてください。
【はがない】つり橋効果で友達ゲット作戦
いつも通りの放課後。
俺と夜空はいつも通りクラスメイトの誰とも会話することなく一日を終え、二人で隣人部の部室に向かった。
これもいつものことだが、俺と夜空が並んで歩くと向かいから歩いてくる奴らが大名行列に出会った町民のようにささっと道をあける。
他の生徒が廊下の隅を小さくなって歩いている横を、俺と夜空は肩で風切るように歩いていく。
いや、別にそういう風に歩いているわけではなく、他の生徒が縮こまっているから相対的にズカズカ歩いているように見えるだけなのだが、はたから見たら威圧しているようにしか見えないだろう。
こんなんだから友達できないんだよなあ……。
夜空に気付かれないように溜息をつく。俺は鰯の群れのように集団に溶け込みたいのだが、意に反して鮫のように周囲を怯えさせてばかりいる。
しかも恐いのはこの状況に自分が少しずつ慣れてしまっていることだ。
いかんいかん。普通の学園生活はこんなものじゃないんだ! と胸の中で自分に言い聞かす。
その時だった。目の前の廊下の窓ガラスが、突然バリンとひび割れた。
「きゃっ!!」
数人の女子の甲高い叫び声が響く。
突然でビックリしたが、俺は素早く状況を把握した。
えーと、窓の外にグローブを持った男子が二人。こちらに向かって駆けて来る。
おそらくキャッチポールをしていて取り損ねたボールが飛んできたのだろう。
窓はひびが入っただけで割れてはいないから、ボールは外に跳ね返ったようだ。
廊下にはガラスの破片も飛び散っておらず、これ以上の被害は無い。後はあの男子二人が先生に怒られて終いだ。状況把握完了。
傍らに目をやった俺は、ひとつだけ把握できていなかった事実に気が付いた。
夜空が俺の腕にしがみ付き、怯えた表情で割れた窓を見つめていた。
気丈な夜空らしからぬ、か弱い少女のようなその顔は……思わず抱きしめて「もう大丈夫だ!」と言ってあげたくなるくらい可愛らしかった。
さっきの叫び声のひとつはやたら近くで聞こえたけど、あれ夜空か? あんな高い声出るの?
窓を割った犯人が隣の開いていた窓から顔を出し、「すいません! 怪我なかったですか?」と謝った。
夜空はそれでやっと状況を把握したらしく、自分がしがみ付いている「何か」に気付いた。
ん、何だこの丸太のようなものは? どこにつながっているのだ? そんな顔で視線を上へとやる。
俺と目が合って初めて俺の腕だと気付くと、慌てて絡めていた腕を離した。謝りに来た男子をキッと睨みつける。
「バ、バカモノ! 気を付けろ!」
微かに赤い顔で上級生っぽい男子を叱り飛ばす。そいつは後ろに立つ俺の顔を見て「ヒッ!」と青くなり、逃げるように……いや、文字通り逃げていった。悪名高いヤンキーの女を怒らしてしまったとでも思っているのだろう。
またこれで尾鰭のついた噂が広まるんだろうなあと嘆きつつ、俺と夜空は再び部室に向かって歩き出した。
「なあ夜空、さっきの……」
きゃっ!はお前の声か? と聞こうとしたのだが、夜空は顎に手を当て何か考えているようで、俺の声は耳に届いていなかった。
☆
「つり橋効果を利用しない手はないと思う」
隣人部の部室に入るなり夜空はそう言った。
部室には星奈、幸村、理科、小鳩が揃っていて、それぞれわざわざ述べる気もしないほどいつも通りの時間のつぶし方をしていたのだが、出し抜けの夜空の発言に皆がいっせいに顔を向けた。ちなみにマリアは仕事が忙しく今週は顔を出していない。
「何よいきなり? つり橋が何ですって?」
「友達を作るうえで、つり橋効果を利用するのはとても効果的な方法だと気付いたのだ。今日の活動テーマはそれにする」
「ククク……我が半身よ。話がある、ちょっと近くに来るがよい」
「小鳩、つり橋効果を知らないのか? 理科、ちょっと説明してあげてくれ」
こっそり聞こうと思っていたのに俺のデリカシーの無さで台無しになってしまい、小鳩がふくれっ面をする。
「つり橋効果というのはですね、ひとことで言うと人間は恋愛感情を肉体的な興奮によって認識しているので、逆に言うと肉体的興奮を恋愛感情に錯覚することがあるということです」
「理科、雑過ぎる。もうちょっと噛み砕け」
「へいへい、そのつもりですよ。例えばですね、険しい山の谷間にゆらゆら揺れる危なっかしいつり橋があったとします。それを今日出会ったばかりの男女に揃って渡らせます。するとあら不思議。渡り切ったころには、男の方は『この女結構イケてるじゃねえか。股間が盛り上がってきたぜ』となり、女の方は『この人なんか素敵だわ。あたし濡れてきちゃった』と、いつの間にか恋愛感情が芽生えています。これはつり橋を渡ることによるドキドキを恋愛感情のドキドキと錯覚しているわけですね。アクション映画ではラストで大抵主人公の男とヒロインがくっ付いちゃいますが、あれはつり橋効果が一般に認知されていることの現われと言ってよいでしょう。小鷹先輩、解説こんなもんでいいですか?」
「途中いらん台詞が混ざってたがそこは目をつぶろう。小鳩、分かったか?」
つぎはぎウサギのぬいぐるみを抱いて小鳩がコクリと頷く。
夜空はさっきガラスが割れたときに思いついたんだろうか。そういえば俺の腕にしがみ付いてたな。
あれ? ドキドキを恋愛感情と勘違いするって理科言ってたな。てことは夜空は俺に……?。
「夜空、さっきガラスが割れたとき……」
俺が聞こうとすると夜空は磁石の同極が反発するようにプイっとそっぽを向いてしまったので、何も聞けなかった。
「で、それをどうやって友達作りに利用しようっての? まさか私のパパに掛け合って校内の渡り廊下を全部つり橋に変えようなんて言うんじゃないでしょうね?」
突っ掛かるような口調で聞く星奈に、夜空は動じずに答える。
「アホか肉。そんなことするわけがないだろう。いいか、考えてみるとつり橋効果というのはみんな普通に利用していることなのだ。例えばデートコースというと映画を観てその後一緒に食事というのが定番だが、それは映画の面白さと食事の美味しさを自分の魅力と錯覚するように男が仕向けているわけだ。友達付き合いも同じようなものだろう。特に私のような人間的魅力に欠ける者にとって、つり橋効果は非常に効果的な武器になると思うのだ」
話の最後で夜空は胸が痛くなるようなことを言った。
「よ、夜空……。人間的魅力がないって……そんなこと自ら肯定するこたないだろ……。あのな、夜空にだっていいとこいっぱいあるぞ」
夜空の尊厳を取り戻すべくそう言うと、彼女の顔がふわっと赤くなった。
「そ、そういう意味で言ったんじゃない! 多少語弊があったのは認めるが、私が思うに『人間的魅力』とは個人のスペックのアンバランスによって生じるものなのだ!」
「あ、なるほど。いやん、アナルって言っちゃった。理科、夜空先輩の言いたいこと分かっちゃいました」
「マジ? あたしよく分かんない」
星奈以外にも何人かの頭の上に?マークが浮かんでいるのを察した夜空が補足説明する。
「『男はつらいよ』シリーズの寅さんを例に挙げよう。寅さんは学力は無いしイケメンでもなく財力もない。しかしユーモアがあり人情に厚いという美点が飛びぬけていて、それが観る人の心を引き付けるのだ。つまり人間スペックのレーダーチャートが正多角形からかけ離れているほど、人としての魅力が生じるのだ!」
「あー、なるほど。ギャルゲーでも体力が突出してるとすぐに夏美みたいな体育会系の子が声かけてくるわね。多少バランス悪い方が特定の嗜好の人にアピールできるってわけね」
「間違ってはいないがゲームにしか例えられんのかお前は……。まあいい、みんなこの肉を見てみろ。頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗、家は金持ち、レーダーチャートが見事な正多角形をなすが故に、人間的魅力が全く無いのがこの女だ」
「な、何であたしに魅力が無いのよ! あたしはいつも男に囲まれてるんだからね!」
星奈が全力で突っ込む。
「それは肉の人間的魅力に寄ってきてるのではなくて、お前が発する誘引剤みたいなものにおびき寄せられているだけだろう」
「せめてフェロモンって言ってよ! あたしはゴキブリホイホイじゃないのよ!」
涙目で星奈が抗議する。夜空もよくまあこれだけ人のプライドをズタズタにするような言葉がポンポン出てくるものだと思う。
「そう悲観するな肉。私も同じようなものだ。欠点の無い人間というのは面白みが無く、取っ付きにくく感じられてしまうものなのだ」
夜空も星奈も十分過ぎるほどの欠点を持ち合わせていると思うのだが、鎮火しかかっている火に油を注ぐことになりそうなので俺は黙っていた。
「わたくし、夜空のあねごがおっしゃっることにかんめいをうけました!」
幸村が目を輝かせて言った。
「おおそうか、幸村は分かってくれるか」
「はい! 人間としてのバランスのわるさ、欠点の多さが人をみりょくてきにするのですね! わたくしいままでなぜあにきにこんなにも心ひかれるのだろうとふしぎにおもっておりましたが、その謎がひょうかいいたしました!」
晴ればれとした顔で俺を見つめる。慕ってくれるのは嬉しいけど、人間としてのバランスの悪さって、おい……。
「と、ときに小鷹……」
俺に呼びかけた夜空の顔は、心なしかうっすらと赤くなっていた。
「……さ、さっき言ってた、わ、私の良いとこって、具体的にはどういう……」
「? ごめん、夜空、フォントが小さすぎて聞こえない」
「……うう、じゃあいい! よし! つり橋作戦決行決定だ! みんなで何を使って友達を釣るか協議するぞ!」
「……釣るとかいうなよ、悪徳商法じゃないんだから……」
俺は嘆息した。友達を作るってそんなんじゃない気がするんだけど。
「ではどうしましょう夜空先輩。映画情報でも収集しますか? 理科はいまどき『エルトポ』や『イレイザーヘッド』といったカルトムービーを上映しているミニシアターは詳しいですけど、流行のコンプレックスタイプの映画館は苦手です。まさにコンプレックスです」
「お前のコンプレックスなどどうでもいいが、映画はダメだ。一緒に映画を観に行くならもうその時点で友達じゃないか」
「じゃあ定番だけどグルメ関係じゃない?」
夜空の精神攻撃から立ち直った星奈が腕を組んでいった。
「同じことだろう、一緒に食べに行く時点で……」
「だーかーらー、一緒に行かないでもいいじゃない。どこそこに美味しいケーキ屋さんがあるよ、とか教えてあげるだけでも。『あの子美味しいお店いっぱい知ってる』って思われたら、どっか食べに行くとき付いてきてくれるかもしれないじゃない」
夜空は顎に手を当て思案顔をした。
「なるほど、一理あるな。一緒に出掛けることなく好感度を上げることができるわけか……。確かに美味しい店に通じている女子がいたら私でも友達になりたいくらいだ。よし、食い物で釣る作戦で行くぞ」
「だから『釣る』って表現はよせって」
「旨いものが食える店を知っているものは挙手しろ」
俺の突っ込みを華麗にスルーして夜空が言った。小鳩が元気良く「ハイ!」と手を上げる。
「スイートワルツ洋菓子店!」
「あ、あたしそこ知ってるわ! 小鳩ちゃん!」
「私も知っている」
「理科も」
「わたくしもぞんじております」
スイートワルツ洋菓子店は小鳩の誕生日やクリスマスにいつもケーキを買っているところだ。なので当然俺も知っている。
「全員が知っているような有名どころでは情報の価値が無いではないか……。なるほど、穴場でなくてはならないのだな。これは盲点だった」
勢い込んで発言したのに取り上げてもらえず、小鳩はしゅんとしてしまった。真っ先に「知ってる」と大喜びで言ってしまった星奈がバツの悪そうな顔をする。
「星奈、お前はどうなんだ? この中でそういう店を知ってそうなのって、お前くらいなんだが」
俺が聞くと星奈は机の上に置いていた携帯が突然震えだしたようにビクッとした。
「ももももちろん、し、知ってるわよ。あああたしの情報網を持ってすれば、そんな店の一軒や二軒……ごめんなさい、知りません……」
いつも通り先ずは見栄を張ろうとした星奈だが、情報を持っていないとどうしようもないことに気付きすぐに謝った。残念すぎて夜空も突っ込まなかった。
「あ、あの、わたくし、それらしき店にこころあたりが……」
意外なところから手を上がり、みんなの視線が幸村に集中する。
「ゆ、幸村、お前がそんな店に興味があるとは思わなかった……。どこなんだ? 言ってみろ」
俺がそう言うと幸村の顔が輝いた。
「あ、あにきのお役にたてるとは、この幸村さいじょうのしあわせでございます。その店ともうしますのは……」
☆
隣人部の部員達は、五分後には揃って校門を後にしていた。
幸村の話はこうだった。
メイド服を洗濯しようといつものクリーニング屋に持って行くと(ちなみにいつもおしゃれ着洗いコースをえらんでいるそうだ)、向かいに新しいクレープ屋が出来ていた。新聞にチラシが入っていた覚えもなく、大々的な宣伝はしていないようなので、まだそれほど人に知られてはいないと思われる。
店構えは明るく華やかで、前を通ると甘くていい匂いがした。女子に人気が出そうな店である。
「幸村はそこで食べてはいないのか?」
「だんしたるもの、甘味などにうつつをぬかしていてはいかぬとおもいましたゆえ……」
「そ、そうか、まあたまにはいいんじゃないか?」
女だということが発覚してもなお、ストイックな修養を心がけているらしい。俺としては普通に甘いものを食べたり可愛い服を着たりしてほしいのだが……。
歩いて十分ほどでそのクレープ屋には到着した。隣人部一同、先ずは遠巻きに敵城を検分する。
店舗の正面は全部ガラス張りで、コンビニ並みに明るい照明が道路にまで漏れている。
壁にはクレープのメニューが写真付きででかでかと並んでいる。
奥の方にはニューヨーク近代美術館に置いてそうなモダンなテーブルとイス。
幸村の言うとおり、いかにも女子高生が好みそうなおしゃれなたたずまいである。
星奈と小鳩は女の子らしく目を輝かしている。
対して夜空と理科はジト目で店を眺めている。甘いものは好きなのだが、どうも雰囲気に馴染めないといった顔だ。
幸村はいつものニュートラルな表情をしていた。
「うう、理科は電子部品店やアダルトグッズショップは平気では入れますが、こういうところは尻込みしてしまいます……」
「同感だ。リア充でない者がこんなところに入ったら酸欠で死んでしまうんじゃないか?」
「言いだしっぺがなに情けないこと言ってんのよ! さっさと入るわよ!」
星奈が先陣を切り、小鳩が小走りで後に続く。俺と幸村が店内に入ると、夜空と理科も足取り重そうについてきた。
注文カウンターには黄色とオレンジを基調にした制服を着込んだバイトが営業スマイルで待ち構えている。
星奈が前に来ると「いらしゃいませえ」と頭の上から出てるような声で挨拶した。こういう快活な応対が苦手な夜空と理科が、さらにげんなりした顔になる。
小鳩の分は星奈のおごり、後は割り勘と事前に決めていた。星奈は迷い無く一番値段の高いデラックス・ジューシー・ダブルベリー・アイス&生クリームを注文した。
ダブルベリーとはストロベリーとブルーベリーのことらしい。小鳩も同じのでいいと言ったので、二つ注文する。
オレと夜空はオーソドックスにストロベリー生クリーム、幸村は和風なあずき餡&マロン、理科はお腹が空いていると言ってピザinホットクレープを注文した。
全員が注文し終わり、テーブルにつく。
なるべく星奈と小鳩は引き離したいのだが、奢ってもらってそれはあんまりなので、一緒のテーブルに座る。
お目付け役として俺が同じテーブルに座り、夜空と理科と幸村が隣のテーブルについた。
ほどなくして店員がクレープをトレイに乗せて持って来た。
薄いクレープ生地にくるまれた純白の生クリーム。そこから色とりどりのフルーツやアイスが顔をのぞかせている。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。なるほど、これを食べさせればつり橋効果は抜群だろう。
「わーい、来た来た」
星奈が小さく手を叩いて喜ぶ。目が三日月になって心から嬉しそうだ。こういうところは少女っぽくて実に可愛いと思う。
小鳩も甘いものに目がないから本当は飛びつきたいのだろうが、みんながいるので大人しく座って配られるのを待つ。
全員に行き渡ったのを確認すると、星奈が「いっただきまーす!」とみんなを代表するような大きな声で言って、クレープに齧りついた。
星奈に続いてみんなもクレープに食らいつく。
「「「「「「……?」」」」」」
全員の頭にいっせいに?マークが浮かんだ。何というか、その、見た目とのギャップが…。
「……何これ? 生クリームなの、これでも?」
星奈が眉を八の字にして言った。
「うう、あんちゃん、ジューシー・ダブルベリーって、全然ジューシーじゃないけん……酸っぱ」
「この生地は……これがクレープだというのか? ピザじゃないのか?」
「ピザといえば理科のピザソースはケチャップみたいです……」
「わたくしのあずきあんとマロンも、あ、あますぎて……重い……」
散々だが俺も同じような感想だった。コンビニのスイーツの方がよほど気が利いている。
ふと見ると幸村が真っ青な顔になっていた。
「あ、あにき……もうしわけございません……。わたくしは愚か者です……かくなる上はこのゆきむら、はらを切っておわびを……」
本当に腹を切りそうなほど思いつめた顔をしていたので、俺は慌てて慰めた。
「ゆ、幸村! お前のせいじゃない、気にすること無いんだ!」
「ほんっとそうよ、幸ちゃん、あんたのせいじゃないって。だってさー、平日とはいえちょうど下校時刻に他に客が一人もいないのよ? 学校からこんなに近いのに。入る前におかしいって気付くべきだったわ。バカなのはあたし達よ」
「きっと他の生徒達には友達を通してここは不味いという情報が行き渡っているに違いない。ふっ……友達がいないというのは悲しいものだな」
星奈と夜空がフォローしてくれたおかげで、幸村はなんとか切腹を思いとどまってくれた。
☆
それから俺達は、捨てるのももったいないのでなんとかクレープを胃の中に押し込んだ。
どこぞの田舎の美味しくしようという努力が全く感じられない土産菓子のような味だった。
「う~胸焼けがする……」
勇んでデラックス何とかを注文してしまった星奈は特にダメージが大きかった。小鳩も舌を出してウエと言っている。
「あにき、このゆきむらにめいよばんかいのちゃんすを与えてはくださりますまいか……」
切実な顔をして幸村が言った。俺もむかむかする胸を押さえつつ、「なんだ幸村、他にも店を知ってるのか?」と聞いた。
「そこの角をまがったところに、たい焼きやがございます。そこならおきにめすかと……」
「ちょ、幸ちゃん、今日はもう甘いものは勘弁してよ」
「私ももういい。それに、今時たい焼きなど若者は好まないだろう」
星奈と夜空が揃って辞退する。
「さようでございますか……」
目に見えてしょげてしまう幸村。かわいそうだが、今日だけは俺も勘弁してほしい。
その時、幸村が指し示した「あそこの角」から、茶色い紙袋を持った初老の女性が出てきた。こっちに向かって歩いてくる。
すれ違う時、微かに良い匂いがした。
あんこの甘い香りと、焦げた皮の香ばしい匂い。頭の中にキツネ色に焼けたたい焼きが思い浮かぶ。
今しがた胸焼けがするほど甘味を食したばかりだというのに、その香りはとても魅惑的に感じられた。
全員が足を止め、歩み去る老女の後姿を目で追っている。星奈は名残惜しそうに鼻をヒクヒクさせている。
「ね、ねえ、どんな店か外観を見るだけでもいいんじゃない?」
「ま、まったく肉は意地汚いな。さっき詰め込むように食べたばかりだというのに。しかし幸村もこのままじゃ顔が立たないだろうから、店構えだけでも確認するとしようか?」
明らかな強がりにも誰も突っ込みを入れない。みんなの足は揃って幸村の推薦するたい焼き屋に向かった。
「幸村、お前そこは食べたことあるのか?」
「まだ分別のつかぬ幼少のころになんどか……」
「どうしてこっちを先に紹介しなかったんだ?」
「わかいおなごの好みそうな店がよいかとおもいましたゆえ……」
そりゃそうか。俺だって不味いと知らなけりゃたい焼き屋よりクレープを紹介するわな。
それにしてもうらぶれた通りだ。一応商店街のようだが、半分くらいの店舗はシャッターを閉じているし、車も人も往来が少ない。
こんなところでたい焼き屋なんか開いて採算が取れるのかと思ったが、幸村の案内に従っていくとちゃんとその店はあった。
その店は通りから三メートルほど奥に引っ込んでいて、昔ながらというか、店主がたい焼きを焼いているところが開いた窓から見えるようになっている。
木造のその建物は木肌に年月が染み込んでいて、戦前からタイムスリップしてきたのではないかと思うほど時代掛っていた。
店舗が引っ込んでいる分ひさしが長く、その下に木でできたベンチが二つ置かれ、店の前で食べることができるようになっている。
慣れた手つきで焼き型の上に生地を流し込んでいる店主は三十を少し過ぎたくらいで、意外に若い。
藍色の作務衣に頭にはタオルを巻き、汗を流して真剣な目でたい焼きの焼き加減を測っている。
辺りにはどこか郷愁を感じさせる良い匂いが漂っていて、腹いっぱいのはずなのに口の中によだれが溢れてくる。
「いらっしゃい」
店主が声をかける。営業用ではない笑顔が好ましい。
星奈と夜空が顔を見合わせる。
「ど、どうする? せっかくだし、一個くらい食べてってもいいんじゃない?」
「そ、そうだな肉。さっきの口直しにおあつらえ向きなんじゃないか?」
二人ともよだれが垂れそうな顔をしているのにまだ強がっていたが、食べるのに異論はないようだった。
星奈が人数分六個を注文した。
「あいよ。五分くらい待っててちょうだい」
店主が焼き型をバタバタと閉じ、ガチャコガチャコとひっくり返す。早く食べたい思いはあるのだが、焼けるのを待つ間たい焼き作りを眺めるのは面白かった。
しばらくすると甘い香りがますます濃く辺りに漂ってきた。
「ここで食べてくかい?」
星奈がハイと答えた。
店主がカパカパと焼き型を開けていく。きれいなキツネ色に焼けたたい焼きが姿を現し、小鳩が「わあ」と声をあげた。
ごくりと生つばを呑み込む音がいくつも聞こえた。俺自身のも。
袋状になった紙に焼きたてのたい焼きを包み、店主が一個ずつ手渡す。
最初に取ったのは星奈で、すぐにでも食らいつきそうな顔をしていたのだが、ちゃんと小鳩に渡した。
へえ、ホントに小鳩が好きなんだな。
全員に行き渡ったのを確認し、クレープ屋のときよりは控えめな声で星奈が「いただきます」と言った。
それを合図に全員がたい焼きに齧りつく。
「「「「「「……!」」」」」」
全員の頭に感嘆符が浮かんだ。熱々なので、みんなはふはふしながら食べている。
くどさのない上品な甘みとともに、あずきの自然な香りが広がっていく。
あんこというものをバカにしていたと俺は思った。
さすが古来から日本を代表する甘味である。腕次第でこんなにも芳醇な味を引き出すことができるのかと、常識をくつがえされる思いがした。
たい焼きの皮も全く脇役ではなかった。
絶妙な厚みともっちり感で香ばしく焼けた皮は、口の中であんこと渾然一体となり、至福の味わいをもたらしている。
全てが洗練された味でありながら、そのたい焼きはどこか郷愁を感じさせた。
俺は夕日の中で夜空と殴りあった子供時代を思い出していた。
転校ばかりしていたあの頃、初めてできた友達――。
引越しの二日前……果たせなかった約束――。
「ちょ、ちょっとあんた何泣いてんのよ」
星奈の声で我に返り、慌てて目じりに滲んだ涙を拭ったが、星奈が声をかけたのは幸村の方だった。
見ると幸村はたい焼きを食みながらぽろぽろと涙を流していた。
「じゅ、十年ぶりにこのたいやきを食しましたゆえ……お、おさなきころのおもいでが……」
初めて食べる俺でさえ郷愁を感じるのだから、幼い頃実際に食べたことのある幸村はなおさらだったのだろう。
おかげで俺が泣いているのは気付かれずにすんだ。
ふと夜空を見ると赤い顔をしてぷいっとそっぽを向いた。泣いていたかどうかは分からないが、夜空も子供の頃を思い出したのではないだろうか。
「これ、普通のグラニュー糖や上白糖じゃないですよね?」
たい焼きをまじまじと見つめながら、理科が店主に聞いた。
「お、お譲ちゃんさすがだね。和三盆だよ」
店主が愛想よく答える。
「ええ!? マジですか!? わ、和三盆をたい焼きに……何てぜいたくな……」
「ククク……我が半身よ。話がある、ちょっと近くに来るがよい」
「理科、和三盆が何か解説してくれ」
小鳩がまたふくれっ面になった。
「和三盆は一度結晶化した砂糖に再び水を加えて練りあげ、麻布で圧搾して糖蜜を取り除いた砂糖です。練りあげと圧搾は何度も繰り返します。練る工程を『研ぐ』というのですが、研ぎを繰り返すことで粒子が細かくなり、糖蜜が抜けていきます。手作業が多く手間のかかる製法ですが、そうすることでくどさのないすっきりした甘みの砂糖ができ上がります。高級和菓子などに使われる日本で最上の砂糖ですよ」
へえ、と夜空が言った。俺も知らなかったのでいい勉強になった。
「ううむ、『天然物』で焼いてるとこからしてただのたい焼き屋ではないと思ってましたが、そこまでこだわっていたとは……」
「理科、たい焼きで『天然』って」一応突っ込みを入れる。
「焼き型が一匹ずつになってるのを『天然物』って言うんですよ。それに対して数匹をいっぺんに焼くのが『養殖型』。養殖型の方が簡単に数多く焼けますけど、職人の腕さえ良ければ『天然物』には敵いません」
へえ、奥の深いものだな。それにしても普段はただの変態だがさすが天才少女と謳われているだけのことはある。たい焼きひとつにこれだけのウンチクをもっているとは。
「やっぱりこの美味しさには秘密があるのね。あずきとかもいいものなの?」
続けて星奈が聞いた。
「あずきは北海道の美瑛産『えりも大納言』だよ。小麦粉も同じ美瑛産。あずきも小麦粉もいろいろ試したけどこれに落ち着いたね。同じ土地だからかな、相性がいいんだよ」
にこやかに答える店主。笑顔からたい焼きにかける愛情が伝わってくる。
「そんな秘密をペラペラ喋っちゃっていいの? 真似されちゃうわよ」
カッカッカッと店主は水戸黄門のように笑った。
「どうすりゃ旨くなるかなんてことは、みんな知ってんだよ。やらないだけでさ。材料を安くすりゃ儲けは増える、当たり前だろ? 俺はそんなのは嫌いなんだ。うちは爺さんの代から三代続いてるんだ。この味を守るのが俺の仕事さ」
ほお、と全員が感嘆した。
隣人部のメンバーは普段ゲームや読書ばかりしているので、こういう地に足が付いた話を聞くと胸にしみるものがある。
「せっかく美味しいたい焼き作ってるのに、こんな辺ぴなとこでお客さん来るの? もっと立地条件のいいとこに引っ越そうとか、店を大きくする気はないの?」
「そこそこ儲かってるよ。一度食ったお客はみんなまた来てくれるからね。お譲ちゃん達もまた来るだろ?俺一人で焼ける分にゃ限りがあるからさ、今くらいがちょうどいいのさ。……譲ちゃんごめんよ、ちょっと空けてくれるかな?」
店主の視線が俺達の後ろに向いている。振り向くと中年のおじさんと中学生くらいの女の子が順番を待っていた。
俺達は慌てて左右に散り場所を空けた。おじさんと女の子がそれぞれ十個、四個と注文する。
土産に何個か買っていこうと思っていたのだが、他のお客に譲った方がよさそうだと思い直し、帰ることにした。
一個140円だと聞くと星奈はあんぐりと口を開け、面倒だから全員分奢ると言った。さすが金持ちお嬢様。
☆
「……あのくそ不味いクレープが480円で、あそこのたい焼きが140円!? 世の中どうなってんのよ? やっていけんのそんな値段で!?」
学校に戻る道すがら、星奈は合点がいかないと憤っていた。
「怒ったってしょうがないだろ星奈。たい焼きで140円っつったら相場よりちょっと高めだぞ。儲かってるって言ってたし、いいじゃないか」
俺がなだめても星奈はなおもぶつぶつ言っていた。
「それにしても幸村は大手柄だったな。褒めてとらすぞ」
「さ、さようでございますか、あねご!」
夜空が褒めると幸村は犬のように喜んだ。
「そうだな、滅多に出会えないような良い店を教えてもらった。俺からも礼を言うぞ、幸村」
「あ、あにきにまでそのようなお言葉を……。このゆきむら、たったいま死んでも悔いはございません……」
……喜んでくれるの嬉しいが、もう少し軽く受けて止めてもらわないとどうも褒めにくいなあ……。
☆
学校に着いた。二軒も食べ歩いたので、陽も暮れかけている。
部活動をしている生徒もほとんどが帰ったらしく、野球部の部員が数名グラウンドにトンボをかけているくらいしか残っていなかった。
校門を抜けてすぐの広場で、先頭を歩いていた夜空がふと足を止めた。くるりと振り向いて両手を腰に当てる。
部長が立ち止まったので俺達も当然立ち止まる。
「今日は」と夜空は話し始めた。「幸村のおかげで、大きな収穫があった。世知辛い世の中であのような確固とした信念を持って仕事をしている職人に出会えたのは、貴重な体験だと言えるだろう」
みんながいっせいに頷く。夜空にしては珍しくまともな事を言っている。
「さて、みんな分かっているとは思うが、念のため確認しておきたいことがある」
夜空は隣人部全員の顔をゆっくりと見渡した。心なしか俺と幸村は少し長めに見つめられていたような気がする。
「あのたい焼き屋は、隣人部だけの秘密だぞ!」
「「ええ!?」」
俺と幸村の声が重なった。
「な、何で、それじゃ今日の活動の意味が……」
夜空はあきれた顔で嘆息した。
「やはりな……。念のため確認してよかった」
「な、なぜですか、あねご。先ほどおてがらだったと……」
「ばっかねーあんた達。そんなの決まってんじゃん」
愕然としている俺達に星奈は当然のように言った。
「客が殺到して店主が金に色気付いたりでもしたらどうすんのよ。もうあのたい焼き食べれなくなっちゃうじゃない」
「事業拡大に反比例して味は落ちていき、結局倒産。よくある話ですよね」
理科も同調する。
「ククク……たいそう美味なたい焼きであった。あの店を世に知らしめることはまかりならぬ……」
「こ、小鳩まで……」
「いいか、秘密を漏らした者は、私が三時間かけて言葉攻めにしてやるぞ。ん、もうこんな時間だ。早く部室に戻るぞ」
踵を返しスタスタと校舎に向かって歩き出す夜空。星奈と小鳩と理科がついて行く。
俺と幸村は顔を見合わせ、深い溜息をついた。仕方なくみんなの後を追う。
隣人部――どこまでも残念な集団である。
おわり
【「僕は友達が少ない」二次小説】『つり橋効果で友達ゲット作戦』