ガムボール
『ガムボールマシン・ラプソディ』
その他 作者:にょすけ
ウィンストン
絶望的だよ、もう。
メイヴ
そんなにか?
ウィンストン
破滅的に絶望的だよ。もうだめだ、だめだー!!!
メイヴ
相当だなあ。
ウィンストン
僕は蛆虫だし、とろけたスライムだし、角のないカブトムシだ。 余りにも不甲斐なさすぎて、毎日毎日嫌がらせばっかしてる。 僕ってこんなに性格悪かったかな……
メイヴ
厄介者に成り下がってるなあ、具体的にどんなことしたんだい?ウィンストン。
ウィンストン
駅前にさ。
メイヴ
うん。
ウィンストン
新しいコンビニエンスストアが出来たんだよ。
メイヴ
ああ、できたな、そう言えば。
ウィンストン
そこのさ。
メイヴ
うん。
ウィンストン
カウンターにさ、あるんだよ。
メイヴ
なにが?
ウィンストン
ガムボールマシーンが。
メイヴ
ガムボールマシーン。
ウィンストン
そこでさ、毎日一個、ガムを買うんだ。
メイヴ
ガムを。
ウィンストン
うん。
メイヴ
それの何処が嫌がらせなんだ?
ウィンストン
噛み続けて味のしなくなったそのガムをさ。
メイヴ
うん?
ウィンストン
審査員長の家の使われてない納屋の壁にバレないように貼り付けてる。
メイヴ
最悪だなそれは。
ウィンストン
うううう。
メイヴ
しかもバレないように、ってのがまたヤバい。
ウィンストン
君の作品は味の無くなったガムだ、なんて言うんだぜアイツ……。
メイヴ
皮肉が効きすぎてるな、でもそうか、だからか。
ウィンストン
だからか、って?
メイヴ
審査員長って、あれだろ、パズフ美術館の名物館長だろ?
ウィンストン
そう、だけど。
メイヴ
話してたよ、納屋にガムをつけまくってる犯人を探してるって。
ウィンストン
な、え、なんで!?
メイヴ
うちの劇場の常連なんだよ。
ウィンストン
最悪だ……。
メイヴ
……わるい事は言わない、早めに自首しとけ。ウィンストン。
ウィンストン
最悪だあ!!!もうだめだあ!!!
メイヴ
……なあ、ウィンストン。
ウィンストン
僕なんて角の抜けたユニコーンだ、羽のないペガサスだ、三角コーナーの玉ねぎだ……。
メイヴ
ウィンストン。
ウィンストン
……なに。メイヴ。
メイヴ
もう、いいんじゃないか?そんな、品評会やら、賞レースなんて、さ。
ウィンストン
……なんで?
メイヴ
……わかるだろ。
ウィンストン
……わからない。
メイヴ
ウィンストン。
ウィンストン
僕もいい歳だ、未だにウィンストン・パノマールは路上の売れない似顔絵書き。レストランで給仕しながら食いつないでる木偶の坊だ。 そしたらもう!狙う他ないじゃないか!
メイヴ
ウィンストン。
ウィンストン
……メイヴはさ、国立劇団で成功してるじゃないか。
メイヴ
成功ってわけじゃないさ。
ウィンストン
成功だよ、君は昔から凄かったもの。 努力も才能も、君はちゃんと味わった。 ……僕には、才能が無い以上、努力をし続けるしかないじゃないか。
メイヴ
ウィンストン、一度絵から離れてみるのもありなんじゃないか?
ウィンストン
離れる?
メイヴ
そうだ。少し違うことをして、客観的にだな……
ウィンストン
離れてる暇なんてないよ!もう!
メイヴ
……。
ウィンストン
……ごめん、ちょっと熱くなった。
メイヴ
なんてことないよ、ウィンストン。
ウィンストン
……ちょっと、頭冷やしてくる。
クロード
お待たせしましたー、お茶が入りましたよー、ってあれ?
ウィンストン
……ごめん。
――― 出ていくウィンストン
クロード
あ、あれ。メイヴさん、ウィンストンさんは……。
メイヴ
……ふう。角の折れたユニコーンになってくるってさ。
クロード
つ、角の折れたユニコーン……?
メイヴ
はたまた三角コーナーの玉ねぎか。
クロード
三角コーナーの、玉ねぎ……。
メイヴ
……ふう。
クロード
……大丈夫ですか?座長……?
メイヴ
大丈夫。こればっかりはね。 あいつが、自分で乗り越えなきゃ行けないことだから。
クロード
なにか、あったんですか?
メイヴ
また落選したのさ、あいつの絵が。
クロード
落選……。
メイヴ
そう。なんの意味もない賞レースだと思うんだけどね。
クロード
なんの意味も?
メイヴ
ああ。何せあいつは……。
【場面転換
喧騒、ホリベス街】
ウィンストン
最低だよ、僕は。 最低の最悪の、萎んだトマトだ。 ……そりゃあ、噛み終わった後のガムなんて言われても仕方ないや。 あの頃みたいに、ガムシャラに描き殴る事もできない。 ……でも、絵を描くこと以外にできることもない。
――― ホリベスの街を行き交う人々を眺めながら、持ち出したキャンバスを設置していく。
ウィンストン
よいしょ……と。 こうして、結局は絵を描いては、この落ち着かない気持ちを誤魔化すだけ。 わかってるんだよなあ……。
――― ざらざらとしたキャンバスの表面に、ひたすらに炭を描き殴る。
ウィンストン
ふんふん。 んー……いや、でもこれだとパースがおかしいか。 でもあのピカソだって往年はパースよりパッションを大事にしてた。 うん……でも、うーん。
リリアーナ
ふむふむ。
ウィンストン
でも、いや、違うな。
リリアーナ
なにが違うんです?
ウィンストン
もっとこう、都会のアスファルトの中で力強く生きるというこの構図を活かして……
リリアーナ
ふむふむ。活かして……?
ウィンストン
……君、誰?
リリアーナ
気にしないで続けて。
ウィンストン
いや気になるでしょ、気になるよ
リリアーナ
気にする事はないわ、私はそうね、空気みたいなものよ。
ウィンストン
君は空気じゃない。
リリアーナ
空気だと思ってよ、ほら、続きは?
――― そう言い、リリアーナはウィンストンのキャンバスを覗き続ける。
ウィンストン
……人に、見せられるようなものじゃないんだよ。
リリアーナ
あら、どうして?
ウィンストン
僕は何も評価されない売れない画家だからさ。 いや、違うな。
リリアーナ
なに?
ウィンストン
ただのレストランの給仕。
リリアーナ
ふうん。 レストランの給仕にしては、絵が上手いのね。
ウィンストン
……なにそれ皮肉?
リリアーナ
あら。あなたの方の皮肉に乗っかったのよ? むしろ骨太な意見だと思って欲しいわ。
ウィンストン
……皮肉で、皮と、肉だから、君は骨ってこと?
リリアーナ
その通り!
ウィンストン
……はは、君、面白いね。
リリアーナ
特別にリリーと呼んでもいいわよ。 そんな事より、早く絵の続きを書いて?
ウィンストン
……こんな絵のどこがいいんだい?
リリアーナ
あら、絵の事は知らないわ。
ウィンストン
なんだって?
リリアーナ
「絵を描いてるあなた」の事が見たいのよ。
ウィンストン
……まるで、口説いてるみたいだ、そんなの。
リリアーナ
あら!その通り!口説いてるのよ?
ウィンストン
……ええ?
リリアーナ
俗に言うナンパってやつよ。 こんな何も無いホリベスの街並みを、真剣な顔で、こう、こうね、睨みつけるみたいに。
ウィンストン
そ、そんな顔してたかな。
リリアーナ
してたわよ!それこそこれから死地に赴くガンマン、いや、ナイルワニと戦うターザンみたい!
ウィンストン
ジャングルにナイルワニは居ないんじゃないかな…
リリアーナ
そうなの?
ウィンストン
うん、だってナイルワニって言うくらいだし、ターザンはナイルには居ないだろう?
リリアーナ
ナイル版のターザンだって居かもしれないじゃない?
ウィンストン
それはターザンがナイルにいるの?それともナイルワニがジャングルにいるの?
リリアーナ
確かに、そこはきちんと決めておかないといけないわね。
ウィンストン
これなんの話だい?
リリアーナ
……なんの話かしら???
【場面転換
翌日のメイヴ宅】
ウィンストン
でね!彼女ったら、それならゴリラ
クロード
……ふふ、それで?
ウィンストン
僕の働いてるレストランでね、ディナーを食べたんだ。 僕、あのレストランがあんなに上手いカルボナーラを出すなんて知らなかった。 それでね、また彼女は言うんだ。 知っているようで知らないことも、知らないでいて知っていることもある。 その事に挑戦しないなんてことが、あってもいいと思うの?って。
メイヴ
ふふ。そか。
ウィンストン
ああ! 笑ないでくれよ!メイヴ!
メイヴ
笑ってなんかないさ、ふふふ。
ウィンストン
笑ってるじゃないか!
クロード
それで……その後どうしたんですか?
ウィンストン
え、えっと、その、
クロード
その?
ウィンストン
連絡先を、ね、交換、したんだ。
クロード
おお!
ウィンストン
は、はじめてだよ!女の人と連絡先を交換するなんて!あ、いや正確にはママとは交換しているけど、それは、それはほら、ノーカウント!ノーカウントだろう!?
メイヴ
ああ、そうだな、ノーカウントだ。
クロード
メイヴさん、ずっとニヤニヤしてますね。
メイヴ
そんな事ないよ。
ウィンストン
してるじゃないか!
メイヴ
そんな事ないって。
ウィンストン
ああもう!昨日会ったばかりなのに、もう会いたくなってる、メイヴこれ、これ、どういう事なのかな。
メイヴ
どういう事なんだろうなあ?
ウィンストン
わからないの!? メイヴでもわからないの!? じゃあ僕なんてなおさらわからないよ! ああもう!どういう事なんだろうこれ!
メイヴ
……ぷふ、ははは、ホント、どういう事なんだろうなあ、ウィンストン。 もしかして、心臓がずっとドキドキしてたりするんじゃないか?
ウィンストン
そうなんだ!!! ずっと心臓が鼓動してて痛いくらいだ!!
メイヴ
それと、もしかして、眼を瞑るとそのリリーって子の顔ばかり浮かぶんじゃないか?
ウィンストン
す、すすすす、すごい! その通りだメイヴ!!! なんでわかるんだ!?
クロード
恋じゃないですか?
ウィンストン
こここここここ、ここ、こここここ!?
メイヴ
あーあ、クロード。
クロード
?? なんです?
メイヴ
こういうのは本人に言わせなきゃあ。
クロード
そういうモノですか?
メイヴ
そういうモノなのさ。
ウィンストン
恋!? こ、これが恋!? す、すごい、これが! これがあの、恋なのか! こ、こんな衝撃をみんなは感じてたのか! な、なんてことだ! 恋すごい!!すごいよ恋!!
メイヴ
ああ、すごいな、恋。ふふ。
クロード
……うーん。し
【場面転換
暗転の中】
クロード
それからと言うもの、ウィンストンさんは毎日メイヴさんの家に入り浸り…… あ、いえ、正確には一日置きなのですが 「昨日はリリーとこんな話をしたんだ」 「あの子はすごいんだよ、まるで僕の女神みたいな人なんだ!」 はじめておもちゃを買ってもらった純新無垢なキラキラとした瞳で リリーという女性の話をメイヴさんに話すのです。 まったく。 そのメイヴさんもメイヴさんで、毎日通ってくるウィンストンさんの話を それはそれはにこやかに聞いています。 ……こっちは次の公演のことでてんやわんやなのに。 いい気なものです。
【場面転換
レストラン】
ウィンストン
それでね、僕は言ったんだ。 君はどうしたいの?って。
リリアーナ
ふふ、うん、それで?
ウィンストン
役者とか、グリーンブーツとか関係ない、君はどうしたいのさ!ってね。 そしたらメイヴのやつ、泣きながらさ、言うんだよ。
リリアーナ
なんて言ったの?
ウィンストン
あの舞台に立ち続けたい、って。 ……かっこいいんだ、あいつ。 諦めないでさ、毎日毎日、そこからすごかったんだよ。
リリアーナ
どう凄かったの?
ウィンストン
あいつさ、辞めた劇団にさ、また入団したんだ、「雑用係」として。
リリアーナ
雑用係として?
ウィンストン
うん。そこからあっという間に、また花形スターに舞い戻ってさ。 今じゃ、座長にまでなって、すごいんだ、あいつ。 僕の、誇りさ。
リリアーナ
ふふ。ウィンストンはいつも、メイヴさんの話しをする時はいつもうれしそ。
ウィンストン
そ、そうかな。
リリアーナ
そうよ、ナイルワニの話の時も嬉しそうだったけど。
ウィンストン
ナイルワニ!ホントに何度聴いても笑えてきちゃうよ!
リリアーナ
ふふ、そうね。ねえ、ウィニー。
ウィンストン
ん、なんだい、リリー。
リリアーナ
貴方と知り合ってもうすぐ1ヶ月くらいになるわね。
ウィンストン
そうだね、もっと多くの時間を過ごしたような気もするよ。
リリアーナ
うん、それは私も感じてる。 本当の運命の相手とはそういう感覚になるって言うもの。
ウィンストン
う、ううう、運命の相手。
リリアーナ
そう、運命の相手。
ウィンストン
ぼ、僕が。リリーの運命の相手だって?
リリアーナ
そうよ、少なからず私はそう思ってる。 あなたは?
ウィンストン
ぼ、ぼぼぼぼ、僕は。 ちょ、ちょっとまって。 ああ、なんだろ、なんてことだ。 ちょ、ちょっとごめん、の、飲み物飲ませて。 あ、か、からっぽだった。 ま、参ったな。ちょっと待って。
リリアーナ
今日はね、ウィニー。 ううん、ウィンストン。
ウィンストン
ご、ごくり。
リリアーナ
大事な話をしようと思って、ここに来たの。
ウィンストン
だ、大事な話。
リリアーナ
そう、大事な話。 ねえ、ウィンストン。 私ね、あなたの事がすき。
【場面転換
深夜、メイヴ宅】
クロード
……それで、あの部屋の隅っこでぷるぷる震えてる蛆虫のなりそこないみたいなのはなんですか、メイヴさん。
メイヴ
お前も言うようになったなクロード。 あれは極限に弱っている時のウィンストンさ。
クロード
わかってて言ってるんですよ、メイヴさん。
メイヴ
まあ、一頻り泣かせておいてやってくれ。
クロード
はあ。……って、メイヴさん、出かけるんですか?
メイヴ
ああ。ちょっとね、お得意様との会食があってさ。
クロード
え!そんなの聞いてないですよ!
メイヴ
仕ないだろ?さっき連絡が来たんだから。
クロード
ええー……何時頃戻ってきます?
メイヴ
うーん、朝帰りになるかもしれないなあ。
クロード
なんだぁ、じゃあ打ち合わせ出来ないじゃないですか。
メイヴ
ごめんごめん、でも粗方は決まってるだろう?
クロード
粗方しか決まってないですよ!こんなの、いくら打ち合わせてもいいんですから!
メイヴ
もう充分すぎるくらいだよ、あとはクロード、君が書くだけだ。
クロード
ううーん……。
メイヴ
ウィンストンの事は放っておいて大丈夫だから。クロード、鍵はいつものとこへ。 じゃあ、行ってくる。
クロード
行ってらっしゃい。 ……は……ああ、 そうは言ってもな……。
ウィンストン
くすん……。
クロード
……あーもう。放っておけるわけないでしょ。 わかってて置いていったな、あの人。 ウィンストンさん。
ウィンストン
僕は、最低だ。
クロード
ウィーンストンさん。
ウィンストン
最低最悪のハナタレオオアリクイだ……。
クロード
意味わからないですよそれ、ねえ、ウィンストン。ウィンストンさん。おーい、ウィンストン。
ウィンストン
はぁーーーーー。
クロード
しゃっきりしろ!ウィニー!!!
リリアーナ
「」
ウィンストン
わ、わわ!クロード、ご、ごめん、眼中になかった……。
クロード
めちゃくちゃ失礼なひと。 いつまでうじうじうじうじしてるんですか。 そんなジメジメしてたらその部屋の角がカビちゃいますよ。
クロード
ほら、こっち、ちゃんと椅子に座って。
ウィンストン
はい、すいません……。
クロード
で、何をそんなにメソメソしてるんですか。
ウィンストン
……ううー!!!!
クロード
大の大人がジタバタ!しない! まったく、話にならないな。 ……何か、のみます?
ウィンストン
え……?
クロード
だーかーら。 何か飲みますかー?って。
ウィンストン
いいの?
クロード
いいですよ、何が飲みたいですか?
ウィンストン
……それじゃあ……チャイ……。
クロード
チャイ?
ウィンストン
う、うん……チャイが、飲みたい……かな。
クロード
わかりました、今淹れてきます。
ウィンストン
本当にいいの?
クロード
いいですって。でも言っておきますけど、メイヴさんほど上手くは淹れられないですよ。
ウィンストン
嫌われてるかと思ってた。
――― チャイを作りながら、クロードは答える。
クロード
なに?なんて言いました?
ウィンストン
いや、その、嫌われてると思ってたよ。
クロード
まぁ、嫌いですけどね。
ウィンストン
え、ええ!?
クロード
でも、憎いわけではないです。
ウィンストン
……そっか。
クロード
……そこは、なんで?とか、どうして?とか聞くところですよ。
ウィンストン
ご、ごめん。
クロード
そうやってすぐ謝るところもあんまり好きじゃあないですねえ。
ウィンストン
ごめん……
クロード
ほらまた。
ウィンストン
あ、ああー……
クロード
……ふふ。 嫉妬ですよ、嫉妬。
ウィンストン
嫉妬……?
クロード
そ。嫉妬。
ウィンストン
僕なんかに?
クロード
はい、嫌いポイント1点追加。
ウィンストン
ああー!
クロード
……メイヴさんの一番は、いつだってあなたですもん。 頑張ってメイヴさんの真似事をしてみても ちょっと困ってみても。 結局は、ウィンストンさんが一番ですからね。
ウィンストン
そんなこと……
クロード
あるんですよ、これが。 次にやる国立劇団の脚本、まだ出来上がってないんですよ。
ウィンストン
そう、なの?
クロード
ええ。 どこぞの、一番弟子を名乗る馬鹿がね、師匠を真似して、脚本を書き始めようとしてるんですけど。 それがまあ、上手くいかない事。
ウィンストン
は、はは、こ、困った馬鹿だね。
クロード
……そうですね?
――― がたん、と少し乱暴にチャイがテーブルに置かれる。
クロード
どーぞ?
ウィンストン
な、なんか怒ってる?
クロード
いいえ?別に????
ウィンストン
絶対怒ってるよー……
クロード
……羨ましいんですよ、二人が。 その、揺るがない関係性が。 メイヴさんが落ち込んだり 苦しいとき、奮い立たせてくれたのは、ウィンストンさんだったんでしょう?
ウィンストン
そんなことも、あったね……
クロード
……憧れを持ったまま、叱咤することはできないんですよ。
ウィンストン
そう、なの……?
クロード
そうですよ。 対等じゃなきゃ、殴る事は出来ないじゃないですか。 憧憬(どうけい)は、支えることはできても 隣に立つことは出来ないんです。
ウィンストン
そう、なのかな……
クロード
ええ。ほら、チャイ、冷めないうちに。
ウィンストン
あ、ありがとう。 ……おいしい。
クロード
本当?それは良かった。
ウィンストン
うん。メイヴのやつより、甘さが控えめで。
ウィンストン
シナモンが効い私ておいしい。
クロード
なら良かったですよ。
ウィンストン
はあー……落ち着くね、チャイは。
クロード
あの時も、チャイだったって聞きましたよ。
ウィンストン
うん、そうだね、メイヴが、好きなんだよ、チャイ。 ほら、僕らルームシェアしてただろ? 夜な夜な大事な話とか 芸術を語る時とか そういう時はね、いつだってチャイだった。
クロード
「グリーンブーツはかく語りき」
ウィンストン
え?
クロード
何度も聞かされましたよ、メイヴさんから。 酒が入った時も、入らない時も。 いつだってあの人の根幹には あの日、あなたと語ったグリーンブーツの話が心にあるんだ、って。
ウィンストン
……メイヴが、そんな事を。
クロード
何があったんです?
ウィンストン
……。
クロード
なにか、あったんでしょ?
ウィンストン
……リリアーナに。
クロード
リリーさん?
ウィンストン
うん。
クロード
振られたんですか?
ウィンストン
ち、違うよ。
クロード
じゃあ、どうしたんです??
ウィンストン
それは……
【場面転換
時は戻り、リリアーナとのレストラン】
リリアーナ
今日はね、ウィニー。 ううん、ウィンストン。
ウィンストン
ご、ごくり。
リリアーナ
大事な話をしようと思って、ここに来たの。
ウィンストン
だ、大事な話。
リリアーナ
そう、大事な話。 ねえ、ウィンストン。 私ね、あなたの事がすき。
ウィンストン
す、すすすすす、すき!?
リリアーナ
あなたの、絵を描いてる姿が。
ウィンストン
……あ。
リリアーナ
ねえ、ウィンストン。 どうして、描かないの?
ウィンストン
……。
リリアーナ
私に夢中になっちゃった?
ウィンストン
そ、そんなことは!
リリアーナ
夢中じゃないんだー……そっかー……
ウィンストン
そ、そんなことは!あ、ある……あるけど……
リリアーナ
あるんだ?
ウィンストン
あ、あるよぉ……
リリアーナ
困ってるあなたも、可愛い
ウィンストン
や、やめてよ、からかわないでよ
リリアーナ
からかうわ、いくらだって これからも、ずっと、からかい続ける
ウィンストン
り、リリー……
リリアーナ
でも、絵を描いてないあなたは 少しだけ嫌い
ウィンストン
……。
リリアーナ
どうして、描かないの?
ウィンストン
……リリーにはわからないよ
リリアーナ
そうね、そうかも わかってあげられないかもしれない
ウィンストン
……
リリアーナ
でも、わかろうとしてあげる事はできる
ウィンストン
それは……
リリアーナ
一緒に悩んであげることもできる。
ウィンストン
う……
リリアーナ
だから、ね 教えて、ウィニー。
ウィンストン
ぼ、僕……
リリアーナ
うん
ウィンストン
あ、あわわ……
リリアーナ
うん
ウィンストン
……きょ、今日は帰る!!!ごめん!!!
リリアーナ
うん ……えっ? ちょ、ちょっとウィンストン! ウィンストン!?
【場面転換
呆れ顔のクロードのいるメイヴ宅】
クロード
へたれ。
ウィンストン
わかってるよお!!!!
クロード
なーんで逃げちゃうかな。
ウィンストン
わかってるよお……
クロード
わかってない、全然わかってない。
ウィンストン
ううー……
クロード
ウィンストン、君ね、そんなのは一番したらいけないことだよ。 リリアーナは最も君に寄り添ってくれてるんじゃあないか。
ウィンストン
そう、だよね、そうなんだよ、それはわかってるんだけど……
クロード
……はあ。
ウィンストン
そんな溜息つかないでくれよう!
クロード
溜息もでるだろ、ウィンストン、ウィンストンウィンストン! 君は甘えがすぎる!
ウィンストン
あ、甘え……?
クロード
自分のこともちゃんと見れてない。
ウィンストン
自分を……
クロード
「角の抜けたユニコーン」だ!
ウィンストン
や、やっぱり……
クロード
……ウィンストン。
ウィンストン
はい……
クロード
なんで、絵を書かないんだ。
ウィンストン
……それは。
クロード
言えない?誰にも?
ウィンストン
そんな、ことは……
クロード
メイヴさんにも?
ウィンストン
……メイヴにだって……言えないよ。
クロード
そうだろうね。
ウィンストン
……。
クロード
ウィンストン。
ウィンストン
……なんだい。
クロード
私は、いや、僕は、天才役者だ。
ウィンストン
う、うん。
クロード
かつて、自身が憧れた役者の演技をすべて真似て、 そして、まるで飛び道具のようにその役者の しないであろう事をし、注目を浴びた。
ウィンストン
メイヴのこと……?
クロード
最後まで聞けよウィニー。
ウィンストン
ご、ごめん。
クロード
すべてを模倣したつもりだった。 全部をわかったつもりでいた。 何もかもを、手にしたつもりだった。
ウィンストン
……うん。
クロード
それくらいに、僕は天才だった。
ウィンストン
すごいよ、クロードは。
クロード
「でも、初めから天才だった奴なんかいない。」
ウィンストン
え……。
クロード
本気の天才ってやつはさ、確かにいる。 こんだけ広い世界だ、ホリベス州だけじゃない。 クエンティン、キャルボニー、ヒースカロライン。 リーウォルに、べスタフ。どの州をとっても、確かに天才はいる。 でも。 「その天才達は、誰一人として、努力を惜しまなかったはずだ。」
ウィンストン
努力……。
クロード
何より大切なのは、「続ける努力」 諦めずに、辞めない努力だ。 君はそれを、してきた男なんじゃないのかい。
ウィンストン
僕は、だって、そんな。
クロード
大それた人間じゃない?
ウィンストン
……うん。
クロード
賞レースに勝ててないから?
ウィンストン
……そう、だよ。
クロード
表彰されたことがないから?
ウィンストン
そう、だよ。
クロード
クソ喰らえだ!そんなの!
ウィンストン
え、ええ?
クロード
甘ったれんな!ウィンストン! 芸術ってのは、誰かの講釈や、どこかの入札で決まるものなのか!?
ウィンストン
……それは。
クロード
そんな事で芸術のすべては決まらない! 価値のある芸術とはなんだ! 高い金額がつくこと? それとも、多くの人間の心を打つことか!?
ウィンストン
……少なからず、大人なら、そうであることを望む、だろう?
クロード
あんたの絵はそんなものじゃないだろ!
ウィンストン
……じゃあ、どうしろって言うのさ!!!
クロード
……。
ウィンストン
君はいいよ!胸張って役者をやってるって言える! あの国立劇団だ、誰が聞いてもすごいって すごいって思える! メイヴだってそうだ、あいつが努力してきたことだって…… そんなこと、そんなこと僕が一番わかってるさ!!! まいにち、毎日泥に塗れながら雑用をこなして! 認めて貰えるまで何日だって、何ヶ月だって、 文句のひとつも言わなかった! 自慢だよ!誇りだよ! でも!!!! でも僕には何も無い!!! 絵描きでもなんでもない、ただのレストランの給仕だ……。 だって、だって……ただの、レストランの給仕が、絵を描いてるだけなんだから……。
クロード
全員が、天才になれるわけじゃない。
ウィンストン
……残酷なこと、言うね、クロード。
クロード
でも、君の絵は、人の心を打っている。
ウィンストン
打ってなんか、ないよ。
クロード
君の凄いところは、ねえ、ウィンストン。 あの「メイヴ・ハーティ」に、 「羨ましい」と思わせてることだ。
ウィンストン
……メイヴが? 僕を羨ましいって? そんな、そんなわけないよ。
クロード
あるさ、だって……。
【場面転換
そして回想】
クロード
あ、あれ。メイヴさん、ウィンストンさんは……。
メイヴ
……ふう。角の折れたユニコーンになってくるってさ。
クロード
つ、角の折れたユニコーン……?
メイヴ
はたまた三角コーナーの玉ねぎか。
クロード
三角コーナーの、玉ねぎ……。
メイヴ
……ふう。
クロード
……大丈夫ですか?座長……?
メイヴ
大丈夫。こればっかりはね。 あいつが、自分で乗り越えなきゃ行けないことだから。
クロード
なにか、あったんですか?
メイヴ
また落選したのさ、あいつの絵が。
クロード
落選……。
メイヴ
そう。なんの意味もない賞レースだと思うんだけどね。
クロード
なんの意味も?
メイヴ
ああ。何せあいつは……。 誰よりも楽しそうに絵が描けるんだよ。
クロード
楽しそうに……? そんなこと、幼稚園児だって出来るでしょう……?
メイヴ
わかってないな、クロード。
クロード
ええ……?
メイヴ
誰しもが、はじめは楽しいんだよ。 演技をすることも、絵を描くことも、文字を綴ることも。 料理や、天文学、はたまたスポーツだってそうだ。 それと出会った時、誰しもが最初は「楽しい」に決まってる。
クロード
そう、ですね。
メイヴ
でもそれを「人は忘れる」んだよ。 忘れて、段々と、楽しむ事だけじゃなく 「努力」する事を「努力」していくんだ。
クロード
「努力」することを、「努力」する……。
メイヴ
上手くなりたい、何かに勝ちたい、賞をとりたい。 「そうやって、ただ向き合うだけになっていく」。 でもあいつはさ、悩んだり、苦しんだりしていても、 「絵を描いてる瞬間」だけは、楽しそうなんだよ。 いつだって。
クロード
楽しそう……。
メイヴ
クロード、お前はなんで演技をし始めた?
クロード
なんでって、そりゃ
メイヴ
「楽しかったから」だろ?
クロード
そう……ですね。 学生の頃、学芸会でやったロミオとジュリエットが ひどく先生方にウケて、褒められて……
メイヴ
「楽しかった」
クロード
はい。
メイヴ
「楽しむために」私たちの芸術は始まったんだ。 それが、間違いなく、私たちのはじまりだった。
メイヴ
楽しむってことだけは、努力して得られるものじゃあない。
メイヴ
あいつはさ、そうやって、どんな事をしても「楽しみながら」やれるやつなんだよ。
メイヴ
何をしても「楽しめる」やつに、勝てる気がするか? 私はいつだって、あいつが羨ましいんだよ。
【場面転換
ひとり、ポツンとメイヴ宅】
クロード
まーったく。 単純な人だなあ。 すぐ飛び出して行った。
メイヴ
ただいま。
クロード
おかえりなさい、メイヴさん。
メイヴ
ウィンストンは?
クロード
さあ。 角でも探しに行ったんじゃないですかね。
メイヴ
ユニコーンの?
クロード
ええ。
メイヴ
なんだそりゃ。
クロード
メイヴさん、決まりましたよ、脚本。
メイヴ
ん?脚本はもう決まってたろ?
クロード
ええ、決まってたやつを、やめます。
メイヴ
なっ、い、今からか?
クロード
はい、それで、書き直します。新しく。
メイヴ
ま、間に合うのか?それで。
クロード
「間に合うのか」じゃないですよ。 「間に合わせる」んです、座長。 国立劇団の名物でしょ?急な変更は。
メイヴ
……違いない、はは、楽しくなってきたな。
クロード
ええ、覚悟してください。
【場面転換
喧騒、ホリベス街】
リリアーナ
ふんふん。 んー……パースってなに?建物ってなんでこんなに描くの難しいの? でもウィンストンはササササーって描いてたもの。 うん……でも、うーん。
ウィンストン
何を、描いてるの?
リリアーナ
こう、私の憧れの人がね、さささーっとこのホリベスの街を描くのよ。
ウィンストン
うん。
リリアーナ
その人がね、絵を描く姿がね、大好きなの。
ウィンストン
……どう、好きなんだい。
リリアーナ
楽しそうなの。 とっても、とってもね。 彼の瞳に写る景色がね、みるみるうちに この真っ白なキャンバスに描かれてくの。
ウィンストン
……うん
リリアーナ
彼は気付いてないみたいだけどね。 その時ずっと、彼は笑ってるのよ。 ダーティハリーが不敵に笑うように、 スーパーマンが爽やかに立ち去るように。
ウィンストン
変な、人だね。
リリアーナ
そう、とっても変で、とっても可愛いの。
ウィンストン
……そっか。
リリアーナ
うん、それでね、その彼が楽しそうに描く絵をね。 私も描いてみたくなったの。
ウィンストン
どうだった?
リリアーナ
ぜーんぜん駄目。 私、絵の才能は無いんだわ。
ウィンストン
練習したら、うまくなるかも。
リリアーナ
そうね、でも私はね、その練習する時間をね。 彼の事を見つめる時間に使いたいの。
ウィンストン
……変な人。
リリアーナ
そう、とっても変でね、愛らしいの、私。
ウィンストン
自分で言うのかい?
リリアーナ
誰かさんが言ってくれないから。
ウィンストン
……。
リリアーナ
ねえ、ウィンストン。 私、あなたが私を好きじゃなくてもいいの。 ただ、あなたが絵を描くとき、隣に置いて欲しい。 空気でいいの、私。
ウィンストン
君は、空気だよ。
リリアーナ
……ええ。
ウィンストン
ちがうよ、そういうことじゃなくて。 ああ、もう、上手く話せないな。 ちがうんだ、リリー、リリアーナ。 僕にとって、呼吸するときに必要な、 無くてはならないというか、 その、酸素のような、ああ、もう! 口下手で嫌になる。
リリアーナ
いいの、あなたの言葉で聞かせて。
ウィンストン
……怖いんだ、リリアーナ。 君が素敵すぎて、何も持ってない僕が、飽きられちゃうんじゃないかって。 僕の絵みたいに、噛むだけ噛んで、味が抜けた、僕の絵みたいに。 ただのレストランの給仕で、お金もなくて 性格も悪くて、何も、何も持ってないぼくが 君を好きになんて、なっちゃいけないような気がして。
リリアーナ
うん。
ウィンストン
君が好きだと言ってくれた絵すらも、 もし、もしも 「上手く描けなくなってしまったら」 「評価されるでもない」 「賞賛されるわけでもない」 「僕の絵が、興味の無いものになってしまったら」 本当に 僕には何も無くなってしまうんじゃないか、って。
リリアーナ
うん。
ウィンストン
それが、怖くて。
リリアーナ
描けなくなってしまってたのね。
ウィンストン
……うん。
リリアーナ
馬鹿ねえ。
ウィンストン
あ……
リリアーナ
ほんと馬鹿。 絵を描くあなたがすき。 「でも、今は」 カルボナーラを啜って感動するあなたがすき。 ナイルワニの話で笑い転げるあなたが。 そうやって、自身をガムに例えてしまうあなたも。 「大事な親友のことを、大事だって素直にいえるあなたが」 全部すきよ。
ウィンストン
リリアーナ……。
リリアーナ
「何も無いなんてことないわ」 わたし、絵の才能はなかったけれど 男を見る目だけは宇宙一だわ。 お金なんてなくていいわよ。 お金がかからないデートができるあなたがすき。 くだらない私の話をいつまでも憶えてくれてるあなたがすきなの。
ウィンストン
リリアーナ。
リリアーナ
あなたの中には素敵がたくさんある。 世界中の誰が貶しても、世界中の誰があなたをガムだと言っても。 そんな視野の狭いこと、規模が小さいこと 私が跳ね除けてあげる。 ウィンストン、あなたはね。 ガムなんかじゃないわ。 きっとあなたは、ガムボールマシンなのよ。
ウィンストン
ガムボール、マシン。
リリアーナ
子供たちが、目を輝かせながら あなたの事をみつめる 何回回しても、永遠にあなたは カラフルで、ビビッドで 楽しさのつきないガムを私たちに出してくれるの。
リリアーナ
ねえ、ウィンストン。 私、あなたがすき。
ウィンストン
僕もだよ、リリアーナ。
リリアーナ
結婚する?
ウィンストン
それは早いよ。
リリアーナ
早くないわ、だって カラフルな魅力の詰まったあなたを 誰かに盗られる前に 早く私のものにしなくっちゃ。
ウィンストン
……僕なんかで、いいの。
リリアーナ
「あなたが」いいの。
ウィンストン
……泣きそうだ。
リリアーナ
泣いて!ウィンストン! そんなあなたもすき!
ウィンストン
や、やだよ、恥ずかしい!
リリアーナ
ふふ!恥ずかしいのも、可愛い!
ウィンストン
も、もう!
リリアーナ
ねえ、ウィンストン?
ウィンストン
うん。
リリアーナ
でもやっぱりね、あなたは絵の才能、あると思うの。
ウィンストン
え?いきなりなんだい。
リリアーナ
そんな予感がするのよ、だって、知ってる?
ウィンストン
ん?
リリアーナ
「売れる絵」と「心を打つ絵」は おなじじゃないのよ。
【場面転換
ウィンストンのスマートフォンが鳴る】
ウィンストン
なんだろう、メイヴからだ。
リリアーナ
出てみて。
メイヴ
ウィンストン!!!いまどこにいる!!
ウィンストン
わ、い、いきなりどうしたの! そんな大声だして!!
メイヴ
どこにいるんだ!!
ウィンストン
どこって……駅前……だけど。
メイヴ
今すぐ国立劇場に来い!
ウィンストン
な、なんで?
メイヴ
ガムボールだよ!!!
ウィンストン
え?
メイヴ
忘れたのか!ガムボール!ガムボールだよ!
ウィンストン
な、なんの話?
メイヴ
お前が!やったんだろ!審査員長の家にある納屋の!壁に!まいにち! 噛み終えたガムを貼り付けたって!
ウィンストン
げ。
リリアーナ
なに?どうしたの?
ウィンストン
バッドエンドかもしれない。
メイヴ
大変なことになってるんだよ!お前、そのガム、一体どうやって貼り付けていったんだ!
ウィンストン
ど、どうって…… 酷評された僕の絵を、ガムでそのまま描いてたけど……
メイヴ
よくやった!!!
ウィンストン
え、ええ?
メイヴ
賞レースどころじゃない! お前の描いた、その、「ガム絵画」が! 「近年最も価値のある現代アート」として! その審査員長に評価されて! 3億円の値がついたんだよ!!!
ウィンストン
……さ、ささささささ、3億!!???
メイヴ
だから言ったろ、ウィンストン!!! 楽しんで描くおまえは、最高なんだよ!!!
【場面転換
クロードの語り】
クロード
たちまちウィンストンという画家は、一夜にして著名な画家の仲間入りをした。 あの審査員長は、毎日更新されていくガムによるドットアートに「芸術性」を見出したってこと。 それは、賞レースの為に描かれた中身のない絵なんかじゃなく。 「嫌がらせ」すらも楽しみながら、素直に描いたウィンストンの才能がそこに見えたってこと、なのかな。 でもあの人、やっぱり角のないユニコーンなんだ。 3億円の価値がついたガム絵画。 売ったお金で何をしたと思う? リリアーナとの結婚資金? いやいや。 大豪邸をたてて、お金持ちの仲間入り? 全然違う。 ホリベス中のコンビニエンストストアに 無償で設置したんだってさ。 ガムボールマシンをね。
【場面転換
ある日の国立劇場】
リリアーナ
ウィニー、こっちこっち。
ウィンストン
ご、ごめんごめん、遅れちゃった。
リリアーナ
大丈夫、まだ余裕あるよ。 ふふ、今日はどうして遅れたの?
ウィンストン
それがさ、右足と左足の靴下の長さが合わなくて ハサミで調節してたらこんな時間になっちゃって……。
リリアーナ
切ったの?
ウィンストン
う、うん。
リリアーナ
靴下を?
ウィンストン
そうだよ?
リリアーナ
あはは!他の靴下にすれば良かったのに。
ウィンストン
あ、あああ!そっか。 なんか、この靴下じゃなきゃいけない気がして。
リリアーナ
ふふ、変な人。
ウィンストン
あ、あははは。
リリアーナ
で、いつ私の両親に会ってもらえるのかしら?「現代アートの巨匠」さん?
ウィンストン
や、やめてよー!そんなんじゃないよ! ただの、レストランの給仕なんだからさ。
リリアーナ
ただの、じゃないよ。
ウィンストン
え。
リリアーナ
「私の大事な」レストランの給仕。
ウィンストン
……そうだね、ありがと。 でも、ご両親との挨拶か。 緊張するな。
リリアーナ
あら、どうして?
ウィンストン
だ、だって初めて会うし。
リリアーナ
あら、初めてじゃないわよ。
ウィンストン
え?
リリアーナ
少なからず一回は会ってるし、私の家にも来たことあるわ。
ウィンストン
どういうこと?
リリアーナ
私の家の納屋に、貼り付けてたじゃない、ガムを。
ウィンストン
……え?
リリアーナ
ん?
ウィンストン
ええええええ!!!????
リリアーナ
ふふ、知らなかった?
ウィンストン
し、知らなかった。
リリアーナ
知っているようで知らないことも、知らないでいて知っていることもある。
ウィンストン
君といると、本当に、退屈しないよ。
リリアーナ
ふふ、ありがと。ねえ、今日の劇はどんな内容なの?
ウィンストン
ああ、なんでもね、 公演の1ヶ月前に急に脚本を変えたみたいなんだ。
リリアーナ
1ヶ月前!?
ウィンストン
そう。急にね。
リリアーナ
な、なんでそんな急に?
ウィンストン
脚本を担当した、若き天才俳優が どうしてもその話にしたかったんだってさ。
リリアーナ
その話? どんな話なの?
ウィンストン
1人の売れない画家が、天才役者の背中を押して 最後にチャイを飲む話さ。
リリアーナ
……それは、楽しみね。
ウィンストン
ああ、ほら、そろそろ始まるみたいだ。 国立劇団、クロード・クリスウェルの初の舞台。 「グリーン・ブーツ」
――― 【おしまい】
ガムボール