夢だったんだ…
『夢だったんだ…』
『なぁ俺明日行って来る…』
『そう…見送りには行かないよ。仕事だもん』
『冷てェの』
『…どのぐらい?』
『二週間で切り上げて来る気だけど…』
『延びるかもしれないの?』
『ん? うん…』
『そう…。断れなかったの?』
『ライザからの頼みだからね』
『私とライザ、どっちが好きなのよ』
『両方…』
『犬に食われて死んで来い!』
『酷いな…』
『早く帰って来てよ』
『分かってるよ。ごめんな…』
ツーッ、ツーッ、ツーッ…。
通話の切れたケータイなのになかなか手離せなかった。
写真の専門学校に通ってた頃私は彼と知り合った。
私は彼にひかれその頃からズルズルと付き合って来た。
当時講師として来ていた『金髪グラマー』で有名だったライザの講義を受けてから彼は戦場写真に興味を持ち専門学校を卒業した後ライザと二人で戦地に向かった。
私は写真を諦めある程度安定した普通のOLになった。
写真だけじゃ食べていけないと思ったわけじゃない。それなりに自信はあった。
でも私は安定した生活を選んだ。
それから二年がたった現在…。
「ハァ…」
私はカレンダーを見て溜め息を吐いた。
今日は出掛けようと思って居たのに支度してる最中急に雨が振り出して落ち込んでる様なそんな気分が、彼が旅立ってからずっと続いていた。
『寂しい』と言う言葉で片付けて仕舞えば簡単かもしれないが、そんな言葉じゃ収まらない感情が私に溜め息を吐かせる。
有名でも無い内戦に彼はライザと向かった。
それが彼の仕事だと頭では分かっていた。
実際彼の撮って来た戦地の写真はいつも何かを訴え、個展を開けば「何故か分からないが良い写真だ」と必ず称賛された。
写真をやめた私と写真を続けた彼…。
そんな彼の才能に少なからず私は嫉妬していた。
けどそれよりも彼が心配だった。
彼が無事に帰って来るまで私の溜め息は続くんだと思うと余計に気分が下がり、憂さ晴らしに毎日仕事が終わると一時間だけ彼の部屋へ行き散乱してる写真やネガを整理しに行く事にしていた。
帰って来た彼に『待ってる間整理してあげたんだぞ』と見せつけたかったのもあるが、本当は私が『充電』しに行く為だった。
彼が戦地に行ってから十日が過ぎた。
私はいつものように彼の部屋で写真を片付けて居ると突然ケータイが鳴り、出た。
「ハロー…ミク」
「ライザ?」
「キョウジガ、シンダ…」
「え?」
「キョウジガ、シンダ…。ミク、ゴメン。ミク、ゴメン…」
電話の向こうで何度も呟くライザは泣いていた。
でも私は泣けなかった。
ライザの片言の日本語が通じなかったわけじゃない。
ただ、泣けなかった。
受け入れられなかっただけかもしれない…。
彼の遺体は検疫状の問題で国内には運べなく他国で火葬した後ライザがこちらに送って来てくれた。
身内のいない彼の遺骨と荷物を引き取った私は彼の部屋で箱を開けた。
持って行く時は必ず綺麗に磨いていた愛用のカメラはレンズが割れフィルムは入っていなかった。
私は何気無くそのカメラを構えた。
彼が最後に撮ったのは何だったんだろう。
ライザの手紙には彼の死んだ理由は戦地で巻き込まれた村の少女を助けたからだと書いてあった。
私は遺骨の入った小さな箱を撫でながら「…普通さ、戦地行ったらさ、自分の事を一番に考えてよ…」なんて呟いた後、急に目頭が熱くなり感情的になる自分を止める事が出来なかった。
「分け分かんないよ! 急に死んだって言われても困るよ! これから私どうしたら良いのよ! ねぇ私がどんな思いで待ってたと思うのよ! どうしていつも反対しなかったと思ってるのよ…」
彼の遺骨に罵り、泣き疲れた私はカメラと遺骨箱を抱え眠っていた。
それからどのくらいたったのか目を開けると夕日が沈んだ直後のような薄暗さの中カメラを磨く彼と目が合った。
跳び起きると「何驚いた顔してんだよ」と彼は笑っていた。
夢だったんだ…良かった…。
「ねぇもう戦地には行かないで」
「え? 何で?」
「もう後悔したくないの」
「何分け分かんない事言ってんだよ。寝ぼけてんのか?」と彼は口の端を持ち上げ笑った。
「そんな事…」
「悪いけど俺は戦地に行くよ」
「何で?」
急に、彼の口は動いてるのに声が聞こえなくなった。
どうして聞こえないの…。
口が動かなくなると彼はまた口の端を持ち上げ笑っていた。
目が覚めると薄暗く、彼は居なかった。
起き上がり、頬に流れる涙を拭った。
やっぱり夢だったんだ…。
『俺、戦争知らない奴に知ってほしいんだ。
自分には関係の無い、世界の何処かで起きてる戦争かもしれないけど、
そのせいで泣いてる人が居るって。
だから悪いけど俺は戦地に行くよ』か…。
カッコ良すぎるよ…。
- end -
『ケータイ』
深夜零時過ぎ、眠る少し前。
私は彼のケータイに電話をかけた。
トゥルルルルル…トゥルルルル…。
二回目のコール音の後直ぐに留守番電話につながった。
『ただ今電話に出れません。発信音の後に用件と名前を…』
と言う彼が自分で吹き込んだ声の後、ピーーーと甲高い機械音が鳴った。
「私。今日ね専門学校の頃仲の良かった亜紀から「プチ同窓会しない?」って連絡が来たの。で、恭志の声が聞きたくて、かけたんだけど…」
ふと鏡ごしにニヤけてる自分と目が合い、私は咄嗟にケータイの電源を切った。
「何やってるんだろう。私…」
我に返り少し恥ずかしく少し悔しかった。
彼が亡くなってから半年が過ぎ、彼が存在しなくても何も変わらず一日が始まり、一日が終わる。
そんな日常に最初はうんざりしていた。
でもいつの間にかそれが当たり前になり、急に彼の声が聞きたくて電話するようになった。
机の引き出しにしまっていたもう一つのケータイを取り出し、自分のケータイの隣に置いた。
色違いの二つのケータイ。
「おそろいで買ったのにね。私のは塗装剥がれちゃってもうボロボロだよ…」
私はほぼ新品の彼のケータイを開いた。
このケータイの持ち主はもういないのに、私のメッセージなんて聞いてさえくれないのに、私は今でもメッセージを入れ、自分で入れたメッセージを…。
『私。今日ね専門学校の頃仲の良かった亜紀から…』
ピッ…。
自分で消していた…。
自分の声に未練も執着も無いけど自分で自分の声を消す瞬間が嫌で、もう絶対電話しないって決めるのに彼の声が聞きたくて、彼と繋がっていたくて、いつの間にか電話をしていた。
やめたくても、やめれない。
手放す事も出来ない。
私にとってケータイは麻薬だった…。
もう少しだけで良いから、自分の気持ちに整理が付くまで私は持ち主のいないケータイの料金を払い続けようと思う。
だからもう少しだけ私のモノでいてね…。
そう思いながらケータイを閉じた。
- end -
夢だったんだ…
『夢だったんだ…』+続編の『ケータイ』を掲載。