1学級
【序】
『あたし、たっちゃんが好き……』
通り雨の過ぎ去った午後。
木村孝は彼女の美智代の言葉を思い浮かべていた。
通りがかりの書店の店先で美智代がある男と話し込んでいる。
偶然見かけた孝は少し気を焦らせ、物陰に隠れるようにして二人を見つめた。
すると、男が美智代の頬にキスをした。美智代も同じようにして男の頬にチュッとキスを返した。
『え……!?美智代……?』
孝は自分の目を疑った。
数分してぼんやり路地裏を歩く孝。
『!?』
その目の前には壁際に凭れて抱き合い、激しく口づけを交わす美智代と男の姿。
『……』
ザー
雨が降り出した。
「殺してやる……」
ザー
「ぶっ殺してやる」
【疑】
とある学校の教室。
机と椅子が片付けられ、ガランとした室内で、男女の生徒が賑やかに騒いでいる。
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に教諭・東がバンッと強くドアを開けた。
「おはよう生徒諸君」
「お、おはようございます……」
普段の東の雰囲気とは様子が違うと感じた生徒たち。一同、沈黙した。
「せ、先生……机と椅子がないのですが……」
「はい、広北中学3年1組のみんな、よく聞きなさい」
「……」
「今日、生徒が何人生き残るかテストする」
「え……」
東がニヤリと笑みをこぼす。廊下から教室に向けて一つの大きな風呂敷包みが投げ入れられた。
ドサッ
そこから、拳銃を手にする東。生徒を見渡し、
「いいですか、これはピストルです。一人につき一丁。弾は3発。これで殺したいヤツを殺せ」
「……なに言ってるんですか、先生……」
「あ、君。いつも通りに呼び捨てていいんだよ。教師に食って掛かるだろう」
「……」
「早く拳銃を取れ」
静まり返る一同。誰も銃は手に取らない。
「そうか……それなら先生独自にやらせてもらう」
東は包みから一番大きい銃を取り出した。
「これが何か分かるだろう、マシンガンだ」
息を飲む生徒。顔を青ざめる。
【撃】
東は教壇に立ち、教卓に名簿手帳を置いた。
「では、今から出席番号を呼ぶ」
片手にはマシンガン。
「えー、1番」
「はい!」
「おまえは常日頃、教師に対して生意気だ。護身用にとナイフを持参。死になさい」
ガガガガガ
ドサッ……
「キャアア!!」
悲鳴を上げる女子。
「次、2番」
「……」
「返事は」
「はい……」
「君は毎回テストが白紙。自宅では両親を困らせてばかり。やる気あんのか」
ガガガガガ
ドサッ…
「先生!どうして!!」
「さあ、どんどんいくぞー」
東は少し向きを変え、
「3番、4番」
「はい」
「おまえらは成績優秀。学年でも上位を示す。大したもんだ。座っていいよ」
焦る二人。息をついた。
「次、跳んで8番……」
「あずま!やめろ!」
一人の生徒が拳銃を取り、東に向けて狙いを定めた。
カチッ
「!?」
カチカチ
「あれ……弾が出ねえ」
「ハハハ、どうした」
「ち、ちくしょう!」
「いい度胸だ。一番先に狙われるのはオレだからな。弾は抜いておいた」
「く……くそう……」
東はズボンの左ポケットから拳銃を出し、その男子生徒の胸に銃口を突きつけた。
パンッ
「その勇気は褒めてやるよ」
ドサッ……
東は怒りを抑え、黒板をドンッと拳で叩いた。
「あー、めんどくせえ!ランダムに殺るか!」
ダダダダダ
【減】
生徒の数が半減した3年1組の教室。東はフーッと息を吐く。
「いいか、おまえたち。今の現代社会、おかしいと思わないか」
「は、はい」
「そう思うだろう、3番」
「はい、この社会はもうダメです。狂ってます」
「その通りだ。いいこと言うね。毎日のように人が刺し殺され、頭に立つ者も事件を起こしている。異常だ」
「そうですね……」
「そんな世の中で、学力に精を出し、いいとこの高校、大学に進学」
「……」
「そして、一流企業に入社。それで本当にいいと思うのか」
「いいえ……」
「3番、真面目にそう思っているのか?」
「……」
東の表情が少し険しくなり、
「おい、5番」
「はい……」
「おまえにとってこの3番はどんな存在だ」
「イジメの根源です……」
「詳しく言ってみろ」
「はい、1年の時、他のクラスの女子と一線を越えた仲だと決めつけ、周りに言いふらされました。それがきっかけで全学年からイジメの的に……」
「イジメの内容は?」
「無視され、時には暴力を振るわれ……」
東が拳銃を取り、5番に手渡した。
「殺れ」
「え……」
「仕返しだ」
【殺】
「先生……」
東は目を凝らして5番を見つめる。
「これは命令だ」
「……はい」
額に汗が流れる3番。
「わ、悪かった……悪かったよ……」
「オレはおまえが思う以上に苦しい学校生活だった」
「……」
「イジメを受けた側の気持ち、おまえには分からない」
「待て……待ってくれ!」
「すまねえ」
パンッ
ドサッ……
「ぐう……銃が手から離れねえ……」
一人の女子が5番を凝視し、体を震わせる。
「た……たっちゃん……」
「……美智代」
「そんな……」
「オレ、おまえも信じられない」
「なんで……」
「自分の胸に聞いてみろよ」
「……」
「部活の先輩、つまり、卒業生。ヤツと寝たんだろ?」
「……たっちゃん……」
「おまえも死ぬか?」
「い……いや……たっちゃん、ごめんね!ごめんなさい!!」
パンッ
【赦】
6番の碓氷が4番を見る。
「孝……なんで4番を……」
孝は美智代でなく、その背後にいた4番の男子生徒を撃ち抜いた。
「いや、こいつも共犯だから。3番と一緒になってオレをバカにした。テストの点数が低いって理由で」
「孝……」
「オレは勉強ができなかった訳じゃない。単に集中できなかった。家で親に虐待されてたから」
「あ、ああ。それを知っているのはオレだけだ」
「そうだ碓氷。おまえはオレを救った。親友だ」
東がニコリとし、腕をふるった。
「よし、次は女子だ。はい、川原、この子をバカにした女ども。理由を述べろ」
数人の女子が青ざめた表情で、
「先生、私たちイジメなんてしていません」
「嘘をつくな」
ガガガガガ
ドサッ……
「東先生!ごめんなさい!殺さないでください!!」
「わかった。じゃあ、先生が説明しよう」
「……」
「バスケ部の連中。おまえら、川原にわざと体当たりしたり、頭にボールをぶつけたり、いや、それ以上にひどいイジメをしていたそうだな」
「……」
「なぜだ」
「……それは……」
「それは?」
「私たちがやらないと自分たちがひどい目に……」
ガガガガガ
「バカヤロウ」
東はボソッと呟いた。
【戦】
さらに半減した1組の生徒。
東が再びピストルを取り出し、一つの弾を詰め込んだ。弾倉を回転させる。
「では、孝、碓氷、牧内、美智代、真理、川原。おまえたちは最後の戦士だ」
「……」
「ここでルールを変更する」
「……何をするんですか……」
「ロシアン・ルーレット」
「え!?」
「順番に銃口を頭に突きつけて引き金をひけ」
「……」
「弾倉を回して、空砲ならラッキーだ」
「……」
「限定二人。二人が生き残った時点で終了」
「そんな……」
マシンガンを教卓に置く東。残った生徒をじっと見入る。
「孝、おまえから」
「はい」
カラカラカラ……
孝は弾倉を回して自らの頭に銃口を向けた。
「たっちゃん、やめて!」
美智代が孝に向いて叫ぶ。
「うるさい!噂じゃ、おまえは誰とでも寝るって言ってた。もう彼女とも思ってない」
「そんな噂どうでもいい!たっちゃん、死んじゃ嫌!!」
「そんなこと言っても遅いんだ!!」
カチッ
「はあ……」
東は冷静に、
「次、牧内」
「くそ……なんで……」
牧内が川原をじっと見て、唾を飲み込んだ。
「川原、オレはフラれたけど、それでも好きだった」
「牧内くん……」
孝は慌てて牧内に体当たりした。
「やめろ!」
「止めるな、孝。いいんだ、いいんだよ!」
「死ぬな、死ぬんじゃない!」
「オレみたいなヤツが生き残ったところで一体何があるって言うんだ!」
その言葉を耳にした東はニッと笑みを浮かべる。
牧内は続けて、
「川原、君は生きろ。好きになったこと、ゴメンな」
「嫌……嫌だ……牧内くん、死なないで。私、フッたとかじゃないの。人に愛されるってこと、知らなかったから」
「わかってる、わかってるよ。そんなのわかってる!!」
パンッ
ドサッ……
「イヤァーー!」
牧内の死を前に錯乱する川原。孝が必死に川原を抱き抱える。
「放して!私、死ぬ!牧内くんの元へ行く!!」
「しっかりしろ、川原。気をしっかり持て!」
「こんなこと、ないよ!学校で殺し合いなんて、おかしいよ!先生もみんなも狂ってる!!」
孝は涙ぐみ、ピストルを拾って握った。
「オレが死ぬよ。今日、人を殺した。二人も」
弾を詰め、頭部に銃口をつける。
美智代が咄嗟にピストルを奪い、
「あたしが……死にます……」
「美智代……」
「たっちゃん、気づいてる?碓氷くんと真理ちゃん。窓から飛び降りたよ」
「え!?」
「二人はこの世で生きるのに限界だったみたい」
「碓氷……真理……」
「あたしも……限界」
「死ぬな、美智代」
「でも、これだけは言わせて」
「……」
「あたし、誰とでもなんて寝ないから」
パンッ
「美智代ーー!!」
【傷】
イヤホンマイクを手にする東。
「校長、これをもってゲームオーバー、終了です」
「ーー」
「あれ?応答がないな」
孝は川原の手をとり、
「川原……その心の傷、聞かせてくれないか?」
「……」
「あ、でも言えないなら無理しなくていいよ」
「ううん、平気だよ。今なら言える。今日、起きたことに比べたら、何てことない」
「そうか……」
「私ね、幼い頃、親戚の家に預けられたの。そのことが原因よ」
「何かされたのか?」
「うん、伯父に服を脱がされた」
「なに……」
「それから、肌を触られて……」
「くっ……」
「今で言う性被害ってことになるのかな……」
川原は涙し、孝の手を握り返した。
「川原……おまえ、もっと酷いことされたのか」
「私、誰も頼れる人がいなかった……助けを求めても……誰も……」
孝は川原の悔し涙をそっと手で拭った。川原はその指に触れ、
「孝くんも大変だったの?」
「あ、ああ。まあね」
「虐待されてたんだ……」
「うん、毎日が地獄のようだった。家でも学校でも」
「でも、強いね。孝くん」
「そんなことないよ。落ちこぼれだし……」
孝は次第に川原に惹かれていくのを感じた。
「おーい」
廊下から教室に入ってくる教諭・東。
「校長が何処にもいないんだよ。どこかで首吊ってるかもしれないな」
「先生……」
「おっと、冗談冗談。ところで、おまえたち優勝者には夢の逃避行券。受け取れ」
東は一枚の紙切れを孝に手渡した。
「オレたちクラスの集合写真……」
「すぐに校庭へ行け。迎えのヘリが待機している」
「先生はどうするんですか」
「オレのことはいい。警察沙汰では済まないことを仕出かしたんだ。仮に助かっても閻魔様が黙っちゃいないだろう。早く行け」
「はい」
孝と川原が急いで階段を駆け降りる。踊り場で振り返る二人。
「先生、ありがとう」
東はニコリと笑った。誰にも見せることのなかった笑顔。孝は胸を傷めた。
【命】
昇降口を出た二人。校庭のヘリコプターに乗る。
バタバタバタバタ……
孝と川原を乗せたヘリは、西の方角へ飛び立った。
東が校庭の真ん中で拳銃を片手にゆらりと立つ。
数分して黒塗りのヘリコプターが北の方角からやってくる。
「おでましか……」
東は身構えて、
「すべては計画通りだ。このクソッタレの社会、冗談もほどほどにしろってんだ」
バタバタバタバタ……
『東教諭、無駄な抵抗はやめなさい』
ヘリに設置されたスピーカーから戦闘員の声が響く。
東はフゥーと息をつき、
「抵抗できる訳がないだろう。武装ヘリに対して一人の人間がさぁ」
手にした拳銃を自らの頭に突きつけた。
ダダダダダダ
マシンガンで豪快に撃たれる東。
『抵抗はやめなさい。さもなければ撃つぞ!』
「ぶへぇっ……もう……撃ってんじゃん……」
ドサッ
ヘリが陽の光りに重なる。孝は雨降りの日を思い出していた。
ザー
「殺してやる、ぶっ殺してやる」
「待て、孝」
「先生……」
「どうせ、やるなら、とことんやるまでだ」
ザー
孝にとって唯一の理解者、教諭・東。
3年1組の写真を眺めながら、
「先生もオレたちと同じ傷を……」
涙ながらに呟いた。
「孝くん……」
「川原……」
「私たち……生きよう……」
「ああ、死んでも、生きよう……」
命を落としていった生徒の声魂が雨のように降り注ぐ。怒気が漂う大地の影が次第に黒く覆っていく。それは暗黒の闇と一点の光りに重なり、生と死の間で繰り返される。
孝・川原 消息不明
残り人数 0
【完】
1学級