還暦夫婦のバイクライフ 44

リン、ドイツ館に惹かれる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を越えた夫婦である。
 5月の連休も終わり、まるで夏が来たような暑さが始まった。そして例によって例のごとく、週末の天気が芳しくない。
「ジニー、休みの度に雨だね。ちっともバイクに乗れないや」
「仕方ないな。雨ではね」
ジニーも肩をすくめる。代替えしたばかりのバイクも動かせていない。車で動くのが2週続いたが、久しぶりに天気予報から雨マークが外れた。
「ジニー明日雨降らないみたい。私、久しぶりにドイツ館行きたいな」
「ドイツ館?徳島の?なんでまた?」
「ん~?さあ?なんとなく」
「ふ~ん。じゃあ、明日はドイツ館で」
ということで、5月18日は徳島のドイツ館に行くこととなった。
 18日朝、早めに起きたジニーは台所に向かう。まずは湯を沸かしてコーヒーを淹れる。それから目玉焼きを作り、ソーセージをゆでる。コーヒーを飲みながら朝食を済ませ、洗いあがった洗濯物を干す。
「お早う。天気どう?」
「お早うリンさん。天気は大丈夫そうだね。晴れ渡る青空とはいかないけれど」
「暑いかな?」
「どうかな。リンさんご飯は?」
「食べる」
リンは食卓に付いて、朝食を取る。
 食器を洗い、かたずけを済ませてから出発の準備にかかる。ジニーは外に出て、ガレージからバイクを引っ張り出す。8Sに専用サイドバッグを取り付ける。身支度が出来たリンも外に出てきて、自分のバイクをセットする。
「ジニーガソリンは?」
「この前満タンにしてから走ってないと思うけど。僕のは給油しないと・・・あれ、何故満タン?」
「4月末にお誕生割引で満タンにしたでしょ?あれから走っていないのでは?」
「あ~、確かに走っていないや。5月に入って雨ばかりだったから、車で動いたんだった。スタンド寄る手間が省けたな」
「そうね、とにかくさっさと動きますよ」
リンにせかされて、ジニーはエンジンを始動した。
 10時10分、自宅を出発して南に向かう。はなみずき通りから松山I.C.へと向かい、高速に乗る。ジニーはETCがちゃんと作動するか用心しながらゆっくりとゲートをくぐった。
「お~無事通れた」
「普通通れるでしょ?」
「うん、そうなんだけど、アンテナが少しオフセットしてるから。もしかしたらということもあるからね」
「ふ~ん」
無事ゲートを通過したジニーの8Sは、導入路をぐいぐいと加速して、本線に乗る。
「あ~これ、らくちんだ~」
ジニーは動力性能にご満悦だ。
「ジニー入野で止まるよね」
「うん。止まるよ」
二人は入野を目指して、徐々にペースを上げてゆく。風切り音が大きくなり、通話が聴き取れなくなる。お互い無言でひたすら走り、入野P.A.に到着した。駐輪場に止めてヘルメットを脱ぐ。
「ジニーおなか空いた。何か食べる」
「え?朝ごはん食べてたよねえ」
「少ししか食べて無いよ?」
「そうなんだ。いりの亭でご飯食べる?」
「いや…コンビニで何か調達する」
二人はコンビニに立ち寄り、サンドイッチ2個とほうじ茶を買った。それからいつものベンチに向かい、腰を下ろした。
「ドイツ館って、どこで降りるんだ?」
ジニーはサンドイッチをほおばりながら、地図を呼び出して確認する。
「あ~藍住I.C.か。降りて県道1号左折、川渡って県道12号線右折か。あとは案内板があるだろう」
「わかった?」
「だいたいわかった。近所まで行ったら標識があるでしょう」
「そうかもしれんけど、ジニー近頃あやしいからねえ」
リンが疑わしそうにジニーを見る。
「さて、行きますか」
ジニーはゴミを袋にまとめ、ベンチを立った。ゴミをゴミ箱に放り込み、バイクに戻る。出発準備を整えて、11時40分入野を出発した。
 本線に乗り、ペースを上げる。川之江J.C.T.から高知、徳島方面に向かい、その先のJ.C.T.で徳島道に入る。そこからは片側1車線になる。呑気さんに先導されることが多い徳島道だが、今日は前を走る車もなく、快適に走ってゆく。インカムは風切り音で聞き取りにくいので、ひたすら黙って走る。時々遅い車に詰まりながらも、藍住I.C.に着いた。そこから一般道に出る。県道1号線を左折して道なりに走り、道の駅いたのを左に見ながら通過して、旧吉野川にかかる橋を渡り県道12号へ乗り換える。第1番札所霊山寺方面へ走ってゆくと、ドイツ館の案内標識が見えてきた。案内に従って左折し、高速道の下をくぐると左手にドイツ館が見える。手前の道の駅第九の里の駐車場に、バイクを止める。
「ふう、着いた。何時だ?・・・13時か。入野から1時間20分かかったな」
「ん~、首が痛い」
リンが自分の首をもむ。
 二人は写真を撮りながらドイツ館へ向かった。
「大人2名、あ、JAF割お願いいたします」
ジニーはJAF会員証を提示して、賀川豊彦記念館との共通券を2枚、2割引きで手に入れた。
「ジニー賀川豊彦さんって、何者?」
「さあ?行けば分かるよ」
「それもそうね」
二人はチケットを仕舞い、二階へと階段を上がる。
「リンさん、前来た時も思ったけれど、ドイツ人ってすげえなあ。収容所内で通貨を作ったり店作ったり、新聞発行したり。何この新聞。100ページくらいありそう。僕の収容所のイメージって、施設に閉じ込められて何もできず、ご飯喰ったりたまに運動したりするところなんだよね」
「そのイメージって刑務所だね。第一次世界大戦だから日本は戦場にならなかったし、国内に捕虜を受け入れる余裕と寛容さがあったんでしょうね」
「そうだな」
ジニーはうなずく。資料を見ていると、主戦場だったヨーロッパの収容所の悲惨な状況の記述があった。ふと気づくと、隣に外国人ご一行が展示を見ていた。観光で来たようだ。ドイツ語の資料を一心に読み、写真を撮っている。
「あ、館内撮影禁止だけど、せっかくここまで来たんだもんな」
ジニーは見ぬふりを決め込んだ。
 一通り展示を見てから、1階の売店に向かう。お土産を数点購入して外に出る。一度バイクに戻り、買ったお土産をバッグに片付ける。そこから道の駅隣にある賀川豊彦記念館に向かった。
 館内に入ってチケットを見せる。それから1階の展示を見ていると、ガイドのおじさんに声をかけられた。
「私、ボランティアガイドをやっています。よろしければご案内いたしますが?」
「あ、ん~、はい、お願いいたします」
ジニーが答える。
 ガイドさんは、賀川豊彦を熱く語った。大正から戦後まで活動したキリスト教牧師で社会活動家で、日本では無名なのに世界では超有名らしい。ガンジー、シュバイツァーと並んで現代の三大聖人とのことだ。
「リンさん、知っとった?」
「全然知らんかった」
「ノーベル平和賞候補に何度も上がっていました。いよいよ受賞ほぼ確定という時に、残念ながらお亡くなりになりました」
「そうですか。こういう偉人が国内で無名というのは残念ですね。日本人の横並び意識がそうさせるのかな?」
「出る杭は打たれる?」
「リンさん、それな!」
ガイドさんの説明を聞きながら、展示を見て回る。一通り見終わり、ガイドさんにお礼を言って記念館を出た。
「リンさん、前来た時見れなかった慰霊碑見に行こう」
「どこにあるの?」
「え~っとね。高速道の南側にドイツ村公園があって、その一角にあるみたい」
「バイクで行った方が良くない?」
「いや、すぐそこだから、歩いていこう」
「ふ~ん?」
ジニーは地図を見ながら歩き始める。リンと二人で畑の中のあぜ道を行くが、思ったより距離があった。
「ほら~ジニー。結構歩くじゃない」
「ほんまや~」
そんなことを言いながら、二人は歩いてゆく。やがて公園入口にたどりつき、中に進む。所々に遺構が残っている。慰霊碑は坂の上にあるようだが、下からは見えない。きれいに舗装された道を登り、しばらく行くと慰霊碑が2つ並んで立っていた。
「こっちの大きい方か?」
「ジニー違うって。こっちだって」
「え?写真だとこっちが・・」
「よく見てみ。こっちだって」
ジニーは近づいて良く見る。
「あ、本当だ。こっちの小さい方だ。じゃあ、こっちの大きい方は?」
「え~とね。こっちは全国の収容所で亡くなったドイツ兵の合同慰霊碑だって。76年に建てられてたらしいね」
「へえ~」
ジニーは2つの碑を、しげしげと眺めた。
「さて、ジニー戻ろう。私売店に寄りたい」
「うん。この坂を上り切ったら、道の駅に戻れるようだ」
ジニーは地図を見ながら周囲の様子を確認する。二人は坂を少し登り、高速道路の横に出た。そこにかかっている橋を渡り、反対側に行く。渡り切った所の左手奥に高速バス停があり、正面には登山道が細々と続いている。右手には道の駅から上がって来る急で長い階段があった。
「リンさん。こんなところにバス停あるけど、誰が使うんだ?道の両側から草が覆いかぶさっているし、そもそも荷物持ってこの急で長い階段上がって来るのか?」
「無理でしょうね」
「だよね」
二人は右手の階段を下りる。ジニーは転げ落ちないように用心しながらゆっくりと下りた。降りた所は先ほどの記念館の裏手だった。裏手の道を歩き、道の駅の売店に向かった。しばらく物色して何点か買って、店を出る。バイクまで戻ってバッグにお土産を詰め込み、時計を見る。
「16時か。天気が怪しいな」
ジニーは周囲の空を見回す。
「県道41号で山越えは・・・無理だな。どう見ても雨雲に突入するし、時間も遅い」
「ジニー、徳島道も雨雲にもろ当たりだね」
「う~ん、じゃあ、板野I.C.から高松道に乗って帰ろう」
行く方向を決めて、二人はバイクを発進させた。県道41号から県道12号に戻り、右折して板野I.C.に向かう。入り口案内が見づらくて通り過ぎるがすぐに気付き、引き返して高速道に乗った。そのまま高松に向かって走る。
「リンさん、丁度雲の切れ間を抜けられそうだ」
「おお~、右も左も真っ黒い雲だねえ。路面も濡れているし、さっきまで降っていたみたい」
「とっとと抜けよう」
ジニーとリンはペースを上げる。瀬戸内側に入ると空も明るくなり、雨の心配も無くなった。
「ジニーどこかでご飯にしよう。おなか空いた」
「昼抜きだもんな。ここからだと府中湖P.A.だけど」
「その先は豊浜S.A.か。う~ん。豊浜まで走ろう」
「わかった」
二台のバイクは高松市を走り抜け、府中湖P.A.をスルーする。
「あ~眠いー」
「リンさん大丈夫か?」
「何~?何言ってるか分からんー。声が割れてうじゃうじゃーとしか聞こえん!」
「む!」
風切り音に負けないように声が大きくなると、音が割れて聴き取れなくなるらしい。かといって声を落とすとこれまた聞こえなくなるようだ。このあたりがインカムの限界かもしれないとジニーは思う。
「ねむいーねむいー」
「リンさん、あと15Kmだから」
「何言ってるかきこえん」
「こりゃだめだ」
「何がダメなんよ!」
「・・・聞こえとるんかい」
「ねーむーいー」
「あと10Km」
「何~?」
「何でもないです」
眠くて不機嫌になるリンに、ジニーはいつも困ってしまう。こんな時以前は何か面白いこと言えとか無茶ぶりされていたが、最近はそれはない。ジニーは面白いことなんか言えんというのを理解したようだ。
 大野原I.C.を過ぎて、ジニーは少し減速する。
「リンさん、もうすぐだ」
「はい。やっと着いた」
2㎞ほど走って豊浜S.A.に滑り込む。駐輪場にバイクを止め、ヘルメットを脱いで息をついた。
「ふう、疲れた。何時だ?」
ジニーはスマホを取り出して時刻を見る。
「17時か。まだまだ明るいなあ」
「ずいぶんと日が延びたねえ。さてジニー、ご飯にしよう」
二人はフードコートへ歩いてゆく。
「今日はレストランでまったりとしよう」
リンの意見で讃岐将八うどんに入る。二人は空いている席に座り、ジャケットを脱いで身軽になる。
「何にしょっかなー」
リンはメニュー表としばらく格闘していたが、わかめうどん鶏天丼セット、ジニーはサクッとぶっかけとミニ天丼セットに決めて発注する。しばらく待ってやって来たうどんを、早速手繰る。
「あ~うま~。温かくてほっとする」
リンは顔を緩めて満足する。ジニーはがつがつ天丼を平らげ、ぞぞっとうどんを吸い込む。見る間に完食して水を飲み、ほっと息をつく。
「早!もう食べたん。どんだけ腹減らしとったんよ」
「うん。満足だ」
「ついでに私のご飯少し食べる?」
「もう要らんの?」
「ちょっと多いかな」
「食べるけど、随分小食じゃないか」
「そんなこと無いよ。はいこれ。御新香もつけるから」
そう言ってリンは、ジニーにご飯と漬物を寄越した。それをジニーはきれいに平らげる。
「もう喰えん。腹いっぱいです」
二人はご飯を食べ終わって少し休憩する。おなかが落ち着いてから店を出た二人は、売店をブラブラする。
「リンさん、きびだんごあるよ」
「一つ買ってもいい?」
「どうぞ」
きびだんごに目が無いリンは、見つけると必ず一個買って帰る。S.A.には近隣の名産品が置いてあるので、わざわざ岡山まで行かなくても買える。徳島行ったのに、岡山のきびだんごがお土産というのも有りなのだ。
「さてリンさん。暗くなる前に帰ろう」
「うん」
二人はバイクに戻り、出発準備をする。
「ガソリン無いから給油するよ」
「は~い」
バイクを発進させ、スタンドに寄る。2台並べてハイオクを入れる。リンがスマホで燃費を計算する。
「えーとね、ジニーのは24Km/lだね」
「高速走るとさすがに27Km/lは無理か」
「私のは、27Km/lだね」
「何い!SSなのに27㎞?ありえん」
「そう言われてもねえ」
「まあ、パワーバンドで回していないからそんなもんか。それよりハイオク217円はすごいな。さすが高速のスタンド。この価格は初めてだ」
「早く暫定税率廃止にならないかな。無くすって言ったんだから、早く無くしてもらいたいよね」
「全くだ!」
スタンドを出発して、二人はひたすら走る。ペースを上げて距離を稼ぐが、西条を過ぎたあたりで夜のとばりが降りてしまった。
「ジニー前走って。そのバイクヘッドライトがまぶしい」
「そうなん?光軸ずれてんのかな?」
ジニーはリンと前後を入れ替わる。そのままのペースで松山I.C.まで走り、高速を降りてバイパスに入る。R56まで走り、右折して市内に向かう。市内を抜けて19時40分、自宅に到着した。
「おつかれ」
「お疲れでした」
バイクを車庫に片付けて家に入る。
「久しぶりに暗くなったな」
「スタート遅いもん」
リンさん、あなたが夜更かしの朝寝坊だからですよとは言えないジニーだった。

還暦夫婦のバイクライフ 44

還暦夫婦のバイクライフ 44

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-06-12

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