霜夜の境界線
謎の小屋、夏の肝試しにいかが?
プロローグ
北海道B町F地区、午前9時40分
ある女子生徒たちが噂する。
「ねえ聞いた?」
「え?なに?」
「町外れで街灯もないところに、『かえれない小屋』があるんだって」
「え……こわい……」
第1章 「肝試しという名の遠足」
「うわっ、やべ……ホントに来るんだ、あの小屋に……」
川上リクトは、バスの窓に額をくっつけたままつぶやいた。
その視線の先、車窓から遠く見えたのは、森に埋もれるようにして建っている一軒の小屋だった。
窓は割れ、屋根はゆがみ、まるで人の気配なんて何年もなかったような――まさに“それっぽい”建物だった。
「やべー、楽しみすぎて昨日寝れんかったわ」
後ろの席で笑っているのはオカルト研究部部長、佐伯ユウト。
声がでかい。やたら元気。おまけに全体的にうるさい。
でも、なぜかクラスではそれなりに人気があるタイプ。
「つーかお前さ、部誌のネタってことでみんな巻き込んだくせに、あんたが一番テンション高いじゃん」
小柄な女子の声。斜め前の席に座っていた高梨メイだった。
メイはスマホの画面を見ながら、ずっと何かメモを取っている。
「だってさ!見出しがもう浮かんでるんだよ。“七人の中一、呪われた小屋で遭難――真相は部誌で明らかに!”とか!」
「遭難すんの!?冗談やめろよマジで!」
助手席に座っていた谷口トウマが振り返る。
全員の荷物をまとめて持ってきた優等生タイプの彼は、こんなイベントには明らかに向いていない。
それでも来たのは、部としての“公式活動”だと思っていたから――だろう。
「まあまあ、現地でなんか起きたらすぐ先生に連絡するから~」
部誌の編集担当で、普段は一番物静かな岸本ミナが、珍しく声を上げた。
背は高いが姿勢が悪く、カメラを持って座っているその姿は、どこか“遠くを見ている”感じがする。
「あのさ……今さらだけど、顧問の先生とか……いないんだよね、やっぱ」
小さく呟いたのは、車内の一番後ろにいた相沢ハル。
唯一の1年女子で、入部動機も曖昧なまま今に至る。
「いないよ。そもそも“自称”部だから」
メイが即答する。
ハルは何か言いかけてやめた。
そのまま、車内に少しの沈黙が流れる。
「はい、着いたぞー」
ハンドルを握っていたのは、唯一の外部大人、リクトの兄・ケイタ。
近所の大学生で、車を出す代わりに「面白い記事をくれ」と交換条件を出された“協力者”だ。
車はゆっくり止まる。
全員が窓の外を見る。
そこにあったのは――
本当に、あったのは、**「かえれない小屋」**だった。
「まって」
メイの声が響いた。
「ハヤトは?」
「大丈夫、先に行ってるって言ってた」
ユウトが答える。
ハヤトというのは、『井口ハヤト』のこと。
普段無口で自分のことはほとんど喋らない。部内でも屈指の謎キャラ。ただ行動力は人一倍ある。最近弟が亡くなってから、さらに少しだけ雰囲気が暗くなった。
「よし、俺はここでサヨナラだ。迎え欲しかったら電話くれ。楽しめよ!」
川上ケイタはエンジンをふかしてそうそうに帰っていった。ビビりだから急いでたのかな?
「楽しめるわけないだろ……」
心の声を漏らしてしまった。
「よし、開けるぞ……」
ユウトは率先して引き戸を開けた。北海道の玄関は二枚重ねであり、防寒のため引き戸になっている。
ガラガラガラ、と鳴り終わる頃には、すでに僕たちは引き返したくなっていた。
「うわ、これが……」
『かえれない小屋』
ユウトが引き戸を開けると、内扉の隙間から冷たい空気が吹き抜けた。
外より寒い。いや、空気が古いのかもしれない。
誰も言葉を発さなかった。
「……行くよ」
ユウトが小さく言った。
まるで誰かに向けて言っているようだった。
内扉を開けたのは、リクトだった。
手袋越しでも伝わる、取っ手の冷たさ。ガチリと音を立てて開けた瞬間、
何かの匂いが鼻をついた。
「なにこれ……木?土?それとも……」
メイが後ろで呟く。
空気が淀んでいた。ホコリ、湿気、カビ。だけど、それだけじゃない。
乾いた血のような、鉄っぽい匂いが混じっていた。
「カメラ、起動しておく」
ミナが無言でレンズキャップを外す。
パシャ、というシャッター音がやけに大きく聞こえた。
玄関から入ってすぐ、靴を脱ぐスペースもないほどの狭さ。
足元には古い新聞紙。薄暗い廊下。カレンダーのめくれかけた紙が風もないのに揺れていた。
「……ここが、ほんとに、あの“かえれない”って小屋……?」
トウマの声がわずかに震えていた。
誰も答えなかった。
だってこの時、まだ井口ハヤトの姿が見えなかったから。
「外から見た通りけっこう小さいね……」
ミナが弱腰になる。少し腑抜けた声だ。
「よし、それじゃあ探索しよう。ミナとハルは俺と探索しよう。残りはそっちの部屋とかを頼む。」
ユウトがその2人を先導してくれるのはいちばん安全でいいと思った。
「じゃあユウト、ミナ、ハルチーム」
「そして僕、トウマ、メイチームで別れよう。」
ここで二手に分かれたのは悪手だったかよく分からないが、いずれすぐみんなビビり出して帰ろうとか言い出すんだろうな。と内心思った。
「15分後にここで落ち合おう。」
廊下の奥、すりガラスの引き戸を開けると、
六畳ほどの和室があった。
薄暗い。窓はあるが、曇りガラスに加えて外の木々が光を遮っている。
古い布団、剥がれかけた障子、色褪せた掛け軸。
どこかの祖母の家を思い出すような、そんな部屋。
「ねえ……この部屋、妙じゃない?」
メイがぽつりと言った。
「え?どこが?」
トウマが訊き返す。僕も、何が変なのかよく分からなかった。
「この部屋だけ、なんか……匂いが違うの。ほら、他の場所は湿気とかカビっぽいのに。ここは、こう……乾いてる感じがしない?」
僕は深く吸い込んでみる。
確かに、さっき感じた鉄っぽい匂いが、ここにはほとんどない。
空気が……止まってる?それとも、誰かが換気した?
「……誰か、先に使ってたみたいな?」
トウマがそう言って、布団をそっとめくる。
その瞬間、ぱさり、と何かが落ちた。
──折りたたまれた、メモ帳の切れ端。
「……文字、書いてある」
メイが拾い、僕の隣で目を凝らす。
鉛筆で書かれた、かすれた筆跡。
『あけないで』
その一文だけだった。
「なにこれ……どこを?」
トウマがつぶやいた時、ふいに、
奥の押し入れからコトン……と音がした。
3人とも、言葉を失った。
空気がひとつ、冷たくなった気がした。
一方、ユウトチームは
「うーん、なんか変なものばっかりだなあ。それになんか変な匂いもするし……」
※ユウト視点
多分みんな、わかっていると思う。これは明らかに『血の匂い』。ただ信じたくない。こんな小屋に、僕たちの町に、こんな不穏な匂いがするようなものがあるとは信じたくない。だからみんな『血の匂い』ではなく『変な匂い』って言ってるんだ……
「ね、ねえ、ユウト先輩……」
ヒョロけた声が耳に入ってきた。
「どうした?ハル」
「あの、これ……なんか……」
ハルが指を指した方には、謎の本の山があった。
本のジャンルは……
「『我等の聖書』?」
絶対にやばい。おそらく前この施設を使っていた人達のものだろう。そしてこういうのは、どう考えても触れてはいけない。確実にこれを使っていた人たちに関わってはいけないと本能が言っている。
「本もそうですが、その下の方、見てください。これ……明らかに、何かの扉ですよね?」
扉、と言うには少し小さい。正方形をしており、取っ手が着いている扉だ。
本の山で見にくいが、どかせば確かに見えた。これはどうみても……何かを保管するところ?それとも……地下室?
「開けてみましょう」
冷淡なミナの声。多分ネタの為だけに開けようとしている。正直触れたくはない。でも、気になる。
ギィイイイイイイイイイ
静かに空いたその扉の先には、自分たちの想像よりも少し広い、地下室が現れた。
しかもそこは、寝室のようだ。道理で小屋の中にキッチンやらトイレやらがあっても寝室だけなかったわけだ。
そしてなにより、いちばん怖いのは……
ベッドの上で、『ハヤトが寝ている。』
※リクト視点
押し入れから音がしたとき、
僕らは完全にフリーズしていた。けど……
「風かな……?」
メイが言った。まるで自分に言い聞かせるみたいな声で。
「風だったら……」
僕もつぶやく。
「……さっきの紙、こんなふうに落ちないよな」
その瞬間、背筋をすっと冷たい何かが走った。
けど、開けて確かめる勇気は、誰にもなかった。
「15分経ったんじゃない?戻ろっか」
トウマが時計を見て言った。
まだ11分しか経ってないのに。
⸻
玄関の土間に戻ると、ちょうどユウトたちも戻ってきた。
「お、おかえり……」
ミナが明らかに無理をして明るく振る舞っているのが分かる。
ハルは顔色が悪く、何も話さない。
ユウトは――明らかに何かを隠している目をしていた。
「……ハヤト、いたよ」
僕の口から先に出ていた。
ユウトが目を見開く。
「え?」
「押し入れに……誰か、いたと思うんだ」
「え、押し入れ……?」
ユウトが、少し口ごもる。何かを整理するように。
「……ごめん、確認してもいい?誰が、どこにいたって?」
今、何かがおかしい。言葉のズレ?思考のズレ?
それとも……誰かの嘘?
僕は、慎重に答えた。
「僕らのチームは、和室の押し入れで音を聞いた。誰かいるかもしれないって。
でも中は見てない。
――で、そっちは?」
ユウトは、一瞬だけ、目を泳がせた。
「……地下室に、ハヤトがいた」
「でも、寝てただけ。……生きてる。たぶん」
「地下室?」
メイが眉をひそめる。
「そんなの、なかったよね?」
「……いや、見てないだけじゃない?」
ユウトの言葉に、違和感があった。
「じゃあ、見に行こう。全員で」
その提案が出たとき、**本当にいた“全員”**なのか、
僕らはまだ、疑っていなかった。
「本当にある……」
開いた地下室の扉をみて、メイが呟く。
1人づつ、地下室へ続くハシゴを降りていく。6人全員降りた、その時だった。
ガタン
扉が閉まった。
「……へ?」
思わず腑抜けた声を出してしまった。仕方ないじゃないか。『絶望の始まり』とも捉えれるような、明らかに最悪の音が響いたんだから。
ユウトが真っ先にハシゴを登り、扉を開けようとする。
ガタガタ鳴るだけ。取っ手もない。
「え……?……開かないの?」
「どうやら俺たちは……」
間を置いてユウトは今1番言って欲しくない、その言葉を発した。
「"かえれない"らしい。」
※ミナ視点
この状況、どこかで見たことがある気がする。
いや、正確には「読んだ」ことがある。
――そう、小説だ。
ちょっと背伸びして読んでたミステリ。
閉じ込められて、誰かが死んで、そして全員が疑心暗鬼になっていくやつ。
「……ハヤト、起きないね」
ハルが心配そうに見下ろしている。
でも……これは“寝てる”のか?
ユウトがハヤトの腕を持ち上げ、手首に触れる。
「……脈はある。ちゃんと生きてるよ」
「じゃあ起こせば――」
「いや、やめたほうがいい。無理に起こしてパニックになったら大変だ」
その言い方に、少しだけ違和感があった。
「パニックになるの、ハヤトだけじゃないでしょ?」
私の言葉に、ユウトが目を伏せる。
正直、彼はこういうときに頼れるリーダーの顔じゃない。
“優等生っぽい”ってだけで、私たちが勝手に期待してるだけだ。
「……この部屋、寝室にしては変だと思わない?」
ふと、トウマが言った。
「なにが?」
「ベッドがひとつだけ。布団も。生活感がまるでない。しかも……」
トウマは床を指さした。
「この床、さっき俺らがいた場所より“ずっと冷たい”。」
みんなが床に手をつける。
「……たしかに」
「つまりこの部屋、地中にあるんじゃなくて、何かの冷却設備の上にでもあるみたいな……そういう“造られ方”してる」
妙に冷静なトウマの声が、逆に怖い。
「ここ、本当に……ただの山小屋だったのかな」
誰かが呟いた。
でもそのときだった。
コン……コン……
上から、小さな音が響いた。
誰かが、扉を“叩いている”ような音。
「誰か来た……?」
みんなが顔を見合わせた。
だけど。
コン……コン……コン……
そのリズムは、不自然だった。
まるで何かを“呼んでいる”ような……
そんな、**何度も聞いたことのある“音楽のリズム”**のような……
「これ、さっき見つけた“我等の聖書”の、最後のページ……」
ユウトが本を広げる。手が震えていた。
そこに記されていたのは、たった数行の詩だった。
⸻
“三たび叩け、闇より目覚める者あらば”
“開けよ、ただし汝に資格あらば”
“さもなくば、決して還るを許されぬ”
⸻
「冗談だろ……」
メイの声が、今度は震えていた。
誰かが“叩いて”いる。
けれど、それは助けではない。
「これ、本当に……帰れない、かもしれない」
そう口にしたとき――
最初に見つけた**“我等の聖書”が、勝手にページをめくり始めた**。
ハヤトが唸りながら、目を擦り僕らを見た。
「ん?もう来たの?早いね。」
やや呑気なハヤトに僕は拍子抜けした。
「ハヤト、頼む、パニックにならないでくれ。」
「どうしたのさ、改まって。」
ひと呼吸おいてユウトは言う。
「俺たち、"かえれない"かもしれない。」
ユウト、言ってしまったね。
起きたらこんな不気味な場所から出られなくなっている。なんて最悪な目覚めだろうか。ハヤトが不憫でしかない。
「……」
沈黙がしばらく続いた。
「パニックになっているのはわかる。とりあえず、今の状況を理解できるか?」
ハヤトは意外と直ぐに答えた。
「うん、だいたい理解したよ。夢の中でガチャガチャ音がしてね、多分そこの扉開けようとしたんだろ?でも無駄だったよ。俺だって試したさ。なんせ最初閉じ込められたのは俺なんだからね。」
想像以上にハヤトは色んなことを喋った。僕らは文字通り空いた口が塞がらない。
「最初来た時気づいたんだよ。ここの扉、内側から絶対に開けられない。外から誰かに開けてもらうしかない。そう気づいてみんなを待ってたんだけど……今だって夜中だろ?眠くなっちゃってさ……でも、今考えたら誰が使ったかも分からないベッドで寝るのは少し抵抗あったよ……」
とりあえず頭の中を整理して、僕は質問した。
「ハヤトは上の部屋のところ全部調べたの?」
「いや?まだキッチンとトイレくらいしか探索してないよ。なんせどの部屋もやばい雰囲気ばっかりでね……特に和室につながってそうなガラスの襖なんて、怖すぎて近づきたくなかったよ……」
なにかこの小屋のヒントをくれるかもと思ったが、もう終わりかもしれない。
「まあまあとりあえず、この地下も探索しようじゃないか。こんな壁も地面も石でできてるところからさっさとおサラバしたいよ……」
ハヤトの言う通りかもしれない。ここで立ち往生しても仕方ない。じゃあここは、ユウトに指導を任せようかな。
※ユウト視点
ハヤトが起きてから、空気は少しだけ落ち着いた。
でも――それは“話せる誰か”が増えただけのことで、状況がマシになったわけじゃない。
「じゃあ、二手に分かれよう。俺とハヤト、そしてミナでこっちの部屋を探索。残りはその向こうの通路を頼む」
一番奥の壁際に、古い金属のドアがあった。
冷蔵庫みたいな、でも病院の地下室にもありそうな、そんな感じの……嫌な雰囲気。
「いい?もし何か“本当にヤバいもの”を見つけたら、すぐに戻ってきて。絶対に勝手に開けたり、中に入ったりしないこと」
「フラグじゃん……」
ハルがぼそっと言ったけど、誰も笑えなかった。
⸻
※ミナ視点
ユウトの言う“こっちの部屋”は、地下の中でも特に空気がよどんでいた。
さっきよりも冷たくて、そして何より――“湿っている”。
「こっち、変な臭いが強くなってない?」
私は鼻を押さえた。もう耐えられないレベルだった。
「うん……生臭いっていうか、鉄っぽい……いや、血の匂いが混ざってる……?」
ハヤトが懐中電灯を壁際に向けた。
白いタイルの壁。そこに……赤黒いシミが、何本も走っていた。
「やば……これ絶対……」
ユウトが近づく。
そのシミのひとつに、何かの“跡”があるのを見つけてしまった。
「……指?」
壁に沿って、五本の筋。
まるで誰かが、引きずられながら必死に抵抗したかのような――
「……もうダメ。なんか頭、クラクラする……」
私は壁にもたれかかる。
でもその瞬間、何かが“カツン”と足元で音を立てた。
見ると、古びた鉄製の鍵が落ちていた。
「……ミナ、それ……」
「鍵、かな。多分、この部屋のどこかに……何か“開けられるもの”がある」
そう言いかけた瞬間。
――ギィ……ギギギギ……
誰かが、遠くで“金属の扉”を開けた音がした。
「……トウマたち?」
ユウトが首をかしげる。
でも、違和感がある。あの金属音は開く音じゃない。
むしろ、すごくゆっくりと閉まっていく、重く、そして“何かを封じ込める”ような……
「……まさか」
ユウトが立ち上がる。
そして、駆け出した。
「まって!それ……!」
でも遅かった。
ユウトが開けたドアの向こう――
そこにあったはずの“通路”は、もう存在していなかった。
ただの、真っ白な壁。
第2章:B1
本格的に帰れなくなったかもしれない。
あんな音と、こんな壁を見たら
「…ねえ、どうするつもり?」
ミナがカメラを持つ手を離した。
「どうするもなにも…」
俺はここからどうしたらいい?諦めるべき?それとも、誰かを疑うべき?
「……そうだ!スマホ!」
ミナは希望を持ってそう叫んだ。
案の定、スマホは圏外。
「……なんで?……上にいた時は繋がったのに……!」
とうとう打つ手が無くなったか?
いや、まだだ。壁の奥からなにか聞こえる?
(しーん)
何も聞こえない。あの音の大きさだ。3人に聞こえないはずがない。
「これから……どうしようか」
ハヤトは至って冷静に見える。1度来たことがあるのか?
その時だった。
ギィイイイイイイイイイ
まただ。あの音が聞こえた。
さらに閉じ込められたらそれこそ終わりだ。
ガタン
予想外にもあの絶望の壁が開いた。
「3人とも!?大丈夫!?」
「あ、ああ、俺たちは無事だ。そっちは大丈夫?」
「うん、なんとか……」
ハルが弱々しい声で言った。
※リクト視点
壁で隔たれたかと思ったら……思っていたよりすんなり開いたな。でも何故だ?何故いきなり壁が動いたんだ?
「なあ、ちょっといいか?」
いっせいに僕の方を見る。
「どうしたんだ?リクト、探索ならもうこりごりだぞ。」
少し間を置いて疑問を声に出した。
「さすがに、謎なことが多すぎる。一度整理しないか?」
そろそろ展開がゴチャゴチャになってきたから、整理したい。スマホの電源はまだある。メモ帳にでも書こう。
メモ帳
今の状況
・ただの小屋かと思えば、かなり広めな地下がある。
・『我等の聖書』謎の書籍
・すりガラスの襖の奥から音がした。
・地下室への入口は内側から開かない。
「とりあえず共通の謎は書き出した。新しく謎なことがあったら教えてくれ。」
とはいえ、もう上の階の事は探しようがない。こんなことなら、全部調べてから行けばよかったと後悔した。
「さて、困ったな……こんな何も無い所でどうしろと言うんだ……」
ユウトが呟く。
「ベッドは一個しかないし、他の寝室を探すついでに探索するしかないかな……」
トウマはまだ諦めてなさそうだ。僕は正直もう投げ出したい、というかみんな内心そうなんだろう。
既に絶望しているんだろう。全員黙りこくった。
ユウトはベッドに座り俯いている。ハヤトはベッドの上で寝っ転がっている。ハルとミナは背中をつけあって座っている。トウマも、メイも、みんな、たぶん帰れないことを想像している。僕もそうだ。
時刻は午後11時27分。スマホのバッテリーはそろそろ限界が近い。おそらくみんなのスマホもバッテリーが切れる頃だろう。
「みんな、出れないことを考えても仕方ないよ。」
この空気感の中最初に言葉を発したのはトウマだった。
「さすがにこんな時間なんだから、迎えの一つや二つあっても良いでしょ!?」
メイが怒鳴るように言った。
「きっとなにか事情があるんだろう。とりあえず、今はそんなこと考えてる必要はないよ。」
「必要でしかないでしょ!!自分の子供がこんな夜中まで帰ってこなくて、しかも電話も繋がらない!唯一の頼みの綱のリクトのお兄ちゃんだって来ないんだよ!あのビビリ!」
兄に対してのビビりというワードは少しムカッときたが、この期に及んで迎えにも来ないのはさすがにメイに同情する。
「まあまあ落ち着いて、きっとここから出られる方法はあるはずだよ。ほら、この聖書にだってそれっぽいのが書いてあったじゃないか。」
“三たび叩け、闇より目覚める者あらば”
“開けよ、ただし汝に資格あらば”
“さもなくば、決して還るを許されぬ”
「……これが出るための方法だって言いたいの?」
メイは納得していない様子だが、一先ず堪えた。
トウマは続けて言う。
「僕は探索に行く。」
正気か?と一瞬思ったが、ここを出るためにはどっちみち探索するしかないだろう。
「俺も行く。ここから出るには立ち上がるしかないんだ。」
ユウトも続いた。
俺も行くよ、と聞こえた先に、ハヤトが居た。
流れに身を任せて無責任な言葉を発してしまった。
「お、俺も行くよ。」
「お前は駄目だ。女子3人だけを置いていくのはさすがに危ない。」
ユウトに一瞥された。
とりあえず2チームに別れた。
チーム1(ユウト、トウマ、ハヤト)
チーム2(リクト、メイ、ミナ、ハル)
B1は十字になっている。(B1と呼ぶ理由はまだ階層がある可能性があるから。)
とりあえずひとつの道はまた壁に阻まれる可能性がある。そして分かりにくいため、名前をつけよう。
北
西 現在地 東❌
南
東西南北の名前をそれぞれの通路につけて、通行不可の道を❌とする。
「俺は北へ行く。トウマは南、ハヤトは西を頼む。」
「了解」
「了解」
3人は心の準備をし、別れを告げた。
チーム1 南 トウマ
「正直、怖いなあ……」
なんで僕ここに居るんだっけ……
ここから出るために…探索してるのか…
……
いやだ…
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
なんで僕がこんな事に?
そもそもついてこなければ良かったんだ
調子に乗ってオカルト研究部なんて入らなければよかった
だめだ……考えるな……今はただ、ここから出るためのヒントを探すんだ……
チーム1 北 ユウト
そこそこ進んだだろう。なんだかこの地下室の道中は不安になる。この無機質な空間、そして無機質な道。デジャヴって言うのかな?見たことあるし、感じたことがある。でも、行ったことは無い。そんな感覚になる。
「……ん?」
少し広いスペースに出てきた。
ここも初めにいたところと似た雰囲気を醸し出してる。ベッドが一つだけ置いてあって、さらに十字に別れている道がある。ただ違うところは、そこに下へ続く階段があるということ。
「全体…図?」
この建築物の全体図らしきものが壁に貼られている。どうやらこの建物は地下5階まであるらしい。今僕らがいるここは、地下1階。
階段の先を覗いて見た。
地下一階よりも遥かに広そうな、ドス黒い空気が漂っている空間。
「う……なん…だ……これ……」
他の場所とは比べ物にならないほど血なまぐさい。なんだここは?死体でも転がっているのか?真実を見たい。ただ、近づいてはいけない雰囲気が明らかに漂ってる。でも……見るしかない。
「……え?」
なんだよ……これ。
チーム2 リクト陣営
「そろそろ帰ってくるころだと思うんだけど……」
何なんだろう。初めから思っていたんだけど、明らかにハヤトとユウトの行った道から不穏な空気が漂ってきてる。まさか2人に何かあったんじゃ?
北の道から声が聞こえてきた。
「今……もどったぞ……」
そこにはゲッソリした顔のユウトが居た。
「どうしたの!?顔色があまりにも酷い……」
メイはユウトに向かってかけていった。
「……向こうに、新しい空間を見つけたんだ……」
僕ら4人は少しだけ心が緩くなった。ただ、この声のトーンは何かある。
「なにが……あったの?」
ハルは恐る恐る質問した。
「……地獄を見た…」
「……え?」
「北には少しここより広い空間があって、そこでも道は十字に広がってた。」
いつの間にか南から帰ってきたトウマも静かに聞いていた。トウマの右手には何かが握られていた。
「そこで、壁にこの建築物の全体図があったんだ。俺たちがいるのは、今は地下一階。そして、この建築物は地下五階まであった。同時に、そこに階段があったんだ。」
突然の事で頭がパンクしそうだ。あと4階分、いや、まだ地下一階も完全に調べ終わっていないから、実質地下五階まで調べなきゃいけない。
「その階段から、どう考えてもそれとしか考えられない匂いが漂っていたんだ。」
「……それって……なに?」
間を置いてユウトは答える。
「死体さ……」
初めから皆が気にしていた血なまぐさい匂い。言葉には出さなかったがそれとしか考えられない、死体。
「さらに、その死体はおそらく数十、いや、数百はいた。」
想像はしていたが、数百人もの死体?
嘘だと言って欲しい。
「僕の見た地獄はこれで終わりだ……トウマ、それはなんだ?」
僕が抱いていた疑問を先に聞いてくれた。
「僕も、最悪なことを知ってしまった。」
ひと呼吸置いて、トウマは言った。
「ここの建物の歴史書。さっき道に落ちていたんだ。」
でかした。そこに何かが書いてあるかもしれない。
……そんな考えが、僕らをここに閉じ込めたのかもしれない。
このあとの言葉を聞いて、僕たちは唖然とした。
「ここの施設は、いずれ捨てる。故に、ここに情報を残してはならない。ここに入ってきたものたちは皆、生かして外には出してはならない。唯一のこしてもよい情報は、ここに残しておく。」
全員が息を飲む。
「この紙を見た者は、ここから出られない。それを前提にこの情報を残す。
リクト、ユウト、トウマ、メイ、ミナ、ハル、ハヤト。お前たちは、今ここで全員死ぬ。」
トウマが全文を読み上げた直後。
液体が部屋中に撒き散らされた。
なにか、ヌメヌメしている、ややオレンジがかった液体。
ガソリンだ。
終わりを悟った。密閉空間でのガソリンは、
ボォオオオオオオオオ
死を意味する。
エピローグ
「なんだよ……これ……お前、誰だ……?」
リクト達の最期に見たものは、ガソリンを撒いて逃げていく人影だった。
その人物には思い当たる節がある。
ハヤトだ。
ハヤトへの失望を抱えたまま、リクトたちは灰となった。
豪快に地下一階の燃える音を聴きながら、ハヤトは呟いた。
「やっと…やつらを殺せたんだ。奴らは死んだんだ!」
西の道、その方角には非常扉がある。そこは内側からも外側からも開けられる。
「誰かがこっちにこれば良かったのに……惜しかったね。」
ハヤトはさて、と言い小屋の入口へ向かった。
すりガラスの襖、ゴン、ゴン、と音が聞こえる押し入れ。
「やあ。」
押し入れにあったもの。それは。
ハヤトだった。
ボロボロになったハヤトはただ解放して欲しいと願うだけの蝋人形と化していた。
拘束を解き口に貼られているテープを剥がす。
「おい……返せ……」
ハヤトはガラガラの声で最後の力を振り絞った。
「返せ……俺の友達を……アキラ…!!」
そう言い残し、ハヤトは倒れた。
「……妬ましかったんだよ。」
「お前には友達が沢山居た。リクトに、トウマに、メイに……しかも、長男ってだけで……母さん、父さんに、死ぬほど可愛がられてた。」
涙を流し続ける。
「俺は……お前になりたかった。」
「双子なら……なれると思った。」
「ただ……やつらは正直、俺には合わなかったよ。」
後日、午前8時25分
「朝のホームルームを始めます。」
先生の声で眠い目が覚める。
「気づいてると思うが、自称オカルト研究部の6人が全員行方不明だ。現在警察が探しているから、皆はあまり関わらないようにしてくれ。」
教室がザワザワする。あの6人が?本当に?その話題でもちきり。
「なあハヤト。」
「お前、確か弟いたよな?」
「ああ、つい最近亡くなったよ。」
「え?なんで?というか、名前なんだっけ……」
「弟の名前は……アキラ。」
廊下を歩いていたハヤト?は小屋の邦楽を窓から見て心の中で呟いた。
「ありがとうね、お兄ちゃん。」
「これから、お兄ちゃんとして生きていくよ。」
あの建物が何かは、未だ誰も知らない。
そして、ほとんど人に見つかっていない。
ハヤトの亡骸を遺して。
後日、アキラは捕まった。
小屋が見つかりアキラは全てを警察に晒した。
双子なら変われると思った。
小屋を利用しても、別人であることには変わりない。
『変われない小屋』
霜夜の境界線