OL with Ghost

ふと、家の屋上でタバコを吸いながら思いついたお話。

OLと幽霊

「……ちっ」
 昼食を食べようと、会社の屋上に来た私は、目の前の光景を見て思わず舌打ちをした。扉を開けた瞬間に目を合わせてしまったのは不幸としか言いようがない。
 
 私の目の前には幽霊がいた。

 しかも、白い着物を着て、頭にはきっちりと三角形の布を巻いている。わかりやすい幽霊だった。
「……あなた。見える人ですか?」
 一瞬驚いたような顔をしたそいつは、おそるおそる尋ねてきた。
「いいえ。見えません」
 面倒なので見えないことにした。近づいてくるそいつを無視して手近なベンチに座り、昼食のサンドイッチをレジ袋から取り出す。
「いや、見えてるでしょう。ていうか聞こえてますよね」
「見えないし、聞こえないっての。食事の邪魔だから消えて」
「はっきり受け答えしておいて無視しないでくださいよ! 私、幽霊ですよ!? 呪いますよ!?」
 先程までの生気のなかったそいつの表情は面白い具合に豊かになっていた。それが鬱陶しくてたまらない。
「あー、うるさいうるさい。死人は死人らしく大人しくしときなさいって」
「ひどい!」
 しくしく、と泣き真似……ではなく、本当に泣いているようだった。さすがにバツが悪かったので、
「……えーと、ごめん」
 と謝ってみたが、そいつは泣いたままだった。どんだけ泣き虫だよ、と内心毒づいてみたが、それを言うと泣き止みそうにないのでやめておいた。
「うっ、うっ……」
「言い過ぎたってば」
「す、すいまっ…うぅ…せんっ」
 そいつは泣きやもうとしながら、ちゃっかりと私の横に座った。
(うわ……面倒だなぁ)
 内心で舌打ちを一つ。
「あの、隣、いいですか?」
 座っておいて聞くなよ、と思ったが、後が面倒なのでこれも口に出さなかった。
「いいよ」
「すいません」
 ようやく泣き止んだのか、顔は泣き腫らしていたが、声には落ち着きが出てきていた。
「………」
 特に話すこともなかったので、隣は気にせず、私はサンドイッチを頬張った。都会の喧騒も遠くに聞こえていて、風の音がやたらに大きかった。非常に静かで平和な昼食だった。私の隣に座る幽霊を除けば。
 私は幽霊が見えてしまう人間だったため、こうした状況は慣れていた。自分で言うのもなんだが、幼いときの私は相当冷めたお子様で、物心ついたときには既に幽霊と生身の人間の区別はついていた。もちろん、『ママ、あそこに血塗れの女の人がいるよぉ』と親に言おうものならば、気味悪がれ、他人に幽霊が見えることを暴露すれば迫害を受ける。そのこともしっかりと理解していたので、私は普通の子供の振りをしていた。泣きながら痛いと訴える幽霊を見ながら、『ママ、今日の晩ご飯何?』と聞けるような子供だったので、今思えば相当冷酷な子供だったことは否めない。
 それでも、大人になってからは幽霊と言葉を交わすことも増えてきた。完全に無視しなくても、他人にバレなければ問題がないと、成長の過程で学んだからだった。さすがに目の前で泣かれて無視出来ないくらいには道徳心というものも芽生えていた。もちろん、一々相手にしていてはキリがないので、基本は無視だが。
(今回の霊はかなりの曲者だなぁ)
 大抵の霊は私が見える人だとわかると、黙ってつきまとってくる。間違ってもこんな人間臭い、鬱陶しいぐらい絡む霊はいない。
「あ、あの」
「はい?」
「実は私、自殺したんです」
 いきなりの『自殺しました宣言』。
 せっかくの昼食が台無しである。私は昼ドラみたいなドロドロした話を、まだ明るい内に聞くのは嫌いな方で、その一言は相当な破壊力だった。おまけに、その幽霊は聞きもしないのに自分の身の上話を始め出した。
「私、もう死んで二十年経つんです。この会社でOLしてて、上司と不倫していたんですけど……。彼に捨てられて、会社でいじめに遭って、それが苦しくて自殺したんです。けど、なんか死んだ後で私だけが悪者扱いにされて、それが未練で……」
「そう、辛かったね」
「うぅ……」
「なんて言うと思ったか。既婚者の男に手を出すお前が悪い。あきらめて成仏しろ」
 私的には至極まっとうな意見である。だが、幽霊はかなり傷ついたらしく、まためそめそと泣き出した。
「鬱陶しいなぁ」
 ぼそりと言ってしまった一言が幽霊の逆鱗にふれてしまったらしい。幽霊は顔を上げ、
「あなた、それでも人間なんですか? もう少し優しくしてくれたっていいじゃないですか。慰めてくださいよ……。私だって被害者ですよ」
 と一気に言った。
「生きてる人間だったら相談に乗る。慰めもする。この違いがわかる? 生きてる人間には次があるからよ。でも、死んじゃった人間には次がないの。早く成仏した方が得だからそうしたらいいじゃない」
 私はため息をつきながら、懇切丁寧に言ったが、幽霊には相当堪えたらしく、
「でもぉ……。でもぉ……」
 とうとう地面に泣き崩れた。如何に私が冷酷といえども、こんなに泣かれては一人の女性としてバツが悪い。関わってしまった時点で運がなかった、と諦めることにした。
「あーはいはい。わかったわ。何か私にできることがあるなら、やってあげるから。大人しく成仏しなさい」
 幽霊は泣きはらした顔で私を見上げてくる。
「本当ですか……?」
「約束は守るわ。だからあなたも成仏しなさいね」
 幽霊の顔に笑みが表れる。感激したように泣きながら何度も私の手を握る。ひんやりとした感触のない手だった。
「ありがとうございます!」
「いいって。で、何すればいい?」
「えっと……営業部の東山課長の家に今から言うことを手紙にして送ってください」
「は? 東山ってあのハゲの?」
「はい。私の不倫相手です。昔はフサフサだったんですよ」
「あいつに心酔して身を滅ぼすって、考えたくもないわね」
 率直な感想だった。
 その後幽霊が言ったことを紙に書くと、とりあえずその日は大人しく消えてくれた。
 
 後日、言われたとおりに東山の家のポストに手紙を入れておいた。手紙には不倫の内容や東山の漏らした家族の愚痴、あとは幽霊の恨みの言葉が延々と書かれていた。聞いたところによると、東山は激怒した家族に家を追い出されたらしい。いい気味とも、気の毒だとも思わなかった。自業自得というやつである。
「ちゃんと手紙は届けたよ。東山は家を追い出されたってさ」
「ふふ……。ようやく復讐してやったわ。これで少しは心が晴れる……!」
「さあ、もう逝きなさい。いつまでもここに残ったっていいことないよ」
 最後に幽霊は笑顔で、
「ありがとう。あなたに会えて本当によかったわ」
 と一言言って消えていった。
 誰もいないビルの屋上に冷たい風が吹く。私はゆっくりと伸びをしながら、ベンチに座った。
「あぁ、面倒臭かった」
 そう毒づく私だが、不思議と疲れはなかった。何だかんだでお礼を言われて嬉しいのだろう。そう思うと、私の人間らしい一面に少し驚いた。
生きているからには苦労がある。現に、これから私には大量に残った仕事が待っている。
さぁ、少し休憩したら、残った仕事を片付けてしまおう。

OL with Ghost

ご精読ありがとうございました。
コミカルな内容に仕上がったのはタバコ吸いながら考えたせいでしょうか。
とにかく思いつきで書いた作品です。
それでも書いたものを読み直すと、キャラが個性的すぎて笑ってしまいました。
小説を書くと、いつも作者の手を離れてキャラが育ってしまって驚いています。
次の作品もご期待ください。

OL with Ghost

霊感たっぷりのOLと人間味たっぷりの幽霊との可笑しなお話。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-28

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