~魔術学園~
序説 ~始まり~
日々の生活-。
誰もが当たり前のように過ごし、当たり前のように日々を送る。
そこにある現実と、そこには無い真実の世界。
そして『彼等』は、そんな世界の中で日々を送る事となる-。
1説 ~入学~
聖ローウェン魔術学園-。
遥かな昔、ローウェン・クリフと言う魔術師が居た。
その魔術師は、人々を恐れさせ、絶望を生ませた、世界最古の巨獣ブラスと言う怪物を、7日7夜にして倒したと云う。
それは、歴史の中で最も名誉な事である-。
と、俺を育ててくれた、近所では変わり者のじーさんが教えてくれた。
そんな事、本の中での話しで、現実とは全く関係ないじゃないか。
ちなみに学園の名前も、それが由来で名付けられたらしい。
(マジかよ…?)
そして俺は、そんな事の為に入学させられたのだ。
そう…聖ローウェン魔術学園に-。
「おーい、楓」
俺の名前を呼びながら、俺の肩に腕を掛けてくる奴が居る。
名前は瑞樹(みずき)。
瑞樹とはガキの頃から一緒に居て、俺の大事な親友だ。
瑞樹はノリが良く、いつも能天気みたいに明るい奴だ。
俺は、瑞樹のそんな所に何度も救われた事がある。
本人は無自覚だろうけどな。
そして、聖ローウェン魔術学園に着き、入学式が執り行われた。
だが、そこでは予想もしない出来事が-。
2説 ~転生~
学園長が演説を開始してから、かれこれ20分が経過している。
まぁどの学園でも、学園の長なんてみんなこんなもんだよな。
-1時間後-
(長ぇ…)
流石に長すぎる演説に、苛立ちを覚え始めた俺は、どうにかして抜け出せないかと辺りを見回した。
しかし、生徒が邪魔で抜け出そうにも、下手なやり方をすればバレてしまう。
(仕方ない、諦めるか…)
と、そう思った瞬間―。
《ガシャーン!》
何かが割れる音が聞こえ、誰もが何事かと騒ぎ始める。
俺はこの機会を逃さず、そのあいだに抜け出そうと動いた。
(ったく…勝手にやってくれ)
こんな面倒な事は、関わりたくない性分と言うのもあり、俺は一目散にその場から脱出しようしていた。
だが、どんな状況でも邪魔は必ず何処かで入るもの。
そう、今目の前で起きる現実と同じように…。
この時の俺は、頭の中で何の他愛の無い妄想を描いていた。
まったりとした学園生活。
ダチとの登下校。
学園での恋愛生活。
つまらないと誰もが言うかも知れない。
でも、そんなつまらない日常が、俺にとっては生き甲斐なんだよ。
だけどそれは、夢であって現実じゃない。
今ある現実は、目の前に訳の判らないバケモノに対して、俺は何も出来ないと言う事だけ…。
そして、バケモノが俺の胸に鎌のような腕で突き刺すその瞬間まで、俺は足掻く事も嘆く事すら叶わないのだ。
(あぁ…俺、死んだのか)
呆気なく、そして無様に散った自分の命に、少し後悔が残った気がした。
「おい、かえ…で……楓!」
(呼んでる?誰だ?)
朦朧とする意識。
俺は、自分がどうなっているのかさえ判らない。
そんな状態なのに、そっと目を開けて見る事にした。
「ん…?」
目の前に居たのは瑞樹だった。
瑞樹が、必死に俺の名前を何度も呼んでいた。
「楓…?楓、大丈夫か?!」
俺の頬に何かが落ちてきた。
(水?)
いや、違う…。
これは瑞樹が、俺を心配するあまりに流した涙だった。
「瑞樹…何でそんなに泣いてんだよ?」
そんな俺の問いに、瑞樹は泣きながら答えた。
「だってお前、死んだのかと思ったんだぞ!」
何を言ってるんだ?
俺は死んだから、喋って…?
(…あれ?)
この時、俺は頭の中を整理して、自分の置かれてる状況を見渡した。
俺は、学園長の長い演説から抜け出そうと考えて、騒ぎが起きた隙に逃げようと思ってたら…。
「そうだ!俺、バケモノに刺されて死んだはずじゃ…」
と、つい口に出してしまった。
だが、そんな俺が何故生きて居るのか?
その問いに、答えてくれたのは学園長だった。
「ちゃんと生きておるよ。恐らく、君の中で何かが起きたのだろう」
学園長は冗談を言ってるようにも、馬鹿にしてるわけでもなく、その顔は真剣だった。
俺は何も反応出来ず、ただ黙る事しか出来なかった―。
3説 ~基礎~
今俺は、自分の教室で授業を受けている。
ごく普通の学園生活を満喫する…つもりだった。
だけど、あの入学式の一件以来、妙な噂で学園中は持ちきりだった。
そう、死んだはずの俺が生き返った事に、周りは俺に妙な視線を送ってくる。
《アイツだろ?一度死んだって奴》
《不気味…ちょっと怖いかも》
噂は、授業中でも絶えず続いてる。
それでも俺は、強いて気にする事はなかった。
何故なら、俺自身もどうして生き返ったのかすら解っていないからだ。
(俺が知りてーよ…)
そんな風に考えるのは、もう何度目だろう?
学園長は『俺の中で何かが起きた』と言っていたけど、一体何が起きたと言うのだ?
それでも、変わらず俺に接してくれる奴がいた。
「楓、お前どんな魔術系にするんだ?」
瑞樹だ。
俺なんかの為に、涙を流してくれたのは瑞樹が初めてだった。
俺は物心つく前から、じーさんの家で育ってきたから、誰かに心配された事はない。
「悪い、まだ決めてないわ」
「マジかよ?!」
いつか、俺も誰かの為に涙を流す時がやってくるのだろうか―?
「魔術には、基本【コード】と呼ばれる、魔術における詠唱が必要となる」
魔術には色々なタイプがあるらしい。
タイプによって【コード】も変わり、技術的な面もでて来るようだ。
タイプは、全部で5つ。
○攻撃型重視
身を守る術は無いが、戦闘においての魔術では最大の攻撃力を持つ。
○防御型重視
攻撃型とは逆に、相手からの攻撃を防ぐなど、鉄壁の防御を誇る。
○支援型重視
戦闘向きでは無いが、怪我人や戦闘員に対して回復、サポートが出来る。
○バランス型重視
攻撃・防御・支援の3つをバランス良く整え、個人の能力を最大限引き出してくれる。
○特殊型重視
???
これが、基礎タイプの原型だ。
但し、どうやら1人1つのタイプしか選べないらしい。
あとは、自分の実力次第と言う事のようだ。
(やっぱ、バランス型だよな)
安定感と言う意味合いで、バランス型を選んだ俺に対して、瑞樹が自分の選んだタイプを言ってきた。
「楓は何にしたんだ?俺は攻撃型にした」
「俺はバランス型」
そう答えると何がそんなに嬉しいのか、瑞樹は笑顔で告げた。
「楓…あの時みたいな事には、絶対させないからな」
何の前降りも無く、突然の瑞樹の言葉。
どうやら、俺が一度死んだ事を瑞樹は後悔していたらしい。
そんな事を堂々と言えるお前が、俺にとっては凄く羨ましかった。
「バーカ、なってたまるか」
だけど俺は、そんな奴が親友で良かったと思ってる―。
(ありがとな、瑞樹)
4説 ~訓練~
タイプを選んだ俺達は、実技を行う為にそれぞれ各担当の下へと足を運んだ。
しかし、どういう訳か俺だけ別で呼び出された。
(何で俺だけ?)
不満を抱えたまま、俺は呼び出された場所へと向かう。
そして向かった先には、何故か学園長が居た。
「良く着たな。まぁ楽にしてくれ」
全く意味が解らず、俺はその場に座り、学園長の話しを聞こうと耳を傾けていた。
「君だけ、ここに呼び出した理由が知りたいかね?」
唐突に振ってきた学園長。
俺は戸惑ってしまったが、理由を知るのは当然だと思い軽く頷いた。
でも、その内容はあまりにも突然過ぎて、頭の悪い俺では理解出来なかった。
それでも学園長は淡々と説明し、入学式の一件や、ここに呼び出した理由を話してくれた。
だが俺は、学園長の話す内容に対して沈黙しかなかった―。
それでも、聞いた以上は何とかしなければならない。
「つまり、俺はどうしろと?」
沈黙を破り、自分の置かれた状況を打開したく、俺は学園長に策を訊いた。
「覚悟は出来ておるようじゃな。つまりお前さんは、儂が担当と言う事じゃ」
(…は?)
学園長は見た目からしても、既に老体で女でも簡単に倒せそうな爺だ。
そんな学園長が、俺の担当と言うのは無理があると、心から思わざるを得なかった。
「えっと…学園長、いくら何でもそれは…」
と、俺は心配になったので声を掛けた。
流石に、年寄り相手に本気なんか出せない。
だが学園長は、そんな俺の思惑を無視するかのように、突然魔術を放った。
《ドォーン!!》
俺の座ってる位置から、真後ろにあった跳び箱が一瞬にして粉々に。
年寄り扱いした事は、一生黙って居ようと思った最初の出来事だった。
「で、何をすれば良いんだ?」
「頭の転換が早い若者で助かるわい」
そう思うのも無理はない。
今の俺に、この老いぼれに勝てる気が全くしないからだ。
どうせなら、この老いぼれに対して一発だけでも、自分の魔術が当たるまでは…と。
(気が遠くなる話しだな…)
「何をぼーっと座っておる?とっとと始めるぞぃ」
「あ、ああ」
-1時間後-
「ゼェゼェ…ハァハァ…」
俺は心底、この爺が人間では無いと思ってしまう。
理由は簡単…どんな相手でも、必ず隙と言うものが存在する。
だがこの爺は、隙があろと無かろうと俺の魔術を跳ね返すからだ。
「ほれ、どうした?早くせんと、日が暮れてしまうぞぃ」
(こんのクソ爺…)
とは言っても、攻撃魔術が当たらなければ意味が無い。
何処かに必ず弱点はあるはずと、俺は再度攻撃魔術の詠唱を行った。
【我願う 我想う 我望む 闇に沈みし亡者の叫び 混沌たる光よ】
「ニーブレスト!!」
俺は学園長に向けて、弱点を見つける為に魔術を放った。
しかし、さっきと同様に全部跳ね返されしまい、逆に俺の体力が限界に来ていた。
「くそ…」
(大した小僧じゃ。下級魔術とは言え、これほどの威力を放つとは…それ以上に驚くべきなのは、かれこれ1時間以上も攻撃魔術を使用して居る事じゃ)
そんな学園長の思惑を知らない俺は、1つの活路を見出だした。
だがそれは、1つの賭けにしか過ぎない。
成功するかは、俺自身判らないのだ。
「へへっ…弱点見ーっけ!」
(…!?)
学園長の顔色が変わった。
成功するかは判らないけど、一か八かやるしかなく、俺は最後の力を振り絞った。
【我願う 我想う 我望む 闇に沈みし亡者の叫び 混沌たる光よ】
「くらえ、クソ爺!」
最後の瞬間、何かが突然切れたかのように、俺は意識を失った―。
最終説 ~決意~
意識を失った俺は、そのまま保健室に運ばれ、2日間眠り続けたらしい。
あの時、俺が放った攻撃系魔術がどうなったのかが気になった。
とは言え、現実感の無い世界が今となっては、それが真実となっている。
魔術と言う不可思議な事が、現実に起きてる以上は信じざるを得なかった。
そんな風に考えていた俺は、意識を取り戻した。
(まだ頭がクラクラするし…最悪)
と、奥の方で微かに声が聞こえた。
《楓、大丈夫かなぁ?》
《魔術の使いすぎで、今は眠っとるだけじゃ》
学園長と瑞樹の声。
何を話してるのか、ここからでは良く聞こえなかった。
だけど、どうやら魔術の使いすぎによるものらしい事が判った。
とことん自分の未熟さに、思い知らされた気がした。
《ガラガラ…》
誰かが入ってきた。
迎えたいところだが、身体が重くて自由に動けなかった。
「楓、大丈夫か?」
まぁいつもの事だなと、つい自分なりに納得してしまう。
「大丈夫…と言いたいが、身体が動かん」
身体が鉛みたいに重く感じた。
魔術を使いすぎれば、こうなるんだなと実感した。
そう言えば授業で、魔術の過度の使いすぎは体力は勿論、精神力をも削るって言ってた事を思い出した。
「あれだけ無茶をすれば、誰でも意識を失うもんじゃい」
(それをアンタが言うか…?)
とは言っても、身体が動かないのが何よりの証拠。
言われても仕方ないなと思った。
しかし、あれだけ魔術を放ったのに、かすり傷1つついてない学園長。
全力でやっても、傷1つすらつけられないようじゃ、俺はまだまだヒヨッコって事だな。
(クソッ…)
俺は自分の未熟さに、腹立たしさを感じていた。
いつか学園長をも超える魔術使いになってやると、自分に覚悟を決めた。
その為には身体を治して、また1から特訓し直してからだ。
「楓も無事だったみたいだし、俺はそろそろ帰るわ」
瑞樹はいつもの調子で、一言残して帰って行った。
「なぁ学園長…俺…」
それ以上は言えなかった。
未熟な自分が居る事と、魔術を上手く制御出来ていない自分が憎らしいからだ。
「…強くなりたいかね?」
学園長の言葉…。
俺には、痛いほど胸の奥で響いた。
初めて味わった屈辱。
泣きたいくらいの敗北感。
「ああ…強くなりたい…」
どんな結果になろうと、俺は強くなると言う決意を胸に前へ進む事を誓った-。
~魔術学園~