冷の彷徨{迷えし魂}
プロローグ
高校生の春もすぎ、もう夏になろうとしていた、俺はその時に初めてソレに触れた。
ソレは人の容姿をしていて、見た目は普通の少女だった、しかし彼女はとても冷たかった、まるで体温という概念が存在しないかのように。
彼女の名は{呼九尾 彩葉}(こくび いろは)彼女が人と違うのは体温だけではなかった、体重という概念すらも存在しないような軽さ、なにより彼女は俺以外の人に触れることができないのだ。
しかし彼女はおかしくない、体重も体温もなくて当然な存在だ。
彼女、彩葉は人ではない…幽霊だ、
そしておかしいのはむしろ俺、{五光 未吉}(ごこう みよし)の方だ。
俺は幽霊が鮮明に見える、それだけでは{霊感の強い人}で終わっていただろう、しかし俺は幽霊に触れることができる
元死神の力を借りて……
一人と三人
朝、暖かい日差しが部屋を照らし、木々がそよ風で揺れている。
「爽やかな朝だな」
そう言って空を眺めていた。
「現実逃避しない」
声のした方を向くと思いっきり睨まれていた。
「……すいません」
「よろしい」
そういって謎の数字と英語を喋りだしたのは 彩葉、幽霊だ。
「じゃあこの公式を使ってといてみて」
「さっきのは謎の暗号じゃ」
「公式」
俺は今、幽霊に勉強を教えられている……
「暖かい日差しだなぁ」
「……」
殴られた。
その時元気な声が部屋に響き渡った。
「みよしーひまー」
そういって部屋に入ってきたのはまた別の霊、大体中学生ぐらいの霊、{細読 奈利}(こまどく なり)だ。
ちなみに未吉は俺の名前だ。
「テレビでも見てろ」
「面白いの無い」
奈利はとりあえず無邪気、その一言に尽きる、もう一度言ってもいいぐらいだ、奈利は無邪気だ。
「仕方ない遊んでやるか……」
立ち上がろうとした俺の腕を彩葉のとても冷たい手が掴む、振り返りながら一応聞いてみる。
「なんでしょうか」
怖い方の笑顔で彩葉は声を低くして
「逃げよとしても無駄よ、あと14ページ終わるまでやるわよ」
「やあっ!」
最大限の力を込めて走ろうとした、しかし彩葉のちからも強く、結果を言うと肩が外れた。
「痛い……」
「だいじょうぶ? みよし」
「正直やばいです。でも腕が動かないからこのまま寝る」
そう言った瞬間、心配顔だった彩葉の顔がさっきの怖い笑顔に戻った。
「志禾さーん、ちょっとお願いがあるんですけど」
「どうした」
しばらくしてだるそうに歩いてきたのはこれまた霊、約30代の霊、{目外 志禾}(もくはずし しのぎ)だ。
「未吉の肩が外れたの、治せますか?」
「わかった」
志禾は無口でいつも本などを読んでいる、その為様々な知識があるようで……
志禾は一気に力を込めた。
「ぎゃ!!」
俺の肩に激痛が走った。
「終了」
そういって志禾は戻っていった。
「より痛い」
まだ寝転がっている俺を奈利と彩葉が起こす。
「はじめるわよ」
「なんかやろう」
二人が別の意味の笑顔をこちらに向けてきた。
元死神・通天里未通
それから数時間後
俺は机に突っ伏していた。
「やっと終わった」
「遅すぎる」と彩葉
「あまりわからんが遅いと思うぞ」と…?
顔を上げると何とも言えない色、とりあえず暗い色のローブのような物を羽織っている、死神、いや元死神がいた。
「何してんだよ」
「私は何もなしにこっちに来てはいけないのか?」
「そうじゃないけどよ、お前あまり来ないじゃん?」
死神は少し黙った、何か問題でもあったのだろうか
「暇だった」
「お前は奈利か!」
元死神、通天里視通(とおあまりみつ)は思っていたより親しみやすい性格のようだ、神といっても性格は色々あるらしい。
言い忘れていたが俺は一人暮らし、ある事情から寮生活をしている、それゆえ家に誰もいないため周りの目を気にせずに幽霊と話せる。
翌日、俺は元気な声で起こされた
「みよしーどっか行こー」
「嫌だ、せっかくの日曜日だ」
「行こー」
「絶対行かん、志禾か彩葉に頼め」
「志禾はいないよ、彩葉は勉強してるし」
「俺は寝てる」
「今は起きてる」
「今から寝る」
そう言って俺は二度寝を始めた。
迷い犬
「くぅーん、ワン!」
朝か?
俺は犬の鳴き声で起こされた、しかし
「近くね?」
犬の鳴き声が異様に近い、俺は起き上がり寝室から出た。
リビングに行くと奈利と彩葉がいた、なにか騒いでいる。
「可愛いー」
「でしょー」
見ると奈利達のそばに子犬がいた、奈利達が触れているからこの犬もまた幽霊なのだろう。
「どうした、それ」
「ん? ああみよし、ひろってきたんだよー」
「そうか、死神、未練を調べてくれ」
そういうと俺の背中から死神が出てきた。
「なんでそっから出てくんだよ、どこでもいいだろうが」
「だからこそお前の背中なのだ、面白い」
「自分で面白いとか言うな、さっさとやれ」
「神使いが荒いな」
「お前の仕事だろ」
「まあいい奈利よ、こちらにその犬を」
「やだ、ミツには渡さない」
奈利は死神を睨んで子犬を抱きかかえている。ちなみにミツってのは奈利が決めたあだ名だ。
俺は死神を止めて
「あそびたいのか? なら未練を知るだけだから」
「やだ」
奈利の目は決意に満ちていた。
「この犬の未練は私が晴らす」
なにがそうさせたかは知らないが俺の仕事も減る。
「わかった好きにしろ、死神もういいぞ」
「……」
死神はこのあだ名があまり好きではないようだ、ちょっと不機嫌な様子で俺の背中に入っていった。
「だから俺の体からでは入りするなって」
「じゃあ散歩行ってくる」
奈利はご機嫌な顔で子犬を抱えて外に行った。
時計を見る、十時を指していた、昨日の徹夜のせいかまだ眠い
「寝る」
俺はそう言って自室に行った。
布団を整えていると彩葉が来た。
「どうした彩葉?」
「あのね、さっきの事なんだけどさ」
俺は彩葉の方に体を向けた
「手伝いたいとか言うんだろ?」
彩葉は頷く。
「あいつがやりたいって言ってんだ、俺は手伝わん、彩葉がどうするかは、彩葉しだいだ」
彩葉は少し考えて
「そう……ね私も見守ってみるわ、ありがとう未吉」
「どういたしまして、俺は寝るわ」
「おやすみ、ねぼすけさん」
「いうな」
そう言って俺は睡魔に身を任せた。
少女失踪
数時間後
…て
(……うるさい)
「起きて!! 未吉!」
彩葉が俺の体を乱暴にゆする、人が気持ちよく寝ているというのに
わざと不機嫌な声をだしてみた
「なんだ」
「奈利ちゃんが帰ってこないの!」
「はあ? 今何時だよ」
時計の針は午後19時31分をさしていた。
「うわ! 俺寝すぎだろ!」
「それどころじゃなにってば」
「焦りすぎだろ、ちゃんと喋れ」
彩葉は一回深呼吸して
「だから奈利ちゃんが帰ってこないの!」
「さすがに遅いよな」
「そうなの!どうすればいいかな」
「……探しに行くか」
「でも誰かいないと、帰ってきたりしたら」
「志禾はいるか?」
そう言った瞬間志禾の声が聞こえた
「別にいい、行くならいけ」
「頼むよ」
「よろしくお願いします」
それから約一時間たったが奈利は見つからなかった
「いたか」
「こっちもいないわ」
「どこいった、あいつ」
「ミツさんはなにかわからないかしら」
「死神、どうだ」
「…しらん」
死神は不機嫌そうな声でそういった、あだ名が本当に嫌なようだ
「私は帰る」
死神は俺の腹から帰っていった、何回も入る場所を変えるあたり結構ユニークな奴なのかもしれない
…面白くはないが
「もう一度分かれて捜すか」
「わかったわ」
彩葉と別れた後、俺は何かを感じた、恨み、妬み、邪気のような感じだ
俺は立ち止まって
「死神、これはお前関連か?」
「霊関連と言ってもらいたいものだ」
死神はまだ不機嫌なようだ
「すまない、これはなんだ?」
「?…ああ、未吉は知らないのか、この霊気は呪霊、まあ簡単に言うと恨み、妬み等の感情が暴走して
生命、霊、関係なく、危害を加える霊の気配だな」
「呪霊ね」
その時おおきな声が聞こえた
「だーめーだったら!!」
(この声は)
近くにあった神社から聞こえたその声は確かに奈利の声だった
中に入ると、邪気に包まれたあの犬とそれに向かって叫んでいる奈利の姿があった。
迷えし霊
目の前の光景に俺は驚き、少しの間その場に立ち尽くしていた。
あの犬に絡みつく邪気(と思われる物)は何か目的を持って犬に巻きついているのではない、ただ理性を失い、
近くにあるものを壊そうとしているように見えた。
「未吉! しっかりしろ!」
死神の声で気がついた、これは一刻を争う自体なのかもしれない。
「死神、どうにかなるか?」
「あの犬の未練を晴らして、成仏させれば一応あの犬は壊れない、根本的な解決にはならんな」
「……晴らせるのか」
「未吉も大体の未練はわかってるだろう、だから…」
死神は方法を俺に教えた
「まじか…」
「どうした、私は未吉の意見を尊重するぞ」
「……」
俺はまだ、俺達に気づいていない奈利のもとへと歩いて行った
「奈利」
奈利はこっちを向いた、今まで見たことのない泣き顔だった。
「み…ょ…じ」
おそらく俺の名前を呼んだのだろう、奈利はこの状況を説明しているようだが、
ちゃんとしゃべれていなかった、
しかし一言、はっきりと喋った
「助けて…あの子を助けて!!」
「たすける方法が一つある」
「な…なに?」
「この犬の未練を晴らして、成仏させる事だ、こいつの未練はわかったか?」
奈利は息を整えながら言った
「た…ぶん、この子は親か、飼い主さんと…はぐれたまま死んだから…会いたいんだと…思う」
「なら晴らす事はできる、だがあいつを騙すことになるぞ」
「え?どういうこと?」
「死神の能力で記憶を探り、飼い主か親の幻覚を見せる」
「え…でも」
奈利は言いたいのだろう、{あの子を騙したくない、本当に未練を晴らしてあげたい}と、
死神が近づいてきて
「未吉よ、どうする?」
「どれくらい時間がある?」
「質問に質問で返すか…まあいい私が少し足止めをしよう、約6分ぐらいだ」
「足止め頼む」
「了解した」
死神が邪気と犬の方向に行って何かを始めた、死神の能力ならあの呪霊を封印できるのだろうが
あの犬も巻き込んでしまうだろう。
「奈利、あと5分が限界だ、答えがでないなら、俺が決めるぞ」
「うん」
奈利は悲しい、そして苦しい顔で返事を返した
綺麗な別れ
5分、その時間はあまりにも短い、しかし奈利、まだ中学生の少女はその中で決断を迫られていた。
ほかの人からしたら単純なことだ、しかし奈利が持っている未練、それは{ある人に会いたい}だから迷子の犬{迷い犬}の気持ちが痛いほどにわかるはずだ。
たとえ犬を助けるためでも、それがいいことだとしても、奈利は騙したくなかった。
騙す事はその心を無視して、踏みにじる事、そう、奈利は思っているのだろう。
もうすぐ4分になる、奈利は決心した。
「決めた」
「どうする」
「あの子…あの子を助けて!壊さないで!」
「わかった…死神! やるぞ」
「承知した」
俺は呪霊を食い止めている死神の元へと向かった、奈利はうつむいたまま小さく呟いた
「ご…めんね、さよなら」
奈利は静かに泣き出した。
「未吉よ、はじめる……」
死神が作業を止めてこっちを向いた。
「どうした、死神」
「いや、この犬…」
死神は事の真相を俺に告げた
「…時間は?」
「あと1分ほどだ」
俺は奈利の元へと引き返した
「奈利、時間がないから簡単に話すぞ」
「…?」
奈利が涙に濡れた顔をあげた。
「あいつの未練はお前が晴らした、幻覚を見せる必要はなくなった」
そして俺は{迷い犬}の未練を奈利に話した
「…ホント?」
「ホントだ、あいつに声をかけてやれ」
「うん」
俺と奈利は迷い犬の方へと行った
「未吉よ、時間がない」
「奈利」
「うん、ありがとうね…また、いっぱい…………」
奈利は迷い犬に最後の言葉を告げた
「未吉、一気にやるぞ」
「わかった」
俺と死神は迷い犬に手をかざし、念じた、「安らかに、眠たまえ」
犬は奈利の方を見て嬉しそうに微笑んで、成仏した。
「死神、あとは任せた」
「承知した、未吉は奈利を連れて先に戻るが良い」
「ありがとな」
俺と奈利は家に向かった
エピローグ
「ねぇ未吉」
「何? 彩葉」
「大体の話は聞いたんだけど、結局あの犬の未練ってなんだったの?」
「ああ、単純なこと、寂しい、誰かとあそびたい、みたいな感じだ」
「なるほど」
彩葉は窓の外を眺めている奈利の方を向いた
「奈利ちゃん、であった時と変わったね、大人になった感じ、うれしい」
「お前は母親か」
「え…母親?てことは未吉が…」
彩葉が顔を赤くした、俺はその意味を悟って
「な…えと、違う!違うから!そういう意味じゃねぇよ、断じて違う! その妄想癖やめろよ!」
「そこまで言われるとなんか傷つく」
「え…すまん…えと…あー」
未吉と彩葉がなにかいちゃついている、いつもならいじるところだけど…今日はそんな気分じゃない
私、奈利はあの犬にいった事を思い出していた
「また、いっぱい遊ぼうね」
奈利にとってこんなに綺麗な別れは初めてだった
(今度会うときはあの子にあだ名をつけよう)
そう私は考えて、早速未吉の元に行った
「あれー? みよしといろは何見つめあってんのー?」
「わ!な…なりちゃん…あ…」
「あーもう、空気よ…」
「えー? 未吉、今なんていったのー? く・う・き・よ」
「え…未吉それって」
「違う!ちがうから」
「傷ついた」
「傷つけたー」
「あー、もう!」
そこには無邪気で楽しそうな奈利の顔があった
なににも染められていない、幸せそうな笑顔が。
冷の彷徨{迷えし魂}
冷の彷徨第一章「迷えし魂」でした。
次回は目外志禾のお話の予定です。