沼の底


 戦争に負けてアメリカ軍によって占領されていたから、アメリカ兵が我が物顔で歩く姿は、日本中のどこでも見ることができた。
 俺の村も例外ではなく、村はずれの古い旅館を宿舎にして、数十人が駐留していた。
 これがそろいもそろって悪タレばかりで、果樹園の実を勝手に食べるわ、家々に忍び込んで金品を盗むわ、あげくは銃を持ち出して、面白半分に牛を撃ったりした。
 もちろん村人は腹を立てたが、我慢するしかなかった。日本は戦争に負けたのだから。
 しかしその我慢も、限界に達する日がやってくる。
 乱暴な運転をするジープが、村の子供をはね殺してしまったのだ。運転していたアメリカ兵は肩をすくめるばかりで、そのまま立ち去ってしまった。
 もちろん警察も動きはしない。

「ひどい話だ。何とかしなくてはならない」

「それよりも必要なのは復讐だ」

「そうだ。復讐だ」

「どうすればいい?」

 深夜、人目を盗んで集まり、俺たちは計画を練った。そして話がまとまった。
 地図には描かれていないが、村の奥には古い鉱山があった。戦争中に一時的に開かれていただけで、戦後はすぐに閉山してしまった。
 だがそこへつながる線路は、まだ撤去されてはいなかったのだ。
 鳥沼という名の広い沼でね。ガラスのような水面の数メートル下に、黒くやわらかい泥がたまっているんだ。
 湖と呼びたくなるサイズではあるが、鉱山鉄道はこの沼を鉄橋で渡っていた。
 週に一度、アメリカ兵を乗せた専用列車が、真夜中にこの村の駅を通過した。
 豪華な車内設備を持ち、高速で疾走する特急列車だ。
 日本人が乗車することは、もちろん許されていない。
 乗客だけでなく、機関士から車掌まで、すべてアメリカ人で固めていたんだ。
 準備のために、俺たちはよく働いた。
 木を切り、草を刈り、捨てられたままだった鉱山鉄道をなんとかよみがえらせたんだ。
 沼を渡る鉄橋は何年か前の嵐で壊れ、中央部で切断されて切れていたが、そこまで修理したわけではない。
 タイミングを合わせて線路を密かに切り替える必要があるから、村人だけでこの計画を実行するのは不可能だったろう。
 鉄道内部にも共犯者が必要だ。
 だがあの時代、アメリカ軍を快く思っていない者などいくらでもいたからね。
 専用列車が走る夜が来て、翌朝になって、アメリカ軍は大騒ぎを始めた。
 こともあろうに列車が、まるまる行方不明になったのだから。
 何時間待っても目的地に着かなかった。何かが起こったに違いない。
 アメリカ軍は総力を挙げて行方を探したが、何の手がかりもなかった。
 列車は文字通り蒸発してしまったのだ。
 調査は半年以上続いたが、結局何もかも不明のままで終了してしまった。
 えっ? 専用列車に乗っていたアメリカ人たちは、その後どうなったのかって?
 それはもちろん決まっているさ。人が訪れることもない鳥沼の泥の底深く、今でも列車と一緒に眠っているはずだよ。

沼の底

沼の底

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-19

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