だいすき。

 身長百二十五センチ。体重は平均的。小学校低学年の女子の平均的な体型。
 だが、この少女は生まれてやっと二年だった。彼女こそ、この本丸の審神者である。いわゆる量産型の人工生命体だ。
 
 人工的に審神者に適した生命を作り出す実験は、歴史修正主義者、時間遡行軍との戦争が始まってしばらくしてから試みられたもので、人工子宮を使いその中で選ばれた人間の卵子と精子をさらに調整し、両性具有の『完成した生命』を産み出す機関と、それとはまた別のアプローチから人工審神者を作る機関があった。生命活動の期間こそ前者より短いが、より霊力が強く常に『全盛期』である存在を量産する実験。それにより生まれた者の一人がこの少女である。量産型の審神者は全員女性体であり、刀剣男士との子を確実に成す実験も同時進行で行われていた。
 この国で刀剣男士と子を成せた審神者は、ほぼいないに等しい。人ならざるものである付喪神と人間では、同じような見た目でありながら全てが違うのだろう。稀に奇跡が起こることもあるが、母となった審神者は気がふれてしまったり、その者自体も人ならざるものになってしまったりしている。生まれてきた子どもも、人間の姿をしていることはまた稀で、鉄と肉を混ぜたような塊がおぎゃあおぎゃあと泣いていることもある。
 だが、戦うための器である刀剣男士と、彼らを顕現させられる審神者との子が安定して供給されたなら、戦争はよりこちら側に傾くだろうと、時の政府は必死に実験している。
 
 ───そんな策略を知ってか知らずか、この審神者の少女は、弾むような足取りで『学校』から帰ってきた。
 
「ただいまもどりました」
 玄関で少女がそう言いながら鞄から一振りの短刀を出すと、その短刀は小さな桜吹雪と共に、刀剣男士の姿を成した。小夜左文字。少女が初めて鍛刀した、少女のはじまりの一振りと共に初期から彼女を支えてきた刀だ。
「ただいま。……おかえり」
「はい、ただいまです。さよさもんじさま」
 小夜左文字は少女の守り刀である。少女は、幼い審神者たちが通う『学校』───学習機関に通っていた。生まれる前、培養槽の中で『学習』を受けた少女は、学校なぞ通わずとも大人顔負けの学力を備えている。それでも彼女がそこに通うのは、彼女の刀剣男士たちたっての願いがあったからだ。
 本丸という閉じられた空間にいるだけでは培われない、人間としての情緒を育んでほしいと、彼らは人工生命体にそう願ったのである。そして少女は、鞄の中に小夜左文字を忍ばせ、彼に見守ってもらいながら『学校』に通うことになった。もう二ヶ月になる。転入してきた春の頃も終わり、夏の匂いが立ち込めるようになった。
「おかえり。主」
「ただいまです。やまんばぎりくにひろさま」
「手を洗ってこい。おやつにプリンを用意してある」
「わあ、はあい!」
 少女のはじまりの一振りである山姥切国広が彼女と小夜左文字を迎える。プリン、と聞いた瞬間少女の目は輝き、乱雑に靴を脱ぎぱたぱたと音を立てて洗面所まで駆けていった。
 出会った頃とは想像もつかなかった姿だと、山姥切国広と小夜左文字は思う。この本丸が発足したばかりの頃は、少女の態度はとても無機質で、人間味が無かった。実験機関の命令のままに刀剣男士に夜這いをかけたこともある。もちろん彼らには拒否されたが。
 初期の山姥切国広も小夜左文字も会話が上手い方ではなかったから、少女との出撃の作戦会議以外で何を話せば良いのかわからなかったのだが、彼女を一人の人間として扱っていくにつれて、彼女は戸惑いながらもそれに応え、何気ない会話をするようになった。
 
 そして今では、戦うための人工生命体は甘いものが好きなおんなのこになったのだ。
 
「あ、靴は揃えないと……」
「……まあ良いだろう。……主、この二ヶ月で随分と変わったような気がするな」
「やっぱり、人と関わるのは良いことなのでしょうね」
「そうかもな。小夜左文字、お前も食べるか? プリン」
「いえ、僕は畑当番の兄様たちを手伝ってきます。……ああ、そうだ、山姥切国広」
「ん?」
「小烏丸は遠征から帰ってきていますか?」
 それを聞いた山姥切国広は、頷いた。
「先ほど帰ってきたが、どうした? 何かあるのか?」
「でしたら、主がおやつを食べる時に彼を同席させてください」
「きっと主から甘えて言うだろうな、それは」
「そうですね」

 審神者の少女にとって小烏丸は、『おとうさま』である。刀剣の父を名乗る彼を見た少女が、「……おとうさま?」と呟いたのが始まりだ。血縁上の父のいない少女の、ちょっとした甘え。それを小烏丸は受け入れ、彼女を娘のように可愛がっている。そんな、小さな親子関係なのだ。
「主よ、美味いか?」
「はい、おとうさま。わたしプリンだいすきです」
「そうかそうか。それはよかった」
「おとうさまもたべますか?」
「いや、好きなのだろう? 全部主が食べてしまうと良い」
「……! はい!」
 小烏丸の膝の上で、山姥切国広がかつて被っていた白布を頭に被り、プリンを食べている。少女にとっての究極の癒しの時間がそこにあった。
 
  プリンの上のカラメルを大事そうにすくいながら、少女はふと顔を上げ、小烏丸の顔をじっと見つめた。紫色の瞳に、何かを決心したような輝きが宿る。

「……おとうさま」
「ん? どうした、主よ」
 小烏丸が穏やかに微笑むと、少女は小さなスプーンを持ったまま、ちょこんと頭を下げた。
「おねがいがあるのです」
「ほう、なんでも言ってみなさい」
 背筋をぴんと伸ばして座り直した少女は、わずかに頬を赤く染めながら、ちょっとだけ緊張したような声音で言った。
「……あのね。らいしゅう、『学校』で『授業参観』があるのです。わたしのつくった……しを、はっぴょうするのです。だから……おとうさま、きてほしい……」

 その瞬間、小烏丸と山姥切国広の目に、わずかに驚きと、そして喜びが宿る。
 この少女が、自分の想いを言葉にして伝えるようになったのは、つい最近のことだ。誰かに来てほしい、と願うことも、勇気を出して頼ることも、この子にとっては一つ一つが『学び』であり、成長の証だった。

「……わかった。父として、主の雄姿を見に参ろう」
 そう言って、小烏丸は少女の頭に手を伸ばす。さらさらとした髪を、優しく撫でる。
「よく言えたな。我が娘よ」
 少女はにこっと笑って、嬉しそうに目を細める。その笑顔があまりにまっすぐで、小烏丸の胸が少しだけ熱くなった。
 その様子を見ていた山姥切国広も、静かに微笑み、少女の横に膝をついた。
「……俺も行こう。主の詩、楽しみにしてる」
「ほんとうですか!? やまんばぎりくにひろさま。やったあ……うれしいです。さよさもんじさまも『学校』にはいつもいっしょですから、だいすきなみなさんがきてくださるのですね」
 少女はぱっと顔を輝かせる。山姥切国広の大きな手が、少女の頭をくしゃっと撫でた。
「……あんたが初めて笑ったときのこと、思い出した」
「え?」
「なんでもない。……嬉しいだけだ」
 照れたように目を伏せながら言う山姥切国広に、少女は首をかしげたが、それ以上は追及せず、残ったプリンをまた一口食べた。
 甘くて、とろける味がした。
 傍にある手のぬくもり。撫でてくれる掌。そうして包まれる安心感に、少女の小さな胸がじんわりと温かく満たされていく。
 彼女はもう、『ただの器」』ではない。

 この人たちがいてくれるから、自分はこうして、「だいすき」と思える時間を生きている。

「……ねえ、おとうさま、やまんばぎりくにひろさま」
「うん?」
「なんだ?」
「みんなみんな、だいすきです」
 たどたどしく、それでもまっすぐに言った言葉に、ふたりの刀剣男士は、ほんの少しだけ目を潤ませた。
 けれどそれを悟られぬよう、同時に少女の頭を撫でる。やさしく、やさしく、まるで宝物を扱うように。
「……俺たちも、あんたがだいすきだ」
「うむ。我が娘よ、誇りに思うぞ」
 膝の上で笑う少女の髪が、陽の光を受けてきらりと揺れた。
 
 それはまるで───ぱっと花が咲いたような、そんな瞬間だった。

だいすき。

だいすき。

月と彼女の家族たち 紹介小説

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-18

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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