美しい執着
すべてが遠ざかっていく、そんな夢をみた。大事にしていたこと、大事にしていた人、何もかもが遠ざかり、跡形もなく消え失せてしまう夢を。言わずもがな、私は追いかける。私にとっての居場所だった記憶を、お守りにしていた言葉を追いかける。それらは私が手を伸ばすほどに遠ざかっていく。まるで私のことなど意に介さないかのように。私は見捨てられたような気持ちで一時、立ち尽くす。このままではじきに息ができなくなる、まともに歩けなくなる、そんな気がした。一切の精神的支柱を喪失した自分を想像してみた。怖かった。とても生きていけない気がした。私は人の優しさに触れて延命してきたのだ。私は追いかける、追いつこうと必死で追いかける、すべてを取り戻そうとする。私にとってのすべてである記憶を。こう言う人がいるかもしれない、記憶に縋るな、未来に生きろ、と。しかし、過去を蔑ろにして未来に手を伸ばすのは私には自殺行為のように思える。あれだけ私を励まし、頼もしく支えてくれた記憶を蔑ろにして、未来のことだけを思うのは過去に対して失礼なことのように思える。そして思う、過去に生きることの何が悪いのだろう?私を形づくってきたのは、形づくってくれたのは過去なのだ。過去があるから私がある、絶え間ない祈りの過去の集積が私なのだ。だから私は必死に思いだそうとする、私を生かしてくれた記憶を、私を生に繋ぎとめてくれた人たちを。私は過去を見捨てるような人間にはならない、だから私はすべてを追いかける、追いかけて追いかけて追いかける。だって、私を形づくってくれたのは過去なのだ。この執着は決して砕かれない。私は過去を愛してる。私はまだ、死ぬわけにはいかない。
美しい執着