悉曇 ファーストガンダム余話

悉曇 ファーストガンダム余話

2025年~作品

1 怯懦

 宇宙世紀0079年。
 コロニーの独立を巡る地球連邦軍とジオン公国の戦いは膠着状態に陥っていた。
 その社会の片隅の電子掲示板に、匿名でちょっとした投稿記事があった。その頃先のジオン公国成立の際に、国名として掲げられた亡きジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプという新人類の考察について、簡単な意見が交わされたのである。それはその頃世論でよく言われていたことの風評であった。
 投稿者Aはニュータイプとは精神分裂病の一種であり、人はそのような知覚を自由に使えるはずがない、世迷言であると切り捨てた。またダイクンの唱えたニュータイプとはジオン公国のプロパガンダであり、そのようなお題目で宇宙移民であるコロニー側は地球から権益を奪おうとしているとした。
 それに対し投稿者Bはニュータイプはもっと汎用的な意味で捉えなければならないと言い、ダイクンは理想主義者であったのであり、今は病識としてしか認識されていないことでも、可能性として人が言葉の壁を越えて遠隔でも自由に意思疎通できたならば、人の世の革新となりうるであろうとした。
 しかし両者が譲らない論争を繰り広げる中で、投稿者Cは別のことを言い出した。ニュータイプとは軍用に開発された人種であり、テレパシーが使えるらしいというのも、兵器として発展したものであると。事実そのような強化人間を軍部は生み出しており、いわばニュータイプとは恐竜の脳である小脳の発達したようなものであると。そしてそれらの幻想に人類は振り回されるであろうと。ダイクンはそれを見抜けなかった愚かな男であると。
 この投稿者Cの投稿後、電子匿名掲示板は沈黙した。

 シャアがキャスバル・レム・ダイクンの名を捨ててから数年が過ぎようとしていた。父の唱えたニュータイプ論は巷で軽々しくもてはやされ。自分はその父の名だけ冠した国で働いている。自分の周りの空気は。亡き父のおかげで浮わついていると彼は思う。しかし人には慇懃無礼にふるまうようにしていた。今から久しぶりに会うガルマ・ザビという男にもそのようにふるまう必要があった。
 彼はザビ家の末弟であり、地球の北米ベースを父であるデギン公王からまかされている。自分と同じスペースノイドだが、もうすでに地球上に一個の領土を持っている。それに引き換え自分はガルマの兄であるドズル中将旗下の少佐にすぎない。士官学校では成績は常に自分の方が上だったが、現実はそのようなものである。それは認めねばならない事実であった。
 ガルマ大佐がガウ空爆から降りてくると、シャアは敬礼して出迎えた。
「木馬には手こずっているようだな。君らしくもない。ドズル兄さんから話は聞いている」
 と、ガルマは言った。シャアは答えた。
「木馬には新型のモビルスーツが配備されている。そのパイロットもなかなかにやるのだ」
「新型と言ってもたかが一機じゃないか。あとは鈍重な旧型のモビルアーマーぐらいだろう」
「しかしその新型には対戦艦用のビーム砲が装備されている。機動性もなかなかいいのだ。だが君専用のザクがあれば十分だと思う」
「君にはできなかったのにか?私は君に戦果を譲られたのかな」
「君の力を借りなければならないことは、重々承知しているつもりだ」
「士官学校時代と変わらず接してくれてうれしいよ、シャア。そうでなければな。しかしこれでドズル兄さんもキシリア姉さんに対してひけを取らずにすみそうだ。私と君が力を合わせば、そんな新型は撃退できるだろう。これからも力を貸してくれよ」
「ああ」
 ガルマがこう言うのも、彼がドズル配下の大佐であるからである。
 ザビ家の兄弟は表面上は父デギンを家長としての一群であったが、その内実は高齢なデギンの跡目争いをしているのであった。デギンは末弟のガルマを年若い故に溺愛していたが、それはあくまで家族としてである。実質的な実力を認めているわけではなかった。そして長兄であるギレンが政治的権力を握っており、その次席を争っているのが長女のキシリアと次男のドズルであった。
 そしてここが一番の重要なのだが、シャアの父親であるジオン・ズム・ダイクンはザビ家のデギンにより心臓発作の薬を盛られて毒殺されていた。それは公けにはされず、デギンはジオンの作った宇宙移民コロニーのサイド3独立宣言運動を継承し、ジオンの名を冠したジオン公国を打ち立てた。幼いシャアは父の葬儀には参列したが、その後母アストライアを残し妹のセイラとともに、サイド3を脱出した。そのまま居続けることはザビ家の手前遺児であり危険であった。軍人バーの元歌手であった母は父ジオンの愛人で病弱であり、シャアらの脱出行には同行できなかった。
 父ジオンには年老いた正妻がいたが、仲は冷え切っていたようである。それは最初に彼らを養父母であるマス家の老人らに紹介した、ハモン・ラルからシャアは聴かされていた。ハモンは母アストライアの勤めていたバーの若い歌い手であり、母と似た面影の女性だった。彼女はたまにシャアらがマス家で隠遁生活をしていたテキサスコロニーを訪ねてくることもあった。その時は連れ合いのランバ・ラルがいたりいなかったりだった。幼いセイラは壮年のランバ・ラルにはなついたようである。亡き父の面影を見たのであろう。
 そのハモンの話では、正妻ローゼルシアは父ジオンが市井の活動家であった頃から金銭的な援助をし、独立運動の指導的立場にあった女性であったが、あまりにも政治熱がすぎるので父ジオンはけむたがったらしい。それでバーに通い母アストライアと親しくなった。しかしそのような隙があったので、デギンに毒殺されたと思うのがシャアのこの頃の父への評である。ローゼルシア様は醜女でしたから、とハモンに言われても、シャアのその評価は変わらなかった。このようにシャアの亡くした父母への思いは複雑であった。
 シャアが仮の故郷であるテキサスコロニーを捨てたのは、やはり立身出世欲があったことと、サイド3にいたままの母の非業の死が原因である。母はローゼルシアには頭があがらず、彼女の言うままに塔での幽閉生活を送っていた。ローゼルシアは父ジオンの忘れ形見を見守るということで、ザビ家に温情を取り付けていた。つまり監視することで利益を得ていた。ローゼルシアはアストライアの死後、不慮の死を遂げたが死因は不明である。その頃シャアはすでにジオン公国に潜入し、ガルマも在籍していた士官学校にもぐりこんでいたから、あるいはという話であるだろう。しかしその話はこの話の本筋ではないので割愛する。
 前述の年上の女性ハモンとの間にも、なにがしかの交渉があったのではと推測するが、それは不明であるという事にしておこう。しかしシャアはガルマを見ている時に、こいつはまだ童貞だろうと考えている節があった。彼が妹セイラを残して出奔した理由に、遠方にいたハモンの存在もあげられるのかもしれない。
 シャアとガルマは士官学校時代では同じクラスで成績を競い合っていた。しかし首席はシャアであったし、学内の軍事紛争の際には彼は目覚ましい働きをした。というか、彼がシャアという名前を名乗りだした経緯も、テキサスコロニーで知り合ったシャア・アズナブルという青年の、士官学校への入学通知を奪った形で名乗りだしたのだ。この青年はシャアの仕掛けた小型爆弾で、乗客たちごと輸送船で爆殺された。非情であると言わざるを得ない。このように氷の冷徹さと濃い情愛が入り混じった人物がシャアであった。
 ガルマはガウ空爆三機でキャルフォルニアベースにやって来た。木馬の進路を絶つつもりで、ドズルの肝入りでよこされたのだ。むろんドズルがそうしたのは、木馬に対するシャアの不手際をなじるつもりなのであり、末弟の士官学校時代のシャアへの立場をあげてやろうというつもりであった。ドズルは士官学校の校長も兼任していたのである。
 コンピューターのはじき出した木馬の進む予測コースを見て、すぐにガルマは作戦を打ち立てた。艦の後方に編隊を組みザクで出撃すると言う。敵をあなどっているのではないか、とシャアは言ったがガルマは聴かなかった。
「君はガウ上で援護してくれ。もしもの時は出撃で頼む」
 シャアは了解したと言った。木馬の進路はキャリフォルニアから大陸を横断し、ニューヤーク市に至る道筋であった。
 そのニューヤーク市には今ガルマがつきあっているイセリナ・エッシェンバッハという女性がいる。市長の娘であり、お嬢さんである。彼らは既知の間柄である。ガルマとイセリナはジオン公国で開かれた政治家パーティで知り合い、それで付き合いだしたのだ。その何度目かの席上には、シャアも元学年首席ということで招かれていた。シャアにとっては苦々しい思い出である。
 その席上で、ガルマはテーブルでカードゲームを余興で始めた。イセリナは青い繻子(しゅす)のドレスを着て、にこやかにその前に座っていた。ガルマは全部の札を並べて、イセリナに手を広げて言った。
「これ、あてられるかな。君に」
「ええ。御覧になっていてくださいね」
 イセリナは笑顔で答えた。その首筋にはシャンデリヤの光で、ダイヤのイヤリングがきらめいていた。
 シャアはグラスを片手に見物していた。いかにも以前にもしたゲームを再現していると思った。彼らは示し合わせて、大勢の客の前で何かを披露するつもりなのだ。それはつまり、サイコカードだろうと思った。しかしあてられるものかと思った。それも手のうちで、失敗して笑いを取るつもりなのだろうと。
 ところがイセリナは全部の札を言い当てたのだ。シャアのグラスを持つ手が固く白くなった。こんな女がニユータイプなものかと思った。しかしガルマは得意げに言い放ったのだ。
「君こそ、来るべき世界のニュータイプだよ」、と。
 観客たちからまばらに拍手が沸き起こり、最後には全員が拍手していた。いや、背を向けたシャアだけは例外だった。彼はグラスを持ったままバルコニーに出た。夜風が頬に当たり冷たかった。
 不意に後ろに気配を感じたら、イセリナがそこに立っていた。彼女は言った。
「何かお気に障られましたか。ガルマ様の友人と伺っております」
「いえ、素晴らしいお手並みです。脱帽しました」
「幼少の頃からよくした遊びです。ガルマ様の前でしたら受けてしまって」
 そこでガルマがやって来て、イセリナの肩を軽く抱いてこう言った。
「僕たち婚約しようかと思っているんだ。彼女の父親にはまだ内緒だけどね」
シャアは答えた。
「そういう話は気安くするものじゃない。軽々しくないか」
「でも僕は、彼女がニュータイプだったらなって、そう思ってるんだ。ほら、ジオン・ズム・ダイクンの提唱した人の世の革新になるんじゃないかって。僕らが結婚すれば」
シャアは一言言った。
「君たちの未来を祝福する」
 それだけ棒のように言うと、彼は風のようにバルコニーをあとにした。
 イセリナの声が背後で聞こえた。
「あの方、どうして怒ったの?」
「ああいう男なんだよ。悪気はない」
「そうなの?なんだかマスクをしているし、優しくないわね……」
 帰宅した部屋でマスクを邪険にはずしベッドに投げると、シャアは吐き捨てた。
「ガルマらしいよ、お坊ちゃん」
 彼はパソコンに向き直り、メールを開いた。さる極秘研究機関からの通知であった。ドクターフラナガンからのメールであったが、今パーティ会場で見かけたことを彼は返事には書かなかった。フラナガンからのメールには、少佐にもテストの結果、可能性はあります、と書かれていた。踏んだり蹴ったりだな、と彼は思った。以前のメールで彼はモビルスーツのパイロットを続けることで、ニュータイプ能力率はあがるかとドクターに尋ねたことがあった。ドクターの答えは不確実性の問題としか言えないというものであった。
 だが偶然始まったフラナガン機関とのつきあいは、シャアにとっては父の遺産の検証作業に今のところは過ぎない。何よりもパイロットとしての技能は優れていることは折り紙つきだったのだ。自分がニュータイプとしての素養が少ないかもしれないということは、今対処しているべき問題ではない。ただ次の世を考えた場合気がかりな事例ではある。その足元をすくわれるかもしれないという予感も、今の彼にとってはニュータイプとしての第六感の齟齬にしか思えないものであった。
 彼がこう考えるのも、ドクターフラナガンからまだサイコミュについての具体的な開発について聞かされていないせいもあった。フラナガンは食えない男であり、少佐にすぎないシャアには一サンプルとしてしか研究を開陳しない向きがあった。キシリアの息のかかった研究機関だからな、とシャアは思った。しかし今ドズルから転身するのはやぶさかではない。それはあまりにも危険すぎることだ。ドズルは鈍重な上司であったが、軍内部の力関係には敏感であった。意外にもそういう事には頭が回るのだ。
 そのドズル配下でこのガルマと軍功争いをするというのは、シャアにとっては不本意なことだった。自分は回り道をしている。おそらくそうだ。つまり素養が少ないと言われたニュータイプ能力について、自分は攻めるべきなのだ。父の影がちらつくそれを、自分は退けるべきではない。それはシャアの勘であった。父に怯える自分を笑うべきだ。怯えているといえば、こいつもそうだな、とガルマを見ていてシャアは思う。歳の離れた大きすぎる兄弟たちに、この男は怯えているのだ。
 このようにシャアにとってのニュータイプ能力とは、メビウスの輪のように堂々巡りをする論であった。その行きつ戻りつする推論の上で、彼は行動している。それというのも確たる能力の証が彼には見られないからで、それに比べてモビルスーツでの戦闘においては、計測機が簡単に彼のスピードが三倍であることを証明してくれる。その漠然とした巨大な雲の渦のようなものを、ニュータイプというものにシャアはいつも感じるのだった。このガス星雲のようなものかもしれないな、と彼はパソコン上の天体写真を見て思う。人の意識の、巨大な渦だ。
 ガルマがモニター画面から合図した。すでにパイロットスーツ姿で、専用ザクから出撃するところだった。木馬は前方に推進中だ。追撃すれば難なく落とせそうだが、しかし。と、シャアは思う。あの白いモビルスーツはまた曲芸のような戦闘を披露するだろう。やつの速度はそれほど速くない。しかし敏速に行動する。反射能力にすぐれているのだ。おそらく全天察知能力がある。戦闘機のパイロットは上下左右の全空間に察知能力が高いのが理想であるが、そういう三次元空間を素早く正確に察知できる人間は限られている。
 だからサイコカードなのだな、とシャアは思う。私がそれに劣っているだと。その事実は鼻先に突き付けられた不快な物体であった。その片割れのガルマが今出撃した。あれにできるものか、と思いつつシャアはモニターへの指示を艦橋の兵らに出した。今のところは、自分は冷静だよと思った。
 ガルマの専用ザクがトップを切り、ザクの編隊が木馬の後方に取り付いた。むろん前方から仕掛けることは、この場合危険である。木馬の高射砲や長距離ビーム砲に狙い撃ちにされる。木馬すなわちホワイトベースは、今のところ単独行動をしている戦艦であるが、この先合流されると厄介だし、何よりも北米ベースのジオン制空圏内を航行中である。実際にここに来るまでの間に、ジオンの基地をひとつ破壊しているのだ。木馬から仕掛けたものではなかったにせよ、結果として破壊活動しながら進んでいる。それは見過ごすわけにはいかなかった。
 ザクの一騎がガルマの機体に合図を送っている。前方に進み木馬の動力推進部分を狙撃しろと合図した。その時木馬からあの白いモビルスーツが滑るように発射された。やはり来たか、とシャアは思った。モビルアーマーも発射され、それらは地上に降りてザクに向かって攻撃をしかけてきた。地上からと空中で挟み撃ちにする気だ。
 ガルマの機体は軽くそれらの射撃をかわし、モビルアーマーに向かって砲撃を加えた。まずは地上のこうるさい連中を黙らせるつもりだ。と、その背後に白いモビルスーツが回りこんだ。木馬との距離は離れていく。ガルマ機は白いモビルスーツ、すなわちガンダムと死闘を演じ始めた。始めはガンダムはただ追いかけていただけだったが、ガルマ機が射撃する隙をついて、急角度で旋回し、ビームサーベルで一撃を加えた。まずは一撃、そのあと次々と攻撃を加えた。周囲のザクにもその攻撃は及んだ。何度も急旋回しながら、急降下する時に一撃する。その執拗さは、執念深い偏執狂じみたものであった。シャアは見ていて思った。あのパイロットはおそらく若い。手加減というものを知らない。それであんな戦い方をするのだ。
 ガルマ機はガンダムをなんとか引き離し、シャアの乗るガウ空母に近づいた。シャアの耳にガルマの焦った声がスピーカーから聞こえた。
「聞こえるか、シャア。そちらから後ろのモビルスーツを砲撃しろ。早くしろ」
「わかった」
 シャアはしかし、ガルマ機の援護はせず、はるか前方の木馬に照準を合わせるように指示した。木馬は砲撃を受けて、回頭を始めた。横に立つドレンが、はじめからこうすればよかったのですかなあ、と独り言ちた。
「それでは彼のプライドを傷つけることになる。ガルマ大佐は、すべての敵を撃ち取りたかったのだ。彼ひとりの力で。そうだろう、ドレン」
「なるほど。大佐を立てられたのですなあ、少佐は」
 ドレンは巨体をゆすって少し笑った。
 その時木馬から最後っぺのような砲撃がガウ空母に当たり、シャアらは動揺した。しかし木馬は叱られた子供のようにのろのろとその場から舵を北に向けて進み始めた。ドレンが、砂漠地帯に逃げる気ですな、市街地を通る経路からはずれてよかったです、と言った。
「わからんよ。連中は連邦の上層部の言いなりで進んでいるからな。おそらくあのモビルスーツを連邦のどこかに運ぶつもりでいる」
 と、シャアは言った。自分が今討ち取ることができないのは残念だ、と思った矢先だった。まだガルマ機とガンダムの戦闘は続いていたのだ。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 

 

 

悉曇 ファーストガンダム余話

悉曇 ファーストガンダム余話

ファーストガンダムの二次創作作品です。ジオン側の話が主になります。ずいぶん昔に考えた案なのですが、ジークアクスの2話を見て思い出したので今回書いてみます。老眼でなかなか進められないと思いますが。しかもガンダムには詳しくないので。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work