
幽霊の笑い方
指小説です。
なりたての幽霊が、じいさん幽霊のところに挨拶にきた。
よくきたな、ちかごろ幽霊になる奴が少なくてな、娑婆が、新幹線だリニヤーカーだとか、せっかちになったからだろう、最近は死んじまうとすぐに天国に行きたがったり、地獄を見に行ってしまったり、この世界にゃこやしない。執着心がなくて困ったもんだ
へえ、よろしうおたの申します
お前さんは偉い、幽霊になった。自分で死んで幽霊になったんだろ
へえ、そうでおます
自殺の幽霊はだいたいわかる、顔に自分で死にましたといてある
はあ、どこにかいてありますんで
おでこだ
若い幽霊が自分の手で自分のおでこを触った。
ひょ、冷たおますな、手もおでこも
幽霊には暖かい血はない
そうでおました、それでおでこになんてかいてありますねん
魚が浮かびあがっとる、死んだ鯛だ
それで自殺とわかりますんですか
しにたいだ
へえ、えらく落語的でんな
そうだ、落伍者だ
幽霊の世界はよせでっか
なんでもよろし、それで、知りたいことはあるか
へえ、娑婆にでたいんですが、どのような顔で、出ていっていいのか、まったくわかりまへん
あんたさんの亡骸は関西か
へえ、中之島でして
それで娑婆に顔を出してなにをしたいんだね
あいつを脅かしてやろうと思いまして
あいつとはお前の女房か
いえ、まだいっしょにはなってねえんで
それで、どうしたんだ
男をつくったんで
どんな男だ
いや相手は見ことがないんで
なんだ、浮気の現場もみずに、もう死んで幽霊になったのか
へえ、半分自分で死にました
半分とはなんだ
死のうかどうしようか、橋の上で考えておったんです、そんで、欄干に手かけたら、腐っていて落ちちまいやした
それじゃ自殺じゃないじゃないか
いや、事故じゃ格好悪いと、落ちながら考えまして、水の中で、自殺したと思いこんだら、ここにでました、そんなら、幽霊になって、女にいってやろうと思って
なんていうんだ、
やっぱりおまえはかわいい
ばか、それじゃ幽霊じゃない、幽霊はもっと高貴なものだ。威厳を持って、相手をこわがらせねばいかん
そういうもんですか、だけど、どうすればいいのかわからんので、おしえていただきてえ
幽霊は顔が命だ。
もう命はない。
幽霊はしゃれをいうんじゃない、それに、喜んで笑ってはいかん。
喜ばないで笑うんですか
そうだ、うまく笑うと怖いものだ
どうすれば
幽霊ってのはこうやって笑うんだ、にっこりしちゃだめだ。何かほしそうな顔をして、顔をしたに向けて、ちょっと上目遣いで、少しばかり笑うんだ
気味悪いわけでんな
そうだ、少しばかり気味の悪い顔が笑うと、怖く感じるものだ、あまりにも気味が悪くてもだめ、かわいくてもだめ、何かもらおうと、いや、やってもらおうと思うときにはこうやるんだ
じいさんがやって見せてくれました。確かにじじいのくせにちょっと怖い。だが愛嬌がある。
こうやってじいさん幽霊に、顔の作法を教わった若い幽霊男が、彼女の家にやってまいりました。
夜の2時、昔のうし三つ時、マンション五階の部屋では、女は男と酒を飲みながら、ならんで深夜番組を見ています。
夏なのに寒くなってきやがった
ほんとね
いきなりテレビが消えて暗くなった。
停電か
男は女にくっつきます。
あのやろう、と思った幽霊は、あわてて、二人の前に姿を現した。だけどぼーっと青白く光ったもやもやにしかならなかった。
幽霊みたいだな
男が笑った
あらやだ、あの人のようだわ、もやもやしてはっきりしないわね、幽霊のつもりなのかしら
あのもやもやが、お前の彼氏だった奴か
うん、たぶん
何で死んだんだ
橋で足滑らして、おぼれちゃった
どんなつらしてんだ
若い幽霊は顔とからだがきちんとつくれません。
馬と鹿の顔
それじゃ、ばかじゃねえか、男が笑った。
いい人だったんだけどね、気が弱いけど、あんたより誠実で稼ぎもよかったんだよ、この人に決めようと思ったときに、川でおぼれちゃったの
それを聞いた若い幽霊はにこにこ顔になってしまいました。
そのまま姿がはっきりしてきた。
幽霊はやっと足のない若い男になったのですが、顔はうれしくて笑っています。
あ、幽霊がほほえんでるわ、やっぱりあの人だ、やさしんいんだよ、でもなんででてきたんだろう
お前に未練があるんじゃないか、きいてみようか
おい、幽霊、よく死んでくれた、おかげで、この女は俺を選ぶしかなくなったようだぜ
東の男のようです、威勢がいい。
女が言いました。
生き返ったらあんたを選ぶけど、生き返ることできるの
若い男の幽霊はなんと答えていいかわからず、ともかく姿をくらまします。
じいさん幽霊のところにもどってまいりました。
彼女は僕が生き返ったら僕を選んでくれるそうですねん、どうやったら生き返るんでしゃろ
じいさん幽霊が答えました。
死んだら幽霊になったのだから、幽霊は死ねば生き返るんじゃ
自殺すればいいわけです。
若い幽霊は自殺をする川を探しまわりました。
幽霊だからあっという間に日本の中を駆けめぐる。
だけど川がみつかりません。
じいさん幽霊に聞ききました。
幽霊のすむとこってえのは、いってえ、川はどこにおますのやろ
じいさん幽霊が若い幽霊を見て首を横に振ります。
わしも生き返りたいと思ってな、川を探しておったのだが、ないのだよ、だからな、こんな年寄り幽霊になっちまった
なにしろ、幽霊は水を飲まんからな
怨念の川しか流れておらんよ
そう言ってため息をつき、ちょっとばかり微笑んだのです。
若い幽霊はぞーっとなりました。
幽霊の笑い方