
アノの帰り
第一話
アノが目覚めると、水の底に寝ていた。彼女が慌ててもがきながら出ようとしたが、そこは果てしなかった。彼女は反射的に上へ泳いだ。両足を力強く蹴って浮いたところ、何かに引っ張られて、また水の底に沈んだ。驚いて見下ろすと、なぜか彼女の高価で買った服とアクセサリーが足にぶら下がっていた。それが石のように重い。いつこうしたか思い出せない。だが、今のところは、ここから出るのが一番だ。彼女は足につないでいた縄を切った。すると、体が軽くなり、上に浮いた。
次の瞬間、アノは異変に気付いた。息が苦しいが、水に溺れない。彼女は、水の底に横たわる衣服やアクセサリーを一目見て、上へ泳いだ。今度は手が何かに引っ張られて、思いのままに動かない。よく見ると、手首に糸が付いていた。
「まだ何?」アノは慌てて、それを解こうとした。だが、鉄で作れたように丈夫で、手で引いても、歯で噛んでも切れなかった。仕方なく、それに沿って進んだ。
「ここから脱出するには、糸を切らないと。そのために、その先まで行くしかない」彼女は自分に言い聞かせて、糸の先へ泳いだ。
しばらく進むと、水の中で何かがおぼろげに見えてきた。アノは何度か目を瞬き、それをはっきりと見ようとした。なんだか家屋のようだった。
第二話
「どういうことか。水の中に建物があるとは...ここは一体どこだ?」アノはおずおずと近付いた。
「何?何で」アノは思わずに後ずさりした。一瞬、彼女の体が芯まで冷えていった。
「洪水でも起こったか。どうして家がここにいるの」アノの地肌が立ち、水の中に浮く我が家へ急いだ。家にいるはずの両親、夫や息子を思うと、胸が騒いでたまらない。
彼女が玄関のドアを押すと、そっと開いた。
「水の中にいるのに、こんな簡単に開くか。まさか、私が死んだか」アノは自分を疑いながら家に入った。リビングに入ると誰もいなかった。ぞっとしながら両親の部屋を覗くと、驚かせたことに、父と母が顔を曇らせて座っていた。
「お父さん、お母さん...」アノは慌ててドアを開けようとしたが、引手がない。彼女が全力でドアを叩いても、耳に水が入ったように、音が遠くに鈍く聞こえるだけだ。
「一体どういうことか」アノは慌ただしく家の中へ泳いだ。自分の部屋を覗くと、夫が顔をこわばらせて、ベットにこっちへ向いて座っていた。
「洪水の真ん中で何をしているの。早く逃げないで」アノは焦って入ろうとしたが、またできなかった。ドアが半開きしているが、水の流れがグラス壁のように横たわり、近づくとこも、叫ぶこともできなかった。
「どうして、どうして」アノがいくらもがいてもどうすることもできなかった。悪夢にうなされているようだ。
「シナが...」アノは一番奥部屋にいるはずの息子を思い出して、這いつくばりながらそこへ向いた。近づくと、ドアが開いているが、水の流れは先よりも厚く横たわり、部屋に入れなかった。彼女は仕方なく水の流れを透かして中を見た。息子が無表情な顔で勉強をしていた。まるで彫刻のようにまっすぐ座って、指だけが動いている。アノの涙が思わずにこぼれ落ちた。彼女にしつこく言われた通り、彼は勉強ばかりの毎日で、成績が上がったものの、いつの間にか、明るい顔が消えていた。
「私が一体何をしてしまったか」アノの胸に悲しみが押し寄せた。すると、体に石が入ったように重くなり、再び水の底に沈んでいった。
アノの帰り