Drop Out 第二回
ごめんなさい・・・泣
ハジメマス
「・・・・ということでね、えー・・・週に一度の道徳ということで・・・みなさんねぇ・・・ちゃんと聞きなさいおぉ・・。勉強じゃないからとね、言ってもね、えー・・考えることがね、大切ですからね。」
要するにちゃんと聞けってことでしょ。それくらいさっと言いなさいよ。
この還暦間近の老人担任のしゃべり方はいちいち鼻につく。よぼよぼしているし、しょっちゅう言葉を間違えるし、意味のわからないところでキレたりする。だが中学二年生という微妙な時期も、あと三学期をまたぐだけで終了だ。この独特なしゃべり方ともあと少しの付き合いであると割り切り、我慢する。
そうやって一人でぶんむくれていると、真後ろの席である南さくらが背中を突いてきた。
「ねえ奈々里ちゃん、私この時間が存在する意味が分かんないんだけど。だるいだけじゃない?」
「えー、そりゃあ・・・中二って一番不安定な時期だから、心の調整のために心の勉強するとか・・じゃないの?知らないよ。」
「なるほど!さっすが成績優秀者は言うことが違いますな♪」
「そんなの、咄嗟に考えただけだって・・・この時間の存在意義なんかそもそも考えたことないし。あたしが今教えてほしいのは、どうやったらあの担任から逃れられるのかってことだよ。見てるだけでイライラする!」
先生かわいそー、というさくらの言葉を無視し、奈々里は前へと向き直った。黒板には大きくて汚い字で『人間』と書かれてある。道徳の教科書を開き、当てられた生徒がそれを音読し始めた。
人間の何について勉強しろと言うんだ。十四歳になったばかりの今、これから本格的に始まるであろう人生のなかで、人間について知ったところでどうするのだ。
「人は生まれた瞬間から死ぬために生きる・・・・」
死ぬために生きる?確かにそんなフレーズを何度か聞いたことがある。生まれた瞬間から死へのカウントダウンが始まっていると。でもそれって、この地球に存在する生命全てに言えるものじゃない?どうしてわざわざ『人は』と、人だけにしか適用されないルールのように言うのだろう。
そんなことを考えていると、突然固い何かが奈々里の頭を直撃した。
「った・・・・何よぉ・・・・!」
床に落ちたそれを拾い上げて、目の前に持っていく。消しゴムだ。奈々里はムッとして斜め後ろを振り返った。案の定、笑いを堪えている一人の男子の姿が目に入った。
「優沙ぁ・・・・・!」
「ばーか!」
「消しゴムは投げるためにあるんじゃないのよっ!」
そう言いつつ彼女も優沙にそれを投げ返す。消しゴムは優沙の手をすり抜けて額に激突した。
「いって!」
「勝てない勝負なんかするんじゃないよ!」
「くっそ、この馬鹿力のクソチビが!」
「なによ猿みたいな精神年齢して!」
「猿じゃねーよ目ェ腐ってんじゃねーの?」
さくらはくすっと笑った。この二人の漫才とは保育園からの付き合いだが、見ていて全く飽きない。性格は驚くほどに対照的で初対面のときからいがみ合っていた彼らに最初こそついていけなかったが、結局は離れることなどできないほどに好きになってしまった。
「ほらほら二人とも、ちょっとは聞こうよ。瀬空くんが怒るよ?」
「こんなことで怒るわけねーって。なあ凪?」
奈々里の隣である笹凪瀬空がゆっくりと優沙の方を向き直った。相変わらず端正な面持ちの裏で何を考えているか分からない少年である。
「別に怒らないけど、ちょっとは静かにしろ優。」
「ほらぁ。」
「お前までそんなこと言うなよ・・・・。俺だけバカみたいじゃん。」
「あんただけバカなのよバカ。」
「担任耳遠いからいいけど、他の先生だったらやばかったよ?確実に怒られてたね・・・。」
さくらが言い終わるとほぼ同時に、耳を劈くような音が教室中に響いた。
「うあっ・・・何!?」
担任が、爪を立てて黒板を削っていた。超音波のような、頭に直に届いているかのような音に、四人は思わず耳を塞いだ。しかし彼ら以外の生徒は黙って前を直視したまま動かない。
何かが起きている。そう思った。瞬きもせず、ただ何事もないかのような・・・魂がそこにないかのようなそんな感じだった。
「あらぁ・・・イレギュラーが、一人、二人、三人、四人・・・・。」
担任の口調が、声が、中身が違う。もはやそこは二年三組の教室ではなかった。現実とは完全に切り離された異空間であった。
「お前、誰だ・・・?」
優沙が恐る恐る口を開いた。彼以外の三人も異質な気配を感じ取っていた。今まで感じたことの無い、胸が不自然にざわめくような感覚。
指の動きを止め、それはこちらを向き、不思議と心が落ち着くような笑みを浮かべ、言った。
「僕はイントス・ムーア。宇宙の創設者であり、失敗作の製作者。君たちにききたいことがある。」
Drop Out 第二回