
蛇足の神
むかしむかしそのむかしの指小説です。
山の奥深く、緑色の蛇が一匹卵からかえった。
「うまれたわよ、あなた、あなたに似て緑色」
ヤマカガシの奥さんが、穴の中でアオダイショウの旦那に言った。
還ったばかりの緑色の蛇が、こけの生えている産卵床の上から見上げている。
「早いんだな、何匹生まれたんだ」
「一匹だけよ」
「どうしてだ、卵はたくさん産んだじゃないか」
「まだ、30日しかたってないのに、この子だけでてきた」
生まれたばかりの蛇の周りには、白い卵が二十個ほど並べられている。
「丈夫に育ちゃいいがな」
子供蛇がぴょんと飛んで、両親の前に着地した。
「元気そうよ」
「上手に飛び跳ねたな」
蛇の旦那が、子供をみた。
「おんや、こいつ変なものがある」
奥さんもこどもをみた。
「やだああ、足なんかがある、蛙じゃないんだから、足なんかいらないわねえ」
「蛇足ってんだ、すてといで」
「だけど、私が産んだんだもの、いやだわ」
「しかたねえ、俺がすててくらあ」
父親であるアオダイショウは、足のある子供の蛇を咥えると、穴からでた。
林を抜けたところが断崖絶壁。下は荒海である。
父親蛇はぽいと、子供を放り投げた。
子供は足をばやばややさせ、海の中にぽちゃりとおちた。
何でこうなるのかわかるはずもない。生まれたらいきなり、海の中に放り投げられたのである。
足のある子供の蛇は、大揺れに揺られて、海のそこにむかって、沈みながら考えた。まあ、なんとかなるだろう。
海の底についた蛇の子供は足を使って、海底をあるいていくと、蟹がいたので、丸飲みにした。うまいものだ。そう思いながら歩いていくと、今度は蛸にあった。蛇の子供は蛸もくっちまった。これもうまい。そうやって、つぎからつぎへと、海の底の生き物を食べていき、手長エビを食った直後、手が生えてきた。
こうして、蛇の子供は手まで生えた。
ウミヘビがやってくると、蛇足で蛇手(だしゅ)だなあ、といって、手足の生えた蛇の子供を、つっついて、深い海の谷底におとした。海溝ってやつだ。
蛇のこどもは、手足をばやばやさせながら、海溝の底に向かっておちていった。あたりは暗くなり、なにも見えなくなった。あんどんクラゲが目の前にきたので、食らいついて食っちまった。
蛇の子供は体をくねらせ、浮いている深海クラゲたちを次から次へとたべた。すると、からだが青白く光り始めた。
手足をぶらぶらさせながら、青白く光って、海の底を泳いでいた蛇の子は、脱皮して、立派な大人の蛇になった。だが、手足はついたままだ。おまけに光っている。
光っていると、食べられては困ると、生き物たちが逃げてしまう。だが、そのおかげで、よく目立つもんだから、海溝の主になってしまった。
それで、死にそうになった、蛸やかにやエビが、食ってくださいとやってきた。海の底の光り輝く神に、丸飲みにされて一生を終えるのが、そこに住む生き物たちのあこがれになってしまったのだ。元気なときは食われて拝観と思った生き物たちは逃げてしまったが、卵をうんで子孫を残すと、後は死ぬばかり、まっくらなうみのそこはつまらん。老生き物はそう考えたのだ。
食べ物はむこうからやってくるし、手足蛇はただ光って、ごろごろしていた。
手足蛇は食べ物にも困らなくなって、太くて長い蛇になっちまった。大蛇だ。
手足蛇が食ってくだしゃれと、やってきた深海ザメのじいさんを頭から飲み込んだとき、ぐらぐらぐらっときた。
地震だ。この国の海には断層とか行うものが縦横に走っていて、たまなことだが、なかなかおもしろいダンスをする。海底や海の山がぐらぐら揺れて、海の水がかき回され、ときとして、暑いくらいの温泉となる。
手足のある大蛇は、地震がだい好きだった。
揺れとるな、と思って、もう一匹大王イカのばあさんを飲み込んだところで、からだがすーっともちあがった。
なんだなんだと思っていると、海面までからだが持ち上がり、もっともっと空の上まであがっちまった。
いったいどうなってんだ。
だが、手足の大蛇は、空を見上げてた。生まれたとき、確か一度見たことがあるが、確か空と言った。
下を見ると、脇には海の荒波が見え、反対側には林が見えた。
地震で海の底が山の頂上になっちまった。
夜になった。
山の頂上で、手足のある大蛇が青白く光り出した。
麓の林で見上げていた十九匹の蛇が光っている大蛇を見た。
光ってる蛇には手足がある、おかしなやつだな。
十九匹の蛇と、年取った二匹の蛇が、大きな口を開けて笑った。
大蛇は下を見下ろすと、手でまわりに落ちている石ころを拾うと、次から次へと石をぶつけた。
十九匹の蛇と、年取った二匹の蛇はこりゃたまらんと、にょろにょろと逃げ出した。
大蛇は足を使って山を駆け下りると、十九匹の蛇と年取った二匹の蛇を丸飲みにしてしまった。
手足があるおかげで食い物を捕まえるのには困らんな。
大蛇はまた、山の上に戻ると、青白い光をつよくはなった。
江戸時代、その山は蛇足山とよばれ、麓に、蛇手神社がたてられた。ひとびとは手足の健康を祈願しにお参りをした。雪の季節が終わると、手足祭りが行われ、使い古した手袋と足袋を燃やして、蛇足の神に感謝するという。
蛇足の神