闇の女王と藁人形
『私には、夢があるの。』
暗い闇の中、響く声は一つ。
返事はない。
『外の世界を見てみることよ』
この『世界』で息をしているのも、一人。
『そして、あなたを太陽の下でみて見たいの。
ねぇ、アルバート』
そしてまた少女の傍にただずむのも、
闇の女王と藁人形
昔、それは大昔のお話。
ある時代のある暗い闇の中に、一人の女の子がいました。
一度も光を目にしたことのない女の子でした。
女の子はいつも独りぼっちでした。
外にどうやって出るのかもわからず、少女はずっとその闇に身を預け続けていました。
そんな少女の隣に、ひとつの藁で作られた人形がいつもニコニコ笑いながらそこにありました。
独りぼっちの少女にとって、唯一の友達でした。
少女は言いまいした。
「今日は何をしょっか。」
歪な藁人形はしゃべりません。
ただの人形だからです。
それでも少女は話しかけます。
毎日、毎日。
闇に響く声はただ一つだけ。
それでも少女は構いませんでした。
だってそれが当たり前だったからです。
「今日は私の夢を特別に話してあげるね。」
少女は得意げに話し始めます。
「あなたと一緒に外に出ることよ。
お外には、太陽ってものがあるんですって!
だからその太陽の下であなたを見てみたいわ。
あなたがどんな顔をしているのか、じっくり見てみたいもの。」
返事はありません。
それでも少女の顔に笑みが耐えませんでした。
少女はクスクスと笑います。
「いつか、いつか。
太陽の下で。」
それが、いつの間にか少女の口癖になりました。
毎日毎日。
時間なんてもの、合ってないようなこの世界で。
少女はその藁人形に話し続けました。
それから、月日が流れ。
いつの間にか、少女と言われていたその子は女性となりました。
それでもこの闇の中での生活は変わりません。
そうして、彼女の腕に抱かれている藁人形も変わらずにありました。
それでもやはり月日が立つもの。
その腕に抱かれている藁人形はボロボロでもっと歪になりました。
それでも彼女はただその腕に藁人形を抱き続けました。
そんなある日のことでした。
「ねぇ、あなたに名前を決めたの。」
彼女は幸せそうに言いました。
それでも人形は答えません。
「アルバート」
闇の中、響くひとつの名前。
でも、それは彼女の耳にしか入りません。
「あなたの名前はアルバートよ。」
それでも彼女は笑います。
その藁人形、いいえ、アルバートをその腕に抱きながら。
そうして彼女はいつものように話しかけました。
ずっと、ずっと。
まるでアルバートが寂しくないように話し続けるのでした。
いつものように話疲れ、眠ってしまった彼女の隣でゆっくりと動く影がありました。
闇の中で唯一生を持っていたのは生まれながらにしてこの『世界』に落とされた彼女だけだったはずなのに。
それはゆっくりとまるで死者が息をふきかえすかのようにドクリと心の蔵が動きました。
ソレは、もうすでにボロボロになった身体をゆっくりと持ち上げ彼女の隣に座り込みました。
そうして眠っているその子の顔を静かに覗き込みました。
彼女は静かな寝息を立てて起きる気配はありません。
彼の身体はもう限界でした。
ボロボロと崩れゆく身体。
それでもずっと望んでいた彼女の頬にそっと彼は触れました。
温もりを感じるはずのないその手からは確かな温もりを感じました。
そうして静かにその手を下ろした彼は、とても幸せでした。
ボロボロになっている身体はどんどん速さをまして脆くなっていきました。
彼は知っています。
もう自分が長くないことを。
動けばその身体ももっと早くその終りを告げることを。
それでも彼はずっと彼女を見ていました。
ハラハラと身体の一部が彼女の顔の隣に落ちていくのを見ながら、彼女との日々を思い出していました。
短くもない時間をこの闇の『世界』で過ごし続けた日々はとても幸せなものでした。
歪なこの身体は誰もが嫌がり、虐げてきたこの身体を愛してくれていたのをずっと彼は知っています。
だから彼はゆっくりと立ち上がりました。
彼女の『夢』を、叶えるために。
もう片腕だけとなってしまったその腕を持ち上げ、呪いを唱えました。
それは彼の命と引き換えに、彼女に光を与える呪いでした。
崩れゆく身体。
眩しさに彼女はゆっくりと瞼を持ち上げて、彼の名をつぶやきました。
「アルバート・・・?」
歪な藁人形は、光の下で藁の塊となりました。
彼女は、もう一度その名を呼んでずっと寄り添い続けた友の亡骸を胸に抱き続けました。
ポロポロと溢れるそれの名前を彼女は知りません。
だって、初めてそれを流したのですから。
『夢』に望んだ太陽の下で、透明な雫が土を濡らしました。
番外編
それは、昔々のこと。
まだ闇の女王と歪な藁人形が出会う前の話。
✽ ✽ ✽
ある時代のある場所で人形を作っている老人の男が一人いました。
男は毎日毎日人形を作り続けます。
人形が売れても、売れ残ってもただひたすら男は人形を作り続けました。
男には最愛の人がいました。
男にとっては掛け替えのない唯一の人。
その人は男の作る人形が何よりも大好きでした。
どんなに歪な形になってしまっても、どんなに手足か曲がっていようと。
そのすべてを愛せるような人でした。
でもそんなあるとき、その人は老人の作られた人形に囲まれ天に登っていきました。
男は泣きませんでした。
だって、彼女は笑っていたからです。
悔いはありませんでした。
だって、彼女は自分の作った人形と共に眠ったからです。
彼女が天にいっても一人ぼっちじゃないからです。
だから男は泣きませんでした。
そうして、彼女の愛してくれた人形を男は作り続けることを誓いました。
どれほど売れなくても、どれほど歪だと下げずまれても男はその一つ一つに祈りを埋め込みました。
悲しくても寂しくてもこの人形が必ずその人の傍にいてその闇を少しでも照らしてくれるような光になってほしかったからです。
そんなある日のことでした。
人形職人は、いつものように人形を作っていました。
寒空の下、かじかむ手をなんとか動かして一つ一つを丁寧に作っていきます。
するとシルクハットをかぶった一人の男がその人形職人の前で止まりました。
「いらっしゃい。」
「人形を一つ欲しいんだけどね。」
「ならじっくりこの部屋に置いてある人形を見てください。
一つ一つに私が丹精込めて作ったものです。
誰に渡そうとも、私には人形一つ一つに誇りがもてていますから。」
人形職人は胸を張って言いました。
それならばと、男はただ無言で人形を見つめます。
一つ一つ丁寧に作られたそれは多少歪な形をしていたとしても丁寧に作られていることが分かるぐらいそれは美しいものでした。
その中で一際歪で滑稽なものが店の奥にありました。
男はいまだに黙々と人形を作り続けている人形職人に聞きました。
「これだけはなぜ素材が違うのだね?」
人形職人は作っていた手を止め、男の傍によりました。
男の指差すそれは、この人形部屋の中で一等不格好で何よりも他の人形とは違う素材で作らているものでした。
「これは、」
人形職人は一度言葉を区切り、そして静かに話し始めました。
「これは私がまだ未熟者だったときに作ったものです。
他の人形とは違うものを材料に作りました。」
歪な目に、歪な手足。
人形職人がそれを完成させた時には強い批判を受けたほどの人形でした。
それでもその人形に込めた想いはやはり他の人形よりも強くていつの間に店の奥にひっそりとただずんでいたそれ。
男は少し考える素振りを見せたあと、静かに人形職人に聞きました。
「これは幾らだね?」
「これはどの人形よりも歪な形をしていますが?」
「いいや、この人形がいいんだ。
この人形を生まれてくるであろう国の王子か姫に渡そうと思ってね。」
「なら尚更、」
「いいや。
尚更この人形がいいんだよ。
生まれてくるであろう子はね、闇の王か妃となるんだ。
それは生まれてくる前から決まっていてね。」
温かい日の光を見ることも、冷たい明かりを照らす月の光を見ることができない。
「それがなんともこの人形と似ているように思ったのだよ。」
そう言った男の顔はとても寂しさそうに見えました。
人形職人はそっとその歪な人形を手に取りました。
「私は人形に一つ一つ祈りを込めて作ります。
そして、これは何よりも強い祈りと願いを込めて作ったものです。」
人形職人は、そのシワの深い顔にもっと目尻にシワを寄せながら言いました。
「その孤独なその子の元に行けるのは、きっとコイツも幸せでしょう。
これは私のプレゼントとして無償で差し上げます。
そして、いつか。
いつか、生まれながらにして闇を背負わされるそのお子様の唯一の光になって欲しいと思います。」
シルクハットを頭に乗せた男は、人形職人に深々と頭を下げて去っていきました。
そして人形職人は今日も人形を作り続けます。
愛しい人が好きだといった人形に祈りを込めながら。
そして、数十年の月日が立ちました。
ある国のある部屋で。
新しい生命が生まれました。
その子は、とてもとても愛らしい女の子でした。
でもその子は生まれてすぐに闇の部屋へと連れて行かれました。
日の光を浴びることも見ることもなく、ただ永久に闇しかないその部屋へと。
そんな赤子のそばにはなんとも歪で滑稽な藁人形が一体、静かに微笑みながら光を知らぬ赤子の隣に座っていました。
いつまでも、いつまでも。
その身が滅びるまで。
人形職人の祈りがその悲しき宿命を背負う彼女に届くのはずっとずっと後のお話。
闇の女王と藁人形
闇の女王と藁人形、どうだったでしょうか。
私の中では、一番しっくりくる終わり方だったのですが、もどかしいと感じる人もいるかもしれません。
もしかしたら、まぁ、これでいいかと思う人もいると思います。
藁人形は歪な形をしていました。
いわば、不良品です。
なので外の世界にでることはありません。
そうして、闇の中に住まう少女もまた、外の世界に出たことがありません。
ずっと闇の中での生活の中で、藁人形は名を与えられることにより命を与えられます。
たった一度のチャンスなのに、藁人形はともに過ごしてきた彼女に光を、『夢』を叶えたい。
そう、たったひとつの願いだったから。
だから人形は気がつかなかったんですね。
自分がいなくなったとき、彼女は一人ぼっちになってしまうってことに。
彼女はそれを望んでいなかったことに、気がつかないまま。
それはまるで私たちの些細な生活の中でも一緒だと思います。
小さな食い違いによって大切な人を傷つけたり、置いていってしまったり。
また、大きな溝を作ってしまったり。
でも、それにより小さな幸せって見つけられますよね。
闇の女王にとっての小さな幸せは藁人形とともに過ごすことでした。
そして藁人形にとってもそれは然り。
そんな風に、私も過ごして行きたいと思いました。
そして、番外編の方では人形職人とシルクハットの貴族。
話を見て、もしかしてと思った人もいたと思いますが実はシルクハットの貴族の人はお忍びできていた一国の王です。
彼は生まれてくる息子か娘に唯一を捧げたかったんですね。
一生を闇で過ごすその子を一人ぼっちにしないために。
そんな不器用な王様の、ちょっとした父性心を書きたかったんですが、わかりにくいですね。
グタグタになってしまいましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。